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First Chapter
旧・婚約者
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誰もいない保健室に戻ったオレ達は、ユルルアちゃんの手を握った。
「まだアレが憎いのだな」
ビクッとユルルアちゃんは体を震わせる。反射的に謝ろうとしたから手を強く握って、そんなものは不要だと伝える。
「君の愛を疑っているのではない。……君の心の傷はそれほどに深く痛ましかったのだね」
「テオ様」ユルルアちゃんはオレ達の膝に取りすがって嗚咽をこぼす。「所詮都合の良い女の一人でしか無かったとしても、私は嘘偽り無き真心をあの男へ捧げていたのです……!」
身を震わせながら泣きじゃくる彼女の頭を、オレ達はそっと撫でるのだった。
――ユルルア・ラサ・カドフォは、遠く皇族の血を引く由緒正しい大貴族カドフォ公家の当主の父と、こちらも皇族の血統をその身に宿している大貴族の母の間に産まれ、身分も教養も容姿も、たった一つを除いて完璧と言って良い貴族の姫君であった。
それこそ一度ならず、彼女を皇太子妃の一人にすべきと言う話も出ていた程だった。
皇帝と皇太子だけは3人の妃を迎えなければならない、と言うのがガルヴァリナ帝国の慣習だ。『善良帝』がママエナだけを皇后としているのは例外中の例外で、あくまでも中継ぎの皇帝だからである。
しかし、ユルルアを皇太子妃にすると言う話は、彼女と見合いをした皇太子ヴァンドリック本人によって却下されてしまった。
「彼女は皇太子妃として唯一欠けているものがある。……優しすぎるのだ」
……確かに第一の皇太子妃として定められたミマナ姫は、柔和に見えて果断な所があった。時には政治のための非情な決断をも躊躇無く下せて、しかもそれに囚われずに冷徹に義務を果たせる、そんな性格をしている。
「恐らく彼女にとっては、帝位に関わらぬ皇族か富裕な貴族に嫁ぐのが幸いであろう」
代わりに皇太子が妃に選んだのは、大貴族の出だが、才気煥発かつ男勝りで有名なレーシャナ姫と、平民出身だが美の女神アロディカ様の再来と謳われる美貌と、芸術の女神オリーズ達の加護を得たような美しい歌声を持つキアラカと言う娘だった。
――実際は皇太子が選んだのでは無く、ミマナ姫による人選だったがそれは公にはされていない。
ただ、皇太子達には縁談を断ってしまった事への罪悪感があったのだろう。帝国の未来を担う皇太子との縁談が潰えた大貴族の娘が、今後において冷遇されない訳がない。
故に、皇太子ヴァンドリックの同母弟で、気性も大人しいテオドリックの婚約者にすると言う話が皇太子側から持ち上がった。
この時はテオドリックは自力で歩けたし、それなりに英明な皇子であったから。
皇太子が仲介を買って出たのならば、ユルルア本人も、カドフォの一族の面子も無事保たれるし、テオドリックの方も優しく美しい事で名高い姫君がいずれ許嫁になる予定と聞いて喜色満面である。
逢いたい、慕わしいと熱烈な思いを綴った文を忙しなく送りつけ――受け取ったユルルア自身も、あの皇太子殿下の実の弟君ならばきっと素敵な殿方なのでしょうし、また何て情熱的な文をしたためられる方なのかしら、と頬を染めて、乙女らしい物思いにふけりながら筆を執るのだった。
誰にとっても角が立たずに済むこの名案は速やかに実行に移され――手始めとして、二人の最初の見合いの場の支度が着々と進められていた。
――それを真正面から叩き壊して奪っていったのが第二皇子のアルドリックである。
「まだアレが憎いのだな」
ビクッとユルルアちゃんは体を震わせる。反射的に謝ろうとしたから手を強く握って、そんなものは不要だと伝える。
「君の愛を疑っているのではない。……君の心の傷はそれほどに深く痛ましかったのだね」
「テオ様」ユルルアちゃんはオレ達の膝に取りすがって嗚咽をこぼす。「所詮都合の良い女の一人でしか無かったとしても、私は嘘偽り無き真心をあの男へ捧げていたのです……!」
身を震わせながら泣きじゃくる彼女の頭を、オレ達はそっと撫でるのだった。
――ユルルア・ラサ・カドフォは、遠く皇族の血を引く由緒正しい大貴族カドフォ公家の当主の父と、こちらも皇族の血統をその身に宿している大貴族の母の間に産まれ、身分も教養も容姿も、たった一つを除いて完璧と言って良い貴族の姫君であった。
それこそ一度ならず、彼女を皇太子妃の一人にすべきと言う話も出ていた程だった。
皇帝と皇太子だけは3人の妃を迎えなければならない、と言うのがガルヴァリナ帝国の慣習だ。『善良帝』がママエナだけを皇后としているのは例外中の例外で、あくまでも中継ぎの皇帝だからである。
しかし、ユルルアを皇太子妃にすると言う話は、彼女と見合いをした皇太子ヴァンドリック本人によって却下されてしまった。
「彼女は皇太子妃として唯一欠けているものがある。……優しすぎるのだ」
……確かに第一の皇太子妃として定められたミマナ姫は、柔和に見えて果断な所があった。時には政治のための非情な決断をも躊躇無く下せて、しかもそれに囚われずに冷徹に義務を果たせる、そんな性格をしている。
「恐らく彼女にとっては、帝位に関わらぬ皇族か富裕な貴族に嫁ぐのが幸いであろう」
代わりに皇太子が妃に選んだのは、大貴族の出だが、才気煥発かつ男勝りで有名なレーシャナ姫と、平民出身だが美の女神アロディカ様の再来と謳われる美貌と、芸術の女神オリーズ達の加護を得たような美しい歌声を持つキアラカと言う娘だった。
――実際は皇太子が選んだのでは無く、ミマナ姫による人選だったがそれは公にはされていない。
ただ、皇太子達には縁談を断ってしまった事への罪悪感があったのだろう。帝国の未来を担う皇太子との縁談が潰えた大貴族の娘が、今後において冷遇されない訳がない。
故に、皇太子ヴァンドリックの同母弟で、気性も大人しいテオドリックの婚約者にすると言う話が皇太子側から持ち上がった。
この時はテオドリックは自力で歩けたし、それなりに英明な皇子であったから。
皇太子が仲介を買って出たのならば、ユルルア本人も、カドフォの一族の面子も無事保たれるし、テオドリックの方も優しく美しい事で名高い姫君がいずれ許嫁になる予定と聞いて喜色満面である。
逢いたい、慕わしいと熱烈な思いを綴った文を忙しなく送りつけ――受け取ったユルルア自身も、あの皇太子殿下の実の弟君ならばきっと素敵な殿方なのでしょうし、また何て情熱的な文をしたためられる方なのかしら、と頬を染めて、乙女らしい物思いにふけりながら筆を執るのだった。
誰にとっても角が立たずに済むこの名案は速やかに実行に移され――手始めとして、二人の最初の見合いの場の支度が着々と進められていた。
――それを真正面から叩き壊して奪っていったのが第二皇子のアルドリックである。
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