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第8章 砂漠の英雄
第2話 呪いの誓約書
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大陸暦1110年のあの日から、旧エイエス領の日々は地獄と化した。
アルベルト・エイエスが命を賭して守ろうとした領民たちは、彼の死を嘲笑うかのような現実を生きることになる。
わずかな蓄えは「焦土と化した領地の復興」という偽りの大義名分のもと、新領主テオ・マーインによって根こそぎ搾取された。
そうして集められた富が、崩れた城壁の修復や荒れた畑の再生に使われることは決してない。
すべてがマーイン一族の飽くなき食欲を満たし、王都のテスタ宰相へと流れる貢物となって消えていった。
飢えが常態となり、民の眼から光が失われていく。
満足に動かぬ身体に鞭を打ち、それでも彼らは死の恐怖から逃れるために働くしかない。
マーインが定めた新たな法は、悪魔の戯れのように冷酷だった。
税を1割でも滞納すれば背に灼けるような鞭が走り、2割に至れば意思を奪われた家畜として強制労役へ。そして3割に達した者は、見せしめとして首を刎ねられた。
「聞いたか? 大通りのレックが殺されたそうだ」
夜陰に乗じて交わされる囁きは、乾いた絶望の音を立てる。
「レックだと? あそこは領内でも指折りの大店だろう。何故だ?」
「16になる娘がいただろ? 上の娘だ。……マーインの息子に目をつけられたのさ。父親が娘を庇おうとしたっていうただそれだけで、あの魔女の炎に焼かれて一瞬で灰になったとよ。幸いなのが、母親と下の娘がオレンに商売しに行ってたことだけさ」
「ちっ……! これでは南部の蛮族に占領されていたほうが、よほど人間らしい暮らしができた」
「王都へ直訴しに行ったトーマスたちはどうなった?」
「半年だ。半年経って何の音沙汰もない。……もう生きては戻るまい。道中で始末されたか、王都の牢で朽ち果てたか」
「元より期待などしていなかったさ。アルベルト様を死地に追いやり、マーインのような屑を送り込んでくる、それがこの国の本質だ」
吐き捨てられた言葉には、諦めと憎悪が混じり合っている。
彼ら領民の憎悪に呼応するかのように、マーインたちの暴虐は際限なく増していった。
「あの魔女、ヴィルマ……あれは一体どこから現れたんだ?」
「流れ者の冒険者だったが、マーインが高値で雇ったらしい。奴がいる限り、下手に動けん。剣を抜くより速く、命を刈り取る炎を放つとなればな」
「どうも以前は野盗だったようだ。魔女を見て叫んだ奴がいたが、すぐに殺されたよ。こっちへ来る途中のマーイン一行を襲撃したが、あいつが裏切ったってさ。たんまりとした報酬と引き換えにな」
「ちっ、野盗に殺されてろよ。マーインも魔女も」
魔女の存在は領民たちの最後の抵抗の意志さえも焼き尽くす絶望の象徴だった。
マーインの傍らに侍る女は、希少性ゆえに「魔女」と呼ばれている。
魔女の殆どが薬剤の調合や占いで生計を立てているが、時折人を即死させる強力な魔法の使い手が表舞台に現れる。
彼女の存在が、この地を鉄の檻に変えていた。
「厄介なのはそれだけじゃねえ。あの女狐、『この地は未来永劫マーイン伯爵家のものなり』と、呪いをかけた誓約書を作ったらしい」
「呪いだと? 馬鹿な、そんな御伽噺みたいな話があるか。他領でも聞いたことねえよ」
「だが事実だ。誓約書にはマーインの血筋が1人でも途絶えれば、この土地そのものが地中から崩壊し、南の砂漠に呑み込まれると記されている。俺たちごと、何もかもだ。だからクレバス、お前の言うように蜂起してマーインの一族を屠ったところで、俺たちは揃って犬死にだ」
「……ふざけた真似を」
クレバスの壁に叩きつけた拳が乾いた音を立てる。
その音が静寂を貪るマーインの猟犬どもの耳に届いてしまったのか。
それとも彼の瞳に宿る不屈の光が、闇に紛れてなお眩しすぎたのか。
彼の住む、粗末な木の扉が轟音と共に蹴破られる。
なだれ込んできた兵士たちの濁った眼がクレバスを捉えた。
多勢に無勢。抵抗虚しく彼は地面に引き倒され、城の広場へと引きずられていった。
見せしめだった。
月明かりの下、肥え太ったマーイン伯爵が豚のような顔を醜く歪め、クレバスを見下ろしている。
「エイエス兵の生存者か。貴様の元に、多くの叛乱分子が集まってるそうだのう」
背に走る灼熱。革鞭が空気を切り裂き、皮膚を裂き、肉を抉る。
一度、二度、十度。意識が朦朧とし、口内に鉄の味が広がった。
「その生意気な目、気に入らないねぇ」
ねっとりとした声と共に、傍らに立つ中年の女が歩み出る。マーインに雇われた魔女ヴィルマだ。
淀んだ愉悦に、他者の苦痛を蜜とする嗜虐の色が浮かぶ。
女がかざした指先に小さな炎が灯り、絶叫する間もなく、クレバスの右目に焼けた鉄杭を突き立てられたかのような激痛が走った。
視界が赤黒く染まり、焦げ付く臭いと共に永遠の闇が訪れる。
「誰でもいい……あいつらを……マーインらを皆殺しにしてくれ……」
路地裏に打ち捨てられたクレバスの口から、血混じりの呻きが漏れる。もはや神に祈る気力もない。
女神フェロニアよ、てめえは駄目だ。何が等しい命だ? 俺たちが何をした? 何故、俺たちがこんな仕打ちを受けねばならんのだ。魔界とやらの魔族でもいい。この理不尽な運命を、誰か覆してくれ!
アルベルト様の死を嘲笑する奴らを皆殺しにしてくれ!
薄れゆく意識の中、彼は魂の底から渇望した。
「……復讐したいか?」
不意に若い女の声が耳に届く。低く澄んでいるのに、響きは冥府の底から届いたように冷たい。
かろうじて機能する左目の歪んだ視界に、一対の華奢な足が映る。
「復讐……してえ。俺の……アルベルト様たちの、仇を……」
「するのは貴様だ。私はただ手を貸すだけ」
声の主の手がクレバスの体にそっと触れた。
柔らかな緑色の光が迸り全身を包み込む。
裂かれた背の傷がみるみるうちに塞がり、失われたはずの右目の痛みさえも霧散していく。
だが、視力だけは戻らなかった。まるで憎悪を忘れるなとでも言うように。
「まずは蜂起する者を集めよ。私が協力してやろう」
若い魔女の言葉を最後に、クレバスの意識は闇に落ちた。
絶望の代わりに、燃え盛る復讐の炎を魂に宿して。
***
それから1年。
城内では相も変わらずマーイン一族が飽食の宴に興じていた。
下品な笑い声と、肉の焼ける匂いが、領民の飢えを嘲笑うかのように満ちている。
そんな楽園の扉から、死を運ぶ者たちが現れるとも知らずに。
クレバスに率いられた領民たちが、津波となって城内へと流れ込んだのだ。
彼らは飢えと憎悪にギラつき、手には錆びついた農具や、奪った剣が握られていた。
「全員殺せ! 1人たりとも生かすな!」
クレバスの絶叫が号令となりて木霊する。
酔い潰れた兵士も、肥え太った貴族も、憎悪の化身と化した領民たちの前で瞬時に肉塊へと変わる。
酒と血が混じり合い、悲鳴と怒号が交錯し、宴の場は瞬く間に阿鼻叫喚の屠殺場へと変貌した。
「愚かな! 全員消し炭にしてくれる!」
中年の魔女が炎を放とうと詠唱を始めたが、言葉が呪文として完成するより速く、彼女の手が禍々しい霜に覆われ、氷漬けとなった。
「なっ⁉ 氷魔法⁉ 何者だ⁉ 私以外にこの地に魔女が……!」
魔女が驚愕に目を見開き、絶句した。己と比較にならぬ魔力量を秘めた、若い魔女を視界にして。
「待て! マーイン一族を皆殺しにしたらこの地は滅ぶんだぞ! 私なら解呪できる! だから命は……!」
それが彼女の最期の言葉だった。背後に回り込んだクレバスの一閃が、命乞いする魔女の首を刎ね飛ばす。
恐怖に歪んだ顔のまま、首は床に落ちて転がった。
「助け……誰か助け……」
マーインも四方八方から斬り刻まれ、泣き叫びながら絶命した。
混乱の中、辛くも城内から脱出したマーイン兵も数名いたが、待ち構えていた領民に始末された。
「うわーん、うわーん」
惨劇の只中で不釣り合いな赤子の鳴き声が響く。
広間の隅で、虚ろな瞳をした若い娘が赤子を抱いていた。
マーインの息子に強姦され、妾とされた大店レックの娘だ。
「おい、クレバス。あとはこいつらだけだぜ」
「皆殺しはマズいんだろ? こいつらは生かして傀儡にすりゃいいんじゃねえか?」
「そうだぜ。レックの娘だ。親を殺されて飼われてたんだ、元は俺たちと同じエイエスの民だ」
仲間たちが口々に言うが、クレバスは片目だけの顔に決意を固める。
「悪いな、これもエイエスの民のためだ」
クレバスの剣が躊躇なく娘の心臓を貫いた。
娘は苦悶の表情すら浮かべず、どこか安堵したように息を吐く。
「この子は……ただ、産まれただけ……どうか……この子だけは……」
そう言い残し、彼女は絶命した。
「うわーん! ぎゃあああ!」
赤子の鳴き声が、母の死を悟ったかのように悲鳴へと変わる。
「お、おい、クレバス。殺すことはねえだろ……」
「曲がりなりにも領主の息子の妾になったんだ。この娘に意思がなくとも、いずれ利用される。貴族の豚どもを甘く見るな。禍根は芽のうちに摘むしかない」
「しっかし、この赤子が成長したら俺たちを恨むんじゃねえか?」
「その心配も無用だ。娘を殺したのもそのためだ」
クレバスは赤子の小さな右腕を掴むと、無慈悲に手を刎ね飛ばした。
赤子の絶叫が城内に木霊する。
「魔女、右手があれば十分なんだな」
「ええ、十分よ」
闇から現れた若い魔女が、血に濡れた赤子の右手を拾い上げる。
そして城の最奥に隠されていた呪いの誓約書の上に、手だけの物体を置く。
右手は眩い光を放ち、羊皮紙の文字を淡く照らし出す。
魔女の「オーケーよ」の合図を背に、クレバスは泣き叫ぶ赤子を両断した。
泣き声が、ぷつりと、途絶えた。
「聞け! みんな!」
血飛沫を浴びたクレバスが咆哮する。
「蜂起なんてなかった! マーイン一族は生きている! この地を縛る誓約書が存在し、俺たちが滅びていないのが何よりの証拠だ! 王都の連中に怪しまれるな! いつも通りに過ごせ! ……だが、もう恐怖に縛られることはない! 重税に怯えることもない! 俺たちは自由だ!」
おおおおっ! という歓声が、死臭の漂う広間に響き渡る。
そんな熱狂を見下ろしながら、若い魔女は口元を歪めた。
アルベルト・エイエスが命を賭して守ろうとした領民たちは、彼の死を嘲笑うかのような現実を生きることになる。
わずかな蓄えは「焦土と化した領地の復興」という偽りの大義名分のもと、新領主テオ・マーインによって根こそぎ搾取された。
そうして集められた富が、崩れた城壁の修復や荒れた畑の再生に使われることは決してない。
すべてがマーイン一族の飽くなき食欲を満たし、王都のテスタ宰相へと流れる貢物となって消えていった。
飢えが常態となり、民の眼から光が失われていく。
満足に動かぬ身体に鞭を打ち、それでも彼らは死の恐怖から逃れるために働くしかない。
マーインが定めた新たな法は、悪魔の戯れのように冷酷だった。
税を1割でも滞納すれば背に灼けるような鞭が走り、2割に至れば意思を奪われた家畜として強制労役へ。そして3割に達した者は、見せしめとして首を刎ねられた。
「聞いたか? 大通りのレックが殺されたそうだ」
夜陰に乗じて交わされる囁きは、乾いた絶望の音を立てる。
「レックだと? あそこは領内でも指折りの大店だろう。何故だ?」
「16になる娘がいただろ? 上の娘だ。……マーインの息子に目をつけられたのさ。父親が娘を庇おうとしたっていうただそれだけで、あの魔女の炎に焼かれて一瞬で灰になったとよ。幸いなのが、母親と下の娘がオレンに商売しに行ってたことだけさ」
「ちっ……! これでは南部の蛮族に占領されていたほうが、よほど人間らしい暮らしができた」
「王都へ直訴しに行ったトーマスたちはどうなった?」
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「元より期待などしていなかったさ。アルベルト様を死地に追いやり、マーインのような屑を送り込んでくる、それがこの国の本質だ」
吐き捨てられた言葉には、諦めと憎悪が混じり合っている。
彼ら領民の憎悪に呼応するかのように、マーインたちの暴虐は際限なく増していった。
「あの魔女、ヴィルマ……あれは一体どこから現れたんだ?」
「流れ者の冒険者だったが、マーインが高値で雇ったらしい。奴がいる限り、下手に動けん。剣を抜くより速く、命を刈り取る炎を放つとなればな」
「どうも以前は野盗だったようだ。魔女を見て叫んだ奴がいたが、すぐに殺されたよ。こっちへ来る途中のマーイン一行を襲撃したが、あいつが裏切ったってさ。たんまりとした報酬と引き換えにな」
「ちっ、野盗に殺されてろよ。マーインも魔女も」
魔女の存在は領民たちの最後の抵抗の意志さえも焼き尽くす絶望の象徴だった。
マーインの傍らに侍る女は、希少性ゆえに「魔女」と呼ばれている。
魔女の殆どが薬剤の調合や占いで生計を立てているが、時折人を即死させる強力な魔法の使い手が表舞台に現れる。
彼女の存在が、この地を鉄の檻に変えていた。
「厄介なのはそれだけじゃねえ。あの女狐、『この地は未来永劫マーイン伯爵家のものなり』と、呪いをかけた誓約書を作ったらしい」
「呪いだと? 馬鹿な、そんな御伽噺みたいな話があるか。他領でも聞いたことねえよ」
「だが事実だ。誓約書にはマーインの血筋が1人でも途絶えれば、この土地そのものが地中から崩壊し、南の砂漠に呑み込まれると記されている。俺たちごと、何もかもだ。だからクレバス、お前の言うように蜂起してマーインの一族を屠ったところで、俺たちは揃って犬死にだ」
「……ふざけた真似を」
クレバスの壁に叩きつけた拳が乾いた音を立てる。
その音が静寂を貪るマーインの猟犬どもの耳に届いてしまったのか。
それとも彼の瞳に宿る不屈の光が、闇に紛れてなお眩しすぎたのか。
彼の住む、粗末な木の扉が轟音と共に蹴破られる。
なだれ込んできた兵士たちの濁った眼がクレバスを捉えた。
多勢に無勢。抵抗虚しく彼は地面に引き倒され、城の広場へと引きずられていった。
見せしめだった。
月明かりの下、肥え太ったマーイン伯爵が豚のような顔を醜く歪め、クレバスを見下ろしている。
「エイエス兵の生存者か。貴様の元に、多くの叛乱分子が集まってるそうだのう」
背に走る灼熱。革鞭が空気を切り裂き、皮膚を裂き、肉を抉る。
一度、二度、十度。意識が朦朧とし、口内に鉄の味が広がった。
「その生意気な目、気に入らないねぇ」
ねっとりとした声と共に、傍らに立つ中年の女が歩み出る。マーインに雇われた魔女ヴィルマだ。
淀んだ愉悦に、他者の苦痛を蜜とする嗜虐の色が浮かぶ。
女がかざした指先に小さな炎が灯り、絶叫する間もなく、クレバスの右目に焼けた鉄杭を突き立てられたかのような激痛が走った。
視界が赤黒く染まり、焦げ付く臭いと共に永遠の闇が訪れる。
「誰でもいい……あいつらを……マーインらを皆殺しにしてくれ……」
路地裏に打ち捨てられたクレバスの口から、血混じりの呻きが漏れる。もはや神に祈る気力もない。
女神フェロニアよ、てめえは駄目だ。何が等しい命だ? 俺たちが何をした? 何故、俺たちがこんな仕打ちを受けねばならんのだ。魔界とやらの魔族でもいい。この理不尽な運命を、誰か覆してくれ!
アルベルト様の死を嘲笑する奴らを皆殺しにしてくれ!
薄れゆく意識の中、彼は魂の底から渇望した。
「……復讐したいか?」
不意に若い女の声が耳に届く。低く澄んでいるのに、響きは冥府の底から届いたように冷たい。
かろうじて機能する左目の歪んだ視界に、一対の華奢な足が映る。
「復讐……してえ。俺の……アルベルト様たちの、仇を……」
「するのは貴様だ。私はただ手を貸すだけ」
声の主の手がクレバスの体にそっと触れた。
柔らかな緑色の光が迸り全身を包み込む。
裂かれた背の傷がみるみるうちに塞がり、失われたはずの右目の痛みさえも霧散していく。
だが、視力だけは戻らなかった。まるで憎悪を忘れるなとでも言うように。
「まずは蜂起する者を集めよ。私が協力してやろう」
若い魔女の言葉を最後に、クレバスの意識は闇に落ちた。
絶望の代わりに、燃え盛る復讐の炎を魂に宿して。
***
それから1年。
城内では相も変わらずマーイン一族が飽食の宴に興じていた。
下品な笑い声と、肉の焼ける匂いが、領民の飢えを嘲笑うかのように満ちている。
そんな楽園の扉から、死を運ぶ者たちが現れるとも知らずに。
クレバスに率いられた領民たちが、津波となって城内へと流れ込んだのだ。
彼らは飢えと憎悪にギラつき、手には錆びついた農具や、奪った剣が握られていた。
「全員殺せ! 1人たりとも生かすな!」
クレバスの絶叫が号令となりて木霊する。
酔い潰れた兵士も、肥え太った貴族も、憎悪の化身と化した領民たちの前で瞬時に肉塊へと変わる。
酒と血が混じり合い、悲鳴と怒号が交錯し、宴の場は瞬く間に阿鼻叫喚の屠殺場へと変貌した。
「愚かな! 全員消し炭にしてくれる!」
中年の魔女が炎を放とうと詠唱を始めたが、言葉が呪文として完成するより速く、彼女の手が禍々しい霜に覆われ、氷漬けとなった。
「なっ⁉ 氷魔法⁉ 何者だ⁉ 私以外にこの地に魔女が……!」
魔女が驚愕に目を見開き、絶句した。己と比較にならぬ魔力量を秘めた、若い魔女を視界にして。
「待て! マーイン一族を皆殺しにしたらこの地は滅ぶんだぞ! 私なら解呪できる! だから命は……!」
それが彼女の最期の言葉だった。背後に回り込んだクレバスの一閃が、命乞いする魔女の首を刎ね飛ばす。
恐怖に歪んだ顔のまま、首は床に落ちて転がった。
「助け……誰か助け……」
マーインも四方八方から斬り刻まれ、泣き叫びながら絶命した。
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広間の隅で、虚ろな瞳をした若い娘が赤子を抱いていた。
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「皆殺しはマズいんだろ? こいつらは生かして傀儡にすりゃいいんじゃねえか?」
「そうだぜ。レックの娘だ。親を殺されて飼われてたんだ、元は俺たちと同じエイエスの民だ」
仲間たちが口々に言うが、クレバスは片目だけの顔に決意を固める。
「悪いな、これもエイエスの民のためだ」
クレバスの剣が躊躇なく娘の心臓を貫いた。
娘は苦悶の表情すら浮かべず、どこか安堵したように息を吐く。
「この子は……ただ、産まれただけ……どうか……この子だけは……」
そう言い残し、彼女は絶命した。
「うわーん! ぎゃあああ!」
赤子の鳴き声が、母の死を悟ったかのように悲鳴へと変わる。
「お、おい、クレバス。殺すことはねえだろ……」
「曲がりなりにも領主の息子の妾になったんだ。この娘に意思がなくとも、いずれ利用される。貴族の豚どもを甘く見るな。禍根は芽のうちに摘むしかない」
「しっかし、この赤子が成長したら俺たちを恨むんじゃねえか?」
「その心配も無用だ。娘を殺したのもそのためだ」
クレバスは赤子の小さな右腕を掴むと、無慈悲に手を刎ね飛ばした。
赤子の絶叫が城内に木霊する。
「魔女、右手があれば十分なんだな」
「ええ、十分よ」
闇から現れた若い魔女が、血に濡れた赤子の右手を拾い上げる。
そして城の最奥に隠されていた呪いの誓約書の上に、手だけの物体を置く。
右手は眩い光を放ち、羊皮紙の文字を淡く照らし出す。
魔女の「オーケーよ」の合図を背に、クレバスは泣き叫ぶ赤子を両断した。
泣き声が、ぷつりと、途絶えた。
「聞け! みんな!」
血飛沫を浴びたクレバスが咆哮する。
「蜂起なんてなかった! マーイン一族は生きている! この地を縛る誓約書が存在し、俺たちが滅びていないのが何よりの証拠だ! 王都の連中に怪しまれるな! いつも通りに過ごせ! ……だが、もう恐怖に縛られることはない! 重税に怯えることもない! 俺たちは自由だ!」
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