135 / 297
First Chapter
若きは名君、老いては暗君
しおりを挟む
……昔。
『赤斧帝』ケンドリックは皇太子の頃から英明、剛力無双で鳴らし、『乱詛帝』の悪政に怯え苦しむ臣下臣民にとっては、ただ一つの希望と言っても過言では無い存在だった。
佞臣、腐った宦官、悪女を遠ざけ、代わりに有能で誠実な者を周りに集め、賢臣や能吏の言う事によく耳を傾け、婦女子や臣民には心の広さを見せ大いに慈悲を向けた。
『赤斧帝』の称号も――元々、皇太子でありながら自ら先陣を切って大斧を振るい、勇猛果敢に敵と戦ったケンドリックの勇姿を見た者達の感嘆と畏敬から生まれたものだったのだ。
彼はその後、乱れた世においての人々の希望となるため立ち上がり、『乱詛帝』と『パペティアー』を討伐して己が皇帝となり、善政を敷いた――。
そう、『赤斧帝』ケンドリックは、確かにガルヴァリナ帝国の歴史に中興の名君として名を残しうる可能性を持っていた男だった。
その『赤斧帝』が豹変したのはいつかと訊ねれば、誰もがこう答える。
重篤な病に突然倒れられた後だ、と。
謎の病だった。感染を恐れて皇族も貴族も近付く事は許されなかったが、高熱が出て悪寒に震え、数週間もうなされた。助けてくれ、苦しい、痛いと譫言を何度も言った。
しかし医者達の命がけの看護が実を結んだのか、どうにかその後で熱も下がり、彼は無事に回復した。
彼は起き上がると、数週間にわたって己を看護してくれた医者達を集めてこう言った。
「お前達には礼をせねばならぬ。よって毒杯をくれてやろう」
……その場にいた誰もがしばらく、『赤斧帝』が何を言ったのか、理解ができなかった。
少しでも理解した途端に、医者達は半狂乱になって命乞いをした。
「どうしてでございます、私共は一生懸命に陛下を病からお救いしようと致しました!」
まだ力が及ばず『赤斧帝』が身罷ってしまったのなら――彼らも、殺される事を納得はできずとも理解はできただろう。
しかし『赤斧帝』はこの通りに無事に回復したのに、どうして彼らが殺されねばならないのだ。
納得は勿論、理解さえ出来ない!
「命をかけて朕を救おうとしたのであれば、朕のためにいつでも死ねるであろう?」
「へ、陛下!」
急ぎ何者かが知らせたのだろう、皇后アマディナが大きな腹を抱えつつも走ってきた。
幼い皇太子ヴァンドリックの母でもある彼女は血相を変えて、愛する『赤斧帝』を諫めた。
「陛下、どうかそのような惨い事はお止め下さいまし!何卒お慈悲を以て臣下をお労り下さいまし……!」
「ではアマディナ、其方が代わりに毒杯をあおるか?」
彼女まで愕然とした。
「陛下……如何されてしまったのですか!?」
「何もどうもしておらぬ。朕は道理に沿って処断を下したに過ぎぬ」
医者達は毒杯をあおる直前まで死にたくない、怖い、嫌だと泣いていたが……後になって考えれば彼らは確かに『赤斧帝』からは慈悲を賜ったのである。
少なくとも公開処刑の場に引きずり出されたり、冤罪をかぶせられた上で衆目に晒されたり、ヘルリアンに貶められたり――過剰に残忍な事はされず、毒杯を渡した処刑人達からも憐憫や同情を集めた中で死ねたし、遺骸は家族の元に返されて涙と共に丁重に葬られたのだから。
『赤斧帝』ケンドリックは皇太子の頃から英明、剛力無双で鳴らし、『乱詛帝』の悪政に怯え苦しむ臣下臣民にとっては、ただ一つの希望と言っても過言では無い存在だった。
佞臣、腐った宦官、悪女を遠ざけ、代わりに有能で誠実な者を周りに集め、賢臣や能吏の言う事によく耳を傾け、婦女子や臣民には心の広さを見せ大いに慈悲を向けた。
『赤斧帝』の称号も――元々、皇太子でありながら自ら先陣を切って大斧を振るい、勇猛果敢に敵と戦ったケンドリックの勇姿を見た者達の感嘆と畏敬から生まれたものだったのだ。
彼はその後、乱れた世においての人々の希望となるため立ち上がり、『乱詛帝』と『パペティアー』を討伐して己が皇帝となり、善政を敷いた――。
そう、『赤斧帝』ケンドリックは、確かにガルヴァリナ帝国の歴史に中興の名君として名を残しうる可能性を持っていた男だった。
その『赤斧帝』が豹変したのはいつかと訊ねれば、誰もがこう答える。
重篤な病に突然倒れられた後だ、と。
謎の病だった。感染を恐れて皇族も貴族も近付く事は許されなかったが、高熱が出て悪寒に震え、数週間もうなされた。助けてくれ、苦しい、痛いと譫言を何度も言った。
しかし医者達の命がけの看護が実を結んだのか、どうにかその後で熱も下がり、彼は無事に回復した。
彼は起き上がると、数週間にわたって己を看護してくれた医者達を集めてこう言った。
「お前達には礼をせねばならぬ。よって毒杯をくれてやろう」
……その場にいた誰もがしばらく、『赤斧帝』が何を言ったのか、理解ができなかった。
少しでも理解した途端に、医者達は半狂乱になって命乞いをした。
「どうしてでございます、私共は一生懸命に陛下を病からお救いしようと致しました!」
まだ力が及ばず『赤斧帝』が身罷ってしまったのなら――彼らも、殺される事を納得はできずとも理解はできただろう。
しかし『赤斧帝』はこの通りに無事に回復したのに、どうして彼らが殺されねばならないのだ。
納得は勿論、理解さえ出来ない!
「命をかけて朕を救おうとしたのであれば、朕のためにいつでも死ねるであろう?」
「へ、陛下!」
急ぎ何者かが知らせたのだろう、皇后アマディナが大きな腹を抱えつつも走ってきた。
幼い皇太子ヴァンドリックの母でもある彼女は血相を変えて、愛する『赤斧帝』を諫めた。
「陛下、どうかそのような惨い事はお止め下さいまし!何卒お慈悲を以て臣下をお労り下さいまし……!」
「ではアマディナ、其方が代わりに毒杯をあおるか?」
彼女まで愕然とした。
「陛下……如何されてしまったのですか!?」
「何もどうもしておらぬ。朕は道理に沿って処断を下したに過ぎぬ」
医者達は毒杯をあおる直前まで死にたくない、怖い、嫌だと泣いていたが……後になって考えれば彼らは確かに『赤斧帝』からは慈悲を賜ったのである。
少なくとも公開処刑の場に引きずり出されたり、冤罪をかぶせられた上で衆目に晒されたり、ヘルリアンに貶められたり――過剰に残忍な事はされず、毒杯を渡した処刑人達からも憐憫や同情を集めた中で死ねたし、遺骸は家族の元に返されて涙と共に丁重に葬られたのだから。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。
エレンディア王国記
火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、
「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。
導かれるように辿り着いたのは、
魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。
王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り――
だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。
「なんとかなるさ。生きてればな」
手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。
教師として、王子として、そして何者かとして。
これは、“教える者”が世界を変えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる