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エルト王国編

Report38. 違う道

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日比谷研究所の実験室。

発明家、日比谷 恭二ひびや きょうじは、を見た瞬間、跳ねるように椅子から立ち上がった。

「そんな…まさか…。」

イサミのモニター越しに映る自身の顔。
まるで鏡を見ているかのような錯覚に陥ってしまうほどであった。

「嘘…だろ……?」

その隣で見ていた日比谷のマネージャー、羽倉 善はねくら ぜんもまた、自身の目に映る信じがたい光景に言葉を失っていた。


数秒間の沈黙の後、日比谷は絞り出すようにモニターに映るその人物の名前を呟く。

「誠一兄さん……どうして……!」

絶望の表情を浮かべ、膝から崩れ落ちる日比谷。
その崩れる身体を羽倉は咄嗟に抱きかかえた。

「おい、大丈夫か!しっかりしろ!日比谷!」

「兄さんが…そんな……誠一兄さんがすべての元凶だったなんて……」

「落ち着け!まだそうだと決まった訳じゃねーだろ!他人の空似かもしれねえじゃねーか!」

羽倉の必死の説得にも、日比谷は力なく首を横に振る。

「いいや。私にはわかるんだ。長くを共にした兄弟だからな……間違えようはずがない。モニターに映るあれは……ディストリア帝国を滅ぼした元凶である王は……亡くなったはずの私の兄、『日比谷 誠一ひびや せいいち』で間違いない。」

感情を失った虚ろな表情でモニターを見つめる日比谷。
その一方で、モニターに映る自分とそっくりなその男は、背筋が凍るような凶器の笑みを浮かべているのであった。


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今から23年前ーー

とある著名な科学者夫妻の間に双子の男の子が誕生した。

おくるみに付けられた名札が無ければどちらか分からないほど、非常に顔がよく似た一卵性双生児であった。


兄の名は、誠実な人物に育って欲しいという願いが込められ、誠一と名付けられ、
弟の名は、あらゆる物事に礼儀正しくあるようにという願いが込められ、恭二と名付けられた。


幼少期の二人は、周りにいる誰もが認めるほどの仲良し兄弟であった。

勉強しているときも、お風呂に入っている時も、寝ている時も、二人はどんな時でも一緒だった。

両親による厳しい英才教育に心がくじけそうになった時は互いに励ましあい、学業においてはテストの点で競い合う良きライバル関係にあった。

「恭二、今日のテストどうだった?」

「全部100点だったよ。誠一兄さんは?」

「当然オール100。正直さ、最近学校の授業が時間の無駄に思えてしょうがないよ。」

学校からの帰り道。

兄、誠一は退屈そうに溜息を吐いた。

二人の小学校時代の学業における成績はオール100で、全くの互角であった。

幼少の頃から両親による厳しい指導を受けていた二人は、当然他の生徒たちのレベルをはるかに超越してしまっており、同級生、そして教師からも煙たがられる存在となっていた。

「こんなものに費やす時間があったらさ、父さんみたいな科学者になるために、ロボット工学の勉強に充てたいよ。お前もそう思わないか、恭二?」

兄から同意を求められた弟は、少し迷った様子で自信なさげに返答する。

「そ…そうかな…?でも、僕最近ちょっと学校が楽しくなってきたんだよ。そりゃ僕たち基本的みんなに、き…嫌われているけどさ、異世界ラノベを読んでる男の子がクラスにいて、吉田くんって言うんだけど…その子と意気投合してこの前…」

「恭二!!」

兄の突然の怒鳴り声に、弟は肩をびくっと震わせる。

「お前、まだあんな低俗な小説を読んでいたのかよ!?」

「て…低俗なんかじゃないよ!異世界はおもしろいよ!」

必死になって否定する弟の言葉を、兄はくだらないと一蹴し、冷ややかな目で弟を睨んだ。

「あのなあ…恭二。そんなものが将来一体なんの役に立つ?所詮は娯楽作品、ファンタジーじゃないか。」

「誠一兄さんの言う通りかもしれない。でも、僕は異世界の存在を信じてるんだ。将来、立派な科学者になってそれを見つけるのが僕の夢なんだ。」

そう自信満々に言い切った弟の顔は、年相応に爛々と輝いていた。

「はあ…普段は気が弱いくせに、異世界のことだけは昔からホントにぶれないなお前……」

一方で、兄は呆れたような顔で輝く弟を見つめるのであった。


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それから半年後。

日比谷兄弟に、小学校では異例となる学業免除の判断が下された。

二人が10歳の誕生日を迎えた日の出来事である。

その時既に、高校までの教育課程科目を全て修了していた二人を見て、これ以上他とレベルを合わせるのは苦にしかならないだろうという学校側からの提案であった。

しかしこれは表向きの理由、いわゆる建前であった。

本音は二人の存在が邪魔だったからである。
特に、誠一による教師への間違いの指摘。これが学校側で問題視されていた。

教え子から正論をもって間違いを指摘されることは、教師にとって耐えがたい屈辱であった。
結局その教師はそのことがきっかけで離職してしまい、学校側は欠員がでてしまうという事態となってしまったのである。

こんな厄介な生徒はもう面倒見切れないから、とっととどっか行ってくれ。
それが学校側の切に願う本音であった。

それを聞いた日比谷兄弟の父、日比谷 定春ひびや さだはるはこの学校側の申し出を承諾。

その事実を知らされた時の兄弟の反応は対照的であった。

兄の誠一は、家の中で小躍りし喜びをあらわにする一方、
弟の恭二は、自室のベッドにこもり一晩中泣き続けた。
初めてできた友達との不本意な別れは、わずか10歳の少年に大きな傷を残す結果となった。


そして、学業を免除された二人はついに専門分野となるロボット工学の世界へ足を踏み入れる。


兄は偉大な科学者である父を目指すために。

そして弟は幼少期からの夢を叶えるために。


二人はAIロボットの研究にのめりこんでいった。
こうして、同じロボット工学の道を進み始めたように見える二人であったが、その各々の目的から少しずつズレが生じ始める。

そして、全く互角であったはずの実力にも、少しずつ差が開き始めるのであった。

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