29 / 55
三章『天への挑戦 - 嵐の都ダラム -』
第29話 棺の大魔王
しおりを挟む
高い天井。
そこから等間隔に降りている太い石柱には、そのすべてに装飾として縦の溝が彫られていた。
床は、高地グレブド・ヘルの空気によって冷え切っている灰色の石畳。中央には赤いじゅうたんの道が伸びている。
その赤い道の一番先。段差の上には玉座があるのだが、誰も座っていない。
その代わりに、玉座のすぐ前に、装飾はないが重厚感のある木製の棺が置かれていた。
そして――玉座の段差の下。
玉座を背にするように、一人の若い男が立っていた。
目の前にひざまずく二人の男からの報告を、淡々と聞いている。
立っている男は、容姿だけならまだ壮年まではいかないように見えた。
彫刻のように整った顔。それを際立たせるかのように後ろに流されている茶色の長髪。上下赤黒い色の服。濃い茶色の高級そうなマント。銀の胸当てを着用しており、腰にも剣を下げていた。
人間でないことは耳の尖り具合を見ても明らかだが、その皮膚がくすんだ泥色をしていることも、この大陸の人間では絶対に見られない特徴である。
彼の前で片膝を立てて報告をしているのは、黒いローブの二人組。
一人は深くかぶられたフードで顔をうかがい知ることはできないが、もう一人は顔を出していた。髪は黒く、白い肌の顔は面長で、切れ長の目を持つ怜悧な容貌をしていた。
そう。マーシアの町で町長をアンデッドにした実行犯である。
「――報告は以上です。ダヴィドレイ様」
ダヴィドレイと呼ばれた男。彼は二人組から話を聞き終えると、表情を変えず、やや上方を向いた。
「今回の実験は半分成功、というところか」
「はい。現在の術では、アンデッド化後の性格を変化させることまではできないようです」
「なるほどな。だが記憶を保持したアンデッドの生成に成功したことは大きい。確実に術は完成に近づいている。よくやってくれた」
視線を戻しながら、ダヴィドレイは二人をねぎらった。
二人がひざまずいたまま、「ありがとうございます」と頭を下げる。
「ただ、問題があるとすれば……ドラゴンに変身したという人間だな」
「はい。ドラゴンはペザルの山に残っているという一匹を残して絶滅したと聞いております。ですが私たちの前に現れたのは、明らかにそれとは別の個体のように思いました」
ダヴィドレイは少しの間だけ体を横に向け、この旧『大魔王の間』の柱の隙間からよく見える青い空を見ながら、考えるそぶりを見せた。
「純粋な人間がドラゴンに変身する魔法など、この世界に存在しない。おそらくハーフドラゴンだ。ペザルにいる生き残りのドラゴンの子供ではないか?」
その推測に衝撃を受けたのか、黒いローブの二人は同時に首をピクリと動かした。
「先日、イストポートに潜入していた同志からも報告を受けた。シーサーペントをそそのかして、人間の冒険者の死体を大量に確保する予定だったのだが、ドラゴンに変身する少年の邪魔が入ったそうだ」
「それは……」
「まあ、同一人物だろうな」
「いかがなさいますか。放置は危険かと思われますが」
ダヴィドレイは顎に手をやった。
「ふむ……。そのハーフドラゴンは、こちらの組織のことをよく知らないはずだ。まずは味方に付けられそうかの判断が必要だろう」
「味方に、ですか」
二人のうち顔を出しているほうは、やや意外なことを言われたのか、聞き返すかたちとなった。
「もともとドラゴンは魔王軍の一員であったわけだからな。我々『新魔王軍』はまだ同志が少ない。そのハーフドラゴンが味方になるのであれば、非常に頼もしい存在となるだろう。まずはこちらに引き入れることを考え、それが無理だと判断すれば消すようにすればよい」
「――ダヴィドレイ殿」
その突然の声は、この謁見の間の入口の方角から聞こえた。
ひざまずいていた二人も振り向き、その声の方角を見る。
「エリファス……いたのか」
「興味深いお話ゆえ、聞かせていただきました」
エリファスと呼ばれた男は、銀色の髪を後ろだけ束ねた、騎士風の青年だった。金属の鎧に身を包み、赤いマントを着けている。
その青年は、赤いじゅうたんの上を歩いてきて、黒ローブの二人の横に出た。
立ったまま左手を胸に当て、一礼する。
「その役目、ぜひこのエリファスに」
エリファスと名乗ったその男はそう言った。面白そうな笑みを浮かべながら。
ダヴィドレイは少しだけ考えたが、その志願を受けた。
「では任せるか」
「ありがとうございます」
また立ったままの礼。
「もちろん説得には全力を尽くしますが。仲間にならないことがわかれば、その場で戦ってもかまわないのですね?」
「ああ。かまわない」
ダヴィドレイは即答したが、黒ローブ二人組のうちフードをかぶっているほうは懸念を口にした。
「エリファス殿。かつてドラゴンは味方であったから当然かもしれないが、同志のなかにドラゴンとの戦闘経験がある者はおらず、いまだその能力は計り知れないものがある。念のために一人ではなく、屈強な戦士を複数人連れて行ったほうがよいと思うが」
エリファスは、面白そうな笑みを浮かべたままだった。
「お気持ちは感謝するが、私は一人のほうが性に合っているな」
そう答え、再度ダヴィドレイに一礼して去っていった。
その背中をダヴィドレイは途中まで追うと、ふたたび黒いローブの二人に視線を戻した。
「お前たちには明日からは新しい仕事を頼むことになる。今日は休むとよい」
二人組も礼をして下がってゆく。
謁見の間に静寂が戻ると、ダヴィドレイは後ろを振り返り、そのままゆっくりと歩き出した。
玉座のすぐ前で止まり、下に視線を向ける。
「ただ復活するだけではなんの意味もない。もう少しだけ眠っていてもらうことになりそうだ」
そこにある棺に向かって、そう話しかけた。
そこから等間隔に降りている太い石柱には、そのすべてに装飾として縦の溝が彫られていた。
床は、高地グレブド・ヘルの空気によって冷え切っている灰色の石畳。中央には赤いじゅうたんの道が伸びている。
その赤い道の一番先。段差の上には玉座があるのだが、誰も座っていない。
その代わりに、玉座のすぐ前に、装飾はないが重厚感のある木製の棺が置かれていた。
そして――玉座の段差の下。
玉座を背にするように、一人の若い男が立っていた。
目の前にひざまずく二人の男からの報告を、淡々と聞いている。
立っている男は、容姿だけならまだ壮年まではいかないように見えた。
彫刻のように整った顔。それを際立たせるかのように後ろに流されている茶色の長髪。上下赤黒い色の服。濃い茶色の高級そうなマント。銀の胸当てを着用しており、腰にも剣を下げていた。
人間でないことは耳の尖り具合を見ても明らかだが、その皮膚がくすんだ泥色をしていることも、この大陸の人間では絶対に見られない特徴である。
彼の前で片膝を立てて報告をしているのは、黒いローブの二人組。
一人は深くかぶられたフードで顔をうかがい知ることはできないが、もう一人は顔を出していた。髪は黒く、白い肌の顔は面長で、切れ長の目を持つ怜悧な容貌をしていた。
そう。マーシアの町で町長をアンデッドにした実行犯である。
「――報告は以上です。ダヴィドレイ様」
ダヴィドレイと呼ばれた男。彼は二人組から話を聞き終えると、表情を変えず、やや上方を向いた。
「今回の実験は半分成功、というところか」
「はい。現在の術では、アンデッド化後の性格を変化させることまではできないようです」
「なるほどな。だが記憶を保持したアンデッドの生成に成功したことは大きい。確実に術は完成に近づいている。よくやってくれた」
視線を戻しながら、ダヴィドレイは二人をねぎらった。
二人がひざまずいたまま、「ありがとうございます」と頭を下げる。
「ただ、問題があるとすれば……ドラゴンに変身したという人間だな」
「はい。ドラゴンはペザルの山に残っているという一匹を残して絶滅したと聞いております。ですが私たちの前に現れたのは、明らかにそれとは別の個体のように思いました」
ダヴィドレイは少しの間だけ体を横に向け、この旧『大魔王の間』の柱の隙間からよく見える青い空を見ながら、考えるそぶりを見せた。
「純粋な人間がドラゴンに変身する魔法など、この世界に存在しない。おそらくハーフドラゴンだ。ペザルにいる生き残りのドラゴンの子供ではないか?」
その推測に衝撃を受けたのか、黒いローブの二人は同時に首をピクリと動かした。
「先日、イストポートに潜入していた同志からも報告を受けた。シーサーペントをそそのかして、人間の冒険者の死体を大量に確保する予定だったのだが、ドラゴンに変身する少年の邪魔が入ったそうだ」
「それは……」
「まあ、同一人物だろうな」
「いかがなさいますか。放置は危険かと思われますが」
ダヴィドレイは顎に手をやった。
「ふむ……。そのハーフドラゴンは、こちらの組織のことをよく知らないはずだ。まずは味方に付けられそうかの判断が必要だろう」
「味方に、ですか」
二人のうち顔を出しているほうは、やや意外なことを言われたのか、聞き返すかたちとなった。
「もともとドラゴンは魔王軍の一員であったわけだからな。我々『新魔王軍』はまだ同志が少ない。そのハーフドラゴンが味方になるのであれば、非常に頼もしい存在となるだろう。まずはこちらに引き入れることを考え、それが無理だと判断すれば消すようにすればよい」
「――ダヴィドレイ殿」
その突然の声は、この謁見の間の入口の方角から聞こえた。
ひざまずいていた二人も振り向き、その声の方角を見る。
「エリファス……いたのか」
「興味深いお話ゆえ、聞かせていただきました」
エリファスと呼ばれた男は、銀色の髪を後ろだけ束ねた、騎士風の青年だった。金属の鎧に身を包み、赤いマントを着けている。
その青年は、赤いじゅうたんの上を歩いてきて、黒ローブの二人の横に出た。
立ったまま左手を胸に当て、一礼する。
「その役目、ぜひこのエリファスに」
エリファスと名乗ったその男はそう言った。面白そうな笑みを浮かべながら。
ダヴィドレイは少しだけ考えたが、その志願を受けた。
「では任せるか」
「ありがとうございます」
また立ったままの礼。
「もちろん説得には全力を尽くしますが。仲間にならないことがわかれば、その場で戦ってもかまわないのですね?」
「ああ。かまわない」
ダヴィドレイは即答したが、黒ローブ二人組のうちフードをかぶっているほうは懸念を口にした。
「エリファス殿。かつてドラゴンは味方であったから当然かもしれないが、同志のなかにドラゴンとの戦闘経験がある者はおらず、いまだその能力は計り知れないものがある。念のために一人ではなく、屈強な戦士を複数人連れて行ったほうがよいと思うが」
エリファスは、面白そうな笑みを浮かべたままだった。
「お気持ちは感謝するが、私は一人のほうが性に合っているな」
そう答え、再度ダヴィドレイに一礼して去っていった。
その背中をダヴィドレイは途中まで追うと、ふたたび黒いローブの二人に視線を戻した。
「お前たちには明日からは新しい仕事を頼むことになる。今日は休むとよい」
二人組も礼をして下がってゆく。
謁見の間に静寂が戻ると、ダヴィドレイは後ろを振り返り、そのままゆっくりと歩き出した。
玉座のすぐ前で止まり、下に視線を向ける。
「ただ復活するだけではなんの意味もない。もう少しだけ眠っていてもらうことになりそうだ」
そこにある棺に向かって、そう話しかけた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる