Archaic Almanac 群雄流星群

しゅーげつ

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第一部 揺動のレジナテリス

戦史1 レインフォール捕縛 JAC,22th,AD121

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 ――ピュィィィ

  「……何の音だ?」
 即座に反応して立ち上がったエリアスが帯剣の柄に手を当て周囲を見渡す。
 釣られて立ち上がったリコは寝かせてあった弓の穂先を起こした。
 

 ――ピュゥィィィィィィ

 「……なに?笛の音?? だんだん大きくなってるけど」
 スッとと立ち上がったカイルも、立て掛けてあった槍を手にして暗闇と化した森の奥を見る。
 

 ……――ピュゥィィィィィィィィィ―― ージュ!

 「……人の声……女か?」
 エリアスの言葉に呼ばれるかのように、草木を掻き分ける音と共に徐々に大きくなる声――


 ……どこー! ――ピュゥィィィィィィィィィ―― ーベルジュ!

 リコは即座に矢を番え目で合図を送ったがエリアスは左手で制止した。
カイルも合わせて手に取って構えていた槍を地面に突き立てた。



 ガサガサ と、木々が奏でる響きが小さく、大きく、遠く、そして近くなる――

 「フラン……!」 




 茂みの奥から出てきたのは――垂れる灼炎を想起させるように流れる長い赤髪の女だった。
月に照らされた褐色の肌が輝き、琥珀の眼球が順に左右を睨む。


 「なんだ貴様らは!」
 「え……えっと、僕はリコ――」
 「! ま、まさか……その骨……! きっ……貴様ら!!」
 積み重ねられた骨と、打ち捨てられた翼を見て全てを察した女が、猛った。


 「え、えっと……」
 「……貴様ら……よくも!!」
 切先ならぬ先鞭を向ける女に相対し、エリアスとカイルは大きく飛び退いた――

 「ま、待って!二人とも!」
 両手を突き出すリコの弁明を、女は吼えるような掻き消す。

 「黙れ!! よくも私のフランベルジュを……」
 「け、けど、そうしなきゃ僕たちが……そ、それにちゃんと供養もしたよ!」
 「ま、まさか貴様ら……食ったのか!?」

 「け、けど、狩った生物は感謝して食べないと……それが父さんの教えだから――」
 「――ふ、ふざけるな!! ゆ、許さない!!」

 図らずも肯定の意になったリコの言葉を受けて、右腰に備えた黒い輪状の物を左手で掴み、
大きく半月の弧を描くように後ろへ振り上げた。



 刹那の静止――の後その先端が鎌首と化し、音の速さで三人の布陣を真っ二つに切り裂く。 


 一番前に位置していたエリアスが大きく右に飛び退くと、ズバンッ!という衝撃音と共に、
先ほどまで立っていた地面が抉れ、三方向へ礫土が弾け飛んだ。

 「な、なにあれ?? 黒い……蛇?」 
 「いや、あれは鞭……だ、だが……あんな威力はありえない……」
 「む、ムチ??」
 「まさか……先端に金属の刃を付けてるのか……? あんな物どこで……」
 「ね、ねぇ、ど、どうするの??」

 状況を把握したエリアスは、未知の武器との対峙に迷いながら抜刀し、
中段エイムに構え、指示を待っているリコとカイルに声をかけた。
 
 「お前達は後ろに下がれ、とにかくアイツの動きを読むことに集中しろ」 
 軌道と飛来が姿勢と跳躍のそれと酷似している、蛇のような鞭と呼ばれる武器の先には、
鋭利な刃が付いており、左腕を振り上げ頭上で旋回させながら、女は機を待っている。


 エリアスの動きに促されるように、リコとカイルが目配せをして左右に下がる。
 二人の森人は焚き火に照らされる女の姿を見失わないようにと、夜目を凝らす。


 3人が描く三角形の頂点に立ったエリアスに、黒蛇が空を引き裂いて、飛びかかる――
 

 咄嗟に突き出した剣先と飛刃の衝突により、不快な金属摩擦音と火花を伴い逸れた鎌首が、
最前線のエリアスの左足真横数歩を再び抉り取り、盛大な石礫破砕音を発する。


 横目に見て驚愕の表情を押さえ込んだエリアスが、返しの隙を突いて剣先ごと突進した。
 伸びきった蛇鞭の下を潜り抜けるように、細身の剣から放たれた幾条の閃刃が、敵を襲う。

 女は剣撃の範囲から跳躍し外れると同時に、左手首を大きく後下方へ返して、叫んだ。
 「甘い!!」

 シュッっと空で鞭の胴体が地を這うように引き戻され即座にエリアスの両腿に巻き付くと、
鎌首が胴体に絡まり、さながら大蛇に締め上げられる野鼠のように拘束し絡め捕る。

 すかさず身を翻した女が肢体で鞭を巻き取ると、エリアスはもんどりうって尻もちをつく。
屈辱に乱れる眼光でエリアスは、自らを見下ろす敵の姿を再度注視した。
 

 記憶には無い、初めて――正確にはカイルと名乗る大男の次に――見る褐色の肌、
燃えるようなウェーブの髪、少し年上に見えるが均整の取れた肉感的な身体付き、
そして王国ではまず見ることが無い原色の強い、これまた見たことが無い官服、

その全ての特徴が王都の主だった人間のどれとも一致しない。


 「くそ! お、おい! お前、何者だ! 何の目的でここに入り込んだ!?」

 「私は帝国第三皇女、リアーナ・ガーランド!」
 「て、帝国の人間がなぜレインフォールに……!」
 即座に答えた褐色の女は肢体から鞭を緩め開放し手元に引き戻すと右指二本で鎌首を挟み、
再び左腕を振り上げ蛇を宙へと浮かび上がらせ、立ち上がらんとする獲物に吐き捨てる。 


 「貴様に話すことなど、何も……ない!!」
 二度、三度と、幾度も繰り出される流星のような飛突を、エリアスは紙一重でいなしながら
少しずつ距離を離し、後ろの二人を見ずに軽く顎で合図を出す。


 《お前ら手を貸せ》の、無音の声に呼応するように、射程外を保ちながら鶴翼に並ぶ三人。  
意図せずデルタ陣を形成した即席パーティーは各々が即応出来るように意識を集中する。

 本来であれば1:3という不利な状況にありながら、
 迷いの無い女の攻撃は、戸惑いに支配される彼らにとって大いな脅威となる――


 リアーナが不敵に笑いながら、大きく右足を踏み込み地面を強く踏みしめた――
 大地から伝わる力を旋回させた鞭に乗せ、水平に、広範に、左右へ薙ぎ払う――

 空を裂く音に反応するように回避に追われた右翼と正面が順番に体勢を崩す――
 
 最後に訪れる形になった薙ぎ攻撃を左翼のカイルは予測し地面と平行に跳躍――
 斜め前方方向に回転し片足着地と同時に一足で詰め長槍の穂先を突き立てる――
 
 槍の一閃を弾けないと判断するや否や、リアーナは大きく背面宙返りで躱す――
 

 「くっ! 舐めるな!」
 「うわ、すっご! 何あの人!」
 うつ伏せで攻防を静観するリコが感嘆を漏らす。

 華麗に着地したリアーナは鞭の柄と中腹を左に持ち、再び反対の指で尖牙を抓まんだ。
 


 「ちょろちょろと……あああ、もう!! 鬱陶しい!」
 パンッ と鞭を張り詰めさせて疾呼すると、それを前方へ突き出す。
右の人差し指と中指で挟んでいた穂先を離すと、

 だらりと垂れた牙の上で何かを模した中指を突き立て、口付けた。
 
 「……あれは!」
 「何?? なんなの?」
 
 「あれはまさか……印!? 火精術イグニスペルか!?」
 

 「な、なにそれ??」

 「フラン……お前の残り火、使わせて貰うぞ……ego……spero」

 文言を唱え始めたリアーナを見て咄嗟にエリアスが声を張り上げ備えを促す。

 触発されたように三歩下がったリコが、異変を察知しようと周囲を見渡した。


 女のしなやかな声に応じるように、翼獣が焼き払った周囲の木々の燻りや焚き木の残り火が、
小さな粒子となって指先に集積し、首を垂れた鞭の胴に沿って油が滴るように流れ落ちる。


「……vis……Ignis!!!」
 吸い込まれるように消えていった火粒が、語尾に呼応するかのようにゴウっと燃え上がり、
黒い鞭は火の蛇と、その姿を変えた――


「うわぁ!! なにあれ!?」
 リコの驚きの声も、自らの頭上から零れる炎も意に介さず、リアーナは火鞭を輪転させる。


 繰り返し、繰り返し、手首を返し左右に振ると、力を乗せて一気に引き戻した。


 ボウッ という燃焼音が放った紅蓮の刃が、獲物を狙う猛禽のように飛来し襲い掛かるのを、
カイルは範囲外へ避け、エリアスが咄嗟に地に臥す左後方で、圏外に居たリコが矢を爪弾く。

 リアーナは飛来する矢を容易く半歩で躱すと、蠕動する蛇のように炎蛇を左右に振り続け、
生まれ出でた火刃が鳥の群れと化して二羽、三羽と3人に向かって放たれる。


 各々が対応に追われ、次第に陣形は散り散りに崩れていく。


 反撃の糸口を見つけられない手詰まり感の中、距離が開いたリコとカイルの目が合った。
意図が疎通しない二人の気配を背中越しに察したエリアスが、時間を稼ごうと試みる。



 「リ……リアーナとか言ったな、帝国と王国には不可侵条約がある事は知っているだろう!
なぜ断りも無く国境を越えた? そもそもどこからどうやって侵入した!」

 振り抜くのを止め上空で火輪を回す褐色の女は、端整な顔立ちに不釣合いな冷笑を見せる。
 
 
 「知らんな! 仮にそうだとしても、私の任務には関係ない!!」

 「先代セシリア・ノルドランドと、貴公の父王、グレッグ・ガーランドは旧知だの間柄だ!
彼らが交わした盟約を、今一度皇帝陛下へ確認してくれないか!」


 会話に紛れてカイルがエリアスの背後に回り、指示出来る位置に入ったリコに合図した。

 「知らんな!! 貴様ら如きに話すことなど……なにもないと、さっきから言ってる!!」

 力を込めて振り上げられた鞭が――天に高く、雨雲から覗く月を刺す。


 間隙を突いてカイルが獲物に飛びかかる獣のように、静かに音も無く地を蹴り、
エリアスの背後から先頭に踊り出た――

 「バカが! 格好の的だ!!」


 怒声と共に振り下ろした尖刃が炎を纏った雷の様に一直線にカイルに襲い掛かる――
 最前線で仁王立ちになったカイルは、槍の中央を二本の腕で握り高速回転させる――
 旋回する槍が真円の盾となり、先端を弾き散らし、雷蛇の胴を旋槍が巻き込んだ――
 引き寄せらせる鞭の柄が手から滑り吃驚するリアーナに、三人の意識が集約する――

 「くっ……!」
 カイルは巻きついたそれを構う事もせずそのままに、突進し槍を足元に目掛けて突き立てる。
距離と範囲を一瞬で詰めた攻撃は、一直線に女の守備範囲に高速で侵入する――
 

 止むを得ず後方へ、先ほどよりも高く宙を舞うリアーナ――
に、見とれてしまいそうになるのを振り払って、カイルが指差した――

足元目掛けて、リコは馬手を解き放った――
 


 矢が軽い弧を描いて、時間と空間を抉るように、
着地の瞬間の女の右腿を貫く――


 細い木の矢で動きを縫い留められたリアーナは低く呻き、
回転を支えられず後方へ二転、三転し、即席闘技場の場外へと地面を擦り――
自らが使役していた獣が生んだ倒木に背中を叩きつけた。

 「ぐぁっ……っく……」


 「大男! 今だ、捕らえろ!」
 納刀したエリアスに促されるように、突き立てた槍から解け落ちる黒鞭を手に取り、
カイルがリアーナを組み伏して――縛り上げようとする。

 「この……止めろ! 無礼者!!」
 苦痛に歪むリアーナの目に光る物が滲んで揺れた――と同時に、
左手が印を結んでいる事に即座に気づいたエリアスが手首ごと踏みつける。

 「ぐっ……痛っ……離せ!!!」
 「黙れ、お前には聞かせて貰わないといけない事が山程ある。王都まで来てもらうぞ」
 「だ、誰がお前らの言うことなんか……! は、離せ!!」


 大きく手足をバタつかせ二人の腕から逃れようとする女を捕えようと、
カイルが抑え込み、エリアスが両手に後ろに確保した。

 濡れた地面で泥まみれになりながらリアーナが必死に抵抗する。 

 「ちょ、ちょっと……痛がってるよ、やめてあげなよ」
 動揺するリコを鼻で笑って後ろ手を鞭で縛りあげたエリアスは、腰の鞘を外して放ると
手慣れた動作でリアーナの手首に後ろに捻り身動きを封じる。

 「う……あ……ガッ、離せ……アアアァァァァァアアアアア!」
 「おい! 黙らせろ!」
 
 エリアスの一言に即座に反応したカイルは、うつ伏せでもがくリアーナの
頼りない後頚部に、迷う事無く手刀を叩き付けた。

 ウグッ と低い悲鳴を漏らして気を失うリアーナと、物言わぬ女を伸縮する黒鞭で
改めて縛り直す二人を眺めながらリコは、雨に濡れた地面に滲む真っ赤な血を視界に入れた。



 小さく声を漏らして、目を背ける。



 「おい大男、殺してないだろうな?」
 「……大、丈夫……だ。呼、吸……はし、て……いる」
 「使えるなお前。女を王都まで連行するぞ。防壁に馬があるからそこまではお前が運べ」
 
 エリアスの不遜な態度にカイルは眉一つ動かさず軽く頷いて倒れたリアーナを木陰に運んだ。
 
 
 降り止んだ雨はリコの心の中に再び降り始め、
重く冷たい、黒い染みを広げたかのように、

例えようの無い迷いと切なさを孕んだ悔恨の表情を漏れ零させた。


 そして何よりも初めて感じた他人との温度差に、心の奥底の震えが止まらなかった。
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