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第4章 竜は泉で静かに踊る
第29話 ノイズ・グレゴリオ(後編)
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***
最初の人生は奴隷だった。
毎日藁を刈り、自分の体重より重い丸めた塊を、遠くの街へ肩で担いで運ぶ日々。
病に倒れ、火を炙られて死んだ。
次の人生は貧しい村人だった。
収穫した麦は役人に根こそぎ奪われ、飢えた両親に隣家の子供と交換され、食われて死んだ。
次の人生も、そのまた次の人生も、子供の頃に山賊に殺されたり、子供なのに戦争に駆り出されて殺されたり、大人になる前に疫病で死ぬだけの人生だった。
他人が自分と違い、今の人生しか知らない事実を知った時は驚愕した。
告げれば奇異な目で見られ狂人扱いされる。
これは喋っては駄目なのだと、いつしか口を噤むようになった。
とある人生、気が狂いそうになり、貧民でも無料で懺悔を受け入れるシスターに告白した。
「女神フェロニアのお導きでしょう。あなたが全ての人生を覚えているのには、必ず意味がありますよ」
少しだけ心が軽くなった。
その人生は、己を食えば自分も次の人生を送れると思い込んだシスターに殺された。
それでも、女神フェロニアのお導きという言葉に希望を抱くようになる。
やがてまた人生が始まり、初めて青年まで成長する。
戦争なんて遠い大地での出来事の、平和な街での日々だった。
結婚して子供も産まれた。
ようやくまともな人になれたのだ。
女神フェロニア……俺はこの人生で妻子を幸せにしたい。
俺が繰り返し生まれ変わる意味は、この人生を送るためだったんですね?
そう教会で祈ると、女神フェロニア像が微笑んだ気がした。
裕福ではないが、幸せな日々が続いたある日。
仕事が終わり、闇夜の中を急ぎ足で帰宅していると、突然後頭部を強打された。
激痛に呻き気絶し、目覚めた場所は海の上を走る船の上だった。
訳もわからず怯えるも、言われるのは魚を獲れのみ。
満足な食事も与えられず、言われるがまま漁師もどきの仕事をさせられる日々が続く。
寝床は寝返りすら打てない板張りの小さな部屋だ。冷たい海風が吹くも、布団なんて贅沢品は与えられない。
塩辛い空気が肌を刺し、魚の内臓の臭いがこびりついた服が第二の皮膚のようだった。
毎晩、同じ悪夢にうなされ、妻と子の顔がぼやけていくのが怖かった。
噂で聞いていた。働き盛りの男が突然行方不明になるケースがあると。
これは、ほんの一例なのだろう。
適当に拐かし、死ぬまで無給で働かせるのに海の上はうってつけだ。
獲った魚は小舟がやって来て回収される。
拐かされた者は、一生陸地を見ずに終える運命なのだ。
妻や子の顔を思い浮かべながら青年は、ムチや剣を持つ船長や船員に脅され、嗤われ、怒声を浴びせられながらも、無給で魚を獲る作業からの脱出を強く願った。
これは早く手を打たなければ、心が病んで無気力となり死ぬだけだ。
食事も満足に与えられていない。1日経つごとに生存率が下がっているのだ。
決意した日の夜、男は酒盛りしている船長と船員たちのいる部屋の扉を開けた。
激昂する連中に男は冷静だった。
武器などない。歯だ、歯で噛み殺すしかない。
賭けだった。最初に噛み殺した相手から武器を奪えれば御の字だ。
相討ちなど思わない。必ず全員殺してやる。
強い思いが力になり、運命が導かれる。
ムチをしならせてきた船長の攻撃を避け、喉仏を噛みちぎり、ムチを奪い、他の船員4名をムチで瞬時に昏倒させ、息絶えるまでムチを打ち続けた。
血飛沫が飛び散り、男の狂気に染まった絶叫が夜の海に木霊した。
脱出には定期的に来る小舟が頼りだ。
男に船の操縦技術はない。
来い、必ず来い! と憎悪を込めて海を眺めた。
男は嗤った。
翌日に来たのだ! なんという幸運、なんという天運!
運命が俺に味方しているようじゃないか!
「お~い船長、なんで定位置にいねえんだよ。波に流されでもしたかあ?」
2人組だ。
まずは1人を殺して、残る1人に陸地まで案内させてやる。
男は飛び降り、声を上げていた者を剣で真っ二つにした。
「ひっ⁉ 貴様、奴隷の! た、助けてくれ! 俺には、待っている妻や子供がいるんだ!」
その悲鳴に男は激昂した。
剣が、残るもう1人の小舟でやって来た者の心臓を貫く。
相手の手から、短剣がこぼれ落ちるのが見えた。
「妻? 子供? テメエの妻子が待っているのが俺と関係あんのか! ざけんな! 俺にだっているんだよ! それを勝手に攫って魚獲りの奴隷だあ? 笑わせんな!」
2つの死骸を海に捨て、男は無我夢中で小舟を動かした。
連中の座っていた真逆だ。真逆を目指せ!
一心に思い、男はひたすら海の上を動いた。
やがて、その願いは通じる。
陸地が見えたのだ。
その地は、男の故郷の近場の街だった。
男はひたすら走った。
家へ、故郷へ、大地を踏む音を噛み締めて。
驚く顔見知りの故郷の連中へ、「帰ってきたぞ」と告げつつ尚も家まで走る。
息切れしながらも故郷の土を踏みしめ、懐かしい風景を目に焼き付ける。
そして着いた我が家。
……廃墟が視界に入ってきた。
「ノイズ! お前さん今までどこに行っていたんだ! 奥さんも子供も直後に流行り病に罹って死んでしまったんだぞ!」
知っている顔の者の声を聞き、気力が抜け落ちる。
膝をつき崩れるノイズへ、漁師たちに手配された衛兵が駆けつけ、ノイズを捕縛した。
「雇い主や同僚を殺した漁師とは貴様だな! この場で処刑でいいよなあ」
下衆い笑みを浮かべる衛兵が、漁師から袖の下を貰っているのは明らかだ。
しかし、ノイズはもうどうでもよかった。
この人生も失敗したのだ。
もう死んでもいいではないか?
女神フェロニアとやらよ、もういいだろ?
俺をこんなくだらない人間の世界に産まれさせるなよ……
ノイズの首を跳ねるべく、振り下ろされた衛兵の剣。
目を閉じたノイズには、闇しかない。
一向に首に痛みがこないことを奇異に感じたノイズは、ゆっくり目を開けた。
闇が広がっていた。
夜が来たのではない。
空に太陽は輝いていた。
闇は、ノイズを中心に円形に蠢き、衛兵の身体を溶かし、蒸発させていた。
衛兵の悲鳴も、焦げ臭い匂いも、何も感じなかった。
ただ闇と太陽の間に浮かぶ、若い魔女の姿だけがノイズの目に焼き付いた。
魔女の姿は、とんがり帽子に黒いローブ、漆黒の髪は短く、黒目は黒曜石のように美しい。
「……魔女、なんで俺を助けた? 助けるならもっと前だろ。なんで今までの、どの人生でも助けなかったんだよ」
憎悪も感謝もない。
ただの確認作業の問いだ。
「前は知らない。たまたま通りかかって気になっただけ。じゃあね」
「……待て。俺の名はノイズ。あんたの名は?」
魔女は小首を傾げたが、飛び去る前に答える。
「マツバ」
それだけを言い残し、魔女は消えた。
「クックック……ハッハッハ! 魔女か! この人生の残りは剣の腕を磨くことに集中しよう。来世だ! 来世が駄目ならその次だ! 例え幼子で命が尽きようが、次の人生の糧としよう! 魔女を使って、世界を変えよう! そのための力を手に入れてやる! マツバとかいう魔女さんよお。その時にまだ生きていたら協力してくれよお? 人間どもを虫けら以下にして、この世界を平和にしてやるためにな! ハーッハッハッハッ!」
この時代のノイズを見た者は、これ以降、誰もいなかった。
***
―大陸暦1104年―
「あんたらが六賢魔と呼ばれる魔女か?」
とある荘厳にして闇より暗い空間。
最深部の一室には巨大な円卓が中央に据えられ、周囲は深い闇に包まれていた。
円卓の材質は判別できないほど黒く、光沢すら感じられない。
壁には無数の紋様が刻まれ、それらは蠢くような、生きた闇のように見える。
空間全体から、何かが這うような不気味な音が聞こえる。
そこへ青年が1人、辿り着いた。
「黒髪のババア、あんたマツバだろ? クックック、俺を覚えているか?」
円卓に座る6人の老婆は、怯えも、悪意も、殺意もなく青年を見つめた。
「覚えている。千年ほど前じゃったな」
黒髪の魔女の老婆マツバが淡々と答えた。
「どうだい? 自力でここまで辿り着いた人間は、俺が初めてだろ? 褒美が欲しいねえ!」
青年は両手を広げ、老婆たちを見据えて叫んだ。
「何を望む?」
紫髪の魔女の老婆ローレルが興味深く尋ねる。
「人間に救いを与えたい。1人残らず、人間を虫けら以下にする方法を教えてくれ」
青年の言葉に老婆たちは苦笑した。
「貴様、パルケニア王国のグレゴリオ公爵家の公子ノイズじゃろ? 当たりを引いた人生じゃないかえ?」
緑髪の魔女の老婆アロマティカスが青年へ指を差す。
「権力争いでもして楽しむのも人生ぞえ?」
赤髪の魔女の老婆チャービルがほくそ笑む。
「勝手に叛乱でも起こして王にでもなるがいいさ」
水髪の魔女の老婆タイムが失笑する。
「大陸七剣神、神童と呼ばれておるくせに老婆を頼るとはのお」
白髪の魔女の老婆フェンネルが嘲笑する。
「クックック、ハッハッハ! この今の俺の人生は、精々残り50年ぐらいだろ? 1人で殺せる数には限りがある。人ってのはしぶといもんでよ、どこかしこで産まれてくるもんなのよ。……うぜえこと極まりねえよなあ」
ノイズは右手で顔を覆い、狂気の瞳と三日月の口元を浮かべた。
瞳孔は完全に開ききり、白目部分が不自然に赤く染まっている。
「公爵家の公子。この超上級の身分に産まれたおかげで、よりはっきり世界が見えたぜ。どいつもこいつもクソだ。貧富に環境、才能で人の運命が決まることすら理解してねえ」
ノイズの身体からは抑えきれないほどの殺意と、同時に深い空虚感が溢れ出ていた。
「じゃあ、こうしねえか? 何人殺せばあんたらの仲間になれる? 条件を出してくれねえか?」
ノイズの要求に老婆たちは頷きあった。
「きっちり10万の人間を殺せ。儂らの実験に付き合ってもらおう。やり方は任せる」
ローレルの言葉に、他の魔女たちは微妙に表情を変えた。
アロマティカスは僅かに唇の端を上げる。
タイムは興味深げに頷き、フェンネルは不気味な笑みを浮かべる。
チャービルは何かを呟くように唇を動かし、マツバは冷たい視線をノイズに突き刺した。
ノイズは歓喜した。
「へへ、思った通りだ。七賢魔と呼ばれていた頃の記録も調べたぜぇ。魔界の門を開く実験もしているんだってなあ。あんたら壊れているわ。……俺と同じだ」
ノイズが踵を返すと、チャービルが問う。
「儂らに戦いを挑まないとはのう」
ノイズは老婆たちに背中を向けたまま苦笑した。
「俺はそこまでバカじゃねえよ。負けてここで殺されるなんてゴメンだね。また赤子からは勘弁してくれや。大体あんたら、俺がいずれここに来るって知ってただろ? 精々利用されてやるぜ」
ノイズは嘲笑するように笑みを浮かべ、歩き出した。
その背中は明らかに震えていた。
震えは恐怖ではない。
抑えきれない興奮と狂気に満ちた喜びだ。
ノイズは闇に消えるように、静かにその場を去っていった。
―大陸暦1105年―
パルケニア王国デリム領主が叛乱を起こす。
以降7年に及ぶ内乱の死者は10万人に及ぶという。
首謀者のノイズ・グレゴリオは、率いていた少年兵を惨殺し、姿を消した。
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最初の人生は奴隷だった。
毎日藁を刈り、自分の体重より重い丸めた塊を、遠くの街へ肩で担いで運ぶ日々。
病に倒れ、火を炙られて死んだ。
次の人生は貧しい村人だった。
収穫した麦は役人に根こそぎ奪われ、飢えた両親に隣家の子供と交換され、食われて死んだ。
次の人生も、そのまた次の人生も、子供の頃に山賊に殺されたり、子供なのに戦争に駆り出されて殺されたり、大人になる前に疫病で死ぬだけの人生だった。
他人が自分と違い、今の人生しか知らない事実を知った時は驚愕した。
告げれば奇異な目で見られ狂人扱いされる。
これは喋っては駄目なのだと、いつしか口を噤むようになった。
とある人生、気が狂いそうになり、貧民でも無料で懺悔を受け入れるシスターに告白した。
「女神フェロニアのお導きでしょう。あなたが全ての人生を覚えているのには、必ず意味がありますよ」
少しだけ心が軽くなった。
その人生は、己を食えば自分も次の人生を送れると思い込んだシスターに殺された。
それでも、女神フェロニアのお導きという言葉に希望を抱くようになる。
やがてまた人生が始まり、初めて青年まで成長する。
戦争なんて遠い大地での出来事の、平和な街での日々だった。
結婚して子供も産まれた。
ようやくまともな人になれたのだ。
女神フェロニア……俺はこの人生で妻子を幸せにしたい。
俺が繰り返し生まれ変わる意味は、この人生を送るためだったんですね?
そう教会で祈ると、女神フェロニア像が微笑んだ気がした。
裕福ではないが、幸せな日々が続いたある日。
仕事が終わり、闇夜の中を急ぎ足で帰宅していると、突然後頭部を強打された。
激痛に呻き気絶し、目覚めた場所は海の上を走る船の上だった。
訳もわからず怯えるも、言われるのは魚を獲れのみ。
満足な食事も与えられず、言われるがまま漁師もどきの仕事をさせられる日々が続く。
寝床は寝返りすら打てない板張りの小さな部屋だ。冷たい海風が吹くも、布団なんて贅沢品は与えられない。
塩辛い空気が肌を刺し、魚の内臓の臭いがこびりついた服が第二の皮膚のようだった。
毎晩、同じ悪夢にうなされ、妻と子の顔がぼやけていくのが怖かった。
噂で聞いていた。働き盛りの男が突然行方不明になるケースがあると。
これは、ほんの一例なのだろう。
適当に拐かし、死ぬまで無給で働かせるのに海の上はうってつけだ。
獲った魚は小舟がやって来て回収される。
拐かされた者は、一生陸地を見ずに終える運命なのだ。
妻や子の顔を思い浮かべながら青年は、ムチや剣を持つ船長や船員に脅され、嗤われ、怒声を浴びせられながらも、無給で魚を獲る作業からの脱出を強く願った。
これは早く手を打たなければ、心が病んで無気力となり死ぬだけだ。
食事も満足に与えられていない。1日経つごとに生存率が下がっているのだ。
決意した日の夜、男は酒盛りしている船長と船員たちのいる部屋の扉を開けた。
激昂する連中に男は冷静だった。
武器などない。歯だ、歯で噛み殺すしかない。
賭けだった。最初に噛み殺した相手から武器を奪えれば御の字だ。
相討ちなど思わない。必ず全員殺してやる。
強い思いが力になり、運命が導かれる。
ムチをしならせてきた船長の攻撃を避け、喉仏を噛みちぎり、ムチを奪い、他の船員4名をムチで瞬時に昏倒させ、息絶えるまでムチを打ち続けた。
血飛沫が飛び散り、男の狂気に染まった絶叫が夜の海に木霊した。
脱出には定期的に来る小舟が頼りだ。
男に船の操縦技術はない。
来い、必ず来い! と憎悪を込めて海を眺めた。
男は嗤った。
翌日に来たのだ! なんという幸運、なんという天運!
運命が俺に味方しているようじゃないか!
「お~い船長、なんで定位置にいねえんだよ。波に流されでもしたかあ?」
2人組だ。
まずは1人を殺して、残る1人に陸地まで案内させてやる。
男は飛び降り、声を上げていた者を剣で真っ二つにした。
「ひっ⁉ 貴様、奴隷の! た、助けてくれ! 俺には、待っている妻や子供がいるんだ!」
その悲鳴に男は激昂した。
剣が、残るもう1人の小舟でやって来た者の心臓を貫く。
相手の手から、短剣がこぼれ落ちるのが見えた。
「妻? 子供? テメエの妻子が待っているのが俺と関係あんのか! ざけんな! 俺にだっているんだよ! それを勝手に攫って魚獲りの奴隷だあ? 笑わせんな!」
2つの死骸を海に捨て、男は無我夢中で小舟を動かした。
連中の座っていた真逆だ。真逆を目指せ!
一心に思い、男はひたすら海の上を動いた。
やがて、その願いは通じる。
陸地が見えたのだ。
その地は、男の故郷の近場の街だった。
男はひたすら走った。
家へ、故郷へ、大地を踏む音を噛み締めて。
驚く顔見知りの故郷の連中へ、「帰ってきたぞ」と告げつつ尚も家まで走る。
息切れしながらも故郷の土を踏みしめ、懐かしい風景を目に焼き付ける。
そして着いた我が家。
……廃墟が視界に入ってきた。
「ノイズ! お前さん今までどこに行っていたんだ! 奥さんも子供も直後に流行り病に罹って死んでしまったんだぞ!」
知っている顔の者の声を聞き、気力が抜け落ちる。
膝をつき崩れるノイズへ、漁師たちに手配された衛兵が駆けつけ、ノイズを捕縛した。
「雇い主や同僚を殺した漁師とは貴様だな! この場で処刑でいいよなあ」
下衆い笑みを浮かべる衛兵が、漁師から袖の下を貰っているのは明らかだ。
しかし、ノイズはもうどうでもよかった。
この人生も失敗したのだ。
もう死んでもいいではないか?
女神フェロニアとやらよ、もういいだろ?
俺をこんなくだらない人間の世界に産まれさせるなよ……
ノイズの首を跳ねるべく、振り下ろされた衛兵の剣。
目を閉じたノイズには、闇しかない。
一向に首に痛みがこないことを奇異に感じたノイズは、ゆっくり目を開けた。
闇が広がっていた。
夜が来たのではない。
空に太陽は輝いていた。
闇は、ノイズを中心に円形に蠢き、衛兵の身体を溶かし、蒸発させていた。
衛兵の悲鳴も、焦げ臭い匂いも、何も感じなかった。
ただ闇と太陽の間に浮かぶ、若い魔女の姿だけがノイズの目に焼き付いた。
魔女の姿は、とんがり帽子に黒いローブ、漆黒の髪は短く、黒目は黒曜石のように美しい。
「……魔女、なんで俺を助けた? 助けるならもっと前だろ。なんで今までの、どの人生でも助けなかったんだよ」
憎悪も感謝もない。
ただの確認作業の問いだ。
「前は知らない。たまたま通りかかって気になっただけ。じゃあね」
「……待て。俺の名はノイズ。あんたの名は?」
魔女は小首を傾げたが、飛び去る前に答える。
「マツバ」
それだけを言い残し、魔女は消えた。
「クックック……ハッハッハ! 魔女か! この人生の残りは剣の腕を磨くことに集中しよう。来世だ! 来世が駄目ならその次だ! 例え幼子で命が尽きようが、次の人生の糧としよう! 魔女を使って、世界を変えよう! そのための力を手に入れてやる! マツバとかいう魔女さんよお。その時にまだ生きていたら協力してくれよお? 人間どもを虫けら以下にして、この世界を平和にしてやるためにな! ハーッハッハッハッ!」
この時代のノイズを見た者は、これ以降、誰もいなかった。
***
―大陸暦1104年―
「あんたらが六賢魔と呼ばれる魔女か?」
とある荘厳にして闇より暗い空間。
最深部の一室には巨大な円卓が中央に据えられ、周囲は深い闇に包まれていた。
円卓の材質は判別できないほど黒く、光沢すら感じられない。
壁には無数の紋様が刻まれ、それらは蠢くような、生きた闇のように見える。
空間全体から、何かが這うような不気味な音が聞こえる。
そこへ青年が1人、辿り着いた。
「黒髪のババア、あんたマツバだろ? クックック、俺を覚えているか?」
円卓に座る6人の老婆は、怯えも、悪意も、殺意もなく青年を見つめた。
「覚えている。千年ほど前じゃったな」
黒髪の魔女の老婆マツバが淡々と答えた。
「どうだい? 自力でここまで辿り着いた人間は、俺が初めてだろ? 褒美が欲しいねえ!」
青年は両手を広げ、老婆たちを見据えて叫んだ。
「何を望む?」
紫髪の魔女の老婆ローレルが興味深く尋ねる。
「人間に救いを与えたい。1人残らず、人間を虫けら以下にする方法を教えてくれ」
青年の言葉に老婆たちは苦笑した。
「貴様、パルケニア王国のグレゴリオ公爵家の公子ノイズじゃろ? 当たりを引いた人生じゃないかえ?」
緑髪の魔女の老婆アロマティカスが青年へ指を差す。
「権力争いでもして楽しむのも人生ぞえ?」
赤髪の魔女の老婆チャービルがほくそ笑む。
「勝手に叛乱でも起こして王にでもなるがいいさ」
水髪の魔女の老婆タイムが失笑する。
「大陸七剣神、神童と呼ばれておるくせに老婆を頼るとはのお」
白髪の魔女の老婆フェンネルが嘲笑する。
「クックック、ハッハッハ! この今の俺の人生は、精々残り50年ぐらいだろ? 1人で殺せる数には限りがある。人ってのはしぶといもんでよ、どこかしこで産まれてくるもんなのよ。……うぜえこと極まりねえよなあ」
ノイズは右手で顔を覆い、狂気の瞳と三日月の口元を浮かべた。
瞳孔は完全に開ききり、白目部分が不自然に赤く染まっている。
「公爵家の公子。この超上級の身分に産まれたおかげで、よりはっきり世界が見えたぜ。どいつもこいつもクソだ。貧富に環境、才能で人の運命が決まることすら理解してねえ」
ノイズの身体からは抑えきれないほどの殺意と、同時に深い空虚感が溢れ出ていた。
「じゃあ、こうしねえか? 何人殺せばあんたらの仲間になれる? 条件を出してくれねえか?」
ノイズの要求に老婆たちは頷きあった。
「きっちり10万の人間を殺せ。儂らの実験に付き合ってもらおう。やり方は任せる」
ローレルの言葉に、他の魔女たちは微妙に表情を変えた。
アロマティカスは僅かに唇の端を上げる。
タイムは興味深げに頷き、フェンネルは不気味な笑みを浮かべる。
チャービルは何かを呟くように唇を動かし、マツバは冷たい視線をノイズに突き刺した。
ノイズは歓喜した。
「へへ、思った通りだ。七賢魔と呼ばれていた頃の記録も調べたぜぇ。魔界の門を開く実験もしているんだってなあ。あんたら壊れているわ。……俺と同じだ」
ノイズが踵を返すと、チャービルが問う。
「儂らに戦いを挑まないとはのう」
ノイズは老婆たちに背中を向けたまま苦笑した。
「俺はそこまでバカじゃねえよ。負けてここで殺されるなんてゴメンだね。また赤子からは勘弁してくれや。大体あんたら、俺がいずれここに来るって知ってただろ? 精々利用されてやるぜ」
ノイズは嘲笑するように笑みを浮かべ、歩き出した。
その背中は明らかに震えていた。
震えは恐怖ではない。
抑えきれない興奮と狂気に満ちた喜びだ。
ノイズは闇に消えるように、静かにその場を去っていった。
―大陸暦1105年―
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天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
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