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三章『天への挑戦 - 嵐の都ダラム -』
第33話 人型モンスター(2)
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新しいアンデッド化の技術を開発中――。
シドウには思い当たることがいくつもあった。
「もしかして……チェスターの町のすぐ近くに上級アンデッドがいたのも、イストポートでシーサーペントをアンデッドにしたのも、マーシアで町長をアンデッドにしたのも?」
人型モンスター、銀髪の青年エリファスは首肯した。
「ダヴィドレイは、生前の記憶や能力を保持し、それでいて不必要な感情は抑えられ、意に沿って行動する従順なアンデッド生成技術の完成を目指している。
今は、仲間が各地で実験を繰り返しているところだ。そろそろ開発は最終段階だがな」
口元こそ笑っているが、目にはしっかりとした理知を感じる強い光。この青年が冗談を言っているとは思えない。
到底看過できない衝撃の事実ということになるが、明かされたのがあまりにも唐突なタイミング。シドウの頭の中を満たしたのは憤慨ではなかった。
惑乱。
シドウの頭の中を説明するには、それが一番ふさわしかった。この青年に対し、どう言葉を返せばよいのかもよくわからない。
「あんたたちの仲間だったのね? おかしなことばっかりやってたのは!」
「あっ、ティアちょっと待って」
棒立ちになってしまったシドウの前に、ティアが出てきてしまった。そのまま青年に掴みかかろうかという勢いだ。
シドウは慌てて彼女の両肩を掴み、後ろに引き戻した。
鍛えてはいるが、女性らしい柔らかな弾力の肩。不思議なもので、それだけでシドウの精神状態は急速に落ち着きを取り戻していった。
「……」
深呼吸。
エリファスは、開発が「最終段階」だと言った。
実は現在、すでに人間にとって恐ろしい状況になってしまっている可能性がある。ここでできる限りの情報を引き出したほうがよさそうだ。
シドウは先ほどの青年の言葉を反芻し、聞くべきことをサッと整理した。
「魔王軍が復活したら、その先はどうなるんですか?」
「それくらいは察していると思ったが。察したうえでの確認ということか? まあ当然、人間の国への侵攻が再開されるだろうな。すぐかどうかはわからないがな」
これはもちろん、シドウの危惧どおりである。
だがそうなると、青年の言っていたことで不自然な点がある。そこも確認しなければならないと思った。
「では少し気になったのですが……。最終目的は大魔王を蘇らせることなんですよね? なのに、『〝意に沿って行動する従順な〟アンデッド生成技術』って……」
青年は肩をすぼめた。
「昔の仲間は勇者に殺されまくったそうでな。慢性的な駒不足だ。それをアンデッド軍団で補強できれば……というのが、まず一つ目だ」
「ということは、二つ目があるんですか」
「二つ目は、ダヴィドレイは大魔王様に対してもその技術を使って性格を変え、うまく操りたいからだろう。本人がはっきり言ったわけではないが、まあ確実だ。間違いはない」
「え、どうしてです?」
「そこも察しろ、かな。彼は大魔王様を利用したいだけだ。彼は旧魔王軍の研究者だが、もともと強い権力欲や野望を持っていた。だが彼自身に人望はないし、力もない。だから大魔王様の名前と能力を使いたいのだろう」
これはシドウにとって意外なことだった。
ダヴィドレイという男は、純粋な気持ちで大魔王復活を望んでいるわけではないというのである。
「なるほど。でも、そういうことを話してしまっていいんですか」
「知らないことは不幸なことだ。お前はこうやって勧誘を受ける以上、事実を知ったほうがいい。今のは聞かれなくても言うつもりだった」
目の前の青年の笑みが、やや複雑になったような気もした。だがシドウには、それが何を意味するのか洞察することはできなかった。
「それに、勧誘を拒否した場合、お前をここで討伐するつもりだからな」
「……」
それも言ってしまうんだ、とシドウは心の中でつぶやく。
このエリファスという人物はどうもよくわからない、とシドウは思った。
勧誘に来たと言うのだが、この誘いかたである。本気で勧誘する気があるのだろうか? とも思ってしまう。
それに、この人物はダヴィドレイの部下だと思われるのだが、それにしてはダヴィドレイは呼び捨てで、大魔王のことは敬称。いったいどういうことなのだろう。
「さあどうだ? お前は半分ドラゴン。こっちに来たら一気に幹部待遇になるだろう。この勧誘に乗るか?」
シドウの混乱をよそに、黒い空へと手のひらを向け、手招きをする銀髪の青年。
「ざんねーん! シドウがそんなの乗るわけないでしょ」
なぜかティアが返事をした。
「なんだ娘。なぜ本人よりも先に答える」
「だってあんた、あまりにもシドウを知らなすぎるんだもの。シドウはね、どんなときでも人間の味方をするようにお母さんから言われてるの。このマザコン男は絶対にお母さんには逆らわないよ?」
「ティア。下がってて」
彼女がふたたび前に来ていたので、シドウは声と手をかけ、後ろに引き戻した。
ただ、エリファスに向かって「あっかんべー」をしている彼女の言っていたことは、まったくそのとおりだった。こんな話に応じるわけはない。
また彼女の先走りで落ち着きを取り戻したシドウは、相手の目を見て答えた。
「ええと……。母から『どんなときでも人間の味方をしろ』と言われているのはそのとおりです。
それに加えて、新しいアンデッド化技術の開発というのは、人間だけでなくこの世界そのものに悪影響を与えます。聞いてしまった以上、俺は全力で阻止しなければなりません。そういう意味でもお誘いには乗れません」
「悪影響だと?」
青年は首をかしげた。
「アンデッドというのは利点しかない。新しい技術で作ったアンデッドは、能力は生前のままかそれ以上。当然、旧来のアンデッドと同じく、食べることも寝ることも不要。寿命もない。考えうる限りでは究極の生物――というのがダヴィドレイの考えだ。アンデッドが強くなったり増えたりして困るのは人間だけだ。世界そのものに悪影響を及ぼすことなどない」
「それは危険な考え方です。動物は他の生物を食べて生きるものですし、植物は土から生物の死骸や排泄の栄養を取り込んで生きるものです。
この世界の生物は必ず他の生物に依存するようになっていて、それが大自然のルールなんです。いま『究極の生物』と言われましたが、何にも依存しないアンデッドはそもそも生物じゃありません」
「なんだその理論は。お前の考え方はよくわからんな」
「はーい。わたしよくもわからなーい」
「ティアはここで入ってこなくていいって」
また前に出てきていた彼女を、今度は強めに後ろに下げた。
そして背中で彼女をブロックし、話を続けた。
「アンデッドは生物じゃないのに生物のような活動をします。それは歪んでいます。そんな歪みが量産されたら、この世界はきっととんでもないことになる。ダヴィドレイがどんな人物なのか知りませんが、そんな危険な実験はすぐに中止をお願いしたいです」
「やっぱりわからん。ドラゴンの考え方とは思えないが。それは人間側の考え方なのか?」
「はーい。人間にもわかりませーん。シドウの頭はちょっと変なんでーす」
「ティアはどっちの味方なの……」
「だって、いつまで話してるの? って感じだし。こんなのほっといてさっさと実験場に行こうよ。急いだほうがいいんでしょ」
「こっちも大事な話だと思うけど」
「大事なら後でゆっくり議論したら? この人にはここで待っていてもらうとか」
「いや、そうもいかないって。決裂したら討伐とか言っているわけだし。あとさっきから前に出ないでって言ってるのに。危ないから下がってて」
ふたたび後方に彼女をおしやるシドウ。その二人の様を見て、エリファスは首をひねる。
「……だいぶ思っていた感じと違うな。とても半分ドラゴンだとは思えん」
「もっと荒々しいのを想像してたの? 期待はずれで残念でしたー」
またティアが言葉を返しているが、今度はシドウの言葉に逆らって前に出てはこなかった。
青年が、背中の大剣の柄に手をかけたからである。
「とりあえず、勧誘は拒否ということでいいな?」
「あっ、ちょっと待ってください」
「なんだ? 結論は出ただろう」
「出ていますけど。ここでお互いが戦う必要はないと思います」
「また妙なことを。お前は大魔王様復活を妨げようとする存在。それで決まりなんだろう?」
「そうですけど。人型モンスターは人間を食べませんよね?」
「当たり前だ」
「そして住んでいるところも別。現在の人型モンスターの人口はごく少ないと聞いていますので、縄張り争いに相当するような戦いも起こりえないはずです。ならば、両種間では『戦いが起こらないこと』が自然の理にかなっています」
「意味不明な理論も一周回ると面白くなってくるな。それで?」
「はい。戦いなしに解決することが本来の姿だと思いますので、そちらのダヴィドレイという人物と話がしたいです。話をして、新しいアンデッド化技術の開発および大魔王復活の中止をお願いしたいです」
「……」
「でも、今は時間があまりないんです。あなたは知らないと思いますが、この先の岬で危ない実験が――」
「知っているに決まっているだろう」
シドウの言葉は、途中で冷笑とともに遮られた。
「え?」
「あれは危ない実験などではない」
強めに吹き続けていた風が、さらに強くなった。
青年の銀髪、シドウの亜麻色の髪、ティアの黒髪。それぞれが、生温かく湿った風でなびく。
「魔力を持ち、魔法を駆使するアンデッドを生成する――。ほぼ確実に術は成功するとみられている。被験体は事故死した人間の魔法使い。きわめて安全な実験だ」
「……! まさか――」
青年が、ふたたび背中の大剣に手をかけた。
そして。
片手で軽々と抜いた。
シドウもティアも、目を見開いた。
「そのまさかだ」
まるで細身剣のような扱われかたとは裏腹に、厳かな装飾が入った大剣の剣先は、鈍く、そして強く地面に衝突し、その質量を主張した。
「大臣はすでに金品で買収済み。最初からこちらの注文どおりに進んでいた実験だ。それをやめさせたいなら、実力でとめるしかない」
「……」
大剣が目立ちすぎていてシドウたちは気づかなかったが、エリファスは背中に盾も背負っていた。
左手でそれを持ち、銀髪の青年は構える。
「俺は大魔王様の盾となるはずだった戦士。この剣も、大魔王様が生前に俺のために用意してくださっていたものだ。エメスという名が付いている」
凄まじい速度で流れ続ける暗雲の下、その大剣が不気味に光る。
「さあ、俺と戦え。ドラゴンの子よ」
シドウはさらに下がるようティアに合図すると、ドラゴンに変身した。
シドウには思い当たることがいくつもあった。
「もしかして……チェスターの町のすぐ近くに上級アンデッドがいたのも、イストポートでシーサーペントをアンデッドにしたのも、マーシアで町長をアンデッドにしたのも?」
人型モンスター、銀髪の青年エリファスは首肯した。
「ダヴィドレイは、生前の記憶や能力を保持し、それでいて不必要な感情は抑えられ、意に沿って行動する従順なアンデッド生成技術の完成を目指している。
今は、仲間が各地で実験を繰り返しているところだ。そろそろ開発は最終段階だがな」
口元こそ笑っているが、目にはしっかりとした理知を感じる強い光。この青年が冗談を言っているとは思えない。
到底看過できない衝撃の事実ということになるが、明かされたのがあまりにも唐突なタイミング。シドウの頭の中を満たしたのは憤慨ではなかった。
惑乱。
シドウの頭の中を説明するには、それが一番ふさわしかった。この青年に対し、どう言葉を返せばよいのかもよくわからない。
「あんたたちの仲間だったのね? おかしなことばっかりやってたのは!」
「あっ、ティアちょっと待って」
棒立ちになってしまったシドウの前に、ティアが出てきてしまった。そのまま青年に掴みかかろうかという勢いだ。
シドウは慌てて彼女の両肩を掴み、後ろに引き戻した。
鍛えてはいるが、女性らしい柔らかな弾力の肩。不思議なもので、それだけでシドウの精神状態は急速に落ち着きを取り戻していった。
「……」
深呼吸。
エリファスは、開発が「最終段階」だと言った。
実は現在、すでに人間にとって恐ろしい状況になってしまっている可能性がある。ここでできる限りの情報を引き出したほうがよさそうだ。
シドウは先ほどの青年の言葉を反芻し、聞くべきことをサッと整理した。
「魔王軍が復活したら、その先はどうなるんですか?」
「それくらいは察していると思ったが。察したうえでの確認ということか? まあ当然、人間の国への侵攻が再開されるだろうな。すぐかどうかはわからないがな」
これはもちろん、シドウの危惧どおりである。
だがそうなると、青年の言っていたことで不自然な点がある。そこも確認しなければならないと思った。
「では少し気になったのですが……。最終目的は大魔王を蘇らせることなんですよね? なのに、『〝意に沿って行動する従順な〟アンデッド生成技術』って……」
青年は肩をすぼめた。
「昔の仲間は勇者に殺されまくったそうでな。慢性的な駒不足だ。それをアンデッド軍団で補強できれば……というのが、まず一つ目だ」
「ということは、二つ目があるんですか」
「二つ目は、ダヴィドレイは大魔王様に対してもその技術を使って性格を変え、うまく操りたいからだろう。本人がはっきり言ったわけではないが、まあ確実だ。間違いはない」
「え、どうしてです?」
「そこも察しろ、かな。彼は大魔王様を利用したいだけだ。彼は旧魔王軍の研究者だが、もともと強い権力欲や野望を持っていた。だが彼自身に人望はないし、力もない。だから大魔王様の名前と能力を使いたいのだろう」
これはシドウにとって意外なことだった。
ダヴィドレイという男は、純粋な気持ちで大魔王復活を望んでいるわけではないというのである。
「なるほど。でも、そういうことを話してしまっていいんですか」
「知らないことは不幸なことだ。お前はこうやって勧誘を受ける以上、事実を知ったほうがいい。今のは聞かれなくても言うつもりだった」
目の前の青年の笑みが、やや複雑になったような気もした。だがシドウには、それが何を意味するのか洞察することはできなかった。
「それに、勧誘を拒否した場合、お前をここで討伐するつもりだからな」
「……」
それも言ってしまうんだ、とシドウは心の中でつぶやく。
このエリファスという人物はどうもよくわからない、とシドウは思った。
勧誘に来たと言うのだが、この誘いかたである。本気で勧誘する気があるのだろうか? とも思ってしまう。
それに、この人物はダヴィドレイの部下だと思われるのだが、それにしてはダヴィドレイは呼び捨てで、大魔王のことは敬称。いったいどういうことなのだろう。
「さあどうだ? お前は半分ドラゴン。こっちに来たら一気に幹部待遇になるだろう。この勧誘に乗るか?」
シドウの混乱をよそに、黒い空へと手のひらを向け、手招きをする銀髪の青年。
「ざんねーん! シドウがそんなの乗るわけないでしょ」
なぜかティアが返事をした。
「なんだ娘。なぜ本人よりも先に答える」
「だってあんた、あまりにもシドウを知らなすぎるんだもの。シドウはね、どんなときでも人間の味方をするようにお母さんから言われてるの。このマザコン男は絶対にお母さんには逆らわないよ?」
「ティア。下がってて」
彼女がふたたび前に来ていたので、シドウは声と手をかけ、後ろに引き戻した。
ただ、エリファスに向かって「あっかんべー」をしている彼女の言っていたことは、まったくそのとおりだった。こんな話に応じるわけはない。
また彼女の先走りで落ち着きを取り戻したシドウは、相手の目を見て答えた。
「ええと……。母から『どんなときでも人間の味方をしろ』と言われているのはそのとおりです。
それに加えて、新しいアンデッド化技術の開発というのは、人間だけでなくこの世界そのものに悪影響を与えます。聞いてしまった以上、俺は全力で阻止しなければなりません。そういう意味でもお誘いには乗れません」
「悪影響だと?」
青年は首をかしげた。
「アンデッドというのは利点しかない。新しい技術で作ったアンデッドは、能力は生前のままかそれ以上。当然、旧来のアンデッドと同じく、食べることも寝ることも不要。寿命もない。考えうる限りでは究極の生物――というのがダヴィドレイの考えだ。アンデッドが強くなったり増えたりして困るのは人間だけだ。世界そのものに悪影響を及ぼすことなどない」
「それは危険な考え方です。動物は他の生物を食べて生きるものですし、植物は土から生物の死骸や排泄の栄養を取り込んで生きるものです。
この世界の生物は必ず他の生物に依存するようになっていて、それが大自然のルールなんです。いま『究極の生物』と言われましたが、何にも依存しないアンデッドはそもそも生物じゃありません」
「なんだその理論は。お前の考え方はよくわからんな」
「はーい。わたしよくもわからなーい」
「ティアはここで入ってこなくていいって」
また前に出てきていた彼女を、今度は強めに後ろに下げた。
そして背中で彼女をブロックし、話を続けた。
「アンデッドは生物じゃないのに生物のような活動をします。それは歪んでいます。そんな歪みが量産されたら、この世界はきっととんでもないことになる。ダヴィドレイがどんな人物なのか知りませんが、そんな危険な実験はすぐに中止をお願いしたいです」
「やっぱりわからん。ドラゴンの考え方とは思えないが。それは人間側の考え方なのか?」
「はーい。人間にもわかりませーん。シドウの頭はちょっと変なんでーす」
「ティアはどっちの味方なの……」
「だって、いつまで話してるの? って感じだし。こんなのほっといてさっさと実験場に行こうよ。急いだほうがいいんでしょ」
「こっちも大事な話だと思うけど」
「大事なら後でゆっくり議論したら? この人にはここで待っていてもらうとか」
「いや、そうもいかないって。決裂したら討伐とか言っているわけだし。あとさっきから前に出ないでって言ってるのに。危ないから下がってて」
ふたたび後方に彼女をおしやるシドウ。その二人の様を見て、エリファスは首をひねる。
「……だいぶ思っていた感じと違うな。とても半分ドラゴンだとは思えん」
「もっと荒々しいのを想像してたの? 期待はずれで残念でしたー」
またティアが言葉を返しているが、今度はシドウの言葉に逆らって前に出てはこなかった。
青年が、背中の大剣の柄に手をかけたからである。
「とりあえず、勧誘は拒否ということでいいな?」
「あっ、ちょっと待ってください」
「なんだ? 結論は出ただろう」
「出ていますけど。ここでお互いが戦う必要はないと思います」
「また妙なことを。お前は大魔王様復活を妨げようとする存在。それで決まりなんだろう?」
「そうですけど。人型モンスターは人間を食べませんよね?」
「当たり前だ」
「そして住んでいるところも別。現在の人型モンスターの人口はごく少ないと聞いていますので、縄張り争いに相当するような戦いも起こりえないはずです。ならば、両種間では『戦いが起こらないこと』が自然の理にかなっています」
「意味不明な理論も一周回ると面白くなってくるな。それで?」
「はい。戦いなしに解決することが本来の姿だと思いますので、そちらのダヴィドレイという人物と話がしたいです。話をして、新しいアンデッド化技術の開発および大魔王復活の中止をお願いしたいです」
「……」
「でも、今は時間があまりないんです。あなたは知らないと思いますが、この先の岬で危ない実験が――」
「知っているに決まっているだろう」
シドウの言葉は、途中で冷笑とともに遮られた。
「え?」
「あれは危ない実験などではない」
強めに吹き続けていた風が、さらに強くなった。
青年の銀髪、シドウの亜麻色の髪、ティアの黒髪。それぞれが、生温かく湿った風でなびく。
「魔力を持ち、魔法を駆使するアンデッドを生成する――。ほぼ確実に術は成功するとみられている。被験体は事故死した人間の魔法使い。きわめて安全な実験だ」
「……! まさか――」
青年が、ふたたび背中の大剣に手をかけた。
そして。
片手で軽々と抜いた。
シドウもティアも、目を見開いた。
「そのまさかだ」
まるで細身剣のような扱われかたとは裏腹に、厳かな装飾が入った大剣の剣先は、鈍く、そして強く地面に衝突し、その質量を主張した。
「大臣はすでに金品で買収済み。最初からこちらの注文どおりに進んでいた実験だ。それをやめさせたいなら、実力でとめるしかない」
「……」
大剣が目立ちすぎていてシドウたちは気づかなかったが、エリファスは背中に盾も背負っていた。
左手でそれを持ち、銀髪の青年は構える。
「俺は大魔王様の盾となるはずだった戦士。この剣も、大魔王様が生前に俺のために用意してくださっていたものだ。エメスという名が付いている」
凄まじい速度で流れ続ける暗雲の下、その大剣が不気味に光る。
「さあ、俺と戦え。ドラゴンの子よ」
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