【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る

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Second Chapter

亀の甲より年の功

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 『よろず屋アウルガ』にギルガンドが入った時、中ではクノハル一人、この前に贈られた絹の室内着を着て、だらしなくゴロゴロとしていたが、
「うわ……」
露骨に嫌悪の顔をして起き上がった。
「兄なら出かけていますが」
「ゲイブンはいるか?」
「ゲイブンも一緒に出かけていますが、何か?」
「ホーロロのセージュドリック殿下からゲイブンにこれが送られてきた」
「!」
さっとクノハルは姿勢を正して、恭しく書状を受け取ると、
「しかとゲイブンに渡しておきます」
「それと……」
「……何か?」
「これをやる」と殊更に無愛想に彼は軍用外套の中から分厚い本を取り出して、渡した。
「アルゲニ・ムーシ著の『国家政治論考』の最新巻では無いですか!」
目を輝かせて、凄まじい勢いでページをめくり始めたクノハルをギルガンドは黙って見つめる。
――やがて、巻末の後書きに差し掛かった頃、クノハルはページをめくる勢いはそのままに言った。
「人の裸を3度も覗いたのは許せませんが、これで手打ちにしてやっても良いですよ」
「ああ」



 ――そこに酒臭いロウとバズムが肩を組んで乱入。
その後をゲイブンが丸くなった腹を撫でてげっぷをしながら付いてきた。
「いやークノハルー!聞いてくれー!爺さんが凄いんだぞー!!圧勝だー!ここまで闇カジノで勝ったのは初めてだぞー!勝ちすぎてあの胴元がとうとう泣き出したんだー!」
『……このパーシーバーちゃんだって、褒めたくは無いけれど……確かに凄かったわね。バズムおじいちゃんの読みとハッタリ、悉く的中したんだもの……』と、パーシーバー。
「ロウよ、凄くてあったり前じゃー!何せワシはな、百戦百勝の『逆雷』じゃぞー!?」
「そうだー、爺さんは天下の『逆雷』だー!」
「そうじゃあー!!」
「げっぷ……もう三日は何にも食べられませんぜー……」
「何じゃあ坊主、だらしないのう!若いんじゃからもっと食え!」
「ひいええ、おいら、もうお腹いっぱいなんですぜー!」


 だが、乱入して早々に、バズムはギルガンドと睨み合う。
「何じゃあ貴様!どうしてここにおるんじゃあ!?」
「それは私の台詞だ!どうして――」
確か、『逆雷』も先月にホーロロ国境地帯に戻ったのでは無かったか!?
「セージュドリック殿下のおかげで、部族衆が完全に大人しくなっちまったんじゃよ!まさか神使が来るとは思わなんだ、逆らっては神罰が下ると震えておったわい!それで今朝方、帰ってきたんじゃよ!」
「まさか一人だけ逃げ帰ってきたのか?」
「どこぞの黄色いひよこじゃあるまいし。他の兵士も明日には帝都に着くじゃろうなー」

 「ゲイブン、これを」
クノハルが書状を差し出すと、ゲイブンは不思議そうな顔をして開いた。
書かれている内容を一文字ずつ読んでいたが、その顔がおもむろに晴れやかになっていく。うっかり涙がこぼれそうになったので天井を向いて、
「そっか、力を合わせて、元気でやっているのかあ……えへへへ、ですぜ!」

 ――ギルガンドとバズムはそれどころでは無い。
いよいよ睨み合いから取っ組み合いまで秒読みになった時、バズムが奇策に打って出た。
「そうじゃクノハルちゃん」ギルガンドの形相が極限まで険しくなった。いつの間に!?しかも『クノハルちゃん』だと!?「これ、お土産じゃよー」
そう言って取り出したのは、これまた分厚い本であった。
「有り難う、将軍閣下!」
「じゃから『お爺ちゃん』で良いと言うておるじゃろう、『お爺ちゃん』じゃ!」
「……。お爺ちゃん、有り難う」
「フハーハハハハハハハッ!いやあ素直な若い娘に礼を言われるのは気持ちが良いものじゃのー!
……それに比べてワシの部下だったアニグトラーンの子孫のぴよぴよは、本当に駄目じゃ。老人への敬意もないし礼儀もなっとらんのう」
「貴様の様な老害爺にくれてやる敬意や礼儀が何処にある!」
と思わずギルガンドが掴みかかった時、
「……酷いですね」
クノハルの冷えた声に、ギルガンドは己が『逆雷』の罠に陥った事を悟った。
『ちょっと……プライドマッターホルンのヘンタイピノキオ男の癖に、こんなお年寄りに向かって何て酷い事を言うのよ!性格最低男の世界記録がたった今更新されたわよ!』
憤ったパーシーバーが何度も肯くし、ロウも怒った。
「『逆雷』の爺さんを『老害』だなんて……。どれだけ傲慢なんだ!」
ヨヨヨヨ……とバズムがわざとらしく蹲って泣き出した。奇策の総仕上げであった。
勿論、嘘泣きなのは言うまでも無い。
「泣かないで、お爺ちゃん!」
『あああっ!お爺ちゃんしっかり!こんなに年老いてからも若者に虐げられるなんて、気の毒が過ぎるわ……!何よこの傲慢男!人でなしだわ!』
クノハルとパーシーバーがギルガンドから庇うようにバズムを抱きしめて、一緒に鋭い目でギルガンドを睨み付けた。ゲイブンは天井を向いていて、何時もよりもっと当てにならない。ロウは酔いが回ったらしくて、
「出ていけぇ……」
そろそろ呂律が怪しくなってきた。もはや論外だ。
「違う!」とギルガンドはクノハル達へ迫ったものの、
「出ていって下さい!」とクノハルに渾身の声で怒鳴り返される。
「だから違う!」
しかし不幸にも『ベーロベロベロベロベロ!バアーっ!』とクノハルの腕の中でバズムが舌を出して挑発を兼ねた勝利宣言をしているのが分かっているのは、ギルガンドだけであった。
「出ていけ!」


 結局、『よろず屋アウルガ』を追い出されたギルガンドは、仕方なく軍帽を目深にかぶって貧民街を歩き出したが――。
「……ロウは『シャドウ』では無いのかも知れないな……」
一度だけ振り返って、誰にも聞き取れぬ小声で呟いたのだった。



 ――同時刻、『黒葉宮』にて。
「――ブエーーーーーーーーークショイ!!!!」
オレ達は盛大なクシャミをした。
「まあ、テオ様。またお風邪を召されたのですか?」
ユルルアちゃんが心配そうにオレ達の背中をさする。
「……どうしてだろう、悪寒がしたんだ」
「今日は早く休みましょう」
「ああ、そうする……」


                                 Second Chapter END
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