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 やがて、廃墟と化した闘技場が見えて来る。

 ほう?こんな所にこんなものがあるとは。博士の家から徒歩で15分程の距離だ。博士の家は貴族街の近くにある。意外とあの博士も爵位を持っているのかもしれないぞ。

 闘技場はちょっとやそっとじゃ壊れない位頑丈に出来ている。なんで使わなくなったんだろう?

 中に入ると楕円形のフィールドに2つの武舞台がある。1つが15メートル×15メートル位だろうか。普通の稽古をする分には十分な場所だ。だが、オーダーは人を超えないギリギリって言っていた。

 そうなると話は別だ。ここでは難しいかもしれない。まあ、それまでに何処か相応しい場所を見つけて置くか。

 僕は木刀をストレージから2本取り出し1本をフローネル嬢に渡しながら聞く。

「実際の所、剣と魔法どっちが得意なんですか?」

「剣ですね。幼少時から今までずっと訓練していますから。」

「僕は剣と魔法を同時に使います。使い方は後で教えますが、使えるなら魔法も使った方が良いですよ。」

「熟練の魔法使いなら、剣士より強いかもしれませんが、普通に考えたら剣士の方が強いと思うのですが、それは間違いなのでしょうか?」

「ふむ、フローネル嬢は剣で魔法を切れる位の腕を持っている様ですね。しかし、更に上を目指すなら魔法も覚えた方が良いですよ。知ってて使わないのと、使えないのでは大きな差があります。」

 まあ、言葉で説明してもピンと来ないだろうな。模擬戦をやってみるか。

「では、模擬戦をしてみましょう。テストですので、出来るだけ色々と見せて下さい。」

「解りました。」

 僕は右手に木刀を持ち、右下に下ろす。対するフローネル嬢は中段に構える。あれ?騎士の剣?

 どうやらフローネル嬢は幼い時から騎士の剣を叩き込まれている様だ。なるほど、剣が魔法より強いと思い込む訳だな。

 とりあえず瞬動で後ろに回り込んでみる。

 フローネル嬢は僕を見失い、後ろに気配を感じ振り向き驚いている。

「魔法は使ってませんよ。でも今魔法を使われたらどうなって居たでしょう?」

「今、何をしたんですか?」

「単純に移動しただけですよ。特別な事はしていません。」

「消えたと錯覚するほどの速度で動いたと言う事ですか?」

「現状の僕とあなたのスピードの差です。相手を上回る速度と言うのは非常に有効な武器になります。どんなに強い攻撃も当たらなければ意味がありません。」

「私にも出来るでしょうか?」

「その騎士の剣を捨てる覚悟があるなら可能です。」

「お願いします。私に力を下さい。」

「その為の稽古ですから、当然教えますよ。ただし、かなりキツイ事は覚悟して下さいね。」

 フローネル嬢が頷く。

「えっと、答えたくない質問には答えなくて良いですが、一応聞いて置きます。どの位の期間で、何処まで強くなりたいのでしょうか?そして、何故そこまで強くなりたいのですか?」

「1年以内に、出来るだけ強くなりたいと思っています。出来ればあなたと肩を並べる位に。理由は私が女だからです。」

 意外な理由だな。意味が解らん。

「半年あれば、ドラゴンを退治出来る位にはなれますよ。それ以上を望みますか?」

「この世界にドラゴンを単独で倒せる者が何人居ますか?」

「人間と言う括りなら10人以下でしょうね。」

「それより、更に上があると?」

「博士には人間が辿り着けるギリギリまで鍛えてやって欲しいと言われましたよ。」

「可能なら是非お願いしたい。」

「解りました。では、毎日朝9時から3時まで。ここに来て下さい。」

 こうして、フローネル嬢を鍛える事になったのだが、理由が女だからと言うのは真意を聞いて良い物なのだろうか?博士にはあまり深く聞かないで欲しい様な事を言われたしな。

 まあ、彼女が、力を欲望の為に使わないのであれば、そこはあえて聞かなくても良い気がする。

 今日の所は軽く剣を合わせて、彼女の技量を確かめる。騎士の剣と言うのは初めて見たが、意外に素直な剣筋だ。これなら矯正するのも難しくは無いだろう。

 強さとしてはハンターランクで言えば、Cランク相当だろう。誰に教わっているのかは詮索しないが、対人戦も結構やれそうだ。1か月もあればAランク相当には上げられるだろう。問題はそこから先だな。Sランクの壁を越えられれば、そこからは意外に簡単に強くなれる。

 SランクとAランクではランク的には1段だが、思った以上の差があると言われている。漆黒の闇のおっさんに言わせれば、Aランクまでは人間だがSランクはバケモノだそうだ。

 僕は壁にぶつかった事が無いので推測になるが、Sランクの人間と対峙すると自分の技量の低さに絶望するらしい。彼女も多分、どこかでそれを味わったのだろう。

 だが、彼女はそれでも、自分は強くならないと行けないと思い込んでいる。そう言う人間は壁を乗り越える力を持っている。

 更に、僕が、Sランクの上の力がある事を示し、まだその上がある事も示唆した。上手く行けば、彼女は壁を感じず上へ上と進んで行くかもしれない。

「今日の所はこんな感じで良いだろう。あなたの技量は把握しました。明日までにあなたの技量を上げる為のカリキュラムを作ってきます。」

「ありがとうございます。」

「礼なら博士に言って下さい。博士の頼みでなければ引き受けなかった話です。」

 これは、本当だ。博士は僕の秘密を知っている。その上で依頼して来た話なので引き受けた。あの博士が、意味もなく力を求める人間に手を差し伸べるとは思えない。

 あ、そうだ。僕はストレージから帝国の魔法書を翻訳した物を取り出してフローネル嬢に手渡した。

「時間がある時で良いので読んで置いて下さい。魔法が上手くなりますよ。」

「本を読むだけでですか?」

「まあ、騙されたと思って読んで下さい。じゃあ、今日はこの辺にしましょう。」

 彼女は魔術学院を出ている、ならば魔法書が役に立つはずだ。

「一人で帰れますか?」

「大丈夫です。ご心配なさらずに。」

「では、また明日。」

 そう言ってその場で転移して王国の我が家へ帰る。

 まだ、時間は2時前だ。ちょっと早すぎたな。自室に篭り、明日の準備をする。

 まあ、初めのうちは叩きのめすだけなんだけどね。

 1時間程色々とカリキュラムを考え、3時から1時間程子供たちと遊ぶ。今の所神の欠片の影響はなさそうだ。

 翌日、稽古の後、帝国の闘技場に直接転移した。

 既にフローネル嬢は、来ていたが、転移を見ても驚かなかった。

「さて、稽古を始めましょうか。」

「お願いします。」

 それから2時間程、フローネル嬢を徹底的に叩きのめした。僕は素手、彼女には木刀を持たせている。

 ぶちのめしては回復魔法を掛けて治す。それを何度も繰り返す。これでステータス上の数値は変わらないが、丈夫さと回復能力の速さが身に着く。更に、2時間も戦っていると僕のスピードに慣れて来る。

 誰と稽古をするのかと言うのは意外に重要だ。弱い相手と稽古をするより強い相手と稽古をする方が強くなれるのは子供でも分かるだろう。

 僕の場合は相手が居なくて、ブラスマイヤーに仮想敵を作って貰った経験がある。また、ルシルが来てからは、一気に伸びた気がするし、竜王の爺さんにはかなりお世話になった。

「一旦休憩を入れよう。」

 僕は冷たく甘いアイスミルクティーと細長いチョコレートを2本フローネル嬢に渡した。

「甘い物は素早くエネルギーになる。適度に取る事をお勧めする。」

「これって、チョコレートですよね?前に食べた物より美味しい気がします。」

 チョコレートを食べた事があると言うのは、貴族でも相当爵位が高いのでは無いかと思う。

 何者なんだ?と言う思いと、詮索は駄目だと言う思いがぶつかり合う。

「なあ、女だから強くなりたいってのは聞いても良い事なのかな?」

「んー、そうですねぇ。それほど、深い意味は無いですよ。この国では女性は騎士になれないのは知ってますよね?私は、それを覆したいだけです。」

「覆す事に何らかの意味があると?」

「女性のハンターが居る事はご存じですか?」

「ああ、知っています。」

「では、ハンターから騎士になる道があるのもご存じで?」

「ふむ。知ってはいるが?」

「そこには一切女性が含まれないんですよ。Aランクハンターには騎士になる道が開かれて居ます。しかし、女性はSランクハンターになっても騎士にはなれないんです。おかしいとは思いませんか?」

「それは男性が産婆になれないのとは違うのですか?男性には男性の、女性には女性の特性があると思うのですが?」

「そう言う意見がある事も知って居ます。でも、だから猶更、女性の騎士を誕生させたいのです。」

 彼女は一体何を抱えているのだろう?ただ単純に女性の身で騎士になりたいだけなら、そこまで強くなる必要は無いはずだ。
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