【完結】ガン=カタ皇子、夜に踊る

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First Chapter

お家乗っ取り

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 クォクォ家の当主であるタンドンには弟と妹が一人ずついた。ディナ夫人にも弟妹が二人いた。
彼らが富裕な中流貴族であり、かつ御印工房『インペリアル・ブラック』の代々の頭領を務めるクォクォ家のお家乗っ取りを企んでも、何も不思議では無かったのだ。

 この時、オユアーヴにとって何よりも運が悪かったのは、オユアーヴの義理の従兄にあたるタンドンの妹の子ソーレも優秀な鍛冶職人で、かつ、恐ろしく狡猾な男だった事だ。
ソーレはタンドンやディナ夫人でさえ気づかぬ間にクォクォ家と御印工房『インペリアル・ブラック』の職人達を己の傘下へと巻き込んでいた。『分解』と言う固有魔法を持っていたこの男は、いわゆる秀才だったから。
対してオユアーヴと来たら、相変わらず己と世界に対してちぐはぐな違和感とずれた懸隔を覚え続けており、若き鬼才と呼ばれつつも芸術作品を挑んでいる時だけはつらつとしているような有様だった。


 ――ついにタンドンとディナ夫人が相次いで急病で亡くなった。毒を盛られたのかは分からない。朝には元気だったのに、いきなり昼前に訃報がオユアーヴの所にも届いたのだ。
この時にはソーレは『赤斧帝』の寵臣の一人となっていたから、彼がそうだと言った事がそのまま真実とされた。
常人ならば、あれほど良くしてくれた義両親がいなくなった事に、悲憤慷慨し半狂乱になってもおかしくは無かったが――どうしてか、恩人達の急死にも、オユアーヴはあまり感情が揺り動かされなかった。
本当に、悲しくも辛くも無かったのだ。
もちろん二人の死を悼みはしたが、心に痛みはほとんど感じなかった。
動揺もせず、一滴の涙も出ず、かけらも激情する事が無かったので、周りの職人達からは「とうとうオユアーヴが壊れた」と思われたくらいだった。
己のこの状態を何よりオユアーヴ本人が疑問に思いつつも、急いで全身全霊を注ぎ込んで魂の安寧を祈る文句と象徴を刻んだ文鎮と手鏡を作り、二人の棺の中にそっと忍ばせるのが、彼にとっての精一杯の哀悼であった。


 当然ながらクォクォ家の次の当主はソーレに確定した。オユアーヴは抵抗も反対もしなかった。それまでずっとクォクォ家で暮らしていた彼が追い出され、御印工房『インペリアル・ブラック』の職人達の寮に移り住む事になったのに、彼が気を揉んでいた事と言えば普段から愛用している道具一式を持って行けるかどうか、のみだった。

 何て可哀想に、ああ気の毒に、と御印工房『インペリアル・ブラック』の職人達の中で人の心が残っていた者は囁きあったが、オユアーヴが実際に己の有様を『可哀想』『気の毒』と自認できる状態に陥るのはこれからである。
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