【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る

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Final Chapter

怪盗アルセーヌ

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 久しぶりに帰った実家で、真っ先に出迎えてくれたヌスコ兄上は疲れた顔をしていた。
「兄上、ただ今戻りました。その……酷くお疲れのようですが、如何されたのですか?」
「厄介な仕事に直面しているのだ。何、ユルルアの気にする事では――」
「もしや、『怪盗アルセーヌ』についてですか」
ヌスコ兄上は溜息をついて額を押さえた。ますます眉間にしわが寄った。
「シャルか。後で確りとお灸を据えてやらねば……」
「程ほどで許して差し上げませ。シャルは兄上を本当に心配していたのです。それで、父上と母上はどちらに?」
ヌスコ兄上の眉間に、深い谷間が出来た。
「ザルティリャの復興作業に従事していた現地住民の間でまた諍いが起きたため、折悪しく向こうに赴かれたばかりだ」
「まあ……」
「ザルティリャの王族や貴族を『乱詛帝』が皆殺しにしてしまったのがそもそもの問題なのだ。ある程度の支配が無ければ秩序も無い、その逆も然り。せめて一人でも王侯貴族に生き残りがいれば、まだ話は別だったが……」
「そうでしたの……。兄上、くれぐれもお体を大切になさって下さいませ。兄上にもしもの事があれば、私は涙ながらに暮らす事になりますわ」
「おお、ユルルア……!」ヌスコ兄上の目に涙が宿った。「血も涙も無いと、『毒冠』と呼ばれる私に、妹のお前だけが優しくしてくれる。
ああ、どうだ、第十二皇子殿下はお前に良くしてくれているか。何か不自由している事は無いか?呪いを受けたこの顔は、もう痛まないか?」
「私はとても幸せですわ。こんなにも私の事を愛して下さる兄上がいるのですから」
「うう……」とうとうヌスコ兄上は声を上げて泣き出した。「私の最後の良心だ、ユルルアは……!」
帝国十三神将の誰かがこの場にいれば、カドフォ公家の繁栄と皇帝への忠誠についてを常に両天秤にかけている――冷血漢のヌスコが妹に縋って涙をこぼして泣いている有様に本当に驚愕しただろう。
「いいえ、兄上は誰よりも心の温かい、思いやりのある優しい人ですもの。私がそれを良く分かっております。ところで、『怪盗アルセーヌ』とやらは何者ですの?誰よりも優しい兄上を苦しめる悪党なんて、断じて許せませんわ!」
……まるで、熟練の蛇使いが蛇を手なずける現場にそっくりだった。
「ああ、奴は悪徳貴族ばかり狙う義賊だと言われていたのだが、調べた所それは大嘘だと分かった」
「では強盗ですの?ますます許せませんわね!大事な私の兄上を卑しい強盗の分際で悩ませるなんて!」
完全に骨抜きにされたヌスコ兄上は、ペラペラと喋った。
「奴が盗んでいたのは所謂『遺宝』なのだ。かつて我らがガルヴァリナ帝国が太祖ガルヴァール・ガルヴァリーノスが精霊獣インベンダーを従えていた事は知っているだろう。そしてその知識と魔力によって、数多の兵器を生み出した……」
「ええ、勿論存じ上げております。兄上のような立派な貴族になりたくて、私は勉学にも励んでおりますから」
ぐお、とついに呻き声のような嗚咽を上げて、ヌスコ兄上はいよいよ大粒の涙をこれでもかと流し、
「うんと励みなさい。私も応援しているから……!
――それでな、太祖達が生み出したのは兵器だけでは無いのだ。兵器を生み出せる程の知識ならば他にも自在に応用が利くだろう?兵器ほど重要では無く、強大な魔力が無ければ動かせぬが、太祖から賜りし『遺宝』として先祖代々の秘蔵にしてあった家宝……『怪盗アルセーヌ』なる盗人によって盗まれたのは、正にそれらなのだ。
しかも普通に盗めば良いものを、家人に勝負を挑んで勝ち、その勝利の証として奪っていくらしい……」
「何て事なのでしょうか……!一体、何のために!?」
この場にテオ様がいたら、私が仮面の下で何を考えているかをズバリと言い当てただろう。
見事に情報を引き出しましたわ、と密かにほくそ笑んでいた事も――。
しかしヌスコ兄上は全く気付かないで、
「……まだ分からぬ。家宝と言っても今や金銭的・実用的な価値もほぼ無いものばかり故、一度、家で考えて情報を整理しようとしていたのだ……」
「兄上、一人で悩んではいけませんわ。私だっていますから、頼れる相手には頼って下さいまし」


 体を丸めて号泣するヌスコの背中を優しく撫でながら、ユルルアは『早くテオ様に逢って報告しましょう』と考えている。
特定の相手以外には極端に冷血で冷酷な気性も、兄妹で共通しているのである。
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