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第一部 揺動のレジナテリス
転章 レネ山脈通過 ルート2
しおりを挟む「そういう訳でよろしく」
何がそういう訳なのか。パルベスギルド嬢オフェリアの心中は恨み言で埋め尽くされた。
そしてその不満を抱いたまま、ガリバル隧道を前に先日の事を思い出していた。
バスター達をリッツの街郊外で見送った後、踵を返してパルベスに戻り、退勤の処理をして、
ビエラとの待ち合わせに向かおうとしたオフェリアは同僚に呼び止められた。
「あ、リア。どこ行ってたの? メイヤーラザレが探してたわよ?」
「え……何? 嫌な予感しかしない……」
「さぁ、なんだろ?急ぎみたいだけど。あ、あと王都からこれ届いてたよ?」
そう言って手渡された封書には青い茨が刻印されていた。
別の意味で予感は確信に変わり、予定が未定へ変わるのを察したオフェリアは、
優先順位を慎重に考え、無駄に豪勢な市長室へ向かった。
室内にはラザレが待ち構えていた。
「あー、オフェーリア君、大事な時にどこで油を売ってたのかね」
「申し訳御座いません、市長。所用でリッツへ行き、先程戻って来た所です」
「リッツねぇー、君の仕事じゃないでしょぉー。今は使われてない坑道の探索なんてねぇ」
「えっと……そう、ですね。制限に抵触したので支援の一環として名義貸しをした次第です。
同行するのも過剰ですので、送り届けて戻りました」
オフェリアは動揺を隠しながらも、どこまでを把握しているのか分からないラザレに対して、
半端に隠匿する事は危険と判断し、職責の範囲内で《脚色》する事を選んだ。
「やー、支援ねぇ。君はホントに真面目だねぇ、私も鼻が高いよー、はーっはっは」
「い、いえ……恐縮です。あの、それで御用というのは……」
「あー、そうそう。そんな仕事熱心な君に、朗~報です」
大仰な身振りでラザレが伝えた――押し付けた悲報が、王子の護送任務の随行だった。
そして理由は分からないが同行するらしい領主ラウルと、
馬車で拘束されている帝国の皇女リアーナ・ガーランド、
ノアールゲートから随行している護衛兵のチルト・バラティエという
奇妙なパーティーが隧道へと潜ることとなった。
「ラウル様……なぜこのような?」
「すみませんオフェリアさん……マドールまでで良いので宜しくお願いします」
ラウルも成り行きを深く理解していないようで、不安は光量に反比例して増す一方だった。
***
ガリバル隧道はセビリスの街よりも前に建てられた物だが、今もなお勇壮さを維持している。
むしろ入口を覆うように建てられたのが街、という形容が歴史的にも正しいだろう。
名称の由来は分からないが、徐々に狭くなっていくその形状にあると言われている。
開拓時代に大勢の術師が建設した隧道は、特大のカルバートを建造してから岩盤に差し込み、
一回り小さい物を内側に押し込み、更に小さい物と続けて無理やり貫通させて補強したという、
原始的かつ斬新な方法で造られている。
水路や地下通路に用いられるような暗渠工法をこのような大掛かりな規模で実現出来たのは、
岩盤の地質にあると言われており、以降このような無茶は行われていない。
大規模過ぎて行えないというのが正確だが、結果的にレネ山脈を越える為の唯一の道となり、
それがエスパニの独立性を保つことに一役買っている。
そんな歴史深い隧道は何故か往路のみが長蛇の列を成し、不毛な苛立ちをは進む程に増した。
「チルト! まだ進まないのか! 前はどうなってる!?」
「すすす、すみません王子! す、すぐ見てきます!」
怒鳴りつけられ、装備をガシャガシャと鳴らしながら走るチルトは王子よりも年上のはずで、
扱い一つ取っても身分の違いを感じさせる。
元々平民出のオフェリアは、エリアスやラウルよりもチルトに感情移入する部分があったが、
貴族子女を装っているので、表向き庇いづらい状況にあった。
薄暗い中では精神が圧迫され陰鬱とする上、進行が止まった状態で苛立つのも無理は無いが、
一衛兵に言ってもどうにもならない。
更には《徐々に狭くなっている》のが要点で、国の任務や威光を盾に使って追い越した所で、
結局は出口で詰まる事になる。王子もそこは理解しているのだろう。
「ビエラ……大丈夫かしら」
「え? どうかしましたか、オフェリアさん」
手持無沙汰に薄暗い洞内から眺める入口の光源を眺めて、つい呟いてしまったオフェリアに、
タラップの隣に並んで腰かけていたラウルが尋ねる。
「え? あ、いえ、何でもありません。少し別の業務が気になっただけで」
「そ、そうですか……ラザレさんも有能な方と仰ってましたが……流石ですね!」
幼い眼差しを尊敬の念を込めたかのように輝かせ瞬かせるラウルに気圧されたオフェリアは、
取り繕う様を極力見せないように首元の髪を払って微笑み返す。
「ミストレスとして当然の事です。それはそうとラザ……あら、戻って来ましたね」
奥から響いてくる金属摩擦音を察して、オフェリアはラウルに目配せした。
「ハァハァハァ、お、王子、分かりました。どうも前方の露店エリアで何やら揉めていて、
そのせいで詰まっているようです……今にも乱闘になりそうな感じでした」
「は!? なんでこんな場所で露店が揉めてんだ!? すぐに退かして来い!」
「えええ! む、ムリです! ちゃんと許可を取って並んでる店なので……」
「許可って何だ! 王道に露店を出す事は禁止されているはずだぞ!」
あたふたと、身振り手振りで無理さをアピールしているチルトに、
どうにもならなさを見たオフェリアは、スッと前方に出て御者席に座るエリアスの横に立った。
「王子の仰る通りです。王都管理の王道に店を構える事は中等法により禁止されています。
ですが恐らくエスパニ領主の権限……というよりは解釈で許可されていると思われます」
「女、どういうことだ、説明しろ」
「そうですね……これは推測でしかありませんが、
領主の言い分は『洞は洞で道じゃない』といった所でしょう。
王道は《央都から縦横に続く公道》と規定されていますから」
「つまり洞内は道路じゃないとでも言いたいのか、あの豚は」
「ぶっ……コホッ……え、ええ。そんな所かと。屁理屈にも程があると思いますが」
思わず吹き出しそうになるのを堪えたオフェリアは、何とか飲み込み気合で微笑む。
「ふざけやがって……おい女、付いてこい! 排除するぞ!」
「お待ちください殿下。ここは私にお任せください、速やかに収めて戻って参りますので。
それに王子がここを離れて護送に支障があれば、私達では責任を負いかねます」
「……ふん。良いだろう、チルト! お前も行ってこい!」
そう言って御者も兼ねている護衛を酷使する王子は、確認の為にか幌内へと入って行った。
皇女の護送となると漆黒王子と言えど不安にはなるのだろう、と不遜な態度に理由を付けて、
御者席から槍を引き出したチルトを伴い、オフェリアは列の前方へと進んだ。
列に馬車は数台しかなく、ノアールゲート同様に数名のパーティーが大半で、
交代しながら抜け出しては露店エリアと行き来している。水力灯の淡い灯りと
往来者の持つランタンだけが光源の一本道は、夜のバザールを思い起させるような趣きがある。
そんな中、オフェリアはふと右側の壁に小さな窪みと、その奥に扉を見つけた。
「あら、何かしらあれ……こんなところに扉?」
「えっと……それは避難坑ですね。万一の時はそこから外に出れます。施錠されてますが」
「外? 外というのはセビリスに? それともレネ山中に?」
「え! えーっと……ぼ、僕はまだ使った事がありませんので、詳しいことは……」
その時オフェリアはチルトの話に僅かな不信を感じた。
そしてそれは後に大きな助けとなる。
その皮肉が後の生死を分けた一因となるが、今はまだ形にもならない程度の違和感だった。
「あー!!!!」
僅かな疑念を自らで引き飛ばす程のオフェリアの声に、飛び退くかの勢いで驚いたチルトは、
顔面を硬直させて前方を歩いていたギルド嬢を凝視する。
「あ、あ、あ、あの……オフェリアさん、ど、どうしました??」
「し、しまったぁ……すっかり忘れてた」
「しまった??」
普段の言葉遣いからは出てこない単語に緩んで首を傾げるチルトは、姿勢を正し槍を立てる。
オフェリアは懐に手を入れて一通の封書を取り出した。
「あちゃー……バタバタしててコレの事を忘れてたわ」
「てたわ……?」
「あ、っと。いえ……ちょっと大事な封書の事を、今回の任務で完全に失念していました」
「ギルドからの指示か何かですか?」
「えっと……いえ、これは王都からですね」
オフェリアは嘘にならない程度に誤魔化し、封を開いて押印を隠してポーチに押し込んだ。
文面に目を通し、疲労とも安堵ともつかない大きな息を吐いて眉間を押さえる。
「あの……オフェリアさん? 大丈夫ですか?」
「え……あ、はい。ご心配おかけして申し訳ありません」
「何か重要な依頼でも?」
「ええ……そうですね。けど……多分問題無いかと思います」
諦め半分で答えたオフェリアの手には王都ミストレス、シェーラからの文書が握られていた。
ギルドミストレスで構成される支援専門パーティー、ソーンガード。
そのリーダーこそが、王都のギルドミストレス、シェーラ・クイーンその人である。
ベーレンギルド嬢リーゼ・レインバー、グランストラスギルド嬢セレスティ・オーエンス、
そしてパルベスギルド嬢のオフェリア・ミルズ。
この4人は王都直属というよりも女王直属のシニアパーティーとして――
世間に知られることなく、それどころか女王にすらも知られずに、秘密裡に活動している。
ソーンガードは、ある人物の思惑で作られた諜報組織だった。
ノルドランド王国という、女王を象徴として担ぎ上げた歪な国を、命を賭けて守るという、
その一点のみに置いて存在し、行動し、そして消えた――彼女達の生きた証だった。
***
「だからよぉ!! とっとと片して出てけってんだろ! ここは俺等の縄張りなんだよ!」
「な、何度も言ってますが、ぼ、僕もギルドに指示されてここで依頼人を……」
「うっせえよお前ら!! どうでもいいから道を開けやがれ!」
現場に到着したオフェリアの目の前では、三つ巴の争いが展開されており、
往来が遮られ、反対側はエスパニ方面からの外野が見物している。
察するに、壁沿いに解れたラグマットと商品――鍵束? を広げて露店を開いている少年と、
屋台店主らしき大男、そして苛立つ大剣使い――は、オフェリアの顔見知りの男だった。
「あら、トビアスさん? どうしたの、こんな所で」
「あーん? っと……リア嬢じゃねぇっすか、何してんすか? んなとこで」
互いに同じ質問をぶつけ合う間も露店同士の不毛な争いは続いており、
トビアスと呼ばれた男の沸点は頂点に達し、背中の大剣が今にも抜き放たれようとしている。
「ちょっとトビー、アンタのタウンティングが効いてないだけでしょ、落ち着きなよ」
「そうだぞ、まだ期限には余裕がある。焦る事なんてないさ」
「パット、アンタはグロリアを待ってるだけでしょーが」
「い、いや、そんな事は……や、やぁオフェリア嬢、今日もお美しい」
そう言って目が泳いでいる優男は、一流シニアパーティー、グレンランパードのリーダーで、
パストル・サラスという有力貴族の息子だ。
鞭使いで薄着が眩しいディアナ・バルレラと共に、仲間の囮戦士トビアス・メリーノを抑え、
収拾が難航しないように尽力しているようだ。
「パストル様、何があったのでしょう? それほど揉める要素は無さそうですが」
「オレも途中からでしたし、詳細は把握出来てないですが……どうも場所争いのようです。
屋台の店主はセビリスでは割と有名な、ベアー・セドロアって元シニアですね」
「名前は聞いた事ありますね。確かサンダーボルツの……」
「そっすよ姉御、ウチら元々グレンデス出身だからアラニス出身のシニアとは仲悪いけど、
あのおっちゃんは評判良いから前から知ってたんだよね~、なんか怒ってっけど」
パストルの肩口に顎を乗り上げるように話に割り込んだディアナは、前方の喧騒を覗き込む。
情報から推測すると、客が増えて席が足りなくなった屋台の店主が補助席を出そうとしたら、
隣地に知らない露店が開かれていて揉めた――こんな所だろうか。
オフェリアはその時、露店の商品が気になった。その《品》が文字通り《鍵》となる。
直感が生死を左右する――使い古された教訓を痛感するのは、僅か数日後のことだった。
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