Archaic Almanac 群雄流星群

しゅーげつ

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第三部 崩墜のオブリガード

50.点と線で綯う踪跡

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 ロレル貯水池北側に不審な野営跡を見つけ、
湖畔の廃教会で一泊したラウルとオフェリアが、
報告にとセバールを訪れたのは《イベリス事変》――まさに当日の朝だった。


 結果的にこの報告が事件を防げたかと考えた場合、全く間に合わず大勢に影響は無かったが、
後に続く災難の末節を知るという点で大いに役立ったと言える。



 「ロレル湖の野営跡……それに吊橋の崩落……か」




 二人の報告を受けたフリオ・ソレルは腕組みながらソファに腰かけ微動だにせずに思案する。
足りない情報をかき集めようと巡らす思考を、ラウルが補足し助けた。


 「ソレル卿、こちらは現在未確認ですが、恐らくはバレス岬にも野営地があると思われます。
モドバル商会が往来を制限する為に賊を雇っていたと……」


 「バレス岬? あんな場所で何を?」
 「念の為に岬へは偵察を放ちましたが、実は本件とよく似た話があります」

 そう言って視線をやるラウルに促されるように、オフェリアが言いづらそうに口を開いた。

 「……実は白銀海崖の立入が一時期禁止になっていたのですが、
その理由というのが曖昧で、ラウル様への事後釈明も無かったようです。
ディエゴ様にもご報告は致しましたが」


 「パルベスというと……メイヤーラザレか」

 「あ……ええ……はい」
 ラウルに対しても歯に衣着せないオフェリアが言い淀んだ理由、
それは自身の上司でもあるラザレ・レインバーがパーティー仲間、
リーゼの叔父である事に起因している。


 貴族とは言え一族が陰謀に加担していたとなれば、尊敬する先輩にも類が及ぶかもしれない。
しかし領主を前に一市長を庇う事は身分的にも不可能だった。


 今は雇い主である《水精司教》の威光を頼りにするしかないと諦め、オフェリアは続ける。

 「……こちらはディエゴ様の御推察ですが、
野営場所の位置から考えてポステラとパルベス、この二都市は関連すると思われます。
それでロレル湖の調査を私達に依頼したのです」


 「依頼は私が出したんだ、貯水池は全権領主管轄だからね。
ただ白銀海崖は別件な気が……もしかして《ついで》なのか? それにしては手際が……」
 
悩むような素振りを見せるフリオを、気まずそうにラウルが覗き込む。



 「いや……すまない。着いて早速で申し訳ないんだが、一つ仕事を頼まれてくれないかな?
近場ですぐ済む話だが、私はここを離れられないものでね。良いかね?」

 「えっと、ソレル卿……さっきから気になってたんですが、師匠は今はどちらに?」
 「それだよ。留守居の私が君たちに依頼せざるを得ない理由はね」


 ラウルの師匠――セバスチャン・ラスカラスがこの場に同席していれば、
或いは先の展開が読めたかもしれない。
しかしそうはならなかった――それだけのことである。
 

   ***


 「ラウル様、ここで合ってるのでしょうか?」

 「そうですね……この辺りから岬のようですし、先の方へも行ってみましょうか」
 「先……ですか? 一面カーニャで埋め尽くされてますが……」


 立ちすくむ二人の眼前には、青々と背の高い葦原が広がっており、人の気配は感じられない。
オンダル岬と呼ばれるセバールの南東に位置する湿原は地元民も立ち入らない僻地だった。

 岩壁に叩きつける波音が轟き、吹きつける風に棚引く緑原は、到底観光向きでもない。

 「崖沿いに木橋が敷いてあるようですし、全く人が来ないという訳でもなさそうですよ……
とりあえず行けるところまで行ってみましょう」

 
 「きゃぁ!!」

 「ど、どうしました!? 大丈夫ですか!」
 後方から響いた吃驚に振り向いたラウルの目に、
見事に木桁を踏み抜き見た事も無い表情のオフェリアが映る。
手を貸して引き上げた足は膝まで泥に塗れていた。


 「ああ……もう、最悪……」
 「す、すみません……無理に行く必要も無かったですね……」

 「……ソレル卿の依頼ですし、仕方ないです……」

 文言とは裏腹な声調でLV1水精術《ドロップ》を唱えたオフェリアは、
剥がしたブーツを清水で満たし裏返して汚泥を流す。

バシャバシャと落ちる水は再び湿原へと還った。

 「あの……大丈夫そうですか? えっと……引き返します?」

 「もう少しですし耐えます。グジュグジュでかなり気持ち悪いですけど……
ところでなんでこの辺りって湿原なんです? 岬ですよねここ」

 「以前、師匠から聞いた話なんですが……
この辺り一帯は、大昔水に沈んでたらしいですよ。
どうしてこうなったのかは知りませんが、土壌を改善する為にカーニャを植えたとか」

 「全然改善されてませんよね……こんな土地に手を入れて意味あるんでしょうか」
 「ですね……濡れたままだと風邪をひきますし、少し急ぎましょうか」

 日も高く肌寒さが収まった頃――岬の尖端に達した二人は、遠くに広がる幻影大陸を望んだ。
 

 「ここからでも見えるんですね……結構近いですし景色は圧巻かも」
 少し機嫌を持ち直したオフェリアが長く三つ編みに出来て居ないウェーブの髪をかき上げる。

一瞬目を奪われたラウルは、一枚絵のような光景の裏に――違和感を感じた。


 「あ……オフェリアさん、ちょっと待って下さい。ここって……」



 ラウルが気づいた異変の正体、それは二人が立つ踏みしめられた葦が泥に混じる空間だった。
まるでそこだけ綺麗に刈り取ったかのように、楕円を形成する空間に野営の跡は無かったが――
幾つかの痕跡が残されていた。


 「見て下さい、ラウル様。跡がうっすら……前三本に後ろ一本……何ですかねこれ」

 「うーん……見た感じ猛禽か何かに見えますけど、大きさがちょっと有り得ないですね……
岩王鷲でもこんなに大きくは……それに」

 グルっと周囲を見渡したラウルは、はっきりとした口調で確信をもって続けた。

 「どう見ても一匹、二匹じゃないです。猛禽は群れませんから……」
 「ですよね。ちょっと待ってて下さいね」


 そう言って真顔になったオフェリアは、いよいよ足の汚れは意に介さずに周囲を歩き回る。
大きく一周して元の場所に戻ると、腕を組み人差し指を顎に添えた。

 「踏み荒らしてないと仮定して……ザっとですけど、6……多くても7匹くらいですかね?
 野営跡が無い所を見ると小休止というのがしっくりきます」

 「ここで一息入れたということでしょうか?」


 「ラウル様、もう一度よく思い出してください。ソレル卿がここの調査を依頼したのは……
恐らくバレス岬とロレル湖を繋いだ中間点だからです」


 「ですが……その二つを点で結ぶならここは直線上にはありませんし、
これが何の跡でも街道寄りにありそうなもんですが」

 「そこなんです。なぜ深緑道じゃないのか、なぜ休憩なのか――」
 「――そ、そうか! そもそもこれが猛禽でも猛獣でも、一休みなんてする訳無いですね!
痕跡が無いので失念してました……高確率で何者かが複数で行動している!?」

 「そうです。そう考えれば直線じゃないのも解ります。避けてるんです、人の居る場所を」 
 「で、でも人を避けてどこへ行こうと?」

 「それは、今の段階では解りません。吊り橋を落としたのがこの一団なら解り易いんですが、
アレは違いそうですし、どこへ向かっていたのかがハッキリしません」
 「どことは? 目的地ですか?」

 「それ以前に方角ですね。北から南と、南から北では意味が全く違いますから」
 「意味……ん? なんか北の方の空が鳴ってませんか? 雷でしょうか?」


 ラウルが諭された意味――白銀海崖からエスパニ経由でバレス岬、これは左程重大では無い。
だが逆の場合、どこから来たか分からない侵入者が、中央側に今なお居座っている事になる。


 そう気付いた二人が疑念を遠鳴りに奪われていなければ、何かが変わっていたかもしれない。


   ***


 時を同じくして――ベルピコス公園からタミル洞の裏手に達して、
不審な野営跡を確認したバスターとグロリアが、
ドリードへ帰還した頃には通り雨は過ぎ去っていた。

 ずぶ濡れの二人が買い付けを翌日に日延べし、宿での沐浴を優先した事は後に影響を与えた。
それは宿の1階食堂で待ち合わせた時のことだった。


 「すみません、お待たせして……髪が中々乾かなかったもので」
 「いや、気にすんな。そりゃまぁそれだけ長けりゃ大変だろ」
  服を乾かしている間、宿で借りた揃いのガウンに身を包む二人は気まずそうに眼を逸らす。
遠目に見れば新婚の男女に見えなくもない。

 それは偶然宿を訪れ、手に持つ杖を床に落とした老執事の瞠目からしても同様だった。


 「お、お嬢様!! なぜゆえこんな所に! その恰好……」

 「じ、爺!? 貴方こそどうして……」
 「お、おのれ!! そこの坊主頭! 叩きのめしてくれる!」
  食堂の椅子に座り動静を見守っていたバスターに向かってケーンを振り上げた老執事は、
片手上段に構えながらにじり寄り、摺り足で距離を詰める。

 「ちょ、爺さん! なんか勘違いしてねぇか!?」
 「そ、そうよ爺! 落ち着いて! 何でもないから!」

 「な、ななななんでもない何てことありますまい! ソレル家の御令嬢ともあろうお方が、
かような宿でかような怪しい男とペアルック……お父上がお嘆きになられますぞ!!」

 「ぺ、ペア!? だ、だから違うってば!」
 「お、お客さん! こんな所で乱闘は困りますよ! やるなら外でやって下さい!」

 「よかろう! 表に出よ! 足腰立たぬ程に打ち据えてくれる!!」

 カウンターから飛び出た給仕が、宥めようとするが焼け石に水、老父は泡を吹くように猛る。
首根っこを掴む勢いで飛び掛からんとする――まさにその時、白髪頭に水弾が炸裂した。


 「ぶっ!!! な、なんじゃぁ!!」
 「爺! 落ち着いて……って、いい加減にしなさい!!」


 「っぺっぺ……おおぉ……何かそこはかとなく気持ちが落ち着いてきたのう」

 グロリアがポーチから取り出し放ってぶち当てた投擲水弾――薄橙の液体を散らしたそれは、
ダウナーポーションと呼ばれる、まさに《鎮静》効果を持つ水薬だった。

 
   ***


 「すまぬの、まさかフリオめが護衛に付けた者だったとは……色々大変だったようじゃの」

 「いや……まぁそれはもう……けど爺さん、良かったのか?」
 「ぬ? ああ……まぁいつものことじゃて」

 一連の騒動に呆れ――というよりは怒り、宿の客室へ籠ってしまったグロリアの事を指し、
《いつも》と言い切った老執事は、整った口髭を揉みながらエールを流し込んだ。

 「いつもっても……今日は朝から出ずっぱり、雨にも降られるわで腹も減ってるはずだぞ?
 飯くらい気にせず喰えば良いと思うんだが」

 「お嬢様は普段は大人しいんじゃが、一度怒ると頑固での……まぁ大体ワシのせいじゃ」
 「頑固……何か解る気もするな。前の仲間ともそれで揉めたようだし」

 「サラスの小倅か……気骨のある男じゃが素直過ぎて、いつか足を掬われるじゃろうて……
隠さずに申さば、ワシはお嬢様があのパーティを離れた事に胸を撫でおろしとる」

 「ん? どういう意味だ?」
 ジョッキを持つ手を止めて聞き直すバスターは、干し肉を咥えたまま重い返答を待った。


 「あのまま一緒におったら災難に巻き込まれるじゃろうが……先日お主が屋敷に来た時に、
お嬢様が激昂して飛び出してったじゃろ。ありゃその話も含まれとる」

 「激昂……? あ、ああ。泣いて部屋から飛び出た時のアレか」
 「ワシの懸念をフリオに伝えさせたんじゃが……逆効果だったようでの。
まぁ何だかんだ、ここまで連れ戻してくれたんじゃ、お主には感謝しとるよ」 


 「なぁ爺さん、さっきから気になってたんだが……グロリアの親父さんはセバールの領主で
アンタの雇い主だよな? その割になんつうか……」


 「ぬ? ああ、何やら勘違いしとるようじゃが、ワシは別にソレル家の執事では無いぞ?
あえて言えば……そうじゃな、客分みたいなもんじゃ。一応前領主じゃからの」


 「……は? 前領……す、すま……みません。なんか失礼な言い方しちまったようで」

 「はっはっ構わん構わん。ワシの代はセバールもただの村じゃったからの。
ワシは貴族でも何でもない、ただの元戦人じゃよ。今まで通りで良い」


 「そ……そうか。ところで貴方は何故ここに? お嬢を追って来た訳でもなさそうだが」

 「フリオの名代でセザールに会いに来たんじゃよ。探りを入れる為じゃったが、不在でな。
どうやらポステラへ行っとるらし……おお、そうじゃ。丁度良い!」


 パンッと両手を合わせた老執事セバスチャンは、バスターにある場所への同行を切り出した。

それは同時にグロリアの監視も内包していたが、皮肉な離散へと帰結してしまうこととなる。
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