Archaic Almanac 群雄流星群

しゅーげつ

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第一部 揺動のレジナテリス

転章 レネ山脈飛越 ルート1

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 パチパチと爆ぜる枯れ木が、遠い日の追憶で微睡んでいたメラニーの覚醒を促す。



 名も無い岬は、鈍な蛮刀で削られたように疎らな台地を残しており、
ヴィーノは隔絶された場所を選んで蜂を降ろさせ、野営を張った。

 灰の海を見下ろす突端は、このような手段でなければ到達する事が出来ない未踏の境地で、
手付かずの草木が茂る陸の孤島と化していた。



 「腹でも減ったか? 明日は早く出発するからもう一回寝とけよ」

 「……さっき食べたばっかでしょ。ていうか……あの子らにはあげなくていいわけ?」
 ヴィーノが整えたらしき枯草のベットに丸まって寝ているバンブルビーは、
黒い肢体で直毛だけが輝き、フワフワの綿毛に見てて何とも愛くるしい。

 うっかり口角が上がるメリーは咳払いをして小枝を焚火に放り込む。


 「出てくる前に食べさせたしな。コイツ等これでもスタミナあんだよ。厄介なのは水だ。
持って来た分が無くなるまでに水場を見つけないとやべぇ」
 「水場っても、どこ見渡しても灰まみれの水しかないじゃん」

 「だから日が高くなる前に向こう側に渡り切る必要があるんだよ。失敗したら終わりだ。
つーかそもそも、なんで付いて来たんだ? 別に無理に来なくてもよかったんだぞ」

 「……アンタに関係無いでしょ。アタシにはアタシの事情があんの」


 そうか、と言いながら寝転がり夜空を眺めるヴィーノ――ヴァンを見ながら、
そんなあやふやな事情を既に後悔し始めていた。

 不法行為に加担してまで付いてくる理由なんて、本当は無い。


 それでも同行を申し出たのは大事な人との約束のため――とも言い切れない。

 ヴァンが今までどうしていたのか、何をしようとしているのか。
それらを知りたい気持ちが、心の奥を占める程に存在したからだ。


 隠遁してレインフォールに引き籠ったという話は数年前に聞いた記憶がある。

 それがなぜ今頃、外に出てまでエスパニに侵入する必要があるのか。
この辺の理由は領主として把握しておく必要がある――
なんて名分が無意味で無茶な行動を、何とか正当化してくれた。


 勿論自領の事も気にかかる。

 ジュノに引き取られたコマル、彼等を助けるキタロとケーシ、この四人もそうだが、
蜜蝋を得てモルアーノ山にあるという村へ戻ったグレイドルと養蜂の話。
領主として力を貸すべきはむしろそっちなのは明らかだった。


 それでも未だに知れないヴァンの目的を優先した本当の理由は、よく分からない。

 ムキになってると言われたら否定出来ない、そんな気まずさを抱いて目を瞑った。



    ***



 「まだ着かないの!! そろそろこの子達もバテて来てるけど!」
 「向こうに暗黒大陸の影が見えるだろ! 川幅が狭くなって来てるからあとチョイだ!」

 「ヴァ……ヴィーノ! なんか下にいるけど、アレは何!?」
 「あー? リザート系だな……あのサイズならブルーカイマンだろ!
降灰が少ない岩場に固まってんじゃねぇか! 落ちたら終わりだから気を付けろよ!」
 「気を付けろたって、下手したらこのまま……」


 「メリー! 見えたぞ! 降りれそうな場所だ!」 
 メリーことメラニーが不安を隠しつつ、長時間バンブルビーの背で羽音と心音を聞きながら、
無事と安堵を確信した時、既に日は高くにあった。
 もう二度と無茶はしまいと誓う反面、帰路を考えるだけで憂鬱で仕方なかった。


 疲れ切って座り込んだ蜂達に最後の餌を与えて、ヴィーノは金毛を撫で感謝を伝える。

 蜂達は更に北へと飛んで行った。

 「……で、これからどうする訳? 流石にあの子ら連れて街に向かうのは無理でしょ」

 「当たり前だろ。さっき向こうに川があるって伝えた。伝わってるかは知らんが」
 「アンタにテイマーの素質があるとは思えないけどね」

 「まぁ昔手ほどきは受けたが俺はむしろハンターだしな。それに俺の記憶が間違って無きゃ、
こっから少し行けば村があるはずだ。確か……セローナだ」


 「は!? 正気!? ギルドカードも無いアンタがすんなり入れる訳ないでしょ!」
 「村程度なら平気だろ? それにカードならあるぞ、ほれ」


 そういってヴィーノが無造作にズボンのポケットから出したカードの表名義にはハッキリと
【バスター・ロガー】と書かれていた。


 「あ、アンタ、それ誰のよ!? まさかPK……」
 「んな訳ねぇだろ。コイツはグレイの相棒のだ、一昨日話したろ。
今は別行動でパルベスに行ってるはずだ。あいつらも訳アリでな、お尋ね者になってんだよ」

 「はー!? あのヘビ頭、犯罪者だったの!? アンタ知ってて……」
 「ハハッ、すまねぇな。今更だが、上手くやっといてくれ。お前ギルド嬢だろ?」


 「こ、コイツ……」
 殴りたい衝動に駆られながらも、貴族依頼では無くギルド依頼を申請したと
勘違いしているヴィーノを、もう少し騙しておきたい気になったメリーは怒りを飲み込む。


 「まぁ全部戻ってからの話だ。俺はこのまま進むが、いつ帰っても良いからな」


    ***


 平坦な草原を駆け降りて日が暮れる頃、北エスパニ西部アラニス領の村に辿り着いた。


 長時間蜂上に座り続けた直後に長距離下り坂を走ったお陰で、尻と股が悲鳴を上げていたが、
ようやく休める――と入口脇にあるカウンターへ向かう。 

 ギルドカウンターはどんなに小さな僻地の寒村にも設置が義務付けられ、
メイヤーではなく村長が管理をしている。管理業務は納入と郵便のみなので、
ここで依頼の結果報告は出来ない。 

 そもそも管区が同じでも南エスパニの報告を、北エスパニでするという事態が不自然過ぎる。
なら依頼はホールドして持ち帰るか、いっそフェイルにした方が早いだろう。


 そんな筋道を考えていると、ヴィーノは容易く人のギルドカードで宿屋の場所を確認した上、
カウンター嬢に親しみを込めた礼をしてスタスタと村に入った。

 「おい、メリーこっちだ。宿に行く前に何か腹に入れてくぞ」

 「……ムカつくなぁ」

 「ん? なんか言ったか?」
 「何でもない!」


 村の手前側にあった小さな食堂には村人らしき農夫が2……3人居るだけで、
ドアすらない入口の外は住居の少なさも相まって暗闇と静けさに包まれていた。

 戦人は一人もおらず、村の唯一の娯楽施設と同じくらいに完全に浮いている来客2人を見て、
村人達は興味深そうにしながら肴を摘まんでジョッキをあおる。  


 ご注文は? という店主の奥さんらしき給仕の愛想ない態度にも、天性の才能か反射能力か、
紳士的に応対してエールと塩漬け肉を迎え入れる軽さに再びイライラする。



釣られて不自然に口角が綻ぶ給仕は、人見知りなだけのようだった。


 「よーし、じゃぁ、まぁ乾杯っと」
 無言で手にしていた樽ジョッキにガコッと叩きつけて、喉仏を鳴らして流し込むヴィーノと
喉の渇きに釣られて、軽く唇を付けて濃い色をしたエールを飲む……苦い。


 「ぷぁぁあぁ、生き返るな! エスパニの黒エールは数年ぶりだが、ガツンとくるな」

 「……アタシは果汁エールの方がいいわ。何よコレ、苦すぎるわよ」
 「ありゃジュースみたいなもん……って、北部はアレが売りだもんな」
 「このやたら辛い肉には合うんでしょうけどね」

 「ああ、こりゃ味付けというより保存、物流の問題だろ。塩抜きすりゃ――」
 「――酒とか肉の話なんてどうでも良いのよ! この先は何かプランあんの!?」

 ドンッと両手をついたテーブルとメリーの怒声が、周囲の空気とエールの泡を揺らす。


 「声がデケェ。そういやメリー、エスパニ中央道に出る前に聞いておきたいんだがよ……
今の領主って誰だ? ディエゴはまだ居るのか?」

 「は? エスパニ領主つったらアレでしょ。豚……じゃない、イサークエスパニョール。
ディエゴ・エスパニョールは先代でしょ」


 「イサーク……イサーク……アイツにそんな息子いたか? 息子は確かエリック……」

 「知らないわよ。アタシだってそんなに面識ないんだから」
 「面識? むしろあんのか?」

 「ど、どうでもいいでしょ! とにかくその先代がどうしたってのよ!」
 「ディエゴは流石にもう……居ねぇわな、生きてりゃ下手すりゃ80超えて――」
 「今年で80でしょ。先月祝いの宴があったって聞いたわよ」

 ガタタッと派手に椅子を鳴らして立ち上がるヴィーノに驚きながらも
メリーは男の目の奥に見た事も無い色を見つけた気がした。


 「ま、マジか!! ア、アイツ……そうか、まだ元気でやってんのか」
 「な、なによ突然……いいから早く座りなさいよ。人が見てるから!」


 衆目――と言っても精々4人だが、集まる視線にも気づかずに、腰を落としたヴィーノは、
考える風に黙り込み、その間に一人二人と村人が支払いを済ませて帰って行った。


 「……ちょっと、なんなの? えらい長い時間黙ってるけど」

 「ん? ああ……まぁ思う所があってな。嬉しさ半分ってとこだ」
 そういって温くなったエールを空け小さくおくびすると、やっと話を再開した。


 「お前はお前でいつでも戻りゃ良いだけだから話しとくか……面倒だから他言はすんなよ?
俺の目的は帝国に渡る事だ」

 「帝国って……ガーランド? なんでわざわざあんなとこに?」
 「ちとヤボ用があってな。でだ、ディエゴがその助けになるかも知んねぇ」

 「幾らアンタが古い知り合いつっても、前領主が密航の手助けなんてする訳ないでしょ」
 「まぁそこらへんはな、複雑な事情ってのがあんだよ。アイツならワンチャンある」

 「ふーん……まぁとにかく、イベリスに侵入出来ても船に忍び込むのは難しいわよ?」
 「何でだ? 商船でも何でも人足に紛れ込めばいいだろ」


 「ははーん。何も知らないのね。今のイベリスは牢獄みたいな街よ?
入るのも難しいし、港なんてデカい門まで建てて往来を制限してんだから。
アンタなんかまさに門前払いよ」

 「マジか……まぁけど街に忍び込む事自体はさほど難しくはないな」
 「は? 人の話聞いてる? 無職不定のアンタが入れる訳ないでしょ? って言ってんの」


 「ハッハッ そこはな、あるんだよ。知る人ぞ知る裏道がな」



    ***



 北エスパニ最西端に位置するアラニス領セローナから、最北のイベリスまでの道は
大まかに分けて3つ、そしてそのどれもが難所と言えた。

 第一にどのルートを踏破するにもエスパニを東西に横断するバリエ渓谷を越える必要がある。


 セローナ北側の橋を渡って、絶壁と断崖に挟まれた狭路を川沿いに進む【月明崖】、
 北に上ってバリエ大橋を渡る中央道、そして最東端の街セバール周りの【深緑岸】。

 深緑岸は最も遠回りとなるので選択肢から外れた。難所でも月明崖が最も早く目的地に着く。
しかしヴィーノは【中央道】を選択し、三叉路は正規ルート――マドール経由を採用した。


 不法侵入という手段を取りながらも堂々と【ど真ん中】を行くヴィーノに対して、
メリーは不満と不安を抑えられずに渓谷が河川になった辺りで溜まり切った思いを開放する。


 「アンタね……そりゃ無策でイベリスに行ったってどうにもならないけど、
このまま中央に出るのも同じ位にリスキーだってことは理解してんの?」

 「そりゃそうだろ。リスクの無い道なんて、この世界のどこにもねぇよ」

 「あー、そうね。アンタの存在自体がハイリスクなの忘れてたわ」
 「ハハッ 違いないな。つーかお前俺の事良く知ってんな」

 「ハン! 知る訳ないでしょ! アンタなんか、知りたくもない!」
 「随分嫌われてんなぁ、俺なんかしたか? 全く記憶にないんだが……」


 「思い出したら話してやるわよ。それで、首尾よくマドールに潜り込んだとして、
その先は何か手があるんでしょうね? 行き当たりばったりだったら殴るわよ」

 「あそこはエスパニで最初に建設された言わば古都だからな。他の街に比べりゃ穴も多い。
概念的に、じゃなく物理的な話でな。領主館まで誰にも会わずに潜り込む方法がある」


 「……冗談よね? 腐ってもエスパニ第三の都市よ? 衛兵だって多いし、
パルベス管区に属してる戦人だって大勢出入りしてんのよ? アウトローの居場所なんてある訳ないでしょ」

 「都市ってのはな、人が増えれば増える程、統制が難しいもんだ……それこそ王都でもな」


 皮肉交じりに呟いたヴィーノ――ヴァンの言葉は、
王国全土を揺るがす騒乱を予期していたかのように深い意味を孕みながらも、
乾いた風の中に紛れて消えて行った。


 この時、凝り固まった思いに捕らわれずに数多の可能性と予感に耳を貸す事が出来ていれば、
後の災難にメリー――

 メラニー・フォートレルは巻き込まれずに済んだのかも知れない。


 エスパニを襲う悲劇の一端は、こうして半島の片隅で幕を上げたのだった。
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