【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第6章 雪原は鮮血に染まる

第26話 ディンレル王国滅亡 酔っ払い共

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 ビオレール公国第二公子キースが本国で処刑されたと聞いたのは翌年の春のことであった。

 ディンレル暦542年。
 アリスは17歳、アニスは14歳となっていた。

 まだ冬の寒さが残るリュンカーラ。
 ザックスが住まう教会の一室で、暖炉の火を囲んで和やかな宴が開かれている。

 メンバーはいつもの顔ぶれ。
 ザックスに、彼の悪友であり呑み仲間でもある宮廷魔術師長クレマンティーヌ。
 アリス姫付きの寡黙な騎士ヒイラギ。
 ドワーフ工房の頑固親父グラベック。
 それと教会で下働きとして真面目に(?)働くようになった元ごろつきのササスと、彼の母親である老婆スス。

 王女と公子の婚約破棄に伴い、両国の軍事衝突が懸念されたが、ビオレール公国との外交は宮廷魔術師長クレマンティーヌに一任された。
 彼女とザックスの尽力により、この問題は兵の1人も欠けることなく静かに終息していったのだ。

 血で血を洗う戦いは避けられたが、クレマンティーヌはこの一件に関わったアリスやアニスたちの心に、複雑な思いが残ったであろうことを案じていた。

「ありがとねえ、ザックス。弁の立つあんたを連れて行って助かったさね」

 笑いながら言ったのはクレマンティーヌだ。

「クレマンティーヌ様と、アメリア王妃様に助力を要請されたら断れませんよ。まぁ、包み隠さず話すべきことが多かったですから」

 ザックスは苦笑しつつ、続ける。

「キース公子の野心や、ミフェルという悪魔の存在について。女神フェロニア様の神話に出てくる悪魔の危険性を説き、さらにソルト辺境伯領の屋敷の地下で本物のミフェルとされる遺体が見つかった報せ。ビオレール大公も第一公子も、これで納得せざるを得なくなったでしょう」

 任務を終え、リュンカーラの教会でのんびり過ごすのも久しぶりであった。
 青いステンドグラスからの光が、教会の中を幻想的に彩っている。
 ザックスはクレマンティーヌに連れられて、あっちこっち転移魔法で飛び回された数ヶ月に少し疲れはしたものの、戦争回避を成し遂げた達成感に浸っていた。

「にしても、悪魔が人間に成り代わるのですかい。ブルッ! おっそろしいですぜ」

 ササスは身体を震わせながら酒を皆に渡していく。

「我らがシュタイン王が、数年前に星々から凶兆を感じたらしいのじゃが、この悪魔のことかのう。ならこれで一件落着よ。さあさあ、今宵も存分に飲むぞ! 明日の朝、ザックスから特製の二日酔い止めポーションをたんまり買ってもらって、懐を温めねばならんからのう!」

 グラベックが、エールで濡れた白髭を揺らしながら豪快に笑う。

「だから! あんな劇薬みたいなもの、二度と飲みませんって! ええい、明日のことなど知ったことか! 今この瞬間、このエールが美味ければ、それでいいじゃありませんか!」

「へへっ、ザックス様の言う通り! 毎日今日みたいに楽しく飲めれば、それが最高の人生ってもんですぜ!」

 ザックスとササスが意気投合し、ジョッキを打ち合わせる。

「王宮の様子はどうなのだ? 最近アリス様の姿をあまり見ないな。アニス様の方はちょくちょく姿を見るが、必ず魔女たちを同行してるのじゃ」

 グラベックが酒のつまみにと話題を振る。

「ああ、心配ないさね。王様も王妃様も、さすがにショックを隠せず、2人のおてんば姫に行動の制限をかけたが、悪魔の影響によるビオレール公国との間の問題は終息したし、すぐに解除されるだろうさ。ただ、昔のように暴れ回られるのは勘弁してほしいねえ」

 クレマンティーヌは笑顔で答えた。

「そりゃそうじゃ。特にアリス姫の御歳は17歳。婚約破棄となったが、早く良き相手を見つけて王様と王妃様を安心させて欲しいものよ」

 グラベックが続ける。

「ですが巷の噂では、アリス姫様は舞い込む縁談話を尽く断っているとかなんとか。キース公子の件があるから、王様たちも強く言えないみたいですぜ」

 ササスが不安げに言った。

「難儀よのう。ザックス、お前さんが貰ってやれ」

 冗談を言うグラベックに、ザックスは口に含んでいたエールを吐き出してしまう。

「冗談はやめてくださいよ、グラベックさん。あんなのと結婚したら心臓がいくつあっても足りませんよ。と言いますか、孤児で他国出身の俺は身分を弁えてますよ」

 ザックスは顔を赤らめた。
 そんな傍らで、クレマンティーヌとヒイラギは静かに杯を傾けながら苦笑いを浮かべていた。

「まったく、このろくでなし息子ときたら! ザックス様のおかげで、少しは真面目に働くようにはなったけど、この呑兵衛な性根はちっとも変わらないんだから。一体いつになったら、まともなお嫁さんを貰ってくるんだい」

 ススはため息をつきながらも、どこか楽しげにエールを呷る。

「へっ、いいじゃねえか母ちゃん! ザックス様だってまだ独り身なんだ。俺だって焦るこたねえよ! エールさえあれば、俺ぁ幸せなんだ!」

「おお? ササス、俺に喧嘩を売りますか? よろしい、ならば勝負です! どちらが先に素敵な伴侶を見つけられるか、女神フェロニア様に誓って勝負しましょう!」

 ザックスが上機嫌に叫び、ササスと肩を組んで高らかに笑い合う。

「ならば、ヒイラギ様もこの勝負に参加してくだせえよ!」

「駄目ですよササス。そんなことをしたら、我々が勝つ見込みが万に一つもなくなってしまいますから」

 ササスとザックスに囃し立てられ、皆の視線がヒイラギに集まる。

「……俺には恋人などいないぞ」

 ヒイラギは表情を変えずに答えるが、耳は僅かに赤い。

「おやまあ? ですが先日、市場でアリス姫様と2人きりで、それはそれは仲睦まじく歩いていらっしゃったと、もっぱらの噂ですぞ?」

 ススのからかうような指摘に、ヒイラギの顔が一気に赤く染まっていく。

「ち、違います! あれはアリス様のお買い物の荷物持ちに付き合っただけで……!」

 必死に弁解するヒイラギの動揺ぶりに、一同はニヤニヤとした笑みを隠せない。

「それで、クレマンティーヌはどうなんじゃ? お主ほどの美貌と才覚があれば、引く手数多であろうに。そろそろ身を固める気はないのか?」

 今度はグラベックがクレマンティーヌに話を振る。
 彼女はまた苦笑いを浮かべた。

「私かい? さてねえ…当面はあの子たちの指導で手一杯さね。まあ、アリスとアニスが無事に結婚するのを見届けたら、少しは考えるかもしれないねえ」

 クレマンティーヌの言葉に、ザックスが一瞬、明らかにショックを受けた表情をしたのを、グラベックもススも見逃さなかった。

「そういえばササス、お前さん、最近あのエルフの姉妹と仲が良いそうじゃないか? どうなんだい、実際のところは?」

 クレマンティーヌがお返しとばかりに尋ねると、ササスとススが口に含んでいたエールを盛大に噴き出した。

「じょ、冗談はやめてくだせえよ! あいつら、見た目は可愛いかもしれねえが、まだまだガキンチョですぜ!」

「そうですとも、クレマンティーヌ様! エレノアちゃんとエレミアちゃんなら、この儂の方がよっぽど親しいですとも。このバカ息子はついでに構ってもらってるだけですわい!」

 慌てて否定する親子に、また笑いが起こる。

 すると教会の扉が勢いよく開き、噂のエルフ姉妹が狩りで仕留めたらしい大きな鳥を抱えて飛び込んできた。

「あー! やっぱり! 私たち抜きで盛り上がってる!」

「ずるい! 私たちにもエールを頂戴!」

 若いエルフ2人が加わり、宴はますます賑やかさを増す。
 誰もが、この穏やかで楽しい時間が続くことを疑っていなかった。

 だが、和やかな空気を切り裂くように、突如として教会の空間が歪み、転移魔法の青白い光が満ちていく。

 光の中から現れたのは第一王女アリスだった。
 彼女の表情はいつもの快活さを失い、蒼白で、切迫した色を浮かべていた。

「ヒイラギ! クレマンティーヌ先生! ザックス! 急いで王宮に来てちょうだい!」

「アリス? どうしたんだい、そんなに慌てて。何があったんだ?」

 クレマンティーヌが立ち上がり、ただならぬ気配を察して問いかける。

「お母様が……! お母様が、倒れたの! お願い、早く来て!」

 アリスの悲痛な声に場の空気は一変した。
 ヒイラギ、クレマンティーヌ、ザックスはアリスの言葉に促されるように言葉もなく立ち上がる。

「「私たちも行くわ!」」

 状況を察したエルフ姉妹も、迷わずアリスに駆け寄った。
 アリスが再び転移魔法を発動させると、6人の姿が光の中に掻き消える。

 残されたグラベック、ササス、ススは呆然と彼らを見送った。

「王妃様が……? まだお若いというのに……母ちゃんの歳の半分も若えのに……無事だといいんですが……」

 ササスが不安げに呟く。

「儂のこのバカ息子よりも、ずっとずっとお若いのに……ああ、女神フェロニア様、どうかアメリア様をお救いくださいませ……」

 ススは胸の前で手を組み、祈り始める。

「……人間の一生は実に短いものよのう。我らがシュタイン王も、よく嘆いておったわ。『良き者ほど、女神は早く御許に召される』とな……」

 グラベックはそう言うと、残っていたエールを床に静かに注ぎ、女神への祈りを捧げていく。

 ササスのズボンのポケットの中で、いつの間にか忍び込んでいた絹の布が、まるで嘲笑うかのように微かに歪んだ。
 
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