【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第7章 絶望の鐘

第8話 ディンレル王国滅亡 アリスの秘策

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 ザックス神官の教会。
 そこは王宮を追われた者たちの、束の間の避難所となっていた。
 アリスたちがキルアの地から持ち帰った凄惨な報告と、ディルとチャービルがもたらした王宮からの凶報、クレマンティーヌ投獄と王女たちへの外出禁止令を受け、重苦しい沈黙が聖堂を満たしている。

 ザックスはステンドグラスから差し込む淡い光の中を数歩ゆっくりと歩きながら、深く息をついた。
 彼の思考は目の前にいる若き魔女たちの不安げな表情と、王国全体を覆い始めた巨大な陰謀の影とを結びつけようと、激しく回転している。

「……アニス姫の動きが封じられたのは確かに痛手だ。クレマンティーヌ様の警告通り、陰謀は着実に進行していると見るべきだろう。君たち見習い魔女も、王城へ戻るか、王都で衛兵に見つかれば即座に捕らえられるだろう。王命で謹慎が下された以上、表立って逆らうことは難しい」

 ザックスは言葉を選びながら、厳しい現実を告げる。

「……個人的な意見を言わせてもらえば、アリス姫が戻られた今、君たちは王都から脱出し、安全な場所へ身を隠すべきだ。とこしえの森が一番無難でしょう。それが最悪の事態、王族同士の争いを避ける、唯一の道かもしれん」

「はっ⁉ ザックス、あなた正気⁉ アニスと先生を見捨てて逃げろって言うの⁉」

 チャービルが怒りに顔を赤くして叫んだ。
 いつもは軽薄なこの神官が、こんなにも冷徹な提案をするとは信じられないと言わんばかりに。
 アニスとは、まるで本当の兄妹のようにじゃれ合っていたはずなのに、と。

「落ち着け、チャービル」

 ザックスは静かに首を振る。

「アノス陛下とて、実の娘であるアニス様を害することはないだろう。クレマンティーヌ様に至っては……正直、あの人を閉じ込めておける牢など、この世に存在するかどうか。処刑の日が来る前に、自力でどうとでもするさ。……だが、ヒイラギ、君は別だ。おそらくアリス姫も。王が、宰相が、本気で排除しようとしているのは君たちだ。王都にいれば命はない」

「……つまり、私たちはアリス姫様をお連れして、どこかへ落ち延びろ、と? アリス姫様の望みのヒイラギ殿との自由な未来のために行動しろ、そう仰るのですね?」

 ディルがザックスの真意を冷静に読み取り、問いかける。
 ザックスは苦い表情で静かに頷いた。
 それが、最も犠牲が少なく、かつアリスを守るための現実的な策だと、彼は判断したのだ。

「なんだか、難しくてよくわかんない……そしたら、アニス様や先生とはもう会えなくなっちゃうの……?」

「ずっとリュンカーラにいられると思ってたのに……」

 タイムとフェンネルが、目に涙を浮かべて不安げに呟く。
 彼女たちにとって、クレマンティーヌは母親代わりであり、アリスやアニス、他の魔女たちはかけがえのない家族。
 このリュンカーラが、ようやく見つけた安住の地だったのだ。

「……ディル、もうそのくらいにしておけ。この子たちを泣かせるな」

 チャービルが、幼い2人を庇うように強い口調で言った。

「ザックスの案にはやっぱり賛成できない。アニス様が一番苦しい時に、側近である私たちが側にいなくてどうするの? たとえ将来、アリス様が王位を取り戻して、私たちが再びリュンカーラに戻れる日が来たとしても……主を見捨てた後悔は一生消えない」

「チャービルの言う通りです」

 ディルも、きっぱりとした口調で続ける。

「私たちはアニス様の側近。主のいない場所で、主の姉君のためだけに戦うなど、本末転倒です。アニス様をお救いする方法を探すべきです」

 アニスへの2人の強い忠誠心。
 ザックスは「やれやれ、あの人誑しの妹姫め……」と心の中で苦笑しつつも、彼女たちの覚悟に胸を打たれていた。

「私も、アニスがいないのはつまんないわー!」

「そうよそうよ! それに、とこしえの森にずっと隠れてるなんて退屈! それより悪い王様をやっつけて、アリスを女王様にしちゃえばいいじゃない!」

 エルフ姉妹が、相変わらずの奔放さで会話に割り込んできた。

「こら、エレミア、エレノア! 不敬なことを言うんじゃありません!」

 アリスが窘める。

「それに力ずくで父を排除すれば、それこそ内乱よ。多くの民が犠牲になるわ。リフリーガさんの故郷のシャーマンが見たという凶兆……王国滅亡が、現実になってしまうかもしれない」

 アリスはエルフ姉妹の提案を一蹴したが、同時にザックスの逃亡案も受け入れなかった。

「ザックスの提案も却下します。アニスに全ての重荷を背負わせ、私たちだけが安全な場所に逃れるなど、到底できません。それに……キルア族を滅ぼした、あの正体不明の存在を、このまま野放しにしておくわけにはいきません」

 アリスの決意に満ちた瞳を見て、ディルもチャービルも、ヒイラギも、覚悟を決めた表情で頷いた。

 エルフ姉妹も、「まあ、アリスがそう言うなら仕方ないか」と肩をすくめている。

「……ですが、アリス姫。ではどうするというのです? 王都に残れば捕らえられ、叛乱を起こせば国が滅ぶ……八方塞がりではありませんか」

 ザックスが厳しい表情で問いかける。

「なあに、アリス姫様とヒイラギの旦那、それにアニス姫様だって、10年後もピンピンしてるって、マツバのお墨付きがあるんでしょ? ザックス様、ここはもう、腹括って派手にやるしかねえんじゃねえですか!」

 ササスが、やけに明るい声で言った。妙なところで肝が据わっている男だ。

「……ふっ、違いない」

 ザックスは、ササスの言葉に吹っ切れたように苦笑すると表情を引き締めた。

「覚悟を決めましょう。……アリス様、ヒイラギ殿。先ほどのキルア族の惨状、アロマティカス殿が見つけたという遺留品、黒い羽根の話から、一つの可能性が思い浮かびました。今回の襲撃者の一端は古の女神話に語られる悪魔……『フレイムウルフ』かもしれません」

「フレイムウルフ……?」

 アリスが聞き返す。

「ええ。空を翔ける翼を持ち、灼熱の炎を自在に操るとされる狼の姿をした悪魔です。大昔、大陸の古代王朝の一つを、一夜にして焼き滅ぼしたという伝説があります」

 ザックスの声には確信と、それ以上に強い懸念が滲んでいた。

「もし、その伝説が真実で、フレイムウルフが現代に蘇ったのだとしたら……キルア族の悲劇は始まりに過ぎないのかもしれません」

「女神話の、ただの創作だと思っていたけれど……」

 アリスはキース公子の隣にいた悪魔ミフェルのことを思い出し、顔を曇らせた。

「いいえ、ありえない話ではないわね。悪魔は確かに存在する。案外、私たちが知らないだけで、この大陸の影には多くの悪魔が潜んでいるのかもしれない……」

 アリスの言葉に、ササスが「ひぃっ!」と小さな悲鳴を上げる。

「そんなにウヨウヨいたら、とっくに世界なんて終わってるわよ」

「そうそう、女神様がそんなに甘いはずないじゃない」

「里の伝承によれば、悪魔がこちら側に来るには何か特別な『呼び水』が必要らしいわ」

「人間の強い邪念とか、歪んだ願いとか……そういうものに引き寄せられるって」

「おう、俺も似たような話を聞いたことがあるぜ。だから、こっちに来られる悪魔なんて多くはないはずだ。……まあ、一匹でも厄介なことに変わりはねえがな」

 エルフ姉妹とリフリーガが、それぞれの知識を披露し合う。
 どうやら、各種族には悪魔に関する共通の認識がある程度存在するらしい。

「一国を滅ぼすほどの力が、大した数ではない……か」

 ヒイラギが低い声で呟く。
 瞳にはフレイムウルフ、あるいは他の悪魔かもしれぬ仇敵への、底知れないほど深い憎悪の光が宿っている。

「……上等だ。相手が悪魔ならば、容赦はしない。この剣で、必ず……!」

 ヒイラギの覚悟が決まった。
 他の者たちも目指すべき敵の一端が見えたことで、僅かながら光明を見出したようだった。
 だが問題はどうやって現状を打破し、その敵に立ち向かうかだ。
 皆の視線が、再びアリスに集まる。

 アリスは一同の顔をゆっくりと見渡し、覚悟を決めた表情で、はっきりと告げた。

「……それではこれからの私たちの作戦を説明します。まず、手始めに……私とヒイラギが、この教会で、今すぐ結婚式を挙げます」

 しん、と教会が静まり返った。

 ザックスも、ディルたち魔女も、エルフ姉妹も、ササスとリフリーガも、ヒイラギ本人さえも、アリスが何を言っているのか理解できず、ただ呆然と彼女を見つめる。

 教会の天井からは、祝福か嘲笑かのように淡い光が差し込んでいた。
 
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