【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第5章 籠の中の鳥

第18話 過去の記憶

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 次のテストまであと僅かとあって、教室の空気は張り詰めた静かな自習時間が流れている。
 ペンを走らせる音だけが響く中、私はなんとか集中しようと教科書に向き合っていた。

 小休止の鐘の音が鳴り、張り詰めていた糸が緩む。

「ローゼ姫様、少し顔色が優れませんが、体調は大丈夫ですか? 無理はなさらないでくださいまし」

 ヴィレッタが心配そうに声をかけてくれた。
 その優しさが今は少しだけ重い。

「う、うん、大丈夫。ちょっと考え事をしていただけだから。……体調だったら、ヴィレッタの神聖魔法で診てもらおうかな~」

 思わず口をついて出た言葉に、私はハッと息を呑み、慌てて自分の口を両手で塞いだ。

 ヴィレッタは一瞬きょとんとし、それから困ったように微笑んだ。

「神聖魔法……でございますか。もう、ローゼったら、またお伽噺の世界に浸っておられたのですね。……あっ、も、申し訳ありません、ローゼ姫様! また敬称を……! どうかお許しを!」

「い、いいっていいって。なんだか、ヴィレッタにそう呼ばれるの、聞き慣れている気がするし」

 私の言葉に、ヴィレッタは安堵したように息をついたが、その表情はどこか晴れない。

「ローゼ姫様。ヴィレッタとわたくしは、姫様の盾であり剣でございます。たとえ親しい間柄であっても、公の場では礼儀を忘れ、砕けた物言いをするのは慎むべきです。ローゼ姫様ご自身も、王女としての威厳を保たねばなりません」

 隣にいたシャルロッテが、凛とした声で注意する。
 その言葉に、生真面目すぎるヴィレッタは「申し訳ありません……」と再び縮こまってしまった。

 あはは……2人とも、本当に私思いなんだから。

 再び小休止の時間。
 今度こそレオノールと話そうと席を立とうとした私を、ヴィレッタがそっと制止した。

「ローゼ姫様、あまりお1人でうろちょろなさらないでくださいませ。ローゼ……ローゼ姫様は、その、一応、王族でいらっしゃるのですから」

 うーん……「一応」って言い方、なんだか引っかかるなあ。
 私はベルガー王国のれっきとした第一王女で、王位継承権だって第一位なのに。
 最近、ヴィレッタの私への扱いが少し雑になっている気がする。

 シャルロッテの言う通り、もっと王女らしく、威厳を持って接するべき……?

 いや、でも……そもそも、ベルガー王国の王宮にいた頃の私は、ヴィレッタやシャルロッテと、どんな風に接していたんだろう?
 幼い頃、3人で庭園を駆け回ったり、秘密基地を作ったりした記憶は鮮明なのに、ここ数年……特に、この10年くらいの記憶が、薄い靄がかかったように曖昧だ。
 父様や母様と最後に顔を合わせたのは、いつのことだったか……思い出せない。

 胸の奥から、焦燥感がじわりと湧き上がってくる。
 思い出せない時間。失われたはずのない記憶。
 それが、重たい鉛のように私の心にのしかかってくる。

「どうなさいましたか? ローゼ姫様。やはり顔色が……」

「……ヴィレッタ、ちょっとだけ、2人で話せる?」

「え? あ、はい、もちろんです」

「シャルロッテ、ごめんね。少しだけ席を外す。みんなの勉強、見ててあげてくれる?」

 私はヴィレッタの手を取り、シャルロッテの返事も待たずに教室を飛び出した。
 きょとんとしているクラスメイトたちの視線が背中に刺さるが、今は構っていられない。

 私とヴィレッタの記憶だけが、他の誰とも違う。
 その可能性が、無視できないほど大きくなっている。

 考えられるのは2つ。
 私とヴィレッタの記憶だけがおかしいのか、それとも、他の皆……この世界そのものの記憶がおかしいのか。

 前者なら私たちは何らかの事件、あるいは魔法的な干渉を受けたのかもしれない。
 後者なら……この穏やかな世界そのものが、巨大な「偽り」ということになる。

 校舎の裏手、人気のない日陰の通路で足を止める。
 ひんやりとした空気が肌を刺し、枯れ葉の乾いた匂いが鼻をついた。
 ヴィレッタの不安げな呼吸と、私の早鐘を打つ心臓の音だけが妙に大きく聞こえる。

 私はヴィレッタの両肩を掴み、真剣な眼差しで問いかけた。

「ごめん、ヴィレッタ。急に変なことを聞くけど……ベルガー王国の、今の政治体制って、どうなっているか覚えている?」

「え……? どうかなさいました? もちろん、ローゼ姫様の父君であらせられるカエサル・ベルガー陛下と、わたくしの父、フリッツ・レスティア公爵が宰相として国政を担い、身分に関わらず有能な人材を登用して、見事な治世を築いておられますが……それが何か?」

 ヴィレッタは戸惑いながらも淀みなく答える。
 その内容は私の朧げな記憶とも一致している……はずだった。

「じゃあ……じゃあ、ヴィレッタが、最後にお父様のフリッツ宰相と会ったのは、いつか覚えている?」

「それは……もちろん、わたくしたちがここファインダ王国へ留学するために、王都を出立した、その日に……え……?」

 ヴィレッタの言葉が途切れ、その表情がみるみるうちに曇る。
 彼女の碧眼が不安げに揺れ、記憶の糸を手繰ろうと必死になっているのがわかった。

「……申し訳ありません、ローゼ姫様。記憶が……混乱しているようです。幼い頃の父の姿や、陛下、妃殿下のお姿ははっきりと覚えているのに……ここ数年の父の顔や、陛下たちの最近のご様子が……まるで霞がかかったように、思い出せないのです」

 私と同じだ。ヴィレッタも私と同じように、近年の記憶が抜け落ちている。

 確信にも似た予感が、冷たい痺れとなって背筋を走った。

「ヴィレッタ、これを見て」

 私は懐から、あの夜にレオノールからこっそり預かった小さなぬいぐるみを取り出し、手のひらの上に並べた。

「これは……ローゼ姫様がまだお持ちだった、あの……? いえ、こちらのいくつかは、生地や作りは似ていますが、随分と可愛らしい意匠ですね。これはもしかして、ローゼ姫様がモデルでしょうか? ですが、お髪が短く……」

「うん。この金髪ショートのが私。そして、この青い髪のがヴィレッタ。で、こっちの灰色の髪のはレオノール」

 白いブラウスに紺のスカート姿の私。
 凛々しい青いドレス姿のヴィレッタ。
 快活そうな騎士姿のレオノール。

「わたくしが……? それにしても、これは一体どちらで……?」

 ヴィレッタは驚きながらも、自分の姿を模したぬいぐるみを興味深そうに見つめている。

「レオノールが、クラスメイトの子たちが持っていたのを借りてきてくれたの。『どこで手に入れたか、誰も覚えていないのに、なぜか持っていた』って……奇妙な話よね」

 私はさらに、緑髪ツインテールの商人風の少女、長い白銀の髪にエルフのような尖った耳を持つ少女、そしてボサボサの赤い髪をしたおっとり系の少女のぬいぐるみも並べた。
 最後に、あの目つきの悪い、黄土色の皮鎧を着た少年の魔除けのぬいぐるみも隣に置く。
 全部で7つだ。

「……見てください、ローゼ姫様。この人形たち……まるで……」

「まるで、私たち自身みたいでしょう?」

 ヴィレッタの言葉を継いで、私は彼女の目をまっすぐに見つめた。

「ヴィレッタ……もし、今私たちがいるこの世界が『偽物』で、この7つのぬいぐるみが示す仲間たちと過ごした世界こそが『真実』だとしたら……あなたはその可能性を信じられる?」

 私の問いかけに、ヴィレッタは息を呑んで言葉を失った。
 彼女の瞳が激しく揺れ動く。
 まさか、そんなはずはない、と否定したい気持ちと、自身の記憶の欠落、目の前の奇妙なぬいぐるみたちが示す可能性の間で、激しく葛藤しているのが痛いほど伝わってきた。

 校舎の片隅の静寂の中、私たちはただ、互いの顔と、手のひらの上の小さな人形たちを見つめ合うことしかできなかった。

 ***

 王都リオーネの一角にある、歴史編纂官ガードン子爵の邸宅。
 その門構えは貴族のものとしてはやや質素だが、一歩足を踏み入れると、そこは膨大な知識の迷宮だった。
 廊下の壁という壁は天井まで届く書棚で埋め尽くされ、床にまで無数の書籍や羊皮紙の巻物が積み上げられている。
 古紙とインク、そして微かな黴の匂いが混じり合った、独特の空気が漂っていた。

 その書斎の中心で、一行を迎えたのは、大きな白髭をたくわえた矍鑠とした様子の老人だった。
 年齢は70歳を超えているというが、その眼光は鋭く、白い眉毛の下からのぞく瞳には、長年知識を探求してきた者だけが持つ深い知性と、旺盛な好奇心が宿っていた。

「ホッホッホ、これはこれはアレックス様。近衛隊長殿にわざわざお越しいただけるとは、恐縮の至りですじゃ」

 ガードン子爵は、アレックスに丁寧な一礼をすると、その後ろに続くリョウたちに興味深そうな視線を向けた。
 アレックスが紹介すると、リョウたちはそれぞれ簡潔に自己紹介を済ませる。

「ははあ、これはまた珍しい。貴重な書物が山のようにあるっすね。魔女でもないのに、これほどの魔導書を収集されているとは驚きっす」

 足元に積み上げられた分厚い魔導書を手に取り、フィーリアが感心したように唸る。

「うへえ……なんだか、いるだけで眠くなっちゃいそうな場所ね……」

「うん……ふわあ……寝ても、いいかなあ……?」

 書物の放つ独特の雰囲気に当てられたのか、ベレニスとクリスの瞼が重そうだ。

「早速で恐縮ですが、ガードン子爵。現在、王立学校の女子寮で起きているという怪奇現象について、何かお心当たりや、気になる情報があればお教え願いたい」

 リョウは単刀直入に本題を切り出した。
 この書物の迷宮は彼にとっても居心地の良い場所ではなく、早く情報を得て立ち去りたいという気持ちが滲み出ている。

「まあまあ、そう急くな、若いの。マーガレット妃殿下から協力するようにとのお達しは受けておりますゆえ、知っておることはもちろんお話しいたしますじゃ。……じゃが、ただで、というわけにはいきませんな。しがない子爵の儂じゃ。情報にはそれなりの対価をいただきたい」

 ガードン子爵は悪戯っぽく片目を瞑り、値踏みするようにリョウたちを見回した。

「当然の要求っすね。その条件とはなんすか?」

 フィーリアが一歩前に出て、交渉人の顔になる。

 ガードン子爵は、ふむ、と顎の髭を撫でながら、少しの間考え込む素振りを見せた。
 そして窓の外に広がる王都の街並みを眺めながら、ゆっくりと口を開いた。
 その声には、老獪さと、どこか少年のような好奇心が混じっていた。

「儂を……王立学校の女子寮に、一晩で良いから潜入させてはくれまいかのう?」

 しわがれた声で、真剣な眼差しで告げられたその言葉に、リョウたちは一瞬、言葉を失った。

「……は?」

「……エッロいジジイね。想像の斜め上を行くヤバさだわ」

 ベレニスが呆れ果てたように呟いたその声は、静かな書斎に妙に大きく響いた。
 アレックスは思わず咳払いをして視線を逸らし、フィーリアは笑顔を固まらせる。

「女子になりたいのかな?」

 クリスは見当違いなことを考えていた。
 
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