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第6章 雪原は鮮血に染まる
第29話 揺らぐ魂
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(違う……これは、今の光景じゃないはずなのに……)
意識が、再びあの白い地獄へと引き戻される。
目の前に広がるのは血と煤で汚れた雪原。
崩れた石壁が黒煙を上げ、遠くで赤い炎が何かを舐め尽くすかのように揺らめいている。
凍てついた空気は死の匂いを運び、私の目の前には恐怖に目を見開いたまま、氷の中に閉じ込められた女性の姿があった。
隣では、異形の魔獣が涎を垂らしながら唸り声を上げている。
(やめて……!)
脳裏に焼き付いた悪夢の断片が、勝手に再生される。
仲間たちの悲鳴、絶望の色。数日前とは違う角度から、より鮮明にあの出来事がフラッシュバックする。
「アニス、止まるな! 前だけ見て走れ!」
赤髪のチャービルが叫んで両手に灼熱の炎を宿す。
その隣で金髪のディルが杖を強く握りしめ、私を叱咤するように睨みつけた。
「あんたが生きていれば、まだ希望はある! 私たちを盾にしてでも進め、アニス!」
涙が溢れそうになるのを必死で堪え、私は喉の奥から叫び返す。
「希望なんて! みんなが死んでしまったら、私に何が残るっていうの⁉ 嫌! 私が、私がみんなを守るんだ!」
その言葉を嘲笑うかのように、雪原に音もなく白髪の男が現れて歪んだ笑みを浮かべた。
次の瞬間、チャービルの炎が虚しく霧散して彼女自身が塵となって掻き消える。
ディルが放った渾身の光は無慈悲にも反射され、彼女の上半身を跡形もなく消し飛ばした。
マツバが必死に私の腕を掴んだ刹那、煌めいた刃が彼女の体を両断し、熱い血飛沫が私の顔にかかった。
「うっ……あぁっ……!」
激しい頭痛と共に、私は座席でのけぞるように身を起こした。
現実へと無理やり引き戻されたのだ。
夢の光景は瞼の裏に焼き付き、額にはびっしょりと冷たい汗が滲んでいる。
乱れた呼吸を整えようとするが、心臓はまだ激しく鼓動して頭が締め付けられるように痛む。
ゆっくりと、現実の感覚が戻ってくる。
馬車の規則的な揺れ、車輪が雪を踏む音、風の唸り、仲間たちの話し声。
「ローゼ! 大丈夫ですか? 顔色が真っ青です!」
隣に座っていたヴィレッタが、弾かれたように私の肩を支え、心配そうに顔を覗き込んできた。
彼女の青い髪が私の頬をかすめ、不安に揺れる碧い瞳が私を捉える。
ヴィレッタの手がそっと私の額に触れ、温かい神聖魔法の光が流れ込んでくる。
ズキズキとした痛みが、少しずつ和らいだ。
「また……あの夢が……なんで、私に……?」
小さく囁くと、ヴィレッタは私の手を優しく握りしめ、静かに言った。
「ローゼ、無理に話さなくて大丈夫ですよ。私がずっとそばにいますから」
その言葉と温もりに、張り詰めていた気持ちが少しだけ解けるのを感じた。
「またあの悪夢? ローゼ、あんた最近本当におかしいわよ。一体何なのよ、あのうなされ方は」
向かいの席からベレニスが身を乗り出し、怪訝そうな顔で私を見ている。
エルフの彼女には、私の魔力の揺らぎや精神的な不安定さが、よりはっきりと感じ取れるのかもしれない。
私は無理に笑顔を作り、首を横に振った。
「大丈夫。ちょっと、嫌な夢が続いているだけだから」
「ふーん……まあ、あんたが使い物にならなくなったら私が困るんだから、無理だけはしないでよね」
ベレニスはぶっきらぼうにそう言うと、フンと鼻を鳴らして再び窓の外に視線を向けた。
素直じゃないけど、心配してくれているのは伝わってくる。
「姉様! 夢であろうと現実であろうと、このレオノールの剣が打ち払ってみせます! だからご安心を! ……それにしても、私も見てみたいです! リオーネの女子寮の時のように、姉様の夢の世界へ!」
レオノールが力強く励ましてくれる。
その屈託のない明るさに、私の心も少しだけ軽くなった。
でも、あの悪夢を共有したいとは思わない。絶対に。
「……ローゼさん、少し休んだ方が……って、待つっす。この辺り……地図によると、ダリム宰相が言っていた場所にかなり近いっすよ。七英雄アニスが魔王軍との戦いで亡くなった友人たちを弔うために、墓標を建てたという伝説が残る雪原っす」
フィーリアがテーブルに広げた地図を指差し、声を潜めて言った。
彼女の茶色の目が真剣な光を帯び、地図上の特定の地点に釘付けになっている。
「父さんの話ねえ。千年以上も前のことだし、本当にここなのかなあ……記憶違いってことも、ありそうだけど」
クリスが膝を抱えたままで首を傾げる。
彼女の父であるダリム宰相は、千年以上を生きる赤竜だ。
悠久の時を生きる竜といっても、千年前の出来事を正確に把握しているとは思えない。
友達……? じゃあ、やっぱり夢で見た、マツバやディルたちの……?
私はハッとしてフィーリアの言葉を反芻する。
夢の中で見た黒髪ボブのマツバ、赤髪巻き毛のチャービル、金髪ウェーブヘアのディル……彼女たちがアニスの仲間で、この地で命を落としたというなら……?
私が見る夢と、この場所が深く繋がっている?
だから、さっきまた、あの凄惨な死の場面を……?
頭の中で、バラバラだったピースが繋がりそうで形にならない。思考が靄の中で空回りする。
その時、だった。
馬車の窓の外、雪原を駆ける景色の中に、ふっと黒い人影が重なった気がした。
黒髪のボブヘアの少女。
伏し目がちで寂しげな瞳が、こちらをじっと見つめている。
夢で見たマツバ……?
『……記憶は、思い出せそう?』
幻聴だろうか。少女の唇が動いたように見え、囁くような声が直接頭の中に響いた気がした。
次の瞬間、その影は掻き消えて私の心臓がドクンと大きく跳ねた。
(今の、誰……⁉)
思わず窓に手を伸ばそうとしたが、指先が震えて力が入らない。
「ローゼ、どうしたの~? 顔色悪いよ?」
クリスが心配そうに私の袖を引き、赤い瞳で覗き込んできた。
「う、ううん、なんでもない。大丈夫。ちょっと、疲れが出ただけみたい」
私は慌てて首を振って笑顔を取り繕った。
でも、心の奥底で夢とは違う、もっと直接的で不気味な気配を感じていた。
あの少女は、一体……?
「……大丈夫か、ローゼ?」
御者席からリョウが心配そうな声で振り返る。
彼の低い声に、私は「なんでもない」とだけ、小さく返すのが精一杯だった。
不安を振り払うように窓の外に目を向ける。
どこまでも続く白い大地と、重く垂れ込めた灰色の空。
そこにはただ、不気味なほどの静寂が広がっているだけだった。
あの黒髪の少女は私の幻覚だったのだろうか?
その静寂は、突如として破られた。
「ヒヒーンッ!」
フタエゴとバラオビが鋭く嘶き、馬車が大きく揺れる。
リョウが咄嗟に手綱を引き締め、馬たちを制する音が響いた。
「どうしたの、リョウ⁉」
私が叫ぶ。
「……囲まれている! 魔獣だ!」
リョウの緊迫した声が返ってきた。
意識が、再びあの白い地獄へと引き戻される。
目の前に広がるのは血と煤で汚れた雪原。
崩れた石壁が黒煙を上げ、遠くで赤い炎が何かを舐め尽くすかのように揺らめいている。
凍てついた空気は死の匂いを運び、私の目の前には恐怖に目を見開いたまま、氷の中に閉じ込められた女性の姿があった。
隣では、異形の魔獣が涎を垂らしながら唸り声を上げている。
(やめて……!)
脳裏に焼き付いた悪夢の断片が、勝手に再生される。
仲間たちの悲鳴、絶望の色。数日前とは違う角度から、より鮮明にあの出来事がフラッシュバックする。
「アニス、止まるな! 前だけ見て走れ!」
赤髪のチャービルが叫んで両手に灼熱の炎を宿す。
その隣で金髪のディルが杖を強く握りしめ、私を叱咤するように睨みつけた。
「あんたが生きていれば、まだ希望はある! 私たちを盾にしてでも進め、アニス!」
涙が溢れそうになるのを必死で堪え、私は喉の奥から叫び返す。
「希望なんて! みんなが死んでしまったら、私に何が残るっていうの⁉ 嫌! 私が、私がみんなを守るんだ!」
その言葉を嘲笑うかのように、雪原に音もなく白髪の男が現れて歪んだ笑みを浮かべた。
次の瞬間、チャービルの炎が虚しく霧散して彼女自身が塵となって掻き消える。
ディルが放った渾身の光は無慈悲にも反射され、彼女の上半身を跡形もなく消し飛ばした。
マツバが必死に私の腕を掴んだ刹那、煌めいた刃が彼女の体を両断し、熱い血飛沫が私の顔にかかった。
「うっ……あぁっ……!」
激しい頭痛と共に、私は座席でのけぞるように身を起こした。
現実へと無理やり引き戻されたのだ。
夢の光景は瞼の裏に焼き付き、額にはびっしょりと冷たい汗が滲んでいる。
乱れた呼吸を整えようとするが、心臓はまだ激しく鼓動して頭が締め付けられるように痛む。
ゆっくりと、現実の感覚が戻ってくる。
馬車の規則的な揺れ、車輪が雪を踏む音、風の唸り、仲間たちの話し声。
「ローゼ! 大丈夫ですか? 顔色が真っ青です!」
隣に座っていたヴィレッタが、弾かれたように私の肩を支え、心配そうに顔を覗き込んできた。
彼女の青い髪が私の頬をかすめ、不安に揺れる碧い瞳が私を捉える。
ヴィレッタの手がそっと私の額に触れ、温かい神聖魔法の光が流れ込んでくる。
ズキズキとした痛みが、少しずつ和らいだ。
「また……あの夢が……なんで、私に……?」
小さく囁くと、ヴィレッタは私の手を優しく握りしめ、静かに言った。
「ローゼ、無理に話さなくて大丈夫ですよ。私がずっとそばにいますから」
その言葉と温もりに、張り詰めていた気持ちが少しだけ解けるのを感じた。
「またあの悪夢? ローゼ、あんた最近本当におかしいわよ。一体何なのよ、あのうなされ方は」
向かいの席からベレニスが身を乗り出し、怪訝そうな顔で私を見ている。
エルフの彼女には、私の魔力の揺らぎや精神的な不安定さが、よりはっきりと感じ取れるのかもしれない。
私は無理に笑顔を作り、首を横に振った。
「大丈夫。ちょっと、嫌な夢が続いているだけだから」
「ふーん……まあ、あんたが使い物にならなくなったら私が困るんだから、無理だけはしないでよね」
ベレニスはぶっきらぼうにそう言うと、フンと鼻を鳴らして再び窓の外に視線を向けた。
素直じゃないけど、心配してくれているのは伝わってくる。
「姉様! 夢であろうと現実であろうと、このレオノールの剣が打ち払ってみせます! だからご安心を! ……それにしても、私も見てみたいです! リオーネの女子寮の時のように、姉様の夢の世界へ!」
レオノールが力強く励ましてくれる。
その屈託のない明るさに、私の心も少しだけ軽くなった。
でも、あの悪夢を共有したいとは思わない。絶対に。
「……ローゼさん、少し休んだ方が……って、待つっす。この辺り……地図によると、ダリム宰相が言っていた場所にかなり近いっすよ。七英雄アニスが魔王軍との戦いで亡くなった友人たちを弔うために、墓標を建てたという伝説が残る雪原っす」
フィーリアがテーブルに広げた地図を指差し、声を潜めて言った。
彼女の茶色の目が真剣な光を帯び、地図上の特定の地点に釘付けになっている。
「父さんの話ねえ。千年以上も前のことだし、本当にここなのかなあ……記憶違いってことも、ありそうだけど」
クリスが膝を抱えたままで首を傾げる。
彼女の父であるダリム宰相は、千年以上を生きる赤竜だ。
悠久の時を生きる竜といっても、千年前の出来事を正確に把握しているとは思えない。
友達……? じゃあ、やっぱり夢で見た、マツバやディルたちの……?
私はハッとしてフィーリアの言葉を反芻する。
夢の中で見た黒髪ボブのマツバ、赤髪巻き毛のチャービル、金髪ウェーブヘアのディル……彼女たちがアニスの仲間で、この地で命を落としたというなら……?
私が見る夢と、この場所が深く繋がっている?
だから、さっきまた、あの凄惨な死の場面を……?
頭の中で、バラバラだったピースが繋がりそうで形にならない。思考が靄の中で空回りする。
その時、だった。
馬車の窓の外、雪原を駆ける景色の中に、ふっと黒い人影が重なった気がした。
黒髪のボブヘアの少女。
伏し目がちで寂しげな瞳が、こちらをじっと見つめている。
夢で見たマツバ……?
『……記憶は、思い出せそう?』
幻聴だろうか。少女の唇が動いたように見え、囁くような声が直接頭の中に響いた気がした。
次の瞬間、その影は掻き消えて私の心臓がドクンと大きく跳ねた。
(今の、誰……⁉)
思わず窓に手を伸ばそうとしたが、指先が震えて力が入らない。
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クリスが心配そうに私の袖を引き、赤い瞳で覗き込んできた。
「う、ううん、なんでもない。大丈夫。ちょっと、疲れが出ただけみたい」
私は慌てて首を振って笑顔を取り繕った。
でも、心の奥底で夢とは違う、もっと直接的で不気味な気配を感じていた。
あの少女は、一体……?
「……大丈夫か、ローゼ?」
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彼の低い声に、私は「なんでもない」とだけ、小さく返すのが精一杯だった。
不安を振り払うように窓の外に目を向ける。
どこまでも続く白い大地と、重く垂れ込めた灰色の空。
そこにはただ、不気味なほどの静寂が広がっているだけだった。
あの黒髪の少女は私の幻覚だったのだろうか?
その静寂は、突如として破られた。
「ヒヒーンッ!」
フタエゴとバラオビが鋭く嘶き、馬車が大きく揺れる。
リョウが咄嗟に手綱を引き締め、馬たちを制する音が響いた。
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