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第二部 擾乱のパニエンスラ
38.判断を篩落す天秤
しおりを挟む「ねー、トビー。パットはどこ行ってんの?」
「あん? 知らねー。なんか落ち込んで帰って来たと思や、矢みてぇに飛び出してったな」
「クロスキャンプに手紙出しに行ってから何か変だよね……どーしたんだろ」
「さーな。つか、リアが出てってからずっとあんなんじゃねぇか。今更じゃね?」
「うー……だってさぁ」
「わーってんよ。お前だってパットの事を思って付いて来てやったんだろ? 俺もそーだ。
だからアイツの事情をよく知ってるはずのリアが抜けるとか俺も予想外だったわ」
「……アタシがムカついてるのはさ、リアがパットの気持ちに全っ然気付かないから……」
「ムリしちゃってよぉ。ディアだって――」
「――やめてよ。ウチは……リアの事も好きだから、いーの。割り切ってんだから」
「へいへい……って、ありゃ? 表で騒いでんの例のバカ兄弟じゃね?」
「え? うわっホントだ、ヤダヤダ……あれ、何か一人足んなくない?」
グレンランパードのメンバー、トビアス・メリーノとディアナ・バルレラ。
二人はこの日の昼、翌日朝の招集時間までの時間潰しにと、酒場のオープンテラスに居た。
彼等が目の前の坂を下る戦人に気付き、大きな話声を拾った事が――運命を蕩揺した。
「アニキ! 急がねぇと、宿直までにヤられちまうぜ!! 憂さ晴らし出来ねぇよ!」
「慌てんなボイド。あの豚でも簡単に王子に手は出さねぇ。やり口は良く知ってっからな。
自分の手は汚さない、そういう薄汚ねぇ野郎なんだよ」
「けどよ! 計画は明日だろ? 始まるまでに処分するとかねぇの?」
「ねぇだろ、つーかとりあえず何かしら得物手に入れなきゃ俺等が祭に参加出来ねぇよ」
「くっそ……高かったのによ、俺のグレートハンマー!」
「武器なんか買や良いだろ。そんな事より早く弟を助けてやんねぇとよ」
「それだよ! 生きてる保証あんのか? 俺等そも……お尋ね者だ……」
「……夫だろ。確かありゃセビリス領主のラウ……、なら……連れてく……解って――」
通り過ぎた長短細太のペアを横目に、トビアスがナッツを放り投げ口で受ける。
「んがっ――んぐ。なぁーんだろうな、穏やかじゃなさそうな話を漏らしてやがったが」
「王子がどうとか言ってたけど……そういえばさっき捕まえろって指示出てたよね?」
「なーに考えてやがんだか……ま、あの感じだと捕まっちまったって事か、ご愁傷様」
続けて親指でピッとナッツを弾くトビアスの肩を、細腕が力強く掴んだ。
「と、トビー! 今の話は本当??」
テラスに現れたパストルは、後ろに倒れそうになりながら顔でナッツを受けるトビアスに、
慌てた形相を覆いかぶせる。
「ぶっ んだよ、パット。落ちたじゃねーか……たっく、どこだ??」
椅子を引いて机の下のナッツを探すトビアスに焦れたパストルは、ディアナの腕を掴んだ。
「ね、ねぇ、さっきの話! 本当なのかい!?」
「え、え? お、王子のこと? 私は知らないけど、
さっき目の前をトリデプレタドールの二人が通ってったのよ。
そん時になんかそんなこと……ちょ、ちょっと、顔、近い」
眼前に迫るパトリスに赤面しながら、ディアナが椅子ごと腰を引く。
「ご、ごめん。他に何か言って無かった? どこに行ったとか、どこに居るとか……」
「さ、さぁ……け、けどホント、ついさっきだよ? 話、聞いたの」
「なーに慌ててんだよパット。別に王子がどうなろうと、俺等にゃ関係ねぇだろ?」
「……じ、実は」
恐らくこの時初めてパストルは自らの幼少期の話を仲間にした。
今までその必要が無かった事もあるが、王子との関係性が知られると活動がしづらくなる。
特にエスパニではという事情もあり、聞かれない限り――と半ば他人任せで隠していた。
実際は王家にも元老にも与してないパストルだが、今後次第では仲間の協力が必須になる。
そんな打算は無かっただろうが、この告白が結果的に仲間二人にとっての枷になった。
「ほぉー……王子とパットがねぇ、まぁ不思議はないけどよ。つって昔の話だろ?」
「そ、それはそうだけど……僕は彼の事を友人だと思ってる。向こうは分からないけど」
「でもさ……向こうがそう思ってないんだったら、こっちも無理に助ける必要なくない?
そりゃウチらも王子狩りには参加してないけど、後々面倒だと思ったからってだけだし」
「あぁ~それでパット、慌てて出てったのか! 指示書見てからだったな、そーいや」
「指示書? なんだっけそれ」
「ディアはトイレ行って見てなかったんだっけか。さっき話したけど王子を生け捕れって、
豚からの指示書だったんだわ、パットが握りしめてったが。結構な額が賭かってたよな」
「へぇ~。ならウチらも行けばよかった? ランクも上がったかも!」
「ち、違うよ! きっと領主館だ! な、なぁ、助ける協力をしてくれないか!?」
無言で互いを見つめ合うトビアスとディアナは、パストルの熱意の前に逡巡して、選んだ。
自らの行く末を左右する重大な分かれ道を。
こうしてパストルはバスターの忠告を結果的に無視してしまう事になる。
仲間を道連れに。
***
薄っすらと開ける視界に映る――苔むした石壁と、高所窓から差し込む夕日。
微かに鼻孔に届く松明の微香――僅かに取り戻した感覚に纏わりつく温い風。
首を捻ると視界に入る鉄格子――エリアスはこの施設の名をよく知っていた。
王城ではよく足を運んだ場所――牢獄。
少し異なるのは、簡易ベッドや食事提供用の小窓が無く、排泄口の小さな穴しかないこと。
囚人を長く留めて置く《気が無い》という事を、たったこれだけの情報が如実に表していた。
僅かに取り戻し始めた五感の遠くから聞こえる、重たい開閉音――そして続く重い靴鳴り。
徐々に近付いて来るそれに耳を傾ける、回らない思考の中での時間は――永遠にすら思えた。
「――ご気分如何ですかな? 殿下」
喉の奥に残る違和感とは違う吐き気が襲い、歪むエリアスの目の前に現れたのは――
元老長、イサーク・エスパニョール。
幅広い体を揺らしながら下品た笑みを隠せずに漏らした。
「……何の真似だ。俺に……こんな事をして、ただで済むと――」
「――状況が分かっておられないようで。貴方がここに居る事は全て思惑通りですよ」
「なん……だと……俺がここに来たのは王命だ。お前に言われたからじゃない!」
「まぁそうですねぇ、そのように誘導しましたから。疑う事を知らないお嬢様は楽です」
「リアーナが捕まる事までがお前の計画通りだったとでも言うのか!」
格子越しでも解る程に釣りあがったイサークの口角は、溢れ出る嘲笑を抑えきれずに歪む。
「……くっ、ふふふふ、ふははははは! 殿下ぁ……貴方、もうお忘れのようですね!?
レインフォールに貴方を派遣した時、誰が後押ししたか……」
「……! ま、まさかお前……知っていたのか!?」
「ま~ワタシにすればどちらでも良かったんですよ。貴方がリアーナ皇女にやられようが、
皇女がやられようが……前者の方が楽ではありましたがねぇ」
「そんなバカな計画があるか! 俺があの女を生かさずに処理してたらどうする!」
「それが出来ないのが護衛兵長――代理でしょぉ? 貴方にそのような裁量権は~無ぁい。
仮に? あったとしても、貴方が女王の意に背くような行動を取れる訳が? な~い!」
「き、貴様……あの女が来る事を最初から知っていたというのか!?」
「んー……そうですねぇ。イエスかノーならイエスですが……実際は皇女殿下が何の為に、
レインフォールなんぞに行ったのかまでは知りません。翼獣でピーンと来ただけですよ」
「帝国の皇族を手引きして……お前に何の得がある!?」
滑らかに走りそうになる口元を抑えて、髭を擦るイサークはフイっと背を向ける。
「貴方にそれを教える必要はありませんねぇ……野望の為とでも言っておきましょう」
「はっ、何を企んでるのか知らんが、その器があるとは思えんな」
「……相変わらず腹立たしい! 女王もそうです……薄ら甘い夢見がちなガキどもの癖に。
まぁ見た目だけは前王にそっくりですから? 貴方亡き後はワタシが可愛がってやりますよ」
「――! 姉さんに手を出したらお前のその弛んだ喉元、噛みちぎってやるからな!」
「ふはっ、貴方ひょっとして、ここから生きて出られると思ってるんですか?」
「お、お前……王族を手にかける気か!」
「まさか……ワタシにそのような事は出来ませんよ? ワタシにはね。ここはワタシの城。
壁は鉄格子、戦人は私兵、民は……全て我が手足ですよ! 連れて来なさい!」
イサークの声に反応して、まるで自動で開いたように鉄扉の音が響く。
一人の衛兵が連れて来た少女は少し誇らしげに――それでいて照れくさそうに顔を伏せた。
手振りを合図に衛兵は引き返し、イサークは少女の小さな両手を取り汚れた歯を見せた。
「可愛い我が民よ、お顔を御上げなさい。貴方のお陰で罪人はこの通り――」
「あ、は、はい! 領主様!」
振り上げられた破顔は、エリアスが気を失う直前に見た薄紅の髪をした少女の物だった。
「お、お前……そんな子供まで、自分に都合良く洗脳しているっていうのか!?」
「失礼ですねぇ、これは『教育』というものですよ。領主が領民に正しい有り方を教える。
領主裁量権の正当な行使ですよ。それも……古代姓である高貴なワタシのね」
「貴様みたいな奴がのさばってるから古代四侯家の品位が失われるんだ!」
「何とも不敬な……可愛いお嬢ちゃん、この者をどう思いますか?」
「あの……許されないとおもいます! すぐに処刑すべきです!」
「そうですねぇ。しかしワタシは慈愛の心を以って、この者に改心を促すつもりでいます」
「さすが領主様です! 感動しました!」
「良い子ですねぇ。貴女の功績を称え祝宴を準備させています。御両親も来ますよ」
「あ、ありがとうございます!!」
「衛兵! 勇敢な少女をお連れなさい!」
嬉しそうに衛兵に手を引かれ去って行く少女の背を、満足気に見送るイサークは振り返り、
打って変わった醜悪な表情をエリアスに向けた。
「貴方には別のもてなしを用意してありますよ。精々……死なないで下さいねぇ」
***
「おらぁ! まだまだぁ! 寝てんじゃねぇぞ!」
ガッ という鈍い殴打が牢内に響く。枷をされ身動きの取れない囚人を一方的に虐待する、
トリデプレタドールの二人は、新調した各々の武器を壁に立てかけ素手で殴り続けた。
「くっそ……アニキィ、コイツうんともすんとも言わねぇ。つまんねぇよ!」
「領主から殺すなって言われてっからよ……程々にしとけよ」
「けどよぉ『可愛がってやれ』って言ってたろ? ヤっちゃっても良いんじゃね」
「バッカ、アイツのいつもの手だろーが。自前の私兵下げて俺等に代わりをさせてんのも、
俺等に手を汚させて自分は知らん振り決め込む腹だろ。騙されてんじゃねぇ」
「ムカつくなぁ……トドメ刺して弟の憂さ晴らししてぇのによ」
「だーから、カリスを捕まえたのはラウルでソイツじゃねぇだろーが」
言い合う兄弟を横目で睨みつけたエリアスは、血反吐を石畳に叩きつけた。
「……お前ら、何であの豚の言いなりになってんだ」
「あん? 王子さんよぉ、何が言いてぇんだ」
「あの男はお前らの事なんか、すぐに切り捨てるぞ……それでいいのか?」
ドカッと勢いよくボイドが蹴り倒すと、吹き飛んだエリアスを繋がれた鎖が引き留めた。
「バーカ。俺等は別にアイツの手下じゃねぇよ。つかおめー、どーせ明日までの命だぞ?」
「な、なに? どういう意味だ」
「どうもこうも、豚はお前の処分を押し付けたんだろうが、俺等もリスクを負う気はねぇ。
放っといても明日には帝――」
「――ば、バカ! それ以上言うな!」
「だいじょうぶだって、もうコイツにゃなんもできねぇよ。あのな、この街は明日には――
帝国の傘下に入って王国に侵攻すんだよ」
「な!? 何を言ってるんだ! そんなことをしてお前らに何の得がある!」
「……ったくボイドは。まぁいいか。王子さん、俺等みてぇに依頼で集められた戦人はな、
侵攻後に王国で新たな領主になる事が約束されてんだよ」
「バカな! お前ら犯罪者風情が――」
ドカッと今までで一番大きな打音――と同時に、ガチャと勢いよく扉が開く音が届く。
「お、おい! 上で戦人が暴れてんだ! 応援に来てくれ!」
「あー? っざけんなよ……これからって時によ、行くぞボイド!」
勢いよく駆け出していく2人の足音と共に遠ざかる意識――の端で小さな開錠音が鳴った。
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