ミッドナイト・サバト~義弟との黒ミサ~

ぽんぽこまだむ

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最終話:闇と光を分かち合い、永遠に共に。

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 パーティは終わり、チームメイトが女を連れて去っていく車の音が遠ざかっていった。
 にぎやかだったポーチの前も、使用人に任せた屋敷の片付けも終わり、少しずつ喧騒が遠ざかって、階下にはもう誰もいない。

 アントンの部屋には、ついさっき電話で届けさせた赤と黒のバラが敷き詰められ、香炉からは麝香じゃこうの香りが漂っている。
 黒い燭台の明かりが、黒と赤のベルベットのカーテンに影を落とし、香炉からの煙を赤いもやに変えていた。
 部屋の中央には魔法陣のようなものが赤く描かれ、蝋燭の明かりを反射して血のような光沢を放っている。
 その中心に、テレンスは裸で座らされていた。
 アントンのレコード・プレイヤーからは、ヘンデルのパイプオルガンが響いている。

「あいつが俺と兄さんの世界に現れた以上、もう一刻も猶予はないんだ」

 全裸のアントンが、テレンスにヴェールをかけた。花嫁がかぶるような大きさだが、黒く重たい。どこにどうやって準備していたのか考えるとキモい。

「兄さんを完全に俺のものにするための、今日は結婚式だよ」

 アントンは向かい合って座り、テレンスに口づけた。
 そのまま唾液が垂れるようなキスを交わしながら、怪しげなアロマオイルを乳首から股間まで塗りたくられ、サタンの名の下にアントンとの永遠の愛を誓わせられる。

「誓いの証に、兄さんにこれをあげるよ」

 アントンの手には、貞操帯が握られていた。黒いベルトで尻の後ろを留めるようになっており、ぴかぴかと光る金属のアナルプラグもついている。

「鍵は俺が持っているから」

 ほの暗い輝きを宿した真っ青な瞳で、アントンは鍵を通したチェーンを首からぶら下げて口づけした。

「結婚の契りを結んだら、兄さんはこれをつけるんだ。もうほかのヤツらにはセックスさせない。俺が守るよ」
「お前、男同士で実の異母兄弟で結婚とか、気が狂ってんだろ……」

 もはや投げやりな口調になっているのは、テレンスにもわかっていた。

「どうして? 俺たちはお互い愛し合っているんだから、結婚するのは自然なことだよ」
「俺がお前を愛してるわけねーだろ」
「じゃあ兄さん、この世で俺よりも兄さんを愛している人がいる? そして、兄さんがこの世で俺よりも愛している人がいる?」

 ――!

 テレンスは動揺した。
 学校の取り巻きたち、ガールフレンドのキャシー。
 みんな、テレンスのステータスに寄ってきた奴らを、ジョックとしての地位を保つために侍らせているだけだ。
 今日のパーティに来ていた投資家や実業家も、オズボーン家の富と人脈に群がっているだけで、テレンスを好いているわけではない。
 父親や、離婚した母親とは、お互い自立した関係でいましょうね、ということになっている。

 そうだ。誰もテレンスのことを愛していないし、テレンスも誰のことも愛していない。
 それに気づいた途端、テレンスの目から勝手にボロボロと涙がこぼれた。
 悲しいなんて感情は、何年ぶりのことだろう。
 アントンの前で泣くなんて、プライドが許さないのに、涙はあとからあとから、勝手に流れ出してくる。

 アントンの親指が優しくその涙を拭った。
 気づけばアントンも、青い瞳から涙を流していた。

「ね、気がついた?……俺たちには、お互いしかいないんだっていうこと」

「……アントン。ひとつ聞いてもいいか」

 すでに質問の内容を理解しているかのように、アントンは黙って頷いた。

「お前は……自分の母親に犯されていたのか」

 アントンの目がさらに潤んでぼろぼろと涙を流した。
 それでも口元は笑っている。それは薄ら笑いではない、テレンスが初めて見る、笑顔だった。

「そうだよ……」

 テレンスの目からはさらに涙が溢れ、震える手でアントンの手をきつく握りしめていた。
 そこにアントンのもうひとつの手がかぶせられる。

「誓いの口づけを……兄さん」

 テレンスは目を閉じて、アントンにキスをした。
 もう離れないほど強く、深く。

 薄暗い部屋で二人の影は一つになり、やがて絡み合って律動へと変わっていった。


 ◇ ◇ ◇

 大学フットボールシーズンが始まり、町をポスターがいろどり始める頃、タブロイド紙の一面をグレン・ウォードの写真が飾った。
 サンフランシスコの不動産王が、カストロ地区の怪しい「オカマバー」で、ヒッピーたちとつるみ、大麻を吸いながらゲイセックスに励んでいるという記事が、写真とともにデカデカと記載されたのだ。
 テレンスは何も知らない。「写真部の活動がある」と言って、アントンが夜中にカメラを持って出かけて行ったこと以外には。

 テレンスがフィールドの中央でボールを掲げ、的確なパスを決めると、スタジアムが歓声に沸いた。キャシーは金髪のポニーテールを振り、チアのユニフォームから長い手足を惜しげもなく出して、スプリットジャンプを決める。
 紙吹雪が舞う中で、地元テレビ局のカメラがテレンスを追いかける。
 だが、カメラには映らない。テレンスのユニフォームの下には、ファールカップではなく、アントンにつけられた貞操帯がついていることを。
 テレンスは最強のQBであり、フィールドの中央で燦然と輝くヒーローだ。だからアオテンは喰らわない。誰もそれを知る者はないだろう。アントン以外には。
 テレンスの前には栄光の道が続き、いつかサンフランシスコの摩天楼を、テレンスのポスターが飾るだろう。

 黒ミサは今も続いている。

「愚者《ドンキー》は裁かれた」

 重々しい声で唱えて、アントンは、立派な角を備えた雄山羊のマスクをかぶった。
 会衆たちの歓呼の声にこたえて玉座のような黒い椅子に腰かけると、アントンは黒いチュニックをまとったテレンスを抱き寄せた。

「我らが黒き聖母を崇めよ! 黒きベツレヘムの象徴である!」

 神聖にして不可侵、「教祖」だけが触れることのできるシンボルとして、テレンスは黒ミサのスターとなった。


 終 わ り
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