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第6話:意地を張るのは罪の味
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ニーアは、カイラと二人でもう一頭のヒグマを倒し、アーロンとルーイを探しに森の中を歩いていた。
二人が消えた方向をしばらく歩いていると、少し開けたところに小屋が見えた。
側面の壁を見ると、座り込む人影がある。
話しかけようとしたが、ニーアは立ち止まった。
アーロンとルーイが、夢中で唇を重ねていた。
──まあ……!
しかもルーイは、上半身裸だ。
──ルーイさん、アーロンさんと恋人同士だったんですね……。
ルーイのことを好ましく思っていたニーアは、少し悲しくなったが、あんなに熱く愛し合っているのであれば、自分の入り込む余地はないだろう。
「ニーア様、どうッスか?」
追いかけてきたカイラに、ニーアは、「しいっ」と人差し指を立てた。
「お邪魔をしてはいけません。もう少しそっとしておきましょう」
カイラもアーロンとルーイの方を見て、
「おやおや……」
と言った。
「……どうでしょう?」
ニーアはカイラに尋ねた。赤外線視力のあるカイラは、0.003度の温度差を判別することができる。恋人同士でも熱量パッションに差があれば、カイラにはわかってしまうのだ。
「……完全に一体になってるッスね」
アーロンとルーイの体温は、まるで一つの熱源のように完全に一体となっていた。
「……カイラ、お邪魔をしてはいけません。そっと帰りましょう」
ニーアは二人を応援することを心に決め、カイラとともにその場を立ち去った。
◇ ◇ ◇
生暖かい何かがバシャバシャとかかる感触に、ルーイは意識を取り戻した。
目を開けると、小太りの牧場主が大きなたらいから手桶でお湯を汲んで、ルーイの頭の上から注いでいる。
「大丈夫ですか~?」
ルーイは、かけられた湯でまだべたつく顔をぬぐいながら、辺りを見回した。
太陽は西の空を赤く染め始めている。
隣ではアーロンが地面に横たわって伸びていて、作業員にお湯をかけられ、身体を拭かれている。
「うう……」
アーロンも目を覚ましたようだ。
「俺は……」
ヒグマを追いかけて、落とし穴に落ちてからの記憶があいまいだ。
アーロンが着替えさせようとしてくれたのか、いつの間にか上半身裸になっている。
「ヒグマを退治してくださって、ありがとうございます。女の子二人は、先に戻るとおっしゃっていましたよ。明日報酬を受け取りに、ギルドで会いましょう、とのことです」
身体を拭く手ぬぐいと、新しい着替えを渡しながら、牧場主が言った。
「それから、よくわかりませんが『お幸せに』とのことです」
「はあ……?」
──なんのことだ?
◇ ◇ ◇
「キ、キ、キ、キスぅ???」
帰り道、なぜかアーロンが手をつなごうとしてきたので、「何やってんだよっ」と振り払ったら、アーロンは、
「何言ってるんだよルーイ、俺たちキスした仲じゃん」
と言ってきた。
「知らない知らない知らない知らないぞ!」
ルーイは真っ赤になって否定した。
「落とし穴に落ちてからの記憶がないんだ! ホントなんだ!」
これはちょっとだけ嘘である。なんとなく、夢の中の出来事のような感じだが、アーロンの身体のぬくもりに包まれたような、そんな覚えはある。
言われてみると、何かエッチな夢を見ていたような気もしなくはない。
しかし、自分でキスをしたという意識は、まったくない。
「え~でもルーイ、自分でちゃんと戦斧につかまって落とし穴から上がって、着替えたいって言って服脱いでたよ~」
「それで、キ、キスを……?」
どうしたら、着替えからキスする流れになるのか、まったくわからない。
「え、うん、まあ……」
アーロンはちょっと頬を赤らめながら、ぽりぽりと頬をかいた。
「アーロンは、全部、覚えてるのか……?」
「う、うん……」
アーロンは口元を緩ませ、ニヘラッと笑った。
──ニーアとカイラからの伝言の『お幸せに』っていうのは、まさかその現場を見られたのか……。
「アーロン、お前は気にしてないのかよ……」
「え、何が?」
「その……イヤじゃないのかよ……?」
「ルーイは、俺とキスしたのがイヤなの?」
逆に聞き返されて、ルーイは返答に困った。
「覚えてないし、ヤバいハチミツでおかしくなってキスしちゃったわけだろ……。そんなの……」
はぐらかしていると自覚しながら、ルーイは「イヤかイヤじゃないか」が答えられなかった。
「俺は、今でもルーイにキスできるよ。……イヤ?」
アーロンは、ルーイの手首をつかんで、まっすぐに見つめてきた。
──な、なんでだ……ドキドキしてきたぞ……。
アーロンと手をつないだことなんか、何回もあるのに……。何年も前だけど……。
その時、アーロンはまだほっぺがぷにぷにした少年だった。キラキラした瞳でルーイを見上げ、手を引いて遊んでほしいとねだっていた。
今は、ルーイの目線の高さには、がっしりした肩と胸板がある。
ドギマギしながら上目遣いで見上げると、彫りの深い精悍な顔立ちと、そこだけは変わらない、キラキラしたアイスブルーの瞳が、ルーイを見つめている。
アーロンの澄んだ瞳に、自分が映っている。顔が赤く見えるのは、夕暮れのせいだろうか。
「ダ、ダメだっ……」
手首からアーロンの手を外し、ルーイはうつむいて言った。
アーロンが、ルーイになついているのは、まだ広い世間に出ていないからかもしれない。
今日の戦いぶりを見て、ルーイはアーロンの戦士としての才能を確信した。
この世界では、強い男は子孫を残すことを求められるのだ。酒場では、そんな男の「武勇伝」が盛んに語り継がれていた。
アーロンだっていつかは……。
「お、俺はっ、普通に結婚するんだ! お、お前だって、いずれ結婚するんだろっ……」
アーロンの顔をまっすぐ見ることができない。
うつむいたままでいると、上からアーロンの声が降ってきた。
「……そっか。……わかった」
なぜか涙がこぼれそうになりながら、ルーイは唇を噛んだ。
二人が消えた方向をしばらく歩いていると、少し開けたところに小屋が見えた。
側面の壁を見ると、座り込む人影がある。
話しかけようとしたが、ニーアは立ち止まった。
アーロンとルーイが、夢中で唇を重ねていた。
──まあ……!
しかもルーイは、上半身裸だ。
──ルーイさん、アーロンさんと恋人同士だったんですね……。
ルーイのことを好ましく思っていたニーアは、少し悲しくなったが、あんなに熱く愛し合っているのであれば、自分の入り込む余地はないだろう。
「ニーア様、どうッスか?」
追いかけてきたカイラに、ニーアは、「しいっ」と人差し指を立てた。
「お邪魔をしてはいけません。もう少しそっとしておきましょう」
カイラもアーロンとルーイの方を見て、
「おやおや……」
と言った。
「……どうでしょう?」
ニーアはカイラに尋ねた。赤外線視力のあるカイラは、0.003度の温度差を判別することができる。恋人同士でも熱量パッションに差があれば、カイラにはわかってしまうのだ。
「……完全に一体になってるッスね」
アーロンとルーイの体温は、まるで一つの熱源のように完全に一体となっていた。
「……カイラ、お邪魔をしてはいけません。そっと帰りましょう」
ニーアは二人を応援することを心に決め、カイラとともにその場を立ち去った。
◇ ◇ ◇
生暖かい何かがバシャバシャとかかる感触に、ルーイは意識を取り戻した。
目を開けると、小太りの牧場主が大きなたらいから手桶でお湯を汲んで、ルーイの頭の上から注いでいる。
「大丈夫ですか~?」
ルーイは、かけられた湯でまだべたつく顔をぬぐいながら、辺りを見回した。
太陽は西の空を赤く染め始めている。
隣ではアーロンが地面に横たわって伸びていて、作業員にお湯をかけられ、身体を拭かれている。
「うう……」
アーロンも目を覚ましたようだ。
「俺は……」
ヒグマを追いかけて、落とし穴に落ちてからの記憶があいまいだ。
アーロンが着替えさせようとしてくれたのか、いつの間にか上半身裸になっている。
「ヒグマを退治してくださって、ありがとうございます。女の子二人は、先に戻るとおっしゃっていましたよ。明日報酬を受け取りに、ギルドで会いましょう、とのことです」
身体を拭く手ぬぐいと、新しい着替えを渡しながら、牧場主が言った。
「それから、よくわかりませんが『お幸せに』とのことです」
「はあ……?」
──なんのことだ?
◇ ◇ ◇
「キ、キ、キ、キスぅ???」
帰り道、なぜかアーロンが手をつなごうとしてきたので、「何やってんだよっ」と振り払ったら、アーロンは、
「何言ってるんだよルーイ、俺たちキスした仲じゃん」
と言ってきた。
「知らない知らない知らない知らないぞ!」
ルーイは真っ赤になって否定した。
「落とし穴に落ちてからの記憶がないんだ! ホントなんだ!」
これはちょっとだけ嘘である。なんとなく、夢の中の出来事のような感じだが、アーロンの身体のぬくもりに包まれたような、そんな覚えはある。
言われてみると、何かエッチな夢を見ていたような気もしなくはない。
しかし、自分でキスをしたという意識は、まったくない。
「え~でもルーイ、自分でちゃんと戦斧につかまって落とし穴から上がって、着替えたいって言って服脱いでたよ~」
「それで、キ、キスを……?」
どうしたら、着替えからキスする流れになるのか、まったくわからない。
「え、うん、まあ……」
アーロンはちょっと頬を赤らめながら、ぽりぽりと頬をかいた。
「アーロンは、全部、覚えてるのか……?」
「う、うん……」
アーロンは口元を緩ませ、ニヘラッと笑った。
──ニーアとカイラからの伝言の『お幸せに』っていうのは、まさかその現場を見られたのか……。
「アーロン、お前は気にしてないのかよ……」
「え、何が?」
「その……イヤじゃないのかよ……?」
「ルーイは、俺とキスしたのがイヤなの?」
逆に聞き返されて、ルーイは返答に困った。
「覚えてないし、ヤバいハチミツでおかしくなってキスしちゃったわけだろ……。そんなの……」
はぐらかしていると自覚しながら、ルーイは「イヤかイヤじゃないか」が答えられなかった。
「俺は、今でもルーイにキスできるよ。……イヤ?」
アーロンは、ルーイの手首をつかんで、まっすぐに見つめてきた。
──な、なんでだ……ドキドキしてきたぞ……。
アーロンと手をつないだことなんか、何回もあるのに……。何年も前だけど……。
その時、アーロンはまだほっぺがぷにぷにした少年だった。キラキラした瞳でルーイを見上げ、手を引いて遊んでほしいとねだっていた。
今は、ルーイの目線の高さには、がっしりした肩と胸板がある。
ドギマギしながら上目遣いで見上げると、彫りの深い精悍な顔立ちと、そこだけは変わらない、キラキラしたアイスブルーの瞳が、ルーイを見つめている。
アーロンの澄んだ瞳に、自分が映っている。顔が赤く見えるのは、夕暮れのせいだろうか。
「ダ、ダメだっ……」
手首からアーロンの手を外し、ルーイはうつむいて言った。
アーロンが、ルーイになついているのは、まだ広い世間に出ていないからかもしれない。
今日の戦いぶりを見て、ルーイはアーロンの戦士としての才能を確信した。
この世界では、強い男は子孫を残すことを求められるのだ。酒場では、そんな男の「武勇伝」が盛んに語り継がれていた。
アーロンだっていつかは……。
「お、俺はっ、普通に結婚するんだ! お、お前だって、いずれ結婚するんだろっ……」
アーロンの顔をまっすぐ見ることができない。
うつむいたままでいると、上からアーロンの声が降ってきた。
「……そっか。……わかった」
なぜか涙がこぼれそうになりながら、ルーイは唇を噛んだ。
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