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第一部 揺動のレジナテリス
25.艶羨の麗人 メラニー・フォートレル(M-051)
しおりを挟む「なんで分からんのじゃ!! ありゃインセクト! 害虫じゃぁ!」
「テイム出来るんだからパッシブアニマルでしょ! 保護対象です!」
「あんなもんテイム出来る訳ないじゃろ! 口から出まかせ言うな!」
「出来ますよ!! 前にマウントしてるのを見たことがありますー!」
「わしゃ、どっちでも良いんだがのう……」
樹齢の分からない大樹の傍に建てられた、北オクシテーヌ州都トゥールのギルドホールでは、
狭い建物内で人がごった返しやすい。
そんな中でも、二人の声は反響して周囲から顰蹙を買っていた。
一人は少し前にハイベルクから流れて来たらしい初老のハンターで、名前はキタロと言った。
もう一人は噴火被害にあったペリエ出身のケーシ、半ば避難という名目で州都へ来たそうだ。
椅子に座っている小太りの男がジュノ、騒動の原因となる依頼を持ち込んだ樵夫である。
依頼はアッパービレッジの北西側――カタランパークに巣を張っているキングビーの処理で、
対処法で意見が割れていた。
「ワシに任せりゃ枝一本折らずに、蜂の巣だけ撤去してやるぞぃ!」
「蜂の住処が無くなるでしょ! ハンターはいつもそうやって――」
「――レインフォールだけじゃ飽き足らずハンターの食い扶持――」
「――狩場なら他にもあるでしょ! アミアスでもランゴーニ――」
仲裁に入ったものの、仲裁人が視界に入ってない親父共の主張なんか正直どうでも良い。
そもそもハンターの嗜好とスキルを持っている身としては、どちらかというとキタロ寄りで、
それでも容易にケーシを否定出来ないのは、『愛護令』を出したのが前領主だからだ。
テイマーギルド『ネイチャーガード』の半ば脅しのような陳情に押し切られ
悪法を発布してしまったのが実の父である以上、悪法でも現領主として従うしかない。
今回に関してはキングビーが動物か昆虫かアクティブかパッシブか、この2つが焦点になる。
蜂なので普通に考えれば昆虫だろう。しかしその巨大さは小ぶりな鹿に匹敵しテイムが出来て
アクティブではないとなると保護対象とも言える、絶妙に微妙な生物である。
「なぁ、ジト目のネェちゃん、アンタはどうなんだ」
「そうですよ! そこのひょろいお姉さん、ギルドに呼ばれて仲裁に来た人でしょ?」
この親父ども……グーで殴りたい。面倒だからと離れて聞いてりゃ好き勝手。
変装してる――むしろしてない、とは言え背格好はそう変わらないし領主くらい覚えとけと。
張っ倒したい憤懣を、正体を隠す理由と領内の現状を考慮して抑える。
父を南オクシテーヌとの抗争で亡くし、後を継いだ母は北部の慰問中に災害に巻き込まれた。
息子が居ないフォートレルで、孤独になった一人娘が考えた浅はかな手段が《男装》だった。
メイドの勧めにしても馬鹿な事をしたと後悔している。
男は戦人を自称して放蕩し女は果樹園で働く、故に他領と比較しても男が少ない。
男成分に飢えている使用人達の不満を諦めつつ発散しているうちに、男嫌いに拍車がかかり、
目の前の騒動が長芋と牛蒡の喧嘩にしか見えなくなっていた。
「のう、姉さんよ、おぬしギルド職員なんじゃろ?
一緒に来てもらえんかの……見てもらえりゃ、どんだけ危ないか分かるんじゃが」
「そうじゃ! アンタが来い! そんで現地で討伐依頼を出してくれりゃええ!」
「そうです! ちゃんと確認すればキングビーが危険じゃないとわかります!」
ギルド嬢じゃない……と思いつつ、新人メディエーターの潤んだ眼に圧されてしまう。
「……ギルド依頼で出しといて。依頼主はジュノ、受注は……いつもので」
溜息混じりで指示し、早くメイヤーを見つけなきゃと痛感するが、
派遣のメイヤーが夜逃げしてしまう原因が、まさに目の前にあるのだから皮肉にもならない。
管区支部の嫌がらせで運営すら崩壊しているのがトゥールギルドの現状なのだ。
「あの……メラ……こほっ、メリーさん。それで構成はどのように……」
「で。アンタ等、問題無い程度には戦えるのよね? 舐めてると普通に死ぬけど」
「ネェちゃん、舐めとるんか。ワシはれっきとしたBランカーじゃ」
「僕だってBランクです! 足手まといにはなりません!」
「わしゃぁ言うて、ただの木こりですからのう……」
「メリーさん、出来ました。確認して署名をお願いします」
《キングビー調査 - ランクC ユニットランクB 受注:TO 報告期限:5日》
メリー・トゥール LV29 B バウンサーシューター メイン:ハンドボウガン
キタロ・ハイベルグ LV26 B ボーダーファイター メイン:バトルアックス
ケーシ・ペリエ LV25 B ボーダークロッパー メイン:ウッドクロップ
ジュノ・アパビレ LV22 C シビリアンワーカー メイン:ツインハチェット
「アンタ等、あんだけハンターだのテイマーだの騒いどいて違うってなんなの!」
「ワ、ワシはハンター志望なんじゃ! 称号なんぞすぐ取るわい!」
「ぼ、僕も機会が無かっただけで、テイマーにはなってみせます!」
「っても、試験まで2カ月はあんでしょ……なってから言えっての」
「なんでもええ、はよぉしてくれ! 村のもんが困っとるんじゃ!」
重い腰を『よっこらせ』と上げた、騒動の元であるジュノの大声でクエストはスタートした。
***
州都トゥールから北側には大きな街道は無く、蜘蛛の巣のように縦横に林道が広がっている。
そんな中、比較的平坦な林道では無くローンリバー沿いの難所を遡上するルートを選んだのは、
男どもに嫌がらせをしたかった訳ではなく、人目を避ける目的だった。
結果、林道で遭遇し易いインセクトを避ける事が出来て川沿いで出くわすのはレプタイルか、
それを狙うビーストなので、討伐云々で揉める必要が無い。
そして揉めさえしなければ歪なパーティーでも十分戦えた。
自称職の二人には突っ込みたいことが山ほどあったが。
「姉さんよ、あと半日くらいで着くんじゃが、そろそろ素材が持てんぞい」
「そりゃ武器が無駄に嵩張ってっからでしょ?なんでハンターがバトルアックスなのよ?
ケーシもテイマーなら普通ウィップでしょーが」
武器の嗜好にアレコレ言うのはマナー違反だと思って耐えていた。
戦闘では役立たないが、背負子を背負ってるジュノの方がポーターとして機能している訳で、
役立たずが荷物で愚痴るならと、ここぞとばかりに積もり積もった不満をぶつける。
「ワ、ワシャ元々タンク志望での……ただ背もガタイも足りんでの、
力だけはあったもんで斧は使い続けられ……たんじゃ」
「ハイベルグならまだしも、ここじゃ両手斧は不利でしょ?」
「そ、そうじゃが……あっちは高レベル狩場が殆ど無いからの。
アミアスかここに来るしか無かったんじゃ。セリエ銀鉱だのベルドン湿地じゃもっと動けんしの」
「よくそんなグダグダでBランクまで来れたわね、逆に感心するわ。ケーシ、アンタは?」
「ぼ、僕ですか……ペリエは水棲系が多いんで、ウィップは攻撃が通りにくくて……」
「は? アンタはテイマー志望なんでしょ? ならとっととクロップは捨てるべきでしょ」
「で、ですが……今の北部で生活していくには狩りをするしか……ごにょ」
テイマー志望の癖に狩りもするケーシの判断基準は《アクティブ》か《パッシブ》、
要するに襲って来るか来ないかの一点でしかないのだろう。
それで人にとやかく言えるのかと。
しかしペリエの根菜栽培や養殖が降灰でどちらも壊滅したのだから、領主が責めるのは違う。
領民の価値観を問うなら最低限義務を果たすべきだ。
「……まぁ二人の言い分は分かったし、理解は出来るけど。いずれ捨てないといけないよね。
今のままじゃ頭打ちだってのも、理屈では分かるでしょ>
クロップ――硬鞭は打撃系だからテイマーには向かないし、大斧は森林には向かない」
「そ、それはまぁ、そうなんですが……」
「アンタ等がパーティーも組めずユニット斡旋も碌に受けられなかった理由、
解ってるならこれ以上は言わない。ただま……妙な縁で組んだから、余計なお世話だけど」
口籠って小さくなる親父二人にイラっとしながら、男なんてやっぱ要らないなと再認識して、
手斧を振って道を拓くジュノを後追う。
一見微妙な樽親父が何気に一番使える。
ハチェットは武器としては頼りないが、人が余り通らない裏道に侵食している草藪や
長枝の剪定・伐採には絶大な効果を発揮するので、ガイダーとしてなら十分役立っている。
そうこうしているとローンリバー上流、アッパービレッジ堰堤が夕焼けの向こう側に見える。
優秀な土精術師が造成したらしい黄金色の土壁が、光を浴びて鈍く輝いているかのようだった。
***
翌朝、村の入口に集まると貯水池の放水と、それを知らせる鐘の音が静けさの中に響いていた。
レネ山麓の朝はまだ肌寒く、周囲一帯に満ち溢れる水の気で潤っている。
トゥールだけでなく、領地全域の利水で建てられた堰堤は歴史を感じて美しい。
そこで働く職員が故郷から家族を呼び集落が出来て、小さいながらも街になっていった様相は、
大自然に似た逞しさすら感じられる――なんてことが以前ギルドのパンフにも載っていた。
そこまででも無いなと、すぐに向き直って編成を再確認する。
森林は抜けたので、親父達の微妙な得物はそこまで邪魔にはならないが、
強行で足を引っ張るジュノは村に残した。
キングビーのポイントは確認して頭に入っているので、手荷物を最小限にして
武器と腰袋のポーションだけを各自持って走る。
いわゆる《マラソン》である。
「準備はオッケー? 基本デルタツーで私が後ろ、前衛はアンタ等二人でひたすら走るよ。
足を止められたら戦うけど、キタロが壁、ケーシは牽制ね」
「わ、分かりました。キタロさんが怪我したらどうしましょう?」
「そん時はアンタが粘るしかないよ。けど誰も水精術は使えないから治療に時間がかかるし、
とりあえず怪我すんなって話」
「む、無茶苦茶じゃな……何とか走り抜けるしかないようじゃぞい」
「そういうこと。じゃぁ行くよ! ゴーゴー!」
号令の後、ドタドタとコドモのような鈍重な走りで、先頭を走るキタロに軽く目眩がした。
***
「……何あれ」
予定より大幅に遅れ、傾き始めた太陽がレネ山脈を離れる頃、
目撃したのは、見た事も無い巨大な蜂の巣だった。
よくある普通サイズではない、小鹿程度の体長があるキングビーの巣は、
下手をすればトゥールギルドホールに匹敵する大きさだった。
「こ……こりゃ圧巻じゃの……巣を回収しようと思っとったが、こりゃ……」
「テ、テイム出来るような数じゃないですね……」
互いの主張をぶつけ合っていた二人が完全に萎縮しているのも当然、
ジュノに念を押されるまでも無くこれは脅威でしかない。
しかし、何をどうすればアレをどうにか出来るのか見当がつかない。
手を出せばアクティブでなくとも間違いなく集団で襲い掛かって来るだろう。
現状実害がないならそっとしておくのも手だが、近くの村が恐怖を感じて
討伐依頼を出して来た以上放置もできない。
巣を撤去すれば大群で移動する可能性もある。
「仮にあの巣を破壊するとして……何か手はある? 斧でどうこうなるとも思えないけど」
「一個だけあるぞい……これじゃ」
そう言ってキタロが腰袋から取り出したソレは、封がされた片手サイズの素焼きの壺だった。
密封された蓋の端からは小さな麻紐がひょっこりと顔を出している。
「キタロさん……それなんですか?」
「こりゃぁ、鉱山で使うボムポーションじゃ」
「ボムって……アンタそれまさか」
「おうよ、これで吹っ飛ばすんじゃよ。勿体ないがしゃーない」
威力は分からないが、激怒したキングビーの群れが襲って来る姿が容易に想像できてしまう。
しかしキタロの言う通り手が無いのも確かだった。
「で……それはどんくらいの距離から届く訳? 投げるのよね? 逃げれるの?」
「破裂するまで5秒くらいじゃが、そうなると……目の前まで行かんとじゃな」
「いやいや、無理でしょ! そんな近くじゃ向こうも警戒しますって!」
「けどやるしかないんでしょ? いいわよ、私がやるから。アンタ等下がってて」
キタロの手からボムをひったくって、フリントを取り出してハンドボウガンを折りたたむと、
遠目の巣がまるで目の前に迫る巨岩のようにすら見える――
そんな中で静かに届いた声――
「――おいおい、お前ら止めとけ、無茶すんな」
左後ろから発せられた声の主は、昔と何一つ変わらない――大嫌いな男の姿だった。
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