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First Chapter
力量とは
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ある日、まだあちこちに包帯を巻いたままの『閃翔のギルガンド』が『御印工房』を訪れて、ソーレを呼びつけて依頼をした。
「この軍刀を直せ」
この軍刀はソーレの作った中でも最高傑作の一振りであった。が、鞘から抜けば軍刀のあちこちが欠けている。きっと凄まじい力を持つ敵と戦ったのだろうとすぐに知れた。
「ははっ」
無論、ソーレは粛々と依頼を引き受けたが、軍刀の状態を確認しつつ、ふと口にしていた。
「それにしても『閃翔のギルガンド』様にこのような手傷を負わせこの軍刀を欠けさせたからには……さぞや恐ろしいお相手だったのでしょうな……」
「私はこの軍刀で鋼を張った盾も切り裂いた事がある。その時は欠けも歪みも無かった……。一つ聞くが、御印工房『インペリアル・ブラック』に所属していない野良の鍛冶師で、貴様より腕が上の者はいるか?」
完全に、ギルガンドは冗談か与太話のつもりだった。
ガルヴァリナ帝国の抱える職人の中でも一番の上澄みが御印工房『インペリアル・ブラック』に所属しているのは常識だったし、まさかそこの頭領が己より腕が上の者を自ら陥れてそこから追放していたなどと――驕慢だが常に正しくありたいと願っている彼の思考回路では皆目思いも寄らなかったのだ。
「はは、ご冗談を!」
案の定、ソーレはそう言った。目を細めていかにも困ったような顔を取り繕いながら。
「では早急に頼む」
ギルガンドが去って行った後ろ姿を、ソーレは礼を尽くした姿勢で見送って――己の部屋に駆け戻り、厳重に鍵をかけた。
目を血走らせた恐ろしい形相で、うわごとのようにブツブツと呟く。
「まさか、彼奴が……いや、彼奴だけだ!また私は負けた!」
戦慄きながら、彼は両手で机を殴ったのだった。
……軍刀の修復だけは他の職人にも手伝わせてどうにか終えたものの、その日からソーレは酒色に過剰に溺れるようになった。安らぐ事はおろか眠る事も出来なかった。
眠ろうとするとあの屈辱と激怒と羨望が、覚めぬ悪夢のように彼を苛んだ。
ろくに眠れぬ日が続いていった彼は――元々は蜘蛛の巣が張られるようにこっそりと謀を巡らす事が上手な、狡猾な男だったのに、すぐ暴力に訴えるようになっていった。
「この出来損ないめが!」
やがて――若き職人として研鑽を積んでいた彼の子供達に、貞淑に尽くしていた彼の妻に、その矛先が向いた。
子供達は陶芸を好み、その職人としての道に進みたいと言っていた。その彼らが初めて『それなりに満足のいく作品』を仕上げてソーレの所に見て欲しいと持ってきた時、彼らの父親はいきなり感情を爆発させた。
この齢でこんな作品しか出来ないのかと言う失望と、恐らくそれは己の血を引いているからだと言う絶望が、積もり積もった怒りに引火したのだった。
激怒のままに陶器を床に叩きつけて粉々にし、泣き出した上の子供の首を絞めた。
「旦那様!お止め下さい!」
あまりの事態に妻が、召使い達が止めに入った。
数人がかりで上の子供から引き離したが、くっきりと手の形のアザが付いてぐったりとしていた。下の子は震えながら怯えて泣いていた。
「この子の何がいけなかったのです!?この子は子供です、未熟な所があれば指摘してこれから磨いていけば良いではありませんか!首を絞めるなんてあんまりですわ!」
妻が顔を強ばらせて訴えた事が、非の打ち所がない正論だったから、余計にソーレは顔をどす黒くして妻を見た。夫の今まで見た事のない凶悪な形相に怯えたものの、彼女は子供を守ろうと毅然さを保っていた。
「……もう良い、出ていけ」
「だ、旦那様!?」
その場にいた召使い達の方が呆気にとられる発言だった。
「貴様とは離縁だ!ガキ共を連れて出ていけ!」
「この軍刀を直せ」
この軍刀はソーレの作った中でも最高傑作の一振りであった。が、鞘から抜けば軍刀のあちこちが欠けている。きっと凄まじい力を持つ敵と戦ったのだろうとすぐに知れた。
「ははっ」
無論、ソーレは粛々と依頼を引き受けたが、軍刀の状態を確認しつつ、ふと口にしていた。
「それにしても『閃翔のギルガンド』様にこのような手傷を負わせこの軍刀を欠けさせたからには……さぞや恐ろしいお相手だったのでしょうな……」
「私はこの軍刀で鋼を張った盾も切り裂いた事がある。その時は欠けも歪みも無かった……。一つ聞くが、御印工房『インペリアル・ブラック』に所属していない野良の鍛冶師で、貴様より腕が上の者はいるか?」
完全に、ギルガンドは冗談か与太話のつもりだった。
ガルヴァリナ帝国の抱える職人の中でも一番の上澄みが御印工房『インペリアル・ブラック』に所属しているのは常識だったし、まさかそこの頭領が己より腕が上の者を自ら陥れてそこから追放していたなどと――驕慢だが常に正しくありたいと願っている彼の思考回路では皆目思いも寄らなかったのだ。
「はは、ご冗談を!」
案の定、ソーレはそう言った。目を細めていかにも困ったような顔を取り繕いながら。
「では早急に頼む」
ギルガンドが去って行った後ろ姿を、ソーレは礼を尽くした姿勢で見送って――己の部屋に駆け戻り、厳重に鍵をかけた。
目を血走らせた恐ろしい形相で、うわごとのようにブツブツと呟く。
「まさか、彼奴が……いや、彼奴だけだ!また私は負けた!」
戦慄きながら、彼は両手で机を殴ったのだった。
……軍刀の修復だけは他の職人にも手伝わせてどうにか終えたものの、その日からソーレは酒色に過剰に溺れるようになった。安らぐ事はおろか眠る事も出来なかった。
眠ろうとするとあの屈辱と激怒と羨望が、覚めぬ悪夢のように彼を苛んだ。
ろくに眠れぬ日が続いていった彼は――元々は蜘蛛の巣が張られるようにこっそりと謀を巡らす事が上手な、狡猾な男だったのに、すぐ暴力に訴えるようになっていった。
「この出来損ないめが!」
やがて――若き職人として研鑽を積んでいた彼の子供達に、貞淑に尽くしていた彼の妻に、その矛先が向いた。
子供達は陶芸を好み、その職人としての道に進みたいと言っていた。その彼らが初めて『それなりに満足のいく作品』を仕上げてソーレの所に見て欲しいと持ってきた時、彼らの父親はいきなり感情を爆発させた。
この齢でこんな作品しか出来ないのかと言う失望と、恐らくそれは己の血を引いているからだと言う絶望が、積もり積もった怒りに引火したのだった。
激怒のままに陶器を床に叩きつけて粉々にし、泣き出した上の子供の首を絞めた。
「旦那様!お止め下さい!」
あまりの事態に妻が、召使い達が止めに入った。
数人がかりで上の子供から引き離したが、くっきりと手の形のアザが付いてぐったりとしていた。下の子は震えながら怯えて泣いていた。
「この子の何がいけなかったのです!?この子は子供です、未熟な所があれば指摘してこれから磨いていけば良いではありませんか!首を絞めるなんてあんまりですわ!」
妻が顔を強ばらせて訴えた事が、非の打ち所がない正論だったから、余計にソーレは顔をどす黒くして妻を見た。夫の今まで見た事のない凶悪な形相に怯えたものの、彼女は子供を守ろうと毅然さを保っていた。
「……もう良い、出ていけ」
「だ、旦那様!?」
その場にいた召使い達の方が呆気にとられる発言だった。
「貴様とは離縁だ!ガキ共を連れて出ていけ!」
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