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⑨糸を引いているのは
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「はじめまして。イザベラ・ド・ブエと申します」
来た。
先程の恐ろしい顔は見間違いだったのではないかと思うくらい優しげに微笑む女性が現れました。
「ああ、イザベラか。リュカ、カトリーヌ王女、紹介するよ」
クリストフ様を見つめる目はうっとりしております。さて、過去ではクリストフ様を刺したのは明日だった筈ですが……今のところ、武器らしき物は持っておりませんわね。
隠してある事も考えられますし、あの扇子に刀を仕込む事くらいは出来そうですね。しっかり観察して、何かしようとしたら止めませんと。リュカも、チラリとわたくしを目を見て小さく頷きました。
この場で呑気なのはクリストフ様だけですわ。無邪気にイザベラ様を紹介して下さいます。
お互い挨拶をして雑談をしたのですが、イザベラ様とクリストフ様はとても仲が良いご様子です。この状況でわたくしと婚約してしまったら、嫉妬するのも分かりますわ。
しばらく話すと、クリストフ様は別の方に呼ばれて行ってしまわれました。
イザベラ様は少し寂しそうになさっておられます。何を話しかければいいかしら。考えているとすぐにリュカを呼ぶ声がしました。
「リュカ! お待たせ。紹介したい人が居るんだ!」
仔犬、もとい、クリストフ様が帰って来ました。早すぎるでしょう。
「分かった。どこに行けばいい?」
「ああ、カトリーヌ王女はこちらでごゆっくり。遊戯室に行きますので」
カドゥール国の遊戯室は男性しか入れません。
「それは困る。カティと離れる気はねぇぞ」
「むぅ……しかしだな……」
仕方ありません。会場から出ないようにすればなんとかなるでしょうし、クリストフ様がご紹介する方を無下には出来ません。
「大丈夫よ。ここから絶対出ないから。大人しくリュカを待ってるわ」
「……分かった。気をつけろよ」
「ありがとうカトリーヌ王女。すぐに戻るから」
こうなると……わたくしは少しイザベラ様とお話しする方が良いわね。彼女を誘って、椅子に座ります。会話は聞き取られにくく、警備の騎士が近くに居る所を選びました。これなら、急に彼女が何かをしてきてもすぐに取り押さえて貰えます。
念のため、こっそり風の結界を張りました。これで会話は漏れません。
イザベラ様はわたくしの誘いに乗って下さいましたが、それはきっとクリストフ様がリュカを連れて来るからでしょうね。
先程から、イライラを隠せておりませんもの。
「リュカ様はずいぶん過保護ですわね」
それを、わたくしに言いますか?
はぁー……やっぱり先程の恐ろしい顔はリュカに向けておられたのですね。
この会話を広げてしまうと、わたくしの精神が保ちませんわ。彼女が食いつきそうな話題に変えましょう。
「まだ新婚なのでお許し下さいませ。それよりも、イザベラ様はクリストフ様ととても仲がよろしいのですね。わたくし、クリストフ様とは何度かお会いしましたけどイザベラ様とご一緒の時が一番リラックスなさっているように見えましたわ」
「そ、そうですか?!」
可愛らしい笑顔です。イザベラ様にクリストフ様の話を振ると、色々と教えて下さいました。幼い頃の話もして下さいました。
「クリストフ様とイザベラ様は幼馴染なのですか?」
「ええ、そうなんです。クリスとは幼い頃からよく遊んだんですの」
なるほど、愛称で呼ぶくらいには親しいようですね。
「そうでしたか。私もリュカとは幼馴染なんですよ」
「そうなのですね。おふたりが羨ましいですわ……」
「イザベラ様は、クリストフ様とご婚約の話などは出ないのですか? 仲がよろしいですし、わたくしとリュカよりも身分差はないでしょう?」
王族同士で婚姻する事は多いですが、国内の貴族と婚姻する方もたくさんいらっしゃいます。さすがに、リュカのように伯爵家となると厳しいですが、公爵令嬢なら身分は充分です。
「……わたくしは、王族ではありませんから」
「失礼しました。他国の事ですのに出過ぎた事を申しました」
「いえ、大丈夫です。本当に、リュカ様が羨ましいですわ。わたくしにも、リュカ様のような力があれば……いえ、駄目ですね。女の身で出しゃばるなと言われて終わりですもの」
確かにカドゥール国はどちらかというと男尊女卑です。王妃教育でも、男性の教師の時は高圧的でしたもの。
ま、教育が厳しくなってきてからは、性別なんて関係なくどの教師も高圧的でしたけどね。
そんな経験があるから、分かる事もあります。
「出しゃばらなくても、出来る事はありますわ」
「なっ……! 全てを持っている貴女に何が分かる! 貴女はわたくしが無いものを全て持っている! 身分は充分、幼い頃からの恋人と結婚出来る理解ある両親! 身分差があっても結婚出来る程才能溢れた優秀な夫! クリスは最近はリュカ様の話ばかりだ!!! そんな凄い人が自分を愛してくれて、結婚も許して貰える! 恵まれた方にそんな事言われたくない!!!」
イザベラ様は大声で叫びます。風の結界を用意しておいて良かったですわ。でないと、大騒ぎになっていたでしょう。わたくしは一応本日の主役で、注目もされております。そんなわたくしに、大声で怒鳴りつければ例えクリストフ様のお相手候補に選ばれていたとしても除外されるでしょう。
婚約が決まっていても破棄される可能性すらあります。
幸い、人の少ない場所に移動しましたから騒ぎにはなっておりませんけどね。ですが、イザベラ様が泣き出したりわたくしに掴みかかってきたりしたら大騒ぎになるでしょう。
さて、この感情的なご令嬢をどう納得させようかしら。これだけ感情的なら過去でクリストフ様を刺すというのもあり得るのかしら。
きっとクリストフ様は空気を読まずにわたくしの事を褒めたのでしょうね。それがどれだけイザベラ様を傷付けるか気が付かずに。
まぁ、色恋沙汰とはそんなものですけどね。
イザベラ様は、先程からわたくしを睨みつけています。あまり目立つと、いくら声が聞こえなくても異常に気付かれます。何かあったら困るからと護衛の近くにしましたけど、やめておけば良かったですわ。
とにかく落ち着いて頂かないと。納得出来ない部分はありますが、まずはイザベラ様の主張を認めましょう。
「確かに、わたくしは恵まれているわ」
「そ、そうです! そんな人に言われたくない! カトリーヌ様は何もかも持ってる! なんの苦労もせず、好きな人と結ばれたじゃない!」
「リュカのような力があれば、イザベラ様は何を成したいの?」
「それはっ! わたくしだって好きな方と婚姻したいわ!」
「それで?」
「それでって……」
「貴女みたいに、人を羨んでいるだけの方にとやかく言われたくないわ。貴女はまだ子どもだから許すけど、わたくしは国賓なのよ?」
「あっ……!」
「ねぇ、イザベラ様はわたくしの何を見て苦労していないと仰ったの? リュカの何を知っているの? リュカが才能に溢れてる? ふざけないで。リュカは才能だけでわたくしと結婚したのではない。ただひたすら、努力しただけよ」
「あ……あの……!」
「こんなにたくさん人が居るのに大声でわたくしを罵倒して、貴女のお家は大丈夫ですか?」
「あ……! も、申し訳……」
「動かないで。泣くのも無しよ。風の結界を張っているから声は聞こえていないけど、貴女の様子があまりにおかしければ周りも気がつく。凛として、わたくしと親しく話している素振りをして下さいまし」
「は、はい……!」
良くも悪くも、彼女は素直なのだろう。クリストフ様とよく似ている。
こんな彼女が、クリストフ様を刺すだろうか?
来た。
先程の恐ろしい顔は見間違いだったのではないかと思うくらい優しげに微笑む女性が現れました。
「ああ、イザベラか。リュカ、カトリーヌ王女、紹介するよ」
クリストフ様を見つめる目はうっとりしております。さて、過去ではクリストフ様を刺したのは明日だった筈ですが……今のところ、武器らしき物は持っておりませんわね。
隠してある事も考えられますし、あの扇子に刀を仕込む事くらいは出来そうですね。しっかり観察して、何かしようとしたら止めませんと。リュカも、チラリとわたくしを目を見て小さく頷きました。
この場で呑気なのはクリストフ様だけですわ。無邪気にイザベラ様を紹介して下さいます。
お互い挨拶をして雑談をしたのですが、イザベラ様とクリストフ様はとても仲が良いご様子です。この状況でわたくしと婚約してしまったら、嫉妬するのも分かりますわ。
しばらく話すと、クリストフ様は別の方に呼ばれて行ってしまわれました。
イザベラ様は少し寂しそうになさっておられます。何を話しかければいいかしら。考えているとすぐにリュカを呼ぶ声がしました。
「リュカ! お待たせ。紹介したい人が居るんだ!」
仔犬、もとい、クリストフ様が帰って来ました。早すぎるでしょう。
「分かった。どこに行けばいい?」
「ああ、カトリーヌ王女はこちらでごゆっくり。遊戯室に行きますので」
カドゥール国の遊戯室は男性しか入れません。
「それは困る。カティと離れる気はねぇぞ」
「むぅ……しかしだな……」
仕方ありません。会場から出ないようにすればなんとかなるでしょうし、クリストフ様がご紹介する方を無下には出来ません。
「大丈夫よ。ここから絶対出ないから。大人しくリュカを待ってるわ」
「……分かった。気をつけろよ」
「ありがとうカトリーヌ王女。すぐに戻るから」
こうなると……わたくしは少しイザベラ様とお話しする方が良いわね。彼女を誘って、椅子に座ります。会話は聞き取られにくく、警備の騎士が近くに居る所を選びました。これなら、急に彼女が何かをしてきてもすぐに取り押さえて貰えます。
念のため、こっそり風の結界を張りました。これで会話は漏れません。
イザベラ様はわたくしの誘いに乗って下さいましたが、それはきっとクリストフ様がリュカを連れて来るからでしょうね。
先程から、イライラを隠せておりませんもの。
「リュカ様はずいぶん過保護ですわね」
それを、わたくしに言いますか?
はぁー……やっぱり先程の恐ろしい顔はリュカに向けておられたのですね。
この会話を広げてしまうと、わたくしの精神が保ちませんわ。彼女が食いつきそうな話題に変えましょう。
「まだ新婚なのでお許し下さいませ。それよりも、イザベラ様はクリストフ様ととても仲がよろしいのですね。わたくし、クリストフ様とは何度かお会いしましたけどイザベラ様とご一緒の時が一番リラックスなさっているように見えましたわ」
「そ、そうですか?!」
可愛らしい笑顔です。イザベラ様にクリストフ様の話を振ると、色々と教えて下さいました。幼い頃の話もして下さいました。
「クリストフ様とイザベラ様は幼馴染なのですか?」
「ええ、そうなんです。クリスとは幼い頃からよく遊んだんですの」
なるほど、愛称で呼ぶくらいには親しいようですね。
「そうでしたか。私もリュカとは幼馴染なんですよ」
「そうなのですね。おふたりが羨ましいですわ……」
「イザベラ様は、クリストフ様とご婚約の話などは出ないのですか? 仲がよろしいですし、わたくしとリュカよりも身分差はないでしょう?」
王族同士で婚姻する事は多いですが、国内の貴族と婚姻する方もたくさんいらっしゃいます。さすがに、リュカのように伯爵家となると厳しいですが、公爵令嬢なら身分は充分です。
「……わたくしは、王族ではありませんから」
「失礼しました。他国の事ですのに出過ぎた事を申しました」
「いえ、大丈夫です。本当に、リュカ様が羨ましいですわ。わたくしにも、リュカ様のような力があれば……いえ、駄目ですね。女の身で出しゃばるなと言われて終わりですもの」
確かにカドゥール国はどちらかというと男尊女卑です。王妃教育でも、男性の教師の時は高圧的でしたもの。
ま、教育が厳しくなってきてからは、性別なんて関係なくどの教師も高圧的でしたけどね。
そんな経験があるから、分かる事もあります。
「出しゃばらなくても、出来る事はありますわ」
「なっ……! 全てを持っている貴女に何が分かる! 貴女はわたくしが無いものを全て持っている! 身分は充分、幼い頃からの恋人と結婚出来る理解ある両親! 身分差があっても結婚出来る程才能溢れた優秀な夫! クリスは最近はリュカ様の話ばかりだ!!! そんな凄い人が自分を愛してくれて、結婚も許して貰える! 恵まれた方にそんな事言われたくない!!!」
イザベラ様は大声で叫びます。風の結界を用意しておいて良かったですわ。でないと、大騒ぎになっていたでしょう。わたくしは一応本日の主役で、注目もされております。そんなわたくしに、大声で怒鳴りつければ例えクリストフ様のお相手候補に選ばれていたとしても除外されるでしょう。
婚約が決まっていても破棄される可能性すらあります。
幸い、人の少ない場所に移動しましたから騒ぎにはなっておりませんけどね。ですが、イザベラ様が泣き出したりわたくしに掴みかかってきたりしたら大騒ぎになるでしょう。
さて、この感情的なご令嬢をどう納得させようかしら。これだけ感情的なら過去でクリストフ様を刺すというのもあり得るのかしら。
きっとクリストフ様は空気を読まずにわたくしの事を褒めたのでしょうね。それがどれだけイザベラ様を傷付けるか気が付かずに。
まぁ、色恋沙汰とはそんなものですけどね。
イザベラ様は、先程からわたくしを睨みつけています。あまり目立つと、いくら声が聞こえなくても異常に気付かれます。何かあったら困るからと護衛の近くにしましたけど、やめておけば良かったですわ。
とにかく落ち着いて頂かないと。納得出来ない部分はありますが、まずはイザベラ様の主張を認めましょう。
「確かに、わたくしは恵まれているわ」
「そ、そうです! そんな人に言われたくない! カトリーヌ様は何もかも持ってる! なんの苦労もせず、好きな人と結ばれたじゃない!」
「リュカのような力があれば、イザベラ様は何を成したいの?」
「それはっ! わたくしだって好きな方と婚姻したいわ!」
「それで?」
「それでって……」
「貴女みたいに、人を羨んでいるだけの方にとやかく言われたくないわ。貴女はまだ子どもだから許すけど、わたくしは国賓なのよ?」
「あっ……!」
「ねぇ、イザベラ様はわたくしの何を見て苦労していないと仰ったの? リュカの何を知っているの? リュカが才能に溢れてる? ふざけないで。リュカは才能だけでわたくしと結婚したのではない。ただひたすら、努力しただけよ」
「あ……あの……!」
「こんなにたくさん人が居るのに大声でわたくしを罵倒して、貴女のお家は大丈夫ですか?」
「あ……! も、申し訳……」
「動かないで。泣くのも無しよ。風の結界を張っているから声は聞こえていないけど、貴女の様子があまりにおかしければ周りも気がつく。凛として、わたくしと親しく話している素振りをして下さいまし」
「は、はい……!」
良くも悪くも、彼女は素直なのだろう。クリストフ様とよく似ている。
こんな彼女が、クリストフ様を刺すだろうか?
応援ありがとうございます!
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