【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る

2626

文字の大きさ
177 / 297
Second Chapter

一切、君の所為ではない

しおりを挟む
 「どうもー、私が帝国十三神将が一人『睡虎』のハルハ・ユトゥトゥゼティマルトリクスですー。『睡虎』、ハルハ、どちらでもお好きな方で呼んで下さーい。いやー、この度は『逆雷』の将軍閣下がオモシローイ案件を持ち込んだとレーシャナ皇后陛下から伺いましてー、それは一体何だろうなーとワクワクして来たんですけれどもー!」
『……』

 エルフ族の血を引く者は生まれつき風神ゼフェーオンの祝福と加護を授かっていて、『治風』と言う特殊な力が使える。死後に月の光を浴びた所為で安らぐ事が出来ぬヘルリアンをただの屍に戻す唯一の正当な力でもある。
彼らは基本的に聖地リシャデルリシャに住み、神職を生業としている。仮に聖地に住まぬエルフ族であろうと、神殿仕えの騎士や浄化官等の、何らかの神殿に関わる仕事に携わっている。そのエルフ族の支配層たるハイエルフ族ともなれば、聖地から出てくる方が珍しい。世界の一切に対して潔癖性で、エルフ族にとっての異端者であるダークエルフについては、『存在が穢らわしい』と忌み嫌っているからだ。


 元々はハルハも聖地リシャデルリシャで暮らしていたハイエルフの女だった。
超☆変わり者のハイエルフとして有名で、大神官の一族の由緒正しい血を引いているのに、人間観察が趣味だと公言してはばからなかった。挙げ句、遠路はるばる、趣味の人間観察のために聖地から帝都までやって来たのだ。
しかし……赤斧帝が暴政を振るっている真っ最中の帝都に来たは良いものの、連日続く凄惨な処刑の後始末だけに浄化官として駆り出され、流石に嫌気が差していた。そこに皇子ヴァンドリックの誘いがあって、『面白そうですねー!』と二つ返事で引き受ける。
それ以来、帝国浄化局の局長をやりつつ、趣味で帝国城の人間観察をじーっくりたーっぷり楽しーくやっていると言う訳だ。

 勿論、ただ者じゃない。糸目で飄々としている態度の上に、どうにも食えない性格をしているが、『睡虎』と恐れられている百戦錬磨の武芸者でもある。
虎は大人しく睡らせるに限る、決してその眼を開けさせてはならない。特に雌は。

 「いやー、アナタが皇統の血を引いておいでの御方ですかー。お名前はセージュ様でしたっけー?これはお目にかかれて恐悦至極に存じますー!それで?それでそれで?どうして皇統の血をお持ちなのにこんな所に虐げられて追いやられていたのでー?」
「ブン兄……!」
すっかりセージュはこの変人エルフを怖がって、ゲイブンの背後に隠れている。
ゲイブンはセージュを庇うように、彼もまたブルブルと怯えつつも、その前に立った。
「あ、あのですぜ!舌なめずりは止めて欲しいんです、ぜ……」
すかさずバズムがハルハにデコピンをかました。
「痛!あ、イタ!イタタ!」
大げさに痛がるが、バズムは合計3発もデコピンをかました。
「馬鹿モン、趣味は後にせい、後に!……事情は勘づいておるじゃろう、恐らくこの子はトウルドリックになるはずじゃった子よ」
『睡虎』は嘆息した。
「まさかあの忌々しい噂が事実だったなんて嫌ですねー。トウルドリックは密かに入れ替えられた子である、なんて……。
セージュ様、アナタの前でこんな事を言うなんて失礼千万を承知ですが、コトコカとトウルドリックがひたすらに可哀想ですよー」
「あ、あの、第八皇女様がた……でしたっけ?」
セージュがおずおずと口にすると、
「そうー。アナタが気に病む必要も可哀想に思う必要も無いけれども、二人ともあの悪辣なピシュトーナの一族の血を本当に引いているのかも分からない、まともな人間ですからねー」
どうにも胡散臭いハイエルフ相手に、セージュはまだ怯えているようだ。
「あの、ええと、でも僕、あの本当に、精霊獣を従えているなんて、まだ分からないですし……」
ゲイブンも、半信半疑の顔で何度も『そうですぜ』と呟く。
あれは赤ん坊の幽霊の仕業とかじゃ……?と言いたげに。
「いやーそれがですねー、遊郭で調べてきたんですけれど、ほぼ間違いなさそうでしてねー。何せ、眠っている娼婦達がおよそ『固有魔法』じゃ説明も納得も出来ない未知の状態にあるのですからねー」
「未知の状態じゃと?何じゃあ、そりゃ」
バズムが問い詰めると、ハルハは軽く頷いて、
「娼婦達が眠ってからもう三週間は経つでしょうー?人間が飲まず食わずで三週間眠ると、普通は体が衰弱して死ぬんですよねー。ところがすっとこどっこい、全員、体は健康そのもの。まるで眠っている間の体の時が止まっているかのようなんですよねー。
将軍もご存じでしょうけれど……効果範囲の広さも無論なんですけれど、子供一人の固有魔法でコレを数週間も持続させるのは、人体の魔力保有量の限度とか色々あって、ちょっと無理なんですよねー」
「しかも、噂を媒体に出現するんじゃったな……」
「ええ、『神々の血雫』事件でもそうでしたけれどねー、ここまでの広範囲に長期間において仕掛けると言うのは、ほぼ精霊獣か神々の領域なんですー」
そんな、とセージュがゲイブンの背中にしがみついた。
何てこったですぜ、とゲイブンはロウの背中にしがみついた。
そのロウとお喋りなパーシーバーは、先ほどからあえて黙っている。
ハイエルフは、人間よりも固有魔法や人でない存在に対して敏感だ。神職に携わる事が多いからかは分からないが、パーシーバーの存在が悟られないためには、黙っているに限るのだ。
「で、でも僕、『トドラー』を従えられていないし……」
「なるほどなるほど、『よちよち歩きの赤ん坊』なんですねー……。
いえいえー、焦る必要は無いですんよー。だってアナタは誰も害しちゃいませんものー。寝ている娼婦達だって起きたら少しは混乱するでしょうけれどー、それだけですからねー」
「ぶ、ブン兄も、そう思う?」
少しだけ安堵したような顔のセージュに、ゲイブンは無邪気に笑いかける。
「そりゃーセージュ、『はい!』ですぜ!」

 「ところでー、そこのアナタ。ロウさんでしたっけー?どうしてアナタはエルフでも無いのに精霊獣だと思い至ったんですかー?」
『……』パーシーバーは息を殺している。
「俺だって、最初はよくある幽霊騒動か何かの流行病だと思ったんだ。だが、その幽霊がひょいと出てきた上に俺の腕の中で喃語で話したものだから仰天してな。じゃあ何だ、隠れて娼婦が産んだ本物かと思って触って確認したら、どうもただの赤ん坊の形をしていない。
人の話に聞く精霊獣も皆、人ならざるお姿をされているそうだし、これはまさかと思ったんだ。
どの道依頼を引き受けたからには娼婦達を助けなきゃいかん、薬でも固有魔法でどうにもならない以上は、お上に泣きつくしか無かった」
「ふーん……かのクノハルの兄なだけはありますねー。しかしアナタは今回だけは盲目で助かりましたですねー、目視していたら今頃は……」
『……』
「そうだな、親父には感謝しかない」
ごくごく薄くハルハの目が開いた。
「……まあ良いでしょうー。アナタは嘘を言っていない、真実を言っているとも限りませんがねー。
ただ、少なくともピシュトーナ家のように陰謀を巡らせてはいないようですー」
バズム将軍が険しい顔で、
「ピシュトーナ家は何を考えておるんじゃ。まさか……」
何でも無い事のようにハルハは口にした。
「ああ、『幻闇』によればよくある帝位簒奪&皇統詐称の疑いだそうですよー?」
巫山戯るな、とバズムが呆れる。
「そんな大逆がよくあってたまるか馬鹿モン!
つまりトウルドリックは、いずれ傀儡として担ぎ上げられると……?」
「それがそれが、今は陛下もご健在でいらっしゃいますしキアラーニャ皇女殿下もお生まれになりましたからねー。殿下に何かあったら大事ですから、『闘剛』も今は皇女殿下の警備に回されています。ただし……まだ重大な問題がありましてー」
将軍は暗い顔をして言う。
「まだ、『皇太子』がおらぬ事か」
「……それもありますー。しかも、『運悪く』第九皇子殿下はホーロロで武功を挙げて帰ってきましたでしょうー?」
傀儡は箔が付いていて、かつ操りやすければそれに勝る点は無い。
「アイツは大勢の人の上に立って政を行うのは無理じゃ、アイツ自身がそれを良う分かっておる。素直すぎるし人が好すぎる、馬鹿な事ばかり言う。そこそこの地位の軍人として生きるのが何よりじゃよ……」
「ピシュトーナ家がもう少しだけ野心家でなかったら、その望みも平穏に叶ったんでしょうけれどねー……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

処理中です...