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かっこよすぎか

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曲がり角の先、路肩に停められた黒い高級車がカラフルな生け垣をボディに映している。
その斜め前で、シワ一つないタキシードを風に揺蕩わせる青年。
その美形の青年の顔が、前世で最後に話していた人と酷似している。

いやいや、そんな訳…。

「白摘様、お迎えに上がりました」
「ひゃわぁっ!?」

驚き過ぎて1メートルぐらいジャンプした気がする。
タキシード青年がローディング中の僕を覗き込んできたのだ。近付く足音なんて全く聞こえなかったのに。

飛び跳ねて体から抜けたボディバッグを青年が拾う。

「あ、ありがとうございます」

受け取ろうとすると不思議な顔をされる。

「取りたいものが御座いましたか?ですが、何も持たないほうが安全かと思われますよ」
「安全?」
「はい。今日も狙われておりますから」
「へ?スナイパーとか?」

半分ふざけて言ったのに、当然のように頷かれる。

「ですから、お体に触れることをお許しください」
「えっ、わっ!」

両脇の下に片腕が通され、太もも辺りから抱き上げられた。
いわゆるお姫様抱っこというやつか?
抱っこされるまでに1秒もかからなかった気がする。

「両腕を首にお回しください。いつでも飛べるようにご準備を」

バランスの取り方も分からない状態なのに、青年に硬い声で指示される。
必死で首にすがりつき、一呼吸置いた時だった。

「きますよ」

青年の声と同時に全方面から白光線が集中する。
瞬きする間に光線は消え、石畳には僕らを取り囲むように丸い焦げ跡がついた。

「白摘様、目が焼けてしまいますから閉じてくださいませ」
「は、はい!」

もう手遅れだけどな。目の奥がジンジン痛い。

目をぎゅっとつぶって耐えていると。

「チュッ、チュッ」

まぶたに柔らかいものが触れて、目の奥の鈍痛が止まる。
恐る恐る目を開けると、僕を優しげに見下ろす青年と目が合った。

「目と耳の保護をかけておきます。ですが最新型の音波攻撃機は骨をつまんで揺らすような造りですから、この保護魔法では消音できません。敵がそれを使ってきたら直ぐに逃走を最優先に致しますよ」
「分かった…わぁっ!」

飛び交う白線の一筋が青年の横髪を焦がす。
しかし、見る間に茶色に焦げていた毛先が黒に戻っていく。

「髪、どーゆう…」
「ドッカーーン」

保護魔法のおかげかくぐもっている爆発音がして、爆破された家のがれきが飛んでくる。

「貫通付与ですね」

青年が僕の体を強く抱きしめたかと思うと、視界が濃紺で覆われる。
遠近感が失われる色の濃淡と恐竜の如く太い骨を持つ翼が、僕らの頭上から足元までを守ってくれている。

「ガガガガッ!」

数秒遅れて激しい衝突音。
衝撃の凄さを地面の揺れが物語る。
でも、羽は微動だにしなかった。

「白摘様、飛びます。しっかりお捕まりください」

そう言う青年の瞳は、煌めきを練り込んだような紺色に変化していた。
頭には紺の琥珀糖じみた長い角が生えている。

戸惑いながらもスーツを力いっぱい握った僕を確認して、羽の盾が素早く開いた。

上から2人、武器を持った人が飛び降りてくる。
後ろからも2人敵が来ているようだ。

「今回は一段と気合いが入っているようですよ。白摘様を殺すために。…皆殺しても構いませんね?」

薄く笑う顔が敵を蹴落とすときの藤郷に似過ぎていて。
心臓がきゅうと鷲掴まれ、短く悲鳴を上げてしまう。
それを怖がっているからだと思ったのか、青年に
「目を閉じていればすぐ終わりますよ」
と心配されてしまった。

「だいじょうぶ。気にしないで」
「かしこまりました」

巨大な羽がカッターのように横向きに平たくなり、素早く左右に振るわれたかと思うと上空の2人が真っ二つになっていた。意識のない体が重力に従ってこちらへ落ちてくるのを、羽が彼方へ弾き飛ばす。
背後の2人は見えない何かに襲われて崩れ落ち、手で必死に宙を掻きながら喉が裂けそうなほど叫んでいる。
惨状から逃れるように、青年が勢いよく空へ飛び上がる。
連なる屋根屋根を見渡せるほど高くなったところで、下方から色とりどりの光線が打ち上がった。
それらは意思を持っているかのように僕たちの方へ一直線に向かってくる。

「虹みたい」
「青や赤などは属性魔法ですが、黒や透明のものは呪いですので回復魔法が効きません。絶対に触れないようお願いします」
「透明は無理あるくない?」

話しながら物凄いスピードで飛んでいる。下を見たら酔うやつだ。
光線は耐えきれなくなったように一つ、また一つと離反し消えていく。
黒の線だけが僕らに追いつく勢いで迫ってくる。
青年が体を反転させ、僕を胸の上に乗せるような状態で黒線を待ち構える。

「死返し」

学校で習ったカタカナ呪文ではなく、聞き馴染みのある日本語を唱えたと思うと、青年の左足が黒色の靄で包まれる。
かなりの速さで突っ込んでくる黒線を力強く蹴り返すと、それは来たときと同じ速さで軌道を帰っていった。

「キィィーン」
「い、いたいっ…!」

ほぼ同時に耳の奥をナイフを刺されたような痛みが走る。
脳内まで揺さぶられるような高音に涙が滲む。

「いたいぃ…うぅー」

意識が混濁しそうなほどの痛みに、グスグスと鼻を鳴らしながら青年の胸元に顔を埋める。

「ぐっ…白摘様、少し速度を上げます」

焦ったような青年の声にコクリと頷いて、僕の意識は静かに沈んでいった。



「ん…さむっ」

全身が肌寒くて目が覚めた。フカフカの白いベッドに一人きり。
横向きに寝ていたようで、目線の先に横向きのナイトライトが見える。
自分の趣味にしては高そうだな。
ライトが置いてある机も、控えめではあるが蔦に連なるブドウの葉のモチーフが彫ってある。
でも趣味っぽいものが1つもないな。

「ずいぶんシンプルな部屋だな」

キングサイズらしき真っ白の大きなベッドを抜け出し、ブラウンのカーペットに足を下ろす。

「うわっ!?」

足元から藍色の縦縞が上向きに走り、ベッドへ体を跳ね返される。
仰向けに着地した僕に藍色の触手が絡みついてきた。

腹と首に太めの触手が巻き付き、ベッドから起き上がれないように固定される。
手足には細めのものが絡み強い力で外側へ引っ張られる。

「いたいっ!止まって!助けて!」

必死に抗っても一向に力は弱まらない。

「ひぎっ…ぁぁああっ!」

肩の関節が両方同時に外れたかと思うと、膝の関節も妙な音を立てて外れる。
触手は役目が終わったというように股関節と脇に巻き付き、僕をベッドへ縫い付けた。

無理やり外された関節が痛い。
なぜこんなに怖いこと続きなのだろう。
クラスメイトに嫌われ、帰り道で攻撃をされ。
執事らしき青年が『白摘様を殺すため』に攻撃してきていると言っていたような。

「白摘って僕の名前か。じゃあきんぱ…熊維君が言ってた『相ノ瀬』は…え、どっちが名字だ?」

まぁ仲が良くないのに下の名前では呼ばないか。
じゃあ僕は『相ノ瀬白摘』なんだな。
名前が判明したことでなんだか心の底が安定した気がする。

「執事の名前も聞いとかなきゃ」

満足と決心から首を軽く縦に振ると、抵抗と見なされたようで首元の触手がきつく締まる。
四肢の痛みと息苦しさから逃げるためにもう一度意識を手放した。

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