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エルト王国編

Report22. それぞれの決戦前夜

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ディストリア帝国との決戦前夜。
 
ソニアは不安からか眠ることが出来ず、イサミを連れてエルト城のバルコニーで夜風に当たっていた。

「なあ…イサミ。」

ソニアはイサミを呼びかける。
しかしイサミはそれに反応せず、ただ遠くの景色をボーッと眺めているだけであった。

「イサミ!おーい、イサミ!聞こえておるのか!」

ソニアはイサミの身体を揺らしながら、再度耳元で呼びかける。

そこでようやく我に返ったイサミは、ソニアの方を向くのであった。

「まったく、どうしたのじゃ?いつにもなくボーッとして。」

「ああ…すまない。今回の戦いのシミュレーションを、頭の中で繰り返し行っていたんだ。」

「しみゅ…れーしょん?」

ソニアは聞きなれぬ言葉に首を傾げた。

「そう。相手の兵力とこちらの兵力、そしてこちらの配置に対して、予想される敵の攻撃手段。考えうる限りのパターンを何通りも頭の中で計算していたんだ。」

「つまり…イサミの頭の中では既に何通りもの戦術が出来上がっているということか?」

「ああ。今現在で、二万一千五百十三通りまで演算が完了している。」

その数字を聞いたソニアは目を丸くして驚く。

「二万以上⁉︎すごいではないか!」

だがイサミは、そうでもないと言って首を横に振る。

「あくまで、シミュレーションはシミュレーションでしかない。不確定要素も多いから、想定外の事態も起こりうるだろう。」

「じゃが、これだけの戦術があればディストリア帝国を退けることだってできるのではないか?」

「確かに撃退できる道筋があるにはある。でもなソニア。それだけじゃ、ダメなんだよ。」

「ダメ…って言うのは?」

「俺はな、敵味方問わず一人も戦死者を出さずにこの戦争を終結させる。その道筋を模索しているんだ。」

イサミは真剣な眼差しでソニアを見る。
それを見たソニアは、イサミが本気でそれを考えているのだと悟った。

「本当に、そんなことが出来るのか…?」

「わからない。だが、俺は必ず成し遂げたいと思っている。」

「……どうして、イサミはそんなに優しいんじゃ?」

ソニアはポツリと小さくつぶやいた。

「……俺は大切な人の故郷の人々を殺したくはないし、世話になったこの国の人々を守りたい。そう考えた結果に過ぎない。それを優しいというのかは、よくわからない。」

「優しいよ。お前はホントに…バカがつくほどのお人好しじゃ。」

そう言ってソニアは、イサミをギュッと抱きしめた。

「……ソニアにそう言ってもらえるなら、そうなのかもしれないな。
ソニアと出会えていなかったら、この『優しさ』という感情は俺の中に芽生えていなかった。
君が教えてくれたんだ。ありがとう、ソニア。」

イサミもソニアの腰に手を回し、そっと抱きしめる。

ソニアの肌に触れた時、イサミの中に搭載されているグローアップ・デバイスが、今までにない信号をキャッチした。

その反応にイサミは一瞬動揺したが、その信号は心地良く、暖かいものであった為、悪い信号ではないだろうと判断した。

むしろ、この感覚がずっと続けばいい。
そう思えるほどだった。

この時発した未知の信号の正体が、ソニアに対する「好意」であるということをイサミはまだ知るよしもない。

目の前にいる、この可愛らしい少女の温もりをずっと感じていたい。
今はただ、切実にそう願うイサミであった。


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同時刻、ディストリア帝国城。

こちらも、着々と戦の準備が進められていた。

そんな中、ある一人のディストリア兵士が嬉しそうな声で、隣で武器の整備をしている女性の兵士に話しかける。

「なあ、お前。これもらったかよ?」

そう言った兵士は右腕に付けたブレスレットを得意げに見せびらかす。

そのブレスレットには不気味に黒く輝く石、魔法無力機マジック・キャンセラーがはめ込まれていた。

「いいや…貰ってないよ。私は後方支援部隊の所属だからな。その魔法を無効化する石っころは数に限りがあるらしいから、アンタみたいな前線で戦う兵士から優先的に支給されてるんだと。」

それを聞き、ブレスレットを貰うことができた兵士は更に鼻を高くする。

「そうかそうか、なるほどな。つまり、俺は王にも認められた優秀なエリート兵士というわけだ。」

「いや、別にそこまでは言ってないけどな…」

「貰えなかったからって、そうひがむなよ、五龍星のホムラさん。
お前も王様に対して謀反なんて起こさなけりゃあ、今頃最前線に立って武勲を挙げられていただろうになぁ…ホントに、馬鹿なことをしたもんだよ、お前は。」

「ハハハ…確かにそうかもしれないな。」

ホムラと呼ばれたその女性は、苦笑いしながら頬をポリポリとかいた。

それを見た兵士は、つまらなそうにため息を吐く。

「剣神、とまで言われた女も地に堕ちたもんだね。まあ本来処刑されてもおかしくない立場にいるんだからしょうがないか。まっ、王様の寛大な御心に感謝して、精々裏方作業頑張りなよ。」

「へいへい。誠心誠意、やらせていただきますよ。」

高らかに笑いながら去っていく兵士を、ホムラはプラプラと手を振りながら見送った。

そして一人残ったホムラは、大きなため息を吐いた後、再び武器整備の作業に戻る。

「地に堕ちたって別に構いやしないさ。姫様さえ、無事ならな。」

虚空を見つめながら、誰に言うでもなくホムラはポツリとそう呟くのであった。
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