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第二章 婚姻届編
(6)Lounge E @恵比寿①
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黒い小さなアイアンのプレートには、「E」の一文字だけがぶち抜かれ、間接照明で照らされている。何やら意味深だけど、単に「恵比寿」のEだと思われる。
俺がイベントのフライヤーを手に持って通りに立っていると、まだ三十分以上あるのに、いち早く荒巻がやってきた。
温かみのある、茶色と白のヘリンボーン柄のチェスターコートに、淡い水色のボタンダウンシャツ、今年流行りの色鮮やかな柄物ニットに細身のタイをゆるく締めている。ボトムスはてろんとした質感のカーキ色のワイドパンツに、赤茶色のレザーシューズだ。
一応今日も、ファッションアドバイザーに有償依頼したのか、なかなかオシャレにキメてきている。なんとなく誇らしくなって、俺はウンウンと頷いた。
猫背なのと、歩き方がセカセカしているのを直せば、もっといい男に見えるぞ! がんばれ!
「諒真さ~ん……。ホントにここであってるんですか? なんかオシャレじゃないですか……?」
「お疲れ様! あはは、あってるよ!」
せっかくイケメンになっているのに、荒巻は肩をすぼめて怯えている。
まあそりゃ緊張するよな。俺だって大学に入るまでは、こんなところには全然入ったことがなかった。
一緒に店内まで案内してやると、中の様子がまったく見えない外観から一転、広々したオシャレなカフェラウンジが広がり、全面ガラス張りの窓の外には、日本庭園風の坪庭が見えて、荒巻は安心するどころかさらにキョドッた。
「ヒイッ! オタクが足を踏み入れていいところじゃないですよここ……」
「なに言ってるんだ。せっかくオシャレしてきたんだから、もっと堂々として楽しみなよ。食事だって、参加費だけじゃ足りないから、木村さんがちょっと持ち込んでくれたんだ。木村さんの実家、イタリアンやってて、すごいおいしいから」
背中をポンポンと叩いて送り出してやると、荒巻はノロノロとカクテルテーブルの方に向かっていった。
「きゃ~! 荒巻君? めっちゃオシャレしてるね!」
「大人っぽ~い!」
「あ、どうも……。よろしくお願いします……」
さっそく女の子たちに取り囲まれている。
荒巻が本当はカッコいいんだということが、他の人に伝わっていくのを見て、俺はちょっぴり誇らしい気持ちになった。
――いい男になってるから、自信を持ってちゃんとコミュニケーションするんだぞ~。
「諒真君、お疲れ様」
「来たよ~」
「あ、来てくださってありがとうございます!」
佐伯さんをはじめとする社会人チームの人たちもやってきたので、俺も挨拶をして回る。
皆さん、お酒やおつまみを差し入れしてくれて、大変にありがたい。おかげで、俺みたいに普通にバイトをしているだけの学生でも出せるような会費で、運営することができている。
◇ ◇ ◇
「え~それでは、この後は社会人の皆さんとの交流タイムです。学生の皆さんは、積極的に話しかけて、なんでも聞いてみてくださいね」
無事にトークセッションが終わり、社会人と学生のフリートークの時間になった。
アナウンスを終えて、俺もドリンクを飲もうとフロアに降りると、佐伯さんにグラスを差し出された。
「諒真君、このスパークリングおいしいよ」
片手に持っているボトルのラベルには、この前、佐伯さんにごちそうしてもらったお店で、どっちを頼もうか俺が迷っていた名前が書いてあった。けれどわざわざそうとは言わない。こういう気づかい、つくづく佐伯さんにはかなわないと思う。
「すみません。ホントはこちらがお酌とかしないといけないのに」
「そういうのは古いよ。日本全国どこの飲み会でも、お店の人に注いでもらったグラスを受け取る方式にすればいいのにね」
「確かにそうですね~」
佐伯さんが、俺の肩に顔を近づけた。
「この前の香水、つけてくれなかったのかな?」
荒巻に渡したら、本当に青森に送っちゃいました……。とは口が裂けても言えない。
「今日の主役は、佐伯さんと他の学生参加者なんで、俺は黒子なんですよ」
「フフフ、そういう気配りができる諒真君、素敵だね」
言ってみてから、一回こっきりしか使えない言い訳だったな、などと思っていると、スッ……と照明がさえぎられた。
いつの間に来たのか、荒巻がすぐ隣に立っている。
「……佐伯さんですか」
藪から棒に、荒巻が無表情で言った。
佐伯さんですかも何も、俺がさっき紹介して壇上でプレゼンしてもらったんだから、佐伯さんは佐伯さんに決まっている。
冷や汗をかく俺の横で、佐伯さんは大人の余裕でほほ笑んだ。
「ええ。君は?」
「荒巻です」
――そりゃ確かに荒巻だようん。でもそこはせめて、「何々学部何年生の荒巻です」とか言えよ……。何も伝わらないだろ~。
こいつのコミュ力が心配すぎて、ハラハラする。
「……」
荒巻は、ドリンクも持たずに黙って佐伯さんを見つめている。
同じくらいの身長なのに、なぜか先生と生徒みたいな雰囲気の違いである。
――まさか……まきまき、お前まさか「諒真さんは俺のお嫁さんなんです。近寄らないでください」とか言い出すのか?
俺がイベントのフライヤーを手に持って通りに立っていると、まだ三十分以上あるのに、いち早く荒巻がやってきた。
温かみのある、茶色と白のヘリンボーン柄のチェスターコートに、淡い水色のボタンダウンシャツ、今年流行りの色鮮やかな柄物ニットに細身のタイをゆるく締めている。ボトムスはてろんとした質感のカーキ色のワイドパンツに、赤茶色のレザーシューズだ。
一応今日も、ファッションアドバイザーに有償依頼したのか、なかなかオシャレにキメてきている。なんとなく誇らしくなって、俺はウンウンと頷いた。
猫背なのと、歩き方がセカセカしているのを直せば、もっといい男に見えるぞ! がんばれ!
「諒真さ~ん……。ホントにここであってるんですか? なんかオシャレじゃないですか……?」
「お疲れ様! あはは、あってるよ!」
せっかくイケメンになっているのに、荒巻は肩をすぼめて怯えている。
まあそりゃ緊張するよな。俺だって大学に入るまでは、こんなところには全然入ったことがなかった。
一緒に店内まで案内してやると、中の様子がまったく見えない外観から一転、広々したオシャレなカフェラウンジが広がり、全面ガラス張りの窓の外には、日本庭園風の坪庭が見えて、荒巻は安心するどころかさらにキョドッた。
「ヒイッ! オタクが足を踏み入れていいところじゃないですよここ……」
「なに言ってるんだ。せっかくオシャレしてきたんだから、もっと堂々として楽しみなよ。食事だって、参加費だけじゃ足りないから、木村さんがちょっと持ち込んでくれたんだ。木村さんの実家、イタリアンやってて、すごいおいしいから」
背中をポンポンと叩いて送り出してやると、荒巻はノロノロとカクテルテーブルの方に向かっていった。
「きゃ~! 荒巻君? めっちゃオシャレしてるね!」
「大人っぽ~い!」
「あ、どうも……。よろしくお願いします……」
さっそく女の子たちに取り囲まれている。
荒巻が本当はカッコいいんだということが、他の人に伝わっていくのを見て、俺はちょっぴり誇らしい気持ちになった。
――いい男になってるから、自信を持ってちゃんとコミュニケーションするんだぞ~。
「諒真君、お疲れ様」
「来たよ~」
「あ、来てくださってありがとうございます!」
佐伯さんをはじめとする社会人チームの人たちもやってきたので、俺も挨拶をして回る。
皆さん、お酒やおつまみを差し入れしてくれて、大変にありがたい。おかげで、俺みたいに普通にバイトをしているだけの学生でも出せるような会費で、運営することができている。
◇ ◇ ◇
「え~それでは、この後は社会人の皆さんとの交流タイムです。学生の皆さんは、積極的に話しかけて、なんでも聞いてみてくださいね」
無事にトークセッションが終わり、社会人と学生のフリートークの時間になった。
アナウンスを終えて、俺もドリンクを飲もうとフロアに降りると、佐伯さんにグラスを差し出された。
「諒真君、このスパークリングおいしいよ」
片手に持っているボトルのラベルには、この前、佐伯さんにごちそうしてもらったお店で、どっちを頼もうか俺が迷っていた名前が書いてあった。けれどわざわざそうとは言わない。こういう気づかい、つくづく佐伯さんにはかなわないと思う。
「すみません。ホントはこちらがお酌とかしないといけないのに」
「そういうのは古いよ。日本全国どこの飲み会でも、お店の人に注いでもらったグラスを受け取る方式にすればいいのにね」
「確かにそうですね~」
佐伯さんが、俺の肩に顔を近づけた。
「この前の香水、つけてくれなかったのかな?」
荒巻に渡したら、本当に青森に送っちゃいました……。とは口が裂けても言えない。
「今日の主役は、佐伯さんと他の学生参加者なんで、俺は黒子なんですよ」
「フフフ、そういう気配りができる諒真君、素敵だね」
言ってみてから、一回こっきりしか使えない言い訳だったな、などと思っていると、スッ……と照明がさえぎられた。
いつの間に来たのか、荒巻がすぐ隣に立っている。
「……佐伯さんですか」
藪から棒に、荒巻が無表情で言った。
佐伯さんですかも何も、俺がさっき紹介して壇上でプレゼンしてもらったんだから、佐伯さんは佐伯さんに決まっている。
冷や汗をかく俺の横で、佐伯さんは大人の余裕でほほ笑んだ。
「ええ。君は?」
「荒巻です」
――そりゃ確かに荒巻だようん。でもそこはせめて、「何々学部何年生の荒巻です」とか言えよ……。何も伝わらないだろ~。
こいつのコミュ力が心配すぎて、ハラハラする。
「……」
荒巻は、ドリンクも持たずに黙って佐伯さんを見つめている。
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――まさか……まきまき、お前まさか「諒真さんは俺のお嫁さんなんです。近寄らないでください」とか言い出すのか?
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