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Second Chapter
行方不明のゲイブン②
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ゲイブンが目を覚ました時、彼はいつもの悪夢を見ているのだと思った。
地獄に変わったトロレト村で、大人達が飼育されていた部屋そっくりの地下牢獄にいたのだから。
「た、頼むから覚めてくれ、ですぜ……」
しかも妙に生々しい、土や、濃厚な血、腐敗した血肉の臭いまで混じっている。
「うん?」
そこでゲイブンは背後を振り返って、腰を抜かした。
悲鳴を出さなかったのは、こう言う場所では悲鳴を出せば余計に虐げられる事を学習済みだったからである。
「……誰、なんですぜ?」
ゲイブンのいる牢獄とは背面している一室に、両足を切り落とされた、同い年くらいの少年が倒れていたのだ。死んでいるのか分からなかったが、灯りが少なくて暗い中でもよく見ればほんの僅かに息をしている気配がする。
「これは、夢、じゃない……んですぜ?」
恐る恐るゲイブンは近付いて、鉄格子越しに小声で少年に呼びかけた。
(おい、おおーい……!起きてくれですぜ……!)
(……)
(おおーい!おーい……!)
(……う、ぐ……)
(おい、おおーい!!!!!しっかりするんですぜ!)
(っ!?)
目が覚めた途端に、少年はいきなり床に頭を叩きつけた。ガキン、と鈍い音がした。続けざまに上半身を床に叩きつけるようにして、外された関節を戻していく。
(魔法封じの入れ墨に、失血量も問題だ……困ったな)
そして少年は手早く切断された足の止血をして、小さくため息をついた。
(そ、その怪我……だ、大丈夫なんですぜ!?)
(見ての通り、大丈夫じゃない。だが何とかするしかないだろう)
少年が冷静だったので、ゲイブンは質問してみる事にした。
(あの、ここは何処なんですぜ?君は誰で……)
ゲイブンの顔を見て、少年は目を見張る。
(貴様は……!いや、貴様こそ先に名乗れ)
(おいらはゲイブンですぜ。遊郭で小遣い稼ぎしようと思って貧民街を歩いていたはずなのに、気付いたらここにいたんですぜ!)
(貧民街の住人を誘拐したのか?)
(そうですぜ、何でおいらが誘拐なんかされたんですぜ……?)
(ボクに訊くな)
(そりゃちょっと冷たいんですぜ!じゃなくて!名乗ったんだから名乗ってくれですぜ!)
(キア……キアラフォだ)
(キアラフォは、どうしてここにいるんですぜ?)
(ボクはこれでもさる御方に仕える密偵だ。この一族が陰謀を企んでいるとの噂を聞いて、潜入調査をしていた)
(それが、失敗した……?)
(そうだな、自害できなかった時点で失敗だ。おいゲイブンとやら、反対側を向いていろ)
ゲイブンは泡を食って身振り手振りで訴えた。
(自害は、駄目ですぜ!)
(拷問されて機密情報を吐く訳にはいかんだろう)
(その前に、逃げる方法を考えましょうぜ!)
(無駄だ。ゲイブンは戦えないだろう?)
(だけど……!)
(せめて大量の血があれば……!)
(血?)
(こう言う事だ)
少年の目が薄暗がりでも分かる程、赤く光った。
(き、吸血鬼だったんですぜー!?)
ゲイブンは素っ頓狂な声を出しかけて、慌てて口を押さえ込んだ。
「吸血鬼は血を吸う事を何より下品だと嫌っていたそうです。代わりに彼らは草花の精気を食べて生きていた、と記録にありますが、実際は違っていたそうです」
そうやってゲイブンはクノハルに歴史について教わった事がある。
「吸血すると、血が効き過ぎたのですよ」
「飲むと効き過ぎるって、お酒みたいですぜ!」
ロウさんもすぐにお酒が効くんですぜ、と笑ったゲイブンに、クノハルは真面目な顔を向ける。
「近いですね、ゲイブン」
「えっ?」
「吸血鬼は、血を吸うと欠落した手足さえも即時に生える程の凄まじい再生能力や巨岩をも動かす怪力を一時的に獲得した代わりに――」
「代わりに?」
「血を吸った高揚感に、しばし酔いしれたそうです」
「ひええ……ですぜ……」
「その高揚感が無くなるまでは、太陽の光が猛毒となったと伝わっていますが……。
何せ吸血鬼の国のザルティリャが滅んでしまいましたから、『記録』でしか無いのです」
でも、とゲイブンは考えた。
己一人では到底、この地下牢獄から脱出なんて出来ない。
だったら、あの時のように少しでも可能性がある者に賭ける他には、今を変える手段はない。
(……本当に、血があれば……)
ゲイブンは少年の赤い目を見つめる。
(ここからキアラフォは……確実に逃げられるんですぜ?)
(やってみせる)
(もし逃げられたら……貧民街にある『よろず屋アウルガ』のロウさんって人に伝言頼んで良いですぜ?)
(は?)
(お世話になりました、って……)
ゲイブンはそっと、床に転がっていた鉄の薄皿を手に取ると、足で踏みつけて変形させた。ぐにゃりと歪んだら、それを裏返してまた踏みつけてゆがめる。
何度も繰り返していくと徐々に鉄皿に折れ目が付いて、とうとう割れた。
(おい、ゲイブン!)
(大丈夫ですぜ!)ゲイブンはいつものように無邪気に笑う。(こう見えて、おいら、こんな地獄には慣れっこなんですぜ!)
――その表情のまま、ゲイブンは鉄格子からキアラフォめがけて右手と左手を限界まで突き出すと、折った鉄皿の断面で勢いよく手首を縦に切り裂いたのだった。
地獄に変わったトロレト村で、大人達が飼育されていた部屋そっくりの地下牢獄にいたのだから。
「た、頼むから覚めてくれ、ですぜ……」
しかも妙に生々しい、土や、濃厚な血、腐敗した血肉の臭いまで混じっている。
「うん?」
そこでゲイブンは背後を振り返って、腰を抜かした。
悲鳴を出さなかったのは、こう言う場所では悲鳴を出せば余計に虐げられる事を学習済みだったからである。
「……誰、なんですぜ?」
ゲイブンのいる牢獄とは背面している一室に、両足を切り落とされた、同い年くらいの少年が倒れていたのだ。死んでいるのか分からなかったが、灯りが少なくて暗い中でもよく見ればほんの僅かに息をしている気配がする。
「これは、夢、じゃない……んですぜ?」
恐る恐るゲイブンは近付いて、鉄格子越しに小声で少年に呼びかけた。
(おい、おおーい……!起きてくれですぜ……!)
(……)
(おおーい!おーい……!)
(……う、ぐ……)
(おい、おおーい!!!!!しっかりするんですぜ!)
(っ!?)
目が覚めた途端に、少年はいきなり床に頭を叩きつけた。ガキン、と鈍い音がした。続けざまに上半身を床に叩きつけるようにして、外された関節を戻していく。
(魔法封じの入れ墨に、失血量も問題だ……困ったな)
そして少年は手早く切断された足の止血をして、小さくため息をついた。
(そ、その怪我……だ、大丈夫なんですぜ!?)
(見ての通り、大丈夫じゃない。だが何とかするしかないだろう)
少年が冷静だったので、ゲイブンは質問してみる事にした。
(あの、ここは何処なんですぜ?君は誰で……)
ゲイブンの顔を見て、少年は目を見張る。
(貴様は……!いや、貴様こそ先に名乗れ)
(おいらはゲイブンですぜ。遊郭で小遣い稼ぎしようと思って貧民街を歩いていたはずなのに、気付いたらここにいたんですぜ!)
(貧民街の住人を誘拐したのか?)
(そうですぜ、何でおいらが誘拐なんかされたんですぜ……?)
(ボクに訊くな)
(そりゃちょっと冷たいんですぜ!じゃなくて!名乗ったんだから名乗ってくれですぜ!)
(キア……キアラフォだ)
(キアラフォは、どうしてここにいるんですぜ?)
(ボクはこれでもさる御方に仕える密偵だ。この一族が陰謀を企んでいるとの噂を聞いて、潜入調査をしていた)
(それが、失敗した……?)
(そうだな、自害できなかった時点で失敗だ。おいゲイブンとやら、反対側を向いていろ)
ゲイブンは泡を食って身振り手振りで訴えた。
(自害は、駄目ですぜ!)
(拷問されて機密情報を吐く訳にはいかんだろう)
(その前に、逃げる方法を考えましょうぜ!)
(無駄だ。ゲイブンは戦えないだろう?)
(だけど……!)
(せめて大量の血があれば……!)
(血?)
(こう言う事だ)
少年の目が薄暗がりでも分かる程、赤く光った。
(き、吸血鬼だったんですぜー!?)
ゲイブンは素っ頓狂な声を出しかけて、慌てて口を押さえ込んだ。
「吸血鬼は血を吸う事を何より下品だと嫌っていたそうです。代わりに彼らは草花の精気を食べて生きていた、と記録にありますが、実際は違っていたそうです」
そうやってゲイブンはクノハルに歴史について教わった事がある。
「吸血すると、血が効き過ぎたのですよ」
「飲むと効き過ぎるって、お酒みたいですぜ!」
ロウさんもすぐにお酒が効くんですぜ、と笑ったゲイブンに、クノハルは真面目な顔を向ける。
「近いですね、ゲイブン」
「えっ?」
「吸血鬼は、血を吸うと欠落した手足さえも即時に生える程の凄まじい再生能力や巨岩をも動かす怪力を一時的に獲得した代わりに――」
「代わりに?」
「血を吸った高揚感に、しばし酔いしれたそうです」
「ひええ……ですぜ……」
「その高揚感が無くなるまでは、太陽の光が猛毒となったと伝わっていますが……。
何せ吸血鬼の国のザルティリャが滅んでしまいましたから、『記録』でしか無いのです」
でも、とゲイブンは考えた。
己一人では到底、この地下牢獄から脱出なんて出来ない。
だったら、あの時のように少しでも可能性がある者に賭ける他には、今を変える手段はない。
(……本当に、血があれば……)
ゲイブンは少年の赤い目を見つめる。
(ここからキアラフォは……確実に逃げられるんですぜ?)
(やってみせる)
(もし逃げられたら……貧民街にある『よろず屋アウルガ』のロウさんって人に伝言頼んで良いですぜ?)
(は?)
(お世話になりました、って……)
ゲイブンはそっと、床に転がっていた鉄の薄皿を手に取ると、足で踏みつけて変形させた。ぐにゃりと歪んだら、それを裏返してまた踏みつけてゆがめる。
何度も繰り返していくと徐々に鉄皿に折れ目が付いて、とうとう割れた。
(おい、ゲイブン!)
(大丈夫ですぜ!)ゲイブンはいつものように無邪気に笑う。(こう見えて、おいら、こんな地獄には慣れっこなんですぜ!)
――その表情のまま、ゲイブンは鉄格子からキアラフォめがけて右手と左手を限界まで突き出すと、折った鉄皿の断面で勢いよく手首を縦に切り裂いたのだった。
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