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第一部 揺動のレジナテリス
転章 レネ山脈踏破 ルート3
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南エスパニ東端の岬を望むリッツという村は、晴れた日には幻影大陸を望める景勝地として
白銀海崖の終点に位置する断崖に別荘が林立し、観光目当ての人で栄えていた。
州都パルベスからは少し離れているが馬を使えば半日ほどで往復出来る為、
冒険者の休暇にもってこいと言われ、その為か馬屋や武具屋などの施設も充実している。
オフェリアの案内で近郊まで来た一行は、ペリデュ鉱山へ入る前の準備の為にと村へ入った。
「リコ、お前弓以外は使えないのか? 洞内で長弓は使えないぞ」
「うーん……ナイフしか無いよ? 余り使ってないけど」
リコが腰袋から取り出したナイフを鞘から出したバスター改めゲイルは、刀身を立てる。
片目を瞑り角度を変えながら刃体をスッと指でなぞって、呆れるように目を細めた。
「なんだこりゃ……ボッコボコじゃねぇか。こりゃいっそ買いなおした方が早ぇぞ?」
「えー。ずっと使って来たんだけどなぁ……ちゃんと研いでたよ?」
「物にゃ寿命ってもんがあんだよ。一応鍛冶屋に持ってってみても良いが……」
「うん? 分かんないけど! それ使う!」
「つってもお前、流石にこれじゃ……クロエ、お前は何か扱えたりしねぇのか?」
「え、えっと……すごーく簡単な火精術くらいしか……」
「へぇ、スペル使いか、スゲェじゃねぇか」
「ほ、ホントに簡単なのだけ!」
「ほうほう、参考までにレベルは?」
「……1」
「お……おう、本当に火付けだけな。せめて2ありゃ何とかなったが……
どうしたもんか。っつーか暑ぃ! 痒ぃ!! やってられるか!」
思案で脳に集中した意識が苦悩を呼び起こしたらしく、
バスターは自らの頭上に乗っていたソレを引きずり下ろす。
露わになった頭頂が海風と水光を受けたかのように輝いた。
「っかー、涼しい。これから洞窟に入るってのにこんなもん付けてられるかよ」
「バスター兄ぃ、いいの? それ付けてないといけないんじゃ」
「ゲイルな。いやまぁ、お前らは良いか。
本当は放り捨てたいんだが、また必要になるかも知んねぇからよ……
すまんがリコ、こいつもポーチに入れといてくれ」
「いいけど、兄ぃ、なんで袋持ってないの?」
「そりゃ邪魔だからだ。俺等は現地調達が基本……それよかお前ら先に鍛冶屋行くぞ」
汗で湿った頭を擦って乾かしながらバスターことゲイルは、町の中心部へと足早に先行した。
***
「うーん、なんつーか品揃え微妙だな。ナイフくれぇならオーダーした方が早ぇぞこりゃ」
「そうなの? 分からないから、任せる」
「リコ、お前そんなんじゃ成長しねぇぞ? まぁ最初だから大目に見っけどよ」
鍛冶屋に併設された置き台には幾つかの武具が無造作に並び、隣には値札が添えられている。
どれも比較的メジャーで、その中でも小ぶりなメインアームに限られていた。
「ショートソード、ハチェット、ダガー、シックルに……ブロウか? 珍しい物があんな。
けど……なんかどれもしっくりこないな。前衛じゃないし……おい店――」
「――あの! これ見せて欲しいんですけど!」
奥の炉の前で作業していた年嵩の店主に声を掛けようとしたバスターよりも、
入口反対側のサブアームを見ていた女性が先手を取った。
「あ、ごめんなさい、お先どうぞ」
「い、いや、アンタの方が先だったろ、気にすん……って、ああ、そっちにもあったのか。
俺ら先にサブの方見るからよ、姉ちゃん、済ませてくれ」
「ありがとうございます、ではこちらどうぞ」
陳列台の前から真横にズレた長ローブの女はフワッとフードを外すと、店内に入って行った。
流れるような薄いブルーの髪の軌跡がバスターの鼻孔をくすぐる。
「あの……こちらの杖に補助具を付けて貰う事は出来ますか?」
「あ? 嬢ちゃん、珍しいな、術師ならケーンじゃなくスタッフじゃねぇんか?」
「えっと……私はスロワーヒーラーなので……」
「ほっ、こりゃぁまた変わった娘が来たもんだ。どんなのが欲しいんだ?」
店主と女の会話が、吹矢を手に取って眺めるバスターの耳に滑り込んで、意識を引き寄せる。
バスターは身を乗り出して店内の状況を覗き――盗み見た。
「――それで、この先の所に金属の《返し》が欲しいんですが……」
「なるほどな、飛距離を伸ばすってことか。なら着脱パーツにしてボーラの方も――」
「――はい、こっちは出来れば何か柔らかめの素材で作って頂ければと……」
「ふむ……そういや丁度いいのがあったな、ちょっと待ってろ」
奥へと引っ込んだ店主を見送ってから、バスターはキョロキョロ店を見回す女に声をかけた。
「なぁアンタ、なんか面白い話してたな、良かったら少し相談に乗ってくれないか」
「え? は、はい? 私ですか!?」
用事が終わるのを待ってから、待ち時間の合間にバスターは初見の女性をお茶に誘った。
***
「あ、あの……先程の子供達はどちらへ?」
「ん? ああ、アイツ等なら……ほら。腹減ったつって露店にかぶりついてやがる」
小さな屋台の長椅子に並んで座るバスターの、背後を示す親指の先に
リコとクロエが並んで串焼きを頬張ってる姿が見えた。
ふふっと微笑んだ女性は正面を向き直り果実酒に口を付ける。
「俺の名はバス……いや、あーっと、ゲイルだ。済まねぇな急に声かけたりして」
「あ、い、いえ。私はグロリアと申します。ヒーラーです」
「ああ、それはさっき店で話してんのを聞いた。てかアンタ、良かったのか? 酒で……」
「え? あ、ま、まぁ……ちょっと飲みたい気分で」
「ハハハ、気が合うな。それじゃまぁ乾杯って事で」
コッと当てたカップの中で互いの酒精が軽く跳ね、ゲイルはグロリアに事の次第を話した。
「そうですか……エスパニに。私はグレンデスのセバール出身ですが、
ペリデュに抜け道があるなんて話は聞いた事が……」
「まぁ、俺も聞いた事は無いんだがな。一応信頼出来る筋の情報だからそこは疑ってねぇ。
むしろ問題は今の構成で抜けれるかどうかってとこなんだ、結構難所みたいでな」
「そうなんですね……あ、そういえばリコ……ちゃん? の、武器の話でしたね」
「ああ、そうなんだ、どう考えても長弓は洞内じゃ役に立たないだろうから、
何か無いかと思ってな、それでさっきの鍛冶屋に見に行ってみたんだが」
「そうですね……これは仲間……えっと、前の仲間から聞いたことなんですが、
長弓の先に刃を付けて槍代わりにする戦人が居たそうです。詳しい話は分からないんですが」
「ほー! 面白いやつもいたもんだな。短弓じゃ意味無いが、確かに長弓ならアリか」
「ええ、後方からの攻撃は可能ですし、突くだけならそれほど難しくありませんが……
ただ弓自体の素材がそれなりに強度が無いと折れてしまいます」
「それなら問題なさそうだ。アイツの弓、見た事ない素材でな。かなりの強弓くせぇ」
「そ、そうなんですか……何者なんでしょう、あの子」
「まぁ、それは追々、な。ところで、グロリアはこんな孤村で何をしてたんだ?」
「えっと……実は仲間と喧嘩別れしまして……」
「そ、そうか……けどアンタ、人と喧嘩するような感じには見えねぇけど」
「じ、実は……酔うと、少しばかり性格が……あ、まだ大丈夫ですよ!」
「お、おお、そうか。まぁ……なんだ、俺で良かったら少し話してみねぇか?」
俯きがちに一気飲みしたグロリアは、涙目になりながらバスターに詳細を打ち明けた。
一通り聞いたバスターは追加を待ちながら干しイカを噛み、話の流れを反芻した。
セビリスでも有名なシニア、グレンランパードのメンバーだったグロリアは、
商会の依頼で仲間達と白銀海崖に来た。
そして着いた直後に何故か依頼はキャンセルとなり、別の緊急依頼として
イベリスでの募兵に応じる事になった。
彼女はそれに反対したそうだ。
その理由については――微酔と私見が入り混じり――今一つ要領を得なかったが
要約すると、単純に《セビリス領主が信用できない》ということだった。
それについては正直同感だったが、仲間で話し合い、夜と酒が深まるに連れ語気も増して、
気づけば仲間の女性同士が取っ組み合うキャットファイトへと発展して、
そのまま脱退――となった。らしい。
「……私もどうかしてたと思います。ひっく。ディアナは……
多分リーダーの名誉や仲間の昇格を考えて、ひっく、余り乗り気じゃなかったけど、
っく、気を使って依頼に、ひっく」
「お、おお、とりあえずほれ、水飲め」
「す、すみましぇん……っく」
コクコクと喉を鳴らして、ふぅっと火照った頬を萎ませながら、グロリアは遠くを見つめた。
「ふぅ……本当は私も解ってるんです。みんなグレンデスの出身ですから、
エスパニ領主の要請には素直に応えた方が出世も早いんです。
その方がパーティーとしても得だって……」
「けど、なんか引っかかるんだろ? そういう本能的な予感は無視しねぇ方が――」
「――そうなんですよ! というか前の依頼……えっと、キャンセルされた方の依頼ですが、
そっちも変な感じがして止めたんです! だから余計に揉めたんですが……」
「白銀海崖か……具体的にはどんな仕事だったんだ?」
「受領依頼です。場所が場所だったんで高額報酬で、それが何か気持ち悪くて……
依頼元のモドバル商会も良い話を聞かないですし……ワガママですかね、私」
「いや……なぁグロリア嬢、アンタその受領する物の中身は聞かされてたのか?」
「いいえ、荷物を馬車ごと受け取ってセビリスへ護送すれば良いという依頼でしたが」
「ふむ……キャンセル理由とかって聞かされたか?」
「いえ、リッツに着いた翌日、現場へ向かおうとカウンターへ寄った際に聞かされました」
バスターはここまで聞いて幾つかの点と点が繋がり線となったのを感じた。
しかしそれでも幾つかの疑問が解消されないまま憶測で話す事は避けた方が良いと判断して、
グロリアにある提案を持ちかける事になる。
そしてそれが彼等を結末に導いたとも言える。
「あのよ……良かったらだが、俺等と一緒にグレンデスに行かないか?」
***
「たたた、高いいいいいいい、怖いいいい!」
「ひゃー! すごいね!! 気持ちいいいい!」
全く真逆の台詞を峡谷に木霊させて、頼りない吊り橋をクロエはロープにしがみ付きながら、
リコはひょいひょいと隙間のある木桁を遊具のように飛び越えて行く。
制止も聞かずに渡り始めたリコの様子を後ろから眺め、まぁ大丈夫かと自らに言い聞かせて、
バスターはグロリアの手を引いて渡り始める。
最悪抱えて駆け抜ける覚悟で最後尾に付いた。
予想に反してペリデュ鉱山での戦闘自体には、さほど苦労が無かった。
リッツで特注した補助パーツを付けたリコの弓槍は洞内でもそれなりに機能して、
スキルを持たない為に危なっかしい所はあったが、本人がノリノリで突いていたので良しとした。
クロエは何よりも視界の保持で役に立った。ウォンバットやケイブラットが溢れる鉱山内で、
皆がランタンを持つ訳にもいかない中、光源とポーターを担い最も疲弊していた。
バスターが聞かされた抜け道は道と言うよりは穴に近く、滑って降りる形で先に進んだので、
万一行き止まりだった時には詰むくらいには危険だった。
しかし道は確かに続いており、薄明りと共に外に出た――眼も眩むような断崖の桟道に。
岩壁を掘って作られたであろう桟道を注意して下り、峡谷の対岸へと渡す吊り橋に差し掛り、
存外しっかりとした構造の木桁は軋みながらも4人の重量を支えた
――そう、木桁は。
ブッという鈍く嫌な音を聞いた瞬間、バスターはグロリアを左に抱きかかえて叫んだ。
「リコ!! クロエを抱えて走れ!」
「え? わ、分かった!」
理由を聞く事もせずに、言われるがままに小柄なリコは小柄なクロエをひょいっと背負うと、
またもや軽快に前へ前へと浮石を渡るように飛び跳ねて行った。
「だぁぁぁぁ!! やべぇ!! グロリア! 眼ぇ閉じてろ!!」
擦れるような声で返事をするグロリアが細身で助かったと感じながら、
バスターは後を見ずとも吊り橋が片側に傾いて行くのを感じた。
そして前方の2人が対岸に渡り終えた時――一身にその重みを支えていたもう一本縄が――
悲鳴を上げて、谷底へと力尽きて
――逝く。
対岸までは――四歩半ほど、
バスターは全ての力を振り絞り、リコを信じて――叫んだ。
月に雲がかかり、風が花を散らすような、ほんの一瞬に、
全ての意識を注いで――飛ぶ。
もう戻れない様々な一本道を――避けられない未来へと向かって。
白銀海崖の終点に位置する断崖に別荘が林立し、観光目当ての人で栄えていた。
州都パルベスからは少し離れているが馬を使えば半日ほどで往復出来る為、
冒険者の休暇にもってこいと言われ、その為か馬屋や武具屋などの施設も充実している。
オフェリアの案内で近郊まで来た一行は、ペリデュ鉱山へ入る前の準備の為にと村へ入った。
「リコ、お前弓以外は使えないのか? 洞内で長弓は使えないぞ」
「うーん……ナイフしか無いよ? 余り使ってないけど」
リコが腰袋から取り出したナイフを鞘から出したバスター改めゲイルは、刀身を立てる。
片目を瞑り角度を変えながら刃体をスッと指でなぞって、呆れるように目を細めた。
「なんだこりゃ……ボッコボコじゃねぇか。こりゃいっそ買いなおした方が早ぇぞ?」
「えー。ずっと使って来たんだけどなぁ……ちゃんと研いでたよ?」
「物にゃ寿命ってもんがあんだよ。一応鍛冶屋に持ってってみても良いが……」
「うん? 分かんないけど! それ使う!」
「つってもお前、流石にこれじゃ……クロエ、お前は何か扱えたりしねぇのか?」
「え、えっと……すごーく簡単な火精術くらいしか……」
「へぇ、スペル使いか、スゲェじゃねぇか」
「ほ、ホントに簡単なのだけ!」
「ほうほう、参考までにレベルは?」
「……1」
「お……おう、本当に火付けだけな。せめて2ありゃ何とかなったが……
どうしたもんか。っつーか暑ぃ! 痒ぃ!! やってられるか!」
思案で脳に集中した意識が苦悩を呼び起こしたらしく、
バスターは自らの頭上に乗っていたソレを引きずり下ろす。
露わになった頭頂が海風と水光を受けたかのように輝いた。
「っかー、涼しい。これから洞窟に入るってのにこんなもん付けてられるかよ」
「バスター兄ぃ、いいの? それ付けてないといけないんじゃ」
「ゲイルな。いやまぁ、お前らは良いか。
本当は放り捨てたいんだが、また必要になるかも知んねぇからよ……
すまんがリコ、こいつもポーチに入れといてくれ」
「いいけど、兄ぃ、なんで袋持ってないの?」
「そりゃ邪魔だからだ。俺等は現地調達が基本……それよかお前ら先に鍛冶屋行くぞ」
汗で湿った頭を擦って乾かしながらバスターことゲイルは、町の中心部へと足早に先行した。
***
「うーん、なんつーか品揃え微妙だな。ナイフくれぇならオーダーした方が早ぇぞこりゃ」
「そうなの? 分からないから、任せる」
「リコ、お前そんなんじゃ成長しねぇぞ? まぁ最初だから大目に見っけどよ」
鍛冶屋に併設された置き台には幾つかの武具が無造作に並び、隣には値札が添えられている。
どれも比較的メジャーで、その中でも小ぶりなメインアームに限られていた。
「ショートソード、ハチェット、ダガー、シックルに……ブロウか? 珍しい物があんな。
けど……なんかどれもしっくりこないな。前衛じゃないし……おい店――」
「――あの! これ見せて欲しいんですけど!」
奥の炉の前で作業していた年嵩の店主に声を掛けようとしたバスターよりも、
入口反対側のサブアームを見ていた女性が先手を取った。
「あ、ごめんなさい、お先どうぞ」
「い、いや、アンタの方が先だったろ、気にすん……って、ああ、そっちにもあったのか。
俺ら先にサブの方見るからよ、姉ちゃん、済ませてくれ」
「ありがとうございます、ではこちらどうぞ」
陳列台の前から真横にズレた長ローブの女はフワッとフードを外すと、店内に入って行った。
流れるような薄いブルーの髪の軌跡がバスターの鼻孔をくすぐる。
「あの……こちらの杖に補助具を付けて貰う事は出来ますか?」
「あ? 嬢ちゃん、珍しいな、術師ならケーンじゃなくスタッフじゃねぇんか?」
「えっと……私はスロワーヒーラーなので……」
「ほっ、こりゃぁまた変わった娘が来たもんだ。どんなのが欲しいんだ?」
店主と女の会話が、吹矢を手に取って眺めるバスターの耳に滑り込んで、意識を引き寄せる。
バスターは身を乗り出して店内の状況を覗き――盗み見た。
「――それで、この先の所に金属の《返し》が欲しいんですが……」
「なるほどな、飛距離を伸ばすってことか。なら着脱パーツにしてボーラの方も――」
「――はい、こっちは出来れば何か柔らかめの素材で作って頂ければと……」
「ふむ……そういや丁度いいのがあったな、ちょっと待ってろ」
奥へと引っ込んだ店主を見送ってから、バスターはキョロキョロ店を見回す女に声をかけた。
「なぁアンタ、なんか面白い話してたな、良かったら少し相談に乗ってくれないか」
「え? は、はい? 私ですか!?」
用事が終わるのを待ってから、待ち時間の合間にバスターは初見の女性をお茶に誘った。
***
「あ、あの……先程の子供達はどちらへ?」
「ん? ああ、アイツ等なら……ほら。腹減ったつって露店にかぶりついてやがる」
小さな屋台の長椅子に並んで座るバスターの、背後を示す親指の先に
リコとクロエが並んで串焼きを頬張ってる姿が見えた。
ふふっと微笑んだ女性は正面を向き直り果実酒に口を付ける。
「俺の名はバス……いや、あーっと、ゲイルだ。済まねぇな急に声かけたりして」
「あ、い、いえ。私はグロリアと申します。ヒーラーです」
「ああ、それはさっき店で話してんのを聞いた。てかアンタ、良かったのか? 酒で……」
「え? あ、ま、まぁ……ちょっと飲みたい気分で」
「ハハハ、気が合うな。それじゃまぁ乾杯って事で」
コッと当てたカップの中で互いの酒精が軽く跳ね、ゲイルはグロリアに事の次第を話した。
「そうですか……エスパニに。私はグレンデスのセバール出身ですが、
ペリデュに抜け道があるなんて話は聞いた事が……」
「まぁ、俺も聞いた事は無いんだがな。一応信頼出来る筋の情報だからそこは疑ってねぇ。
むしろ問題は今の構成で抜けれるかどうかってとこなんだ、結構難所みたいでな」
「そうなんですね……あ、そういえばリコ……ちゃん? の、武器の話でしたね」
「ああ、そうなんだ、どう考えても長弓は洞内じゃ役に立たないだろうから、
何か無いかと思ってな、それでさっきの鍛冶屋に見に行ってみたんだが」
「そうですね……これは仲間……えっと、前の仲間から聞いたことなんですが、
長弓の先に刃を付けて槍代わりにする戦人が居たそうです。詳しい話は分からないんですが」
「ほー! 面白いやつもいたもんだな。短弓じゃ意味無いが、確かに長弓ならアリか」
「ええ、後方からの攻撃は可能ですし、突くだけならそれほど難しくありませんが……
ただ弓自体の素材がそれなりに強度が無いと折れてしまいます」
「それなら問題なさそうだ。アイツの弓、見た事ない素材でな。かなりの強弓くせぇ」
「そ、そうなんですか……何者なんでしょう、あの子」
「まぁ、それは追々、な。ところで、グロリアはこんな孤村で何をしてたんだ?」
「えっと……実は仲間と喧嘩別れしまして……」
「そ、そうか……けどアンタ、人と喧嘩するような感じには見えねぇけど」
「じ、実は……酔うと、少しばかり性格が……あ、まだ大丈夫ですよ!」
「お、おお、そうか。まぁ……なんだ、俺で良かったら少し話してみねぇか?」
俯きがちに一気飲みしたグロリアは、涙目になりながらバスターに詳細を打ち明けた。
一通り聞いたバスターは追加を待ちながら干しイカを噛み、話の流れを反芻した。
セビリスでも有名なシニア、グレンランパードのメンバーだったグロリアは、
商会の依頼で仲間達と白銀海崖に来た。
そして着いた直後に何故か依頼はキャンセルとなり、別の緊急依頼として
イベリスでの募兵に応じる事になった。
彼女はそれに反対したそうだ。
その理由については――微酔と私見が入り混じり――今一つ要領を得なかったが
要約すると、単純に《セビリス領主が信用できない》ということだった。
それについては正直同感だったが、仲間で話し合い、夜と酒が深まるに連れ語気も増して、
気づけば仲間の女性同士が取っ組み合うキャットファイトへと発展して、
そのまま脱退――となった。らしい。
「……私もどうかしてたと思います。ひっく。ディアナは……
多分リーダーの名誉や仲間の昇格を考えて、ひっく、余り乗り気じゃなかったけど、
っく、気を使って依頼に、ひっく」
「お、おお、とりあえずほれ、水飲め」
「す、すみましぇん……っく」
コクコクと喉を鳴らして、ふぅっと火照った頬を萎ませながら、グロリアは遠くを見つめた。
「ふぅ……本当は私も解ってるんです。みんなグレンデスの出身ですから、
エスパニ領主の要請には素直に応えた方が出世も早いんです。
その方がパーティーとしても得だって……」
「けど、なんか引っかかるんだろ? そういう本能的な予感は無視しねぇ方が――」
「――そうなんですよ! というか前の依頼……えっと、キャンセルされた方の依頼ですが、
そっちも変な感じがして止めたんです! だから余計に揉めたんですが……」
「白銀海崖か……具体的にはどんな仕事だったんだ?」
「受領依頼です。場所が場所だったんで高額報酬で、それが何か気持ち悪くて……
依頼元のモドバル商会も良い話を聞かないですし……ワガママですかね、私」
「いや……なぁグロリア嬢、アンタその受領する物の中身は聞かされてたのか?」
「いいえ、荷物を馬車ごと受け取ってセビリスへ護送すれば良いという依頼でしたが」
「ふむ……キャンセル理由とかって聞かされたか?」
「いえ、リッツに着いた翌日、現場へ向かおうとカウンターへ寄った際に聞かされました」
バスターはここまで聞いて幾つかの点と点が繋がり線となったのを感じた。
しかしそれでも幾つかの疑問が解消されないまま憶測で話す事は避けた方が良いと判断して、
グロリアにある提案を持ちかける事になる。
そしてそれが彼等を結末に導いたとも言える。
「あのよ……良かったらだが、俺等と一緒にグレンデスに行かないか?」
***
「たたた、高いいいいいいい、怖いいいい!」
「ひゃー! すごいね!! 気持ちいいいい!」
全く真逆の台詞を峡谷に木霊させて、頼りない吊り橋をクロエはロープにしがみ付きながら、
リコはひょいひょいと隙間のある木桁を遊具のように飛び越えて行く。
制止も聞かずに渡り始めたリコの様子を後ろから眺め、まぁ大丈夫かと自らに言い聞かせて、
バスターはグロリアの手を引いて渡り始める。
最悪抱えて駆け抜ける覚悟で最後尾に付いた。
予想に反してペリデュ鉱山での戦闘自体には、さほど苦労が無かった。
リッツで特注した補助パーツを付けたリコの弓槍は洞内でもそれなりに機能して、
スキルを持たない為に危なっかしい所はあったが、本人がノリノリで突いていたので良しとした。
クロエは何よりも視界の保持で役に立った。ウォンバットやケイブラットが溢れる鉱山内で、
皆がランタンを持つ訳にもいかない中、光源とポーターを担い最も疲弊していた。
バスターが聞かされた抜け道は道と言うよりは穴に近く、滑って降りる形で先に進んだので、
万一行き止まりだった時には詰むくらいには危険だった。
しかし道は確かに続いており、薄明りと共に外に出た――眼も眩むような断崖の桟道に。
岩壁を掘って作られたであろう桟道を注意して下り、峡谷の対岸へと渡す吊り橋に差し掛り、
存外しっかりとした構造の木桁は軋みながらも4人の重量を支えた
――そう、木桁は。
ブッという鈍く嫌な音を聞いた瞬間、バスターはグロリアを左に抱きかかえて叫んだ。
「リコ!! クロエを抱えて走れ!」
「え? わ、分かった!」
理由を聞く事もせずに、言われるがままに小柄なリコは小柄なクロエをひょいっと背負うと、
またもや軽快に前へ前へと浮石を渡るように飛び跳ねて行った。
「だぁぁぁぁ!! やべぇ!! グロリア! 眼ぇ閉じてろ!!」
擦れるような声で返事をするグロリアが細身で助かったと感じながら、
バスターは後を見ずとも吊り橋が片側に傾いて行くのを感じた。
そして前方の2人が対岸に渡り終えた時――一身にその重みを支えていたもう一本縄が――
悲鳴を上げて、谷底へと力尽きて
――逝く。
対岸までは――四歩半ほど、
バスターは全ての力を振り絞り、リコを信じて――叫んだ。
月に雲がかかり、風が花を散らすような、ほんの一瞬に、
全ての意識を注いで――飛ぶ。
もう戻れない様々な一本道を――避けられない未来へと向かって。
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主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
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