【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る

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Final Chapter

ぶちまけられた赫

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 その日。聖奉十三神殿に大巫女タルタが降臨すると聞いて、隣にあった帝国第一高等学院は休校になった。
あまりの人出の多さを予測しての事だったが――それは的中していた。
聖奉十三神殿のある一帯が全て、人、人、人で埋め尽くされると言う、未曾有の大混雑が起きたのだから。


 「わあ!」誰かが叫んだ。聖地から光に包まれて大巫女タルタが階を降りてくる光景を見て、感動の声を上げた。「大巫女様だ!」
「何て綺麗なんだ!」
「神々のお声を聞けるらしいぞ!」
「あんだけ神聖なら間違いないさ!」
「有り難や、有り難や……!」
人が押し合いへし合いしている、その真上にタルタはやって来ると、手元の装置を弄って聖奉十三神殿の彼方此方から声を響かせた。
『ニンゲンよ、私達最高大神官から、この度は特別な贈り物があります』
うわあああっと人々は大いに喜んで叫んだ。
少しでもタルタに近寄ろうと更に密度が増した所で――。
『「神々の血雫・赫」の臨床試験のお役目ですわ』


 ――人々にはそれが最初は金貨が舞い散ったかのように見えたので、我こそは手に入れようと手を高く伸ばした。
だが、最初にその円環を手に入れた者達が、たまたま腕に嵌めた事で、事態は一変する。
「グウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!??!」
その人間達は見る間に異形の怪物となって、周りにいた人を無差別に襲い始めた。
『キャーッハハハハハハハハハ!』タルタの金属質な笑い声が響き渡る。『やはりニンゲンは駄目ね!耐性も無かったからすぐさま「ヴォイド」になってしまったわ!どうしようも無い劣等種ね!』

 それまで歓呼と期待の声で満ちていた聖奉十三神殿とその周辺一帯は、瞬く間に血と悲鳴と大混乱で埋め尽くされ、逃げようとした人間と何が起きたかの理解が出来ない人間がぶつかり合い、転倒し、折り重なった所を『ヴォイド』達が次々と襲う――この世の地獄と化したのだった。



 「こら、タルタ!」
聖地に帰還した大巫女タルタを真っ先に待っていたのは姉サルサの叱責だった。
「まだ全ての同胞に『隷械獣』が行き渡っていないのに、帝国と表だって事を構えてどうするの!」
タルタは笑って答える。
「でもサルサ姉様、キアラカ達を襲わせた時点で十分に表だって事を構えたんじゃなくて?」
「そうじゃなくて、もっと上手に帝都の人間で試す方法もあったでしょうに!」
「だってつまらないじゃない。私達エルフ族が常に滅びに怯えているのに、ニンゲン共は呑気に聖地を崇めてあわよくば御利益のお零れに与ろうなんて考えているのだもの。……許せないわ」
「それは、そうだけれども……!」
そこに忽然と出現したのが――基本的に純白を使った清廉な印象を与える衣装をまとうエルフ族の中では、完全に異色の存在――優雅に真っ黒な服をまとった細身で長身、おまけに道化師の仮面を付けた男だった。
『良いやん、別に。ここで言い争う必要無いで。どうせエルフ以外の世界中の生き物をもうすぐ「ヴォイド」に変えるんやから』
顔を隠しているその道化の仮面のように、何処かユーモラスだが嘲笑のこもった声で、男は言った。
言い争っていたサルサとタルタの顔色が蒼白になる。
「「『ヴェロキラプトル』様!」」
『そう驚くなや。俺はアルアの「影」で「半身」みたいなもんやで?……分かっとるやろ?』
「その。……アルア姉様の『代理人』は、今、何をされているのですか?」
タルタが怯えながら訊ねると、
『えらい怒っとるで。赤ん坊の皇女……えーとキアラーニャやったな、殺し損ねた事もそうやし、中途半端に「神々の血雫・赫」をぶちまけた事にも』
ここで『ヴェロキラプトル』はドスの利いた声で凄んだ。
『ちゃんとせんかい。永遠の命が欲しく無いんか?このままエルフ族が全滅しても良いんか?ここまで来たのに台無しにしたいんか?あんさんらの代わりは幾らでも「ある」んやで?本腰入れてしっかりせえよ?』
「は、はい!」
サルサも震えながら頷く。すると男は鼻先で笑いながら、
『まあええわ。俺は別にアルアさえいればええんや、あんさんらがどうなろうとどうしようと知ったこっちゃあらへん。んじゃ、「神々の血雫・赫」をぶちまけた後を見学してくるわ』
そう告げると、夕暮れの帝都へと靴の音を鳴らして下っていったのだった。



 五十五体目のヴォイドを倒して、ギルガンドは背中を預ける『峻霜のヴェド』に訊ねる。
「そちらはどうだ?」
「……あらかたは片付いた」
「そうか。では、残るは――」
二人は、人々の屍を貪り食う巨人のように大きなヴォイドを同時に睨み付けた。
「……う゛ぉ、おおおおおおおおおおお……」
そのヴォイドは誰よりも不運な者であった。たまたま両手に『神々の血雫・赫』が嵌まってしまったのだ。
それからずっと、絶望的な飢餓感が止まらないのだ。
「……ひも……じい……ひもじい、よおおお……う゛ぉおおおおおおおおおおお……いくらたべても……ひもじい、よおおおお……」
ヴェドが舌打ちする。
「……人々の魂を喰らうのでは無かったのか?」
ギルガンドも忌々しそうに、
「『神々の血雫・赫』だとか言っていたな。どうせ改悪したのだろう。……終わらせてやろう」
「……ああ」
氷の刃が一瞬だけヴォイドを足止めした瞬間に、ギルガンドの一閃がヴォイドをこの世から解放したのだった。


 ようやく長い戦いを終え、深く溜息をついたヴェドとギルガンドだったが、拍手があってまた剣や刀を構え直す。
『いやーほんまに見事やなあ?流石は「峻霜」「閃翔」!流石は帝国最強の男達や!』
黒い服をまとった仮面の男が、不思議な武器を両手に死屍累々を踏みつけてやって来た。
「……『シャドウ』、なのか?」
思わず呟いたヴェドを叱咤するようにギルガンドは叫んだ。
「違う、アレは別人だ!」
仮面の男は首をかしげて、
『「シャドウ」……?何やそれは。いや、誰やそれは?俺はシャドウ違うで?
――ま、ええわ。あんさん達帝国最強の男達なんやろ?悪いが、ここでおっ死んでくれや!』
咄嗟にギルガンドがヴェドを抱えて天空に逃げたのは大正解だった。ヴェドが構築した分厚い氷の盾が一撃で粉砕されたのだから。
「あの武器!」
ヴェドが絶句する。ギルガンドは歯噛みした。
「相変わらず、何と言う威力だ!」
『ええ火力やろ、これ』自慢するように仮面の男は不思議な武器を片手ずつ見せびらかす。『名前はな、こっちがフォスト、こっちがメフィストフェレス。二丁合わせて、「フォスト&メフィストフェレス・ノワール」ちゅうねん。ええネーミングセンスやろ?』
「何を戯けた事を……!」
ギルガンドが激怒した瞬間、仮面の奥で男の目が光った。
『やけど、俺の本気はここからやで?――ガン=カタForm.8「パワー・リバース」!』


 ――ギルガンドが変態的・芸術的とも呼べる軌道を描いて、ヴェドを抱えたままその弾幕を交わしきったのは見事であった。
「ギルガンド、降ろせ!このままでは!」
幾らギルガンドでも保たないと察したヴェドが言ったが、否まれる。
「駄目だ!貴様はアレと戦った事が無い!アレはこの私をも一度は倒したのだ!」
「しかし!」
「かすめただけで重傷を負わせる武器だ!貴様でも耐えられん」
一方、仮面の男は余裕たっぷりで、
『何や、全部避けられてもうたわ。やっぱり拳銃持っとらん相手とはつまらへんなあ……』
頭の後ろで腕を組み、輝き始めた月を見上げたのだった。


 『……ん?』
この辺りは帝国軍によって完全に封鎖されたはずなのに、足音が聞こえて仮面の男は振り返る。
『誰や?』
「「――!!!」」
ヴェドとギルガンドは目を見張った。
彼らの視線の先には、あの道化師の仮面を被った、もう一人の人物がいたのだ。


 「誰と聞かれたら応えてやろう」
 「ガン=カタを愛する者として!」
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