【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る

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Final Chapter

過去は消せなくても①

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 キアラカ皇妃達の襲撃があった翌日の夕方、ロクブは『閃翔のギルガンド』と『幻闇のキア』と連れ立って、『よろず屋アウルガ』を訪れた。

 「『逆雷』の爺さんから金は貰った。『スーサイド・レッド』の党首に会いたいんだってな?」
ゲイブンが腹を下してまだ寝込んでいる隣で、ロウは杖を片手に彼らに言った。
『……珍しくお金が入ってきたと思ったら、こんな大きな問題まで飛び込んでくるなんて……』
パーシーバーがロウの肩の上で言う。
「ええ。宜しくお願いします。……それで、新しい地獄横町は何処に?」
水を出されたがそれには手を付けず、ロクブは訊ねる。
「『乱詛帝』に粛正されたさる大貴族の別邸が、ほぼ廃屋になっていたんだが……そこにどうも『スーサイド・レッド』の一党が住み着いたらしい」
「相変わらず耳の早い男だ」と小声でギルガンドが呟いた。
ロクブはしばし手を膝の上で握りしめて俯いていたが、顔を上げる。
「……急ぎましょう。エルフによるこれ以上の暴虐を看過する訳には行きませんから」



 「しかし、お上の人間がまた『スーサイド・レッド』に用事だなんて、一体何が起きているんだ?……聖地と戦争になったとか、エルフが『神々の血雫』をばら蒔いたとか、それで人死にが大勢出たとか、およそデマだとしか思えないような噂がこれでもかと飛び交っているんだが」
案内しつつ、ロウはギルガンドの方を向いて訊ねた。
「……事実だ、全て」
ギルガンドが静かに認めたので、ロウは嫌そうに顔を背けて、
「そうか。勝ち目はあるのか?」
「探している」
呆れた声をロウは出した。
「特務武官様に言う事じゃないだろうが、戦争ってのは勝ち目を探しながら戦うものじゃあ無いんじゃないか?」
「貴様だったら天空にある聖地相手にどうした?」
「生憎だが俺はただのよろず屋だからな。尻を捲ってさっさと逃げる」
「我らは帝都を捨てて逃げる事は断じて出来ないのだ」
「そりゃあご苦労な事だ」
ロウは鼻先で笑って、それから背後の『幻闇』からの殺意の籠もった視線に気付いたのか、小さな声で言う。
「……キアラカちゃんに一度だけ聞いた事がある。生まれてから何時も一緒だった弟がいたと。でも父親に捨てられた事をその子は何より恨んで、引き留めるのも聞かずに名前を捨てて何処かに消えてしまったらしい。
そうだ、思い出したぞ、捨てられた名前は『キアラフォルエ』だ。
このガルヴァリナ帝国の皇位継承権所持者には、いずれも名前の最後に『ドリック』が付く。それと同じように、滅ぼされた吸血鬼の王国ザルティリャの王族の血を引く者には名前の最初に『キアラ』が付いたらしい。隣国トラセルチアやマーロウスント王国だと何とか一世、何とか二世と呼ぶ習わしらしいが……」
『ガルヴァリナ帝国の太祖の後を継いだ二代目の名にあやかっているのよね。同じように、ザルティリャは初代女王キアラに倣っているらしいのよねーっ』とパーシーバーも頷く。
「……」
『幻闇』の沈黙を返答と受け取って、ロウは言葉を続ける。
「父親を憎み恨むってのは、辛い事だが精神的には必要な事かも知れん。子が己の力で超えてこそ、父親は最後の親としての役割を果たせるんじゃないだろうか」
「……ロウさんは、父親の事が憎いのですか」
ぽつりとロクブが言うと、ロウは哀しそうに笑って、
「俺は逆だ、母親が何より憎かった。だがもう、その憎しみも色褪せてしまったよ」
『ロウ……』と名を呼んで、パーシーバーはロウの手を握りしめた。
ロクブはしばらく黙っていたが、
「憎むべき相手がいると言うのは、まだ救いかも知れません。……私は親がいなかったので、今ひとつ父親に成りきれているかさえも分からない。これで良いのだろうかと悩みながらも、ただ散らかった玩具を片付ける日々です」
滑稽なような、悲痛なような謎の沈黙が流れた後、ロウはとうとう口にする。
「……随分と昔に、『スーサイド・レッド』から足抜けした男がいたらしい。その時はどこぞの大貴族様が気紛れか何かで大金を積んだらしいが、キアラードはその程度で裏切りを許すような甘い奴じゃない。奴が制裁を加えるとしたら――その足抜けした男が最も幸せな瞬間に、その幸せの一切合切を目の前で八つ裂きにする事だろうよ」
しかし、恐怖も諦めもロクブの心には無かった。その言葉を聞いて、やはり、と安堵さえしたのだから。
「孫が生まれて鬼の目にも涙が宿ったんでしょうね。私一人で済ませてくれるって言っているんだ、あの人からしたらあり得ないくらいの温情ある沙汰でしょう」
逆にロウは苦々しい表情を浮かべる。
どうして『逆雷』が彼に依頼を持ち込んで気前よく前払いまでしたのか、その真意を悟ったからだ。
「『逆雷』の爺さん、そう言う魂胆だったのか……道理であんなに金払いが良かった訳だ」
『ちょっと!確かに金貨はたっぷり貰ったけれども!こんなに難易度の高い依頼だなんて聞いていないわよーっ!?
ロウはそうよ、酒に弱くってギャンブルに弱くって女に弱くって金勘定に弱くって義理人情に弱くって、何より可愛い妹の涙に弱いんだもの!
みすみすこの男の人をキアラードが殺してしまうのを、絶対に見過ごせる訳が無いじゃないの!!!』
パーシーバーまで深い溜息をついた。
「おいアンタ」とロウはギルガンドに訊ねる。「帝国十三神将ってのは、いつもこんなややこしくて難儀な仕事ばかりやっているのか?」
「それが何だ」
相変わらずの傲慢な口調でギルガンドは返す。
「とんでもないな……」
ロウはうんざりした声で独りごちたのだった。



 暗殺組織『スーサイド・レッド』の新たな拠点は、人が住まなくなって久しい、廃屋と呼んでも差し支えの無い古い大きな屋敷だった。荒れ果てた庭園には雑草がぼうぼうと生い茂り、夜露に濡れているのを月光が静かに照らしている。
バラの香りがわずかに漂っていて、それを嗅いだ『幻闇』は誰にも気付かれない程度に顔をしかめた。
雑草を踏み分けて屋内に彼らが入ると、そこは荒れ果てた外とは裏腹にきちんと掃除をされてあり、埃一つ無かったのだった。所々に灯りがともっていて、それは彼らを誘うように奥の部屋へと続いている。
その部屋に入ろうとした時、周囲に人の気配はするが誰も姿を現さないので、パーシーバーはロウを離すまいと強く抱きついた。
『……天井裏に3人、隣部屋に5人、床下に2人……全部、吸血鬼みたいよ』

 調度品と言えば簡素な机と、それを囲むように椅子が5つ並べられているだけだったが、その机の上には血のように赤いバラが一本だけ花瓶に生けてあった。天井に大きく空いた穴からは月光が降り注ぎ、灯りが要らないくらいにその一室は明るかった。その月光に照らされて、元々色白の顔がより蒼白に見える程に――『スーサイド・レッド』の党首キアラードが待っていたが、扉が軋みながらも開いた音を聞いて振り返った。
赤い瞳が、爛々と輝いている。
「来ましたか」
そう言うとさっさと彼は椅子に腰掛けて、4人にも座るように手で示した。

 「一度だけ聞いてやる、ロクブ」時間を浪費するのは嫌いなのだろう。早速にキアラードは切り出した。「血の池地獄に戻ってくるつもりはあるか?」
「二度と戻るつもりはありません」ハッキリとロクブは断った。「私にも家族が出来ましたから」
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