キラキラ大学生のこの俺が、陰キャオタクのお嫁さん?

ぽんぽこまだむ

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第二章 婚姻届編

(6)Lounge E @恵比寿②

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 緊張とともに見守っていると、しばらくの無言ののちに、荒巻は口を開いた。

「こんにちは」
「?……こんにちは」

 佐伯さんも面食らったようで、若干不思議そうにオウム返しする。
――なんだろう、この「確かに挨拶してるのにとんでもない場違い感」は……。

 俺が一人でヒヤヒヤしていると、荒巻は佐伯さんにスッと手を出した。

――え、何? 握手を求めつつ宣戦布告とかしちゃう感じ?
 
「お済みのグラス、お下げしてもよろしいでしょうか」
「え? ああ……うん、ありがとう……」
――なんでお前がグラスを下げるんだよ~! おまけに立食でまだ手に持ってるグラスを下げるか?

 荒巻はゼンマイ仕掛けみたいな動きで、佐伯さんのグラスを持ち去っていった。

――そ、それだけだったんかい~!

「なんか面白い子だね。……新入生?」
「は、はい……」
「……まあ、色んな子が参加する機会を得るっていうのは、いいことだね」

 佐伯さんも、どうポジティブに評価したらいいのか、戸惑っているような雰囲気である。
 なんだろう、このなんかいたたまれない感じ……。うう、佐伯さんすみません……。

 スタッフにグラスを渡した後、荒巻は壁際に突っ立ってボーっとしている。
 さっきまで荒巻を取り囲んでいた女の子たちも、今は社会人と輪になって話している。
 ついつい、荒巻が心配になってそっちを見てしまう。メガネをかけていない目は寂しそうで、明らかに所在なさげだった。

――違うよまきまき、みんなお前が嫌いなんじゃない。今日は社会人との交流イベントだからなんだ。

 ちょっと声をかけてこようかと思っていると、木村さんに声をかけられた。

「諒真君ごめんね、会費の精算のことだけど……」

 バックヤードに引っ込むと、木村さんは封筒からはみ出た万札を見せた。

「佐伯さんがこんなに払ってくれて……でももうみんなから会費回収しちゃったし、どうする?」

 ピンとした渋沢栄一が、十枚以上は握られている。

「え、差し入れももらってるのに? う~ん、でも返すとかえって気を悪くされちゃうかなあ……」

 みんながもらったものなので、俺の一存で返していいのかもわからない。
 学生参加者にいくらかずつ返金しようとしても、すでに帰った人もいる。

「次回に繰り越そうか?」

 木村さんのアイデアが、一番妥当なんだろう。佐伯さんだって納得するはずだ。でもそうしたら、次も佐伯さんを呼ばないといけない。そこでまたお金をもらってしまったら?
 なんとなく、それはイヤだなと思ったけれど、どうしてイヤなのか、自分でもよくわからない。とりあえず次回に繰り越そうということにしてフロアに戻ると、佐伯さんは女の子に取り囲まれて、質問責めにあっていた。

「税金や法律の勉強ってどうしましたか?」
「それはね……」
「自分なりの働き方で、生きていきたいんですっ!」
「大切なことだよね。そのためには……」

 どの質問にも、サラッと答える佐伯さんの後ろ姿は、実に洗練されている。
 荒巻はどうしているかと見回したが、どこにもいない。
 サークルのメンバーに話しかけてみると、さっき帰ったとのことだった。

「なんか元気なくてさ、もうちょっと話しかけてあげればよかったかなあ……」
「俺たちも、ちょっと話しかけてみたんだけどさ、なんかゴニョゴニョしてて、何言ってるかホントにわかんなかったんだよ」
「そっか……。大丈夫大丈夫、今日のメインは社会人との交流会なんだからさ」

 なじめなくって帰ったんだとしても、誰かが悪いわけじゃない。強いて言えば、荒巻の家に差し入れを持っていった時に、コンドームとローションを入れたヤツがお前らの中にいるなら、むしろそっちを反省してほしい。

――大丈夫かなあ、あいつ……。

 気になったけれど、司会やお店の人とのやりとりなど、運営の仕事があるので中抜けするわけにもいかない。
 無事に交流会が終わると、俺はドギーバッグに残った食べ物を詰めてもらい、荒巻にLINEした。

「今終わった。鴨とかちっちゃいケーキとかもらってきたぞ! 今どこ?」

 既読はついたが、いつもは即レスの荒巻なのに、なかなか返事が来ない。
 どうしようかと思っていると、電話がかかってきた。

「うっ、うっ……、うっ、うっ……」

 電話の向こうの荒巻は、泣いているようだった。

「どこにいるんだよ」
「ぐっ……、なんか近くのっ……、ううっ……公園っ、タコとかがある……」

 タコ? グーグルマップの位置情報とか送ってくれ~。

「諒真君、イベント主催お疲れ様。二次会に行こうか?」

 振り返ると、佐伯さんだった。

「すみません、俺ちょっと……」
「りょ、りょうまさん、俺、別に、大丈夫だからっ……」

 スマホをふさいで佐伯さんに断りを入れたが、荒巻にも聞こえてきたようで、珍しく弱気なことを言っている。

「いや、絶対大丈夫じゃないだろ。どうしたんだよ。今行くから……ってあっ」

 ぶつっ……と通話は切れた。

「諒真君」

 足首までありそうな長いコートを羽織った佐伯さんは、大通りから一歩入った、ひっそりとした夜の道に、よく似合っている。

「向いてない子を、無理にどうこうする必要はないんじゃないかな」

 いつの間にか他の人たちは、二次会の店に行ってしまったのか、俺と佐伯さんだけになっていた。
 恵比寿の静かな裏通りで、間接照明に照らされた佐伯さんは、まるで雑誌の一ページみたいにかっこいい。
 しっとりとした声で紡がれる言葉は、誰のことも非難していないし、説得力がある。

「それはそうなんですけれど……」
「君が参加者全員のケアまですることはないよ。参加した機会をどう受け止めるかは、その人次第だからね」

 電話の相手が荒巻だと、佐伯さんにはわかったのだろうか。そしてなぜ荒巻が帰ったのか、佐伯さんには察しがついているのだろうか。
 佐伯さんが、俺にそっと肩を寄せた。

「ちょっと疲れてる? ……二人でゆっくり飲み直せるところにしようか?」

 俺がいない間に荒巻と話したのか、何かあったのか。それは言わない。多分、大したことを言ったわけじゃない。
 佐伯さんは距離感をわきまえているから、相手にとって無理なことは、決して求めない。
 俺にも、はっきりしたことは言わない。多分、もう戻れないところに来るまで。

「佐伯さん」

 俺は懐から茶封筒を出した。

「今日は、来ていただきありがとうございました。これは、お車代と講演料です」

 さっきもらった十万円。木村さんは「次回に繰り越そう」と言ったけれども、やっぱりイヤだと思った。代わりに俺がバイトをがんばろう。
 俺だけのために払ったわけじゃないし、俺が勝手に返していいのかもわからないけれど、そういう迷いのせいで断れないようにするためなんだとしたら、それはそれでイヤだと思った。

「困ったな。君が断れないようにあげたつもりだったのに」
「俺は、そんなに安くないんです」

 佐伯さんは、苦笑して茶封筒を受け取った。
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