キラキラ大学生のこの俺が、陰キャオタクのお嫁さん?

ぽんぽこまだむ

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第二章 婚姻届編

(10)エピローグ 俺の大好きな陰キャオタク

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 ぼーーーーっ……。

 恋をするって、こういう感じなんだな……。

「お~い、諒真君~?」

 木村さんが怪訝そうな顔でこっちを見ている。どうしたんだろう?

「はい……?」
「この前の交流会の写真、インスタに上げた?」
「はい……」

 まだです。俺はスマホを取り出して、交流会の写真を漁った。
 あ、この写真、まきまきが映ってる……。
 へらっと俺は笑った。
 まきまきが世界に発見されちゃったらイヤだから、この写真はアップしないでおこう。

「終わりました」

 ポチッと紙飛行機のボタンを押した俺は、隣に座っていた荒巻にもたれかかった。
 今日の荒巻は、服はトラッド風のカジュアルでオシャレしつつ、いつものメガネというハイブリッドスタイルだ。まあ、このくらいが俺も落ち着くかな。

「むふふっ……」

 鼻からムフフ笑いをもらしながら、荒巻が俺の頭を撫でてくれる。
 えへへ……。幸せ……。

「諒真君……。そうだったんだ……」
「あ、すみません……。部室では、控えますんで……」

 木村さんが唖然とした表情で見ているのに気づき、俺は慌てて荒巻から離れた。

 手をつないでキャンパスを歩いていると、スマホがブーブブッと振動した。

「あれ、佐伯さんからだ」
――『大学に来てるんだけど、今どこ?』

 え~、なんだろう。
 荒巻に聞いてみたら、意外にも会ってもいいというので、タリーズで待ち合わせることにした。

「やあ。健康のために、ランチタイムにロードやってるんだ」

 ガガンボくらい細いシュッとしたロードバイクにまたがって、佐伯さんはタリーズの前に現れた。
 ストレッチの効いたジャケットと細身のスラックス、ブラウンベージュのライドシューズに小さめのメッセンジャーバッグ。自転車に乗っているのになぜかビジネスでもおかしくない、小粋な恰好だ。
 佐伯さんのオフィスは中目黒にあるが、八幡通りでほぼ一直線なので、ロードバイクなら、大学まで十分程度で来られるそうだ。
 佐伯さんは、かっこいいサングラスを胸ポケットに入れ、ヘルメットを外してハンドルに引っ掛けた。

「おごるよ。そこの君も一緒にどうかな?」

 タリーズの前で待ち合わせしたのに、あれよあれよという間にイタリアンに連れてこられてしまった。「そこの君」であるところの荒巻も一緒である。
 自然光が差し込む店内は、テラコッタと色鮮やかなタイルで飾られ、地中海風の明るい雰囲気で、ランチにぴったりだ。今度ランチ会に使おうかな~。

「アサリとキャベツのスパゲッティーニください。アイスティー、食後でお願いします」
「ミートソースください。あと水」
「国産牛頬肉のボロネーゼですね」
「僕は三陸産真牡蠣とスカモルツァのリゾット。それからサンペレグリノ」
「かしこまりました」

「それで――」
「あ!」

 表参道のイタリアンでの注文力の違いを荒巻に見せつけた後に、佐伯さんが口を開くと、荒巻がパカッと口を開けてさえぎった。

「佐伯さんに、お渡しするものがあったんです」
「何かな?」

 荒巻は、シュッとしたトートバッグから、持ち手がくちゃくちゃになり始めた紙袋を取り出した。
 そのまま佐伯さんに向かって、頭を下げながらずいっと突き出す。

「この前は、けっこうな木酢液をいただき、ありがとうございました」
「え? 木酢液……?」
――ああああ……。佐伯さんすみません、メゾンマルジェラのby the fireplaceのことです……。

 首を傾げながらも、佐伯さんは紙袋を受け取って、中身を取り出した。
 デカくて真四角い箱が、デパートの包装紙に覆われている。

「開けてみても?」
「はい」

 包装紙をはがした佐伯さんは、なんともいえないアルカイックスマイルを浮かべた。
 箱には流麗な草書体で「あさくさ海苔」と書いてある。

――あああ……。

 知らない、俺は、何も知らない。
 お返しは荒巻が選ぶっていうから、まかせっきりにしていた。今日ここに持ってきていることも知らなかった。
 いや、確かに山本山の浅草海苔セットはギフトだよ、贈答品だよ。しかもかなりちゃんとした。年末年始になるとCMでも見るよな。
 でも、表参道のイタリアンでメゾンマルジェラの香水のお返しに渡すヤツなんて、初めて見たよ~!

「佐伯さんにいつ会えるのかわからなかったので、毎日カバンの中に入れていたので、クシャってなっちゃいました。すみません」
「……けっこうなものを、ありがとう」

 いらねー、というわけにもいかないんだろう。佐伯さんはひきつった笑いを浮かべた。

「よかったです! ところで佐伯さんにお願いしたいんですけれど」

 荒巻がトートバッグからクリアファイルを出した。
 まさか、まさかお前……。

「ここの、証人欄に書いてください」
――きたーっ!

「え?」

 佐伯さんは不思議そうに眉を寄せた。
 荒巻はカチカチっとサラサクリップの芯を出して、佐伯さんの前に並べる。

「婚姻、届……?」
 荒巻と俺の名前が書かれた婚姻届を、無言でしばらく見下ろした後、佐伯さんは俺の方を見た。

――あの、なんかすみません……。えっと……。
 俺が何も言わないのを見て、佐伯さんは首をしきりに傾げながら、ためらいがちにツッコミ始めた。

「え~っと、色々と気になるポイントはあるんだけれど、まず東京二十三区では、同性の場合、婚姻届じゃなくてパートナーシップ宣誓書を……」
「婚姻届です!」

 荒巻が謎に断言したが、返事になっていないぞ。
 佐伯さんが、また俺の方を見た。

「あの、本人が、婚姻届がいいっていうんで……。出すかどうかは別として……」
「……諒真君。君は、それでいいの?」

 この「それでいいの?」には、実に色んな意味がこもっているんだろう。ええ、わかっています。

「……いいんです」

 俺は、荒巻が好きなんです。

「そうか……」

 佐伯さんは、深くため息をつきながら、無言で何度もかぶりを振った。

「はぁー……」

 頭を抱えてしばらく机に突っ伏していたが、一段と深いため息をつくと、今度は小刻みに肩を震わせ始めた。

「クックックックック……」

 そしてガバッと顔を上げると、浅草海苔の箱を引き裂くように開き、中から缶を取り出してバコッと開けた。

「アーッハッハッハッハッハ!」

 クールな佐伯さんの突然の奇行に絶句している俺をものともせず、佐伯さんは中から海苔を取り出して、何枚も重ねた束のまま引きちぎり始めた。

「アハハハハ! アハハハハ! まさか! まさかこんなことになるとは思ってもみなかったよ! 荒巻君! いいか、認められないよ。認められないよこんなのは!」

 そしてちぎった海苔を、牡蠣のリゾットの上にブワサッとまき散らすと、スプーンですくって猛然と食べ始めた。
 あ、もみ海苔にしてかけて食べるってことか。確かに合うなあ。レストランでやっていいのか知らないけど。

「アハハハハ! アハハハハ! 決済はiDでお願いします。三人分まとめて。アハハハハ! アーッハッハッハッハ!」

 あっという間に食べ終わり、三人分の支払いを済ませると、佐伯さんは残りの海苔をつかんで、壊れた人形のような高笑いを上げながら店を出ていった。
 ポカーンとしていた俺たちが、気を取り直して店を出ると、青山通りに佐伯さんのロードバイクは、もう影も形もなかった。

「……やっぱり、佐伯さんに証人欄を書いてもらおうっていうのは、ちょっとまずかったんじゃないか?」

 しかし荒巻は、真剣な表情で中目黒方面を見つめ、メガネのブリッジをクイッと上げた。

「……佐伯さん、俺はあなたに認められる、婿になってみせますよ」
 いつから佐伯さんが俺のお父さんになったんだよ!

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