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第三部 崩墜のオブリガード
戦史6 ロスベルデ攻防戦 SAL,2nd,AD121
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「……なんじゃ? ありゃ……鳥かの?」
「セバス! どうしたんじゃ!?」
「いや……なんぞ空に丸っこいもんがの」
「そんなことより、若造や娘っ子に指示してやらにゃぁ崩れよるぞ!」
飛翔体に気を取られていたセバスチャンが、旧友の指摘で我に返り周囲の状況を見渡すと、
防護柵の両側を塞ぐように三々五々のパーティーが雑然と集まっていた。
フェニクセイジのメンバー三人は既にドリードへの避難勧告と難民誘導の為の伝令に発ち、
セバスチャンにドンコーイとカリス、
制止を聞かず後を追いかけているバスターとグロリア、
それ以外にカルテットが一組、ソロの戦人が5人程度と、
到底小隊には及ばない戦力を使い、いかにしてこの局面を打開するか――
これを成するには《戦術》スキルが必要不可欠。
そして、この場での唯一の保持者がセバスチャンだった。
《戦術》――貴族で無ければ学ぶ機会がない有用スキルを、貴族限定したのは貴族である。
有用であるからこそ独占した、というよりも
自領統治の反乱の芽を摘むという意図があった。
しかし平民の中でも経験や年月を経て、自然と身に付けた者は少なからず存在する。
セバスチャンは王国を蝕む階級社会で、機会を奪われた数少ない平民出の保持者の中でも、
自身の能力を《戦略》にまで昇華させた稀有な存在だった。
《戦略》――これを言葉で説明するのは難しい。戦人を例に感覚で無理矢理当てはめれば、
勝利する為の具体的な戦法の模索が戦術だと仮定して、
戦術を用いて最終目標へ導くこと――これを戦略と呼んで良いだろう。
本来は戦略――目標が先にあってしかるべきだが、日々を獣との戦闘に費やす者にとって、
目標とは討伐に過ぎず、それ以上でも以下でもない。
深く検討し意見を交わす程ではない。
効率的に討伐を成功させる為に戦術が醸成しても、それで目標が変わる訳ではない。
戦術を策謀し作戦を導き目的を遂行し、目的の正否を精査し、それらを用い指揮すること、
その全てに自発的に挑む姿勢、資質こそが、戦略家を冠するに相応しい能力だろう。
この時セバスチャンは戦術的に戦況を鑑み、最終目標を足止めでは無く《生還》に置いた。
ドンコーイの投擲で乱された未だ目視していない敵の速度を落とし、時間稼ぎをするという、
後方に位置するセバールを守る為の策はあくまで副次的なもので、最も重視すべき大前提――
グロリアをこの場から生還させるという、大原則に。
この思考により深緑道での攻防戦は、開幕の前から戦いの性質を大きく変化させていたが、
結果小さく得て大きく失う事となる。
それを安易に失敗と断ずるのは無責任かも知れない。
***
「そう、そこじゃ! 山際はお主らに任せたぞ! 背後に回られんようにの!」
セバスチャンが指示を出した4人組女子パーティーは、明らかに動揺で腰が引けて居たが、
フルプレートのメイサ―が最前で壁をし、大鎚で牽制するクラッシャー、鳥を使うテイマー、
西方の旅装をしたヒーラーと、珍妙ながらバランスの取れた構成で、敵兵の流入を押し止め、
防護柵の左方を何とか制止し膠着させる事に成功していた。
問題は右で、ドンコーイが前で食い止めてはいたが、
不慣れなピルムを突き出すカリスが、戦力になってないばかりか、
セレス岬への道が続く三叉は裏抜けが可能で挟撃の恐れがあり、ソロを牽制に張り付かせ、
ドンコーイとセバスチャンで流入を食い止める必要があった。
そしてセバスチャンがある決断をして前に出ようとした――その時。
「だっっらああああ! うっぜえええ!! おらああ!!」
横倒しに積まれていた丸太の中央を上下真っ二つに引き裂き、中央に間隙を穿った一撃は、
防護柵を『ヘ』の形にへし折り、枝葉を踏み拉く音が一人の男の登場を際立たせた。
「鬱陶しい真似しやがって……誰だあんなもん放り込みやがった奴は!」
奇妙な両刃の槍を突き付け威圧する青い短髪の小柄な男は、小柄な体格で声を張り上げる。
「帝国第二師団長、ブリッツ・エルダーランド! 刻まれたい奴は、前に出ろ!!」
単身突出する士官に完全に飲まれた守勢陣が、瓦解寸前に陥るのを察したセバスチャンは、
士気を落とさない為に素早く男の前に立ち、相対を自ら買って出た。
「威勢が良いのう、小僧。一人で敵陣に乗り込んで何とかなると思っとるんかの?」
「何だ爺さん? 先の無ぇ老木の相手にする程俺も落ちちゃ居ねぇ、その辺で座ってろや」
「見極めが甘い、まだまだケツの青い若造じゃのぉ。下品におっ立つ髪と同じじゃな」
セバスチャンの露骨な文句に眉間を逆立たせる男は、長槍を半分に割り右手を突き立てる。
「ほっ 連結槍かの。こらまた酔狂なもんを」
「……遺言があれば言え。あと届先もな。ついでに届けてやる」
「老い先短い爺の身を気に掛けるより、己の心配をした方が良いのう……」
敵指揮官の標的を引きつけ、文字通り周囲に矛先を向けさせないこと。
いざとなった時には――目的を見誤らせ、自分を追って来させること。
セバスチャンの挑発は二つの意味があり、そしてそれらは概ね成功する。
互いに力量を測る、軽い攻防が続き――
「いくぞ! インペタスラッシュ!!」
狭く引いた脚を強く蹴ったブリッツは、一瞬で移動するかのような速度で襲い掛かる――
セバスチャンは右上段に構えた長杖の持ち手の湾曲部を刺突の先端に合わせ、絡めとる――
ギャリと嫌悪感の強い金属摩擦音が林道に木霊し、槍刃に無数に設けられた刺棘が軋む――
「ふぅぅんっ」
後方に逃がした推進力が失われると同時に、重く唸った老執事は謎の膂力で槍を押し返す。
反動で仰け反るのを何とか強引に堪えたブリッツは、不覚に口角を上げた。
「まだだ! ネクサスラッシュ!!」
引き抜いた短槍を逆手の槍と同時に振り上げ鏡に写すようなスラント――リバースラント、
Xを模す連撃を杖の胴で正確に弾き、威力でノックバックしたセバスチャンに、追撃が襲う。
「……もういっちょ! フォルティセカレ!!」
二本の短槍を同時に頭上に振り上げ、さながら剣のように振り下ろされた渾身の一撃を――
セバスチャンは杖の両側を持ち、受け止めた。
ギリギリと競う二人の攻防が均衡し静止する互いの挙動の中で、一瞬の火花が眼前に散る。
「くっ……やるじゃねぇか爺さん、何で出来てんだその長杖」
「お主こそ……なんじゃその鎌槍は。悪辣なもん両手にぶら下げおって」
「はっ これの様式美がわかんねぇようじゃ時代に付いていけねぇぞ」
「ふぉふぉ……そうじゃ……の!!」
刹那、得物に目をやったブリッツを見逃さずセバスチャンが胴に叩きこむ――後ろ蹴りを。
「ぐはっ……くっ……やりやがったなジジイ!」
「ふぉふぉふぉ、隙を見せるからじゃ。にしてもお主、聞いてもええか?」
「なんだ?」
「何でいちいち技の名前を叫んでから攻撃しとるんじゃ?」
「……は? んなもん格好良いからに決まってんだろ?」
「ほうほう……格好がのう……へぁ?」
セバスチャンにはこの感性が全く理解が出来なかった。
というよりも大半の戦人にも到底理解出来ないだろう。
発声とは連携の為にするものであり、少なくとも相手に攻撃を悟らせる為の技術ではない。
わざわざ攻撃の種類を事前に教える必要は微塵も無い。
恥ずかしくなるような捻った技名を、一見ならぬ一聴で判別出来ずとも、
『スラッシュ』と付けば斬撃だと容易に予測が付く。
両刃槍で刺突ではなく斬撃だと解れば威力があろうと対処は難しくない。
セバール領主館執事長――セバスチャン・ラスカラス。上段に構えるクラッチケーン。
帝国第二師団、師団長――ブリッツ・エルダーランド。両手に持つコルシスカスピア。
年齢も武器も構えも一致しない二人だが、何より大きく異なっていたのはその嗜好だった。
嗜好というよりも思想、戦闘理念と言い換えても良い。
合理性を最重視するセバスチャンは、徹底的に合理を弟子にも叩き込み、
多くの戦人を育て上げた元指導官という経歴を持つ。
時間稼ぎという目的を忘れる程、才能を無駄にするブリッツが気になった事は否めない。
「お主……わざわざ相手に教えてやる必要はないじゃろ? それになんじゃその槍は……
コルシスカのようじゃが、何で槍を短く切って使っとるんじゃ? 射程が無駄になるぞい」
「あ? こりゃワザとそうしてんだよ。室内じゃ長槍は振り回せねぇからな」
「ほう……射程より取り回しを重視しとるってことか。二本持っとんのは何でじゃ?」
「両手槍を短くしたんだから、左手が空くだろうが? 暇させる意味ねぇだろ」
「《二刀》は天賦の才能なんじゃがな……普通そんなノリで使えるもんじゃないぞい」
「そりゃそうだろ、俺は天才だからな」
「いやはや惜しいのう。武器の扱いは合理的じゃのに、恥ずかしい発声が全て無にしとる。
誰にそれを教わったのか知らぬが、どうも碌な教官じゃなかったようじゃのぉ」
「……てめぇ兄貴をバカにしてんのか」
何かの尾を踏んだように静かに髪が逆立つブリッツは、腰を落とし左前右後に槍を構える。
左右に小刻みに揺れ、睨みつけていた目を伏せ――一際大きく叫ぶ。
「ミンチにして鳥の餌にしてやる!! ジャイレーション・スワイプ!!!!」
強靭な下半身をバネに高速横回転したブリッツは、棘槍を横薙ぎ竜巻のように襲い掛かる。
受けれない――と即座に判断したセバスチャンは杖を前方地面に突き立て体重を掛けると、
フワッと軽身を跳躍させ――切断され折れ曲がった丸太の上へと降り立つ。
高みから周囲を俯瞰したセバスチャンは、右で善戦する四人組、左で苦戦するドンコーイ、
戸惑うカリス、奥の林道で倒れているソロ戦人達を――即座に把握し、思考する。
その一瞬の焦りを見逃さないブリッツが横転を無理やり収束させ、威勢を切り替える――
「ジャイレーション・バチカル!!!!」
横倒し縦回転となった旋牙が地を抉りながら、樹上に立つセバスチャンに襲い掛かり――
盛大に粉砕される丸太と粉塵の中から老父の陰影が後方へと吹き飛ばされた。
空中で態勢を整え何とか着地したものの――防護柵の裏、敵陣ど真ん前に落下した。
《挑発》――これは教本にも列記されている歴とした技術である。
その手法は罵声・嘲笑・鼓笛・偽装等あるが、いずれも『敵を固定』する為の手段である。
そういう意味で再三再四、意図不意問わず挑発を繰り返したセバスチャンの狙いは成功した。
背後で未だ救護に手間取る味方への注意を逸らす為である。
更にはブリッツがセバスチャンを無視し、左右を防衛する戦人達を裏から挟撃していれば、
戦局は決していただろう。しかしそうしなかった理由が二つある。
一つはセバスチャンが言ってはならない言葉を放った事。
しかしこれはこの場で誰も知り得ない事情であり、さほど重要ではない。
肝要な二つ目は――ブリッツの側にも時間稼ぎの意図があった、という事。
帝国軍は三路からエスパニ領を侵攻していたが速度を競っていた訳ではない。
性格的に後続を振り切って追撃してきただけのブリッツに急ぐ理由は無い。
しかし――後の展望を左右する楔を打ち込むという別の目的はあった。
そしてその楔が、バレス岬側の林道を抜けて行った事をセバスチャンは知る由も無かった。
大軍で裏抜けされない事を副次目標としていた為に、単身突破は想定に無かった。
これらの理由でブリッツは自らが穿ち破砕した防護柵の合間を抜けて、再びの対峙を選ぶ。
挟撃される形となったセバスチャンが、意図に気付けずとも、誰にも責める事は出来ない。
それでも、もし少しの時間が与えられていたら答えには到達したかもしれない。
「爺さん! 無事か!? どこだ!!」
「爺!? 返事してください! 爺!!」
柵の反対から聞こえるバスターとグロリアの声に、振り向いたブリッツが笑みを零した時、
セバスチャンは有らん限りの力を込めて吼える――最後の指示を与える為に。
「お嬢様を連れて退くんじゃ! お主らもじゃ、退け!!」
そして踵を返して丸太の間道へと駆け出したブリッツに向かって、最後の挑発をした――
「お主の相手はワシじゃろう……こわっぱ!!」
セバスチャンはクラッチケーンの先をブリッツの背に向け、クラッチを大きく引いた――
先端から射出された『なにか』はブリッツの顔の横を通り抜け、丸太へと直撃する。
直後――ブワッと広範に拡がる煙幕が周囲を包み、三叉路は全てが墳霧の中に包まれた。
「セバス! どうしたんじゃ!?」
「いや……なんぞ空に丸っこいもんがの」
「そんなことより、若造や娘っ子に指示してやらにゃぁ崩れよるぞ!」
飛翔体に気を取られていたセバスチャンが、旧友の指摘で我に返り周囲の状況を見渡すと、
防護柵の両側を塞ぐように三々五々のパーティーが雑然と集まっていた。
フェニクセイジのメンバー三人は既にドリードへの避難勧告と難民誘導の為の伝令に発ち、
セバスチャンにドンコーイとカリス、
制止を聞かず後を追いかけているバスターとグロリア、
それ以外にカルテットが一組、ソロの戦人が5人程度と、
到底小隊には及ばない戦力を使い、いかにしてこの局面を打開するか――
これを成するには《戦術》スキルが必要不可欠。
そして、この場での唯一の保持者がセバスチャンだった。
《戦術》――貴族で無ければ学ぶ機会がない有用スキルを、貴族限定したのは貴族である。
有用であるからこそ独占した、というよりも
自領統治の反乱の芽を摘むという意図があった。
しかし平民の中でも経験や年月を経て、自然と身に付けた者は少なからず存在する。
セバスチャンは王国を蝕む階級社会で、機会を奪われた数少ない平民出の保持者の中でも、
自身の能力を《戦略》にまで昇華させた稀有な存在だった。
《戦略》――これを言葉で説明するのは難しい。戦人を例に感覚で無理矢理当てはめれば、
勝利する為の具体的な戦法の模索が戦術だと仮定して、
戦術を用いて最終目標へ導くこと――これを戦略と呼んで良いだろう。
本来は戦略――目標が先にあってしかるべきだが、日々を獣との戦闘に費やす者にとって、
目標とは討伐に過ぎず、それ以上でも以下でもない。
深く検討し意見を交わす程ではない。
効率的に討伐を成功させる為に戦術が醸成しても、それで目標が変わる訳ではない。
戦術を策謀し作戦を導き目的を遂行し、目的の正否を精査し、それらを用い指揮すること、
その全てに自発的に挑む姿勢、資質こそが、戦略家を冠するに相応しい能力だろう。
この時セバスチャンは戦術的に戦況を鑑み、最終目標を足止めでは無く《生還》に置いた。
ドンコーイの投擲で乱された未だ目視していない敵の速度を落とし、時間稼ぎをするという、
後方に位置するセバールを守る為の策はあくまで副次的なもので、最も重視すべき大前提――
グロリアをこの場から生還させるという、大原則に。
この思考により深緑道での攻防戦は、開幕の前から戦いの性質を大きく変化させていたが、
結果小さく得て大きく失う事となる。
それを安易に失敗と断ずるのは無責任かも知れない。
***
「そう、そこじゃ! 山際はお主らに任せたぞ! 背後に回られんようにの!」
セバスチャンが指示を出した4人組女子パーティーは、明らかに動揺で腰が引けて居たが、
フルプレートのメイサ―が最前で壁をし、大鎚で牽制するクラッシャー、鳥を使うテイマー、
西方の旅装をしたヒーラーと、珍妙ながらバランスの取れた構成で、敵兵の流入を押し止め、
防護柵の左方を何とか制止し膠着させる事に成功していた。
問題は右で、ドンコーイが前で食い止めてはいたが、
不慣れなピルムを突き出すカリスが、戦力になってないばかりか、
セレス岬への道が続く三叉は裏抜けが可能で挟撃の恐れがあり、ソロを牽制に張り付かせ、
ドンコーイとセバスチャンで流入を食い止める必要があった。
そしてセバスチャンがある決断をして前に出ようとした――その時。
「だっっらああああ! うっぜえええ!! おらああ!!」
横倒しに積まれていた丸太の中央を上下真っ二つに引き裂き、中央に間隙を穿った一撃は、
防護柵を『ヘ』の形にへし折り、枝葉を踏み拉く音が一人の男の登場を際立たせた。
「鬱陶しい真似しやがって……誰だあんなもん放り込みやがった奴は!」
奇妙な両刃の槍を突き付け威圧する青い短髪の小柄な男は、小柄な体格で声を張り上げる。
「帝国第二師団長、ブリッツ・エルダーランド! 刻まれたい奴は、前に出ろ!!」
単身突出する士官に完全に飲まれた守勢陣が、瓦解寸前に陥るのを察したセバスチャンは、
士気を落とさない為に素早く男の前に立ち、相対を自ら買って出た。
「威勢が良いのう、小僧。一人で敵陣に乗り込んで何とかなると思っとるんかの?」
「何だ爺さん? 先の無ぇ老木の相手にする程俺も落ちちゃ居ねぇ、その辺で座ってろや」
「見極めが甘い、まだまだケツの青い若造じゃのぉ。下品におっ立つ髪と同じじゃな」
セバスチャンの露骨な文句に眉間を逆立たせる男は、長槍を半分に割り右手を突き立てる。
「ほっ 連結槍かの。こらまた酔狂なもんを」
「……遺言があれば言え。あと届先もな。ついでに届けてやる」
「老い先短い爺の身を気に掛けるより、己の心配をした方が良いのう……」
敵指揮官の標的を引きつけ、文字通り周囲に矛先を向けさせないこと。
いざとなった時には――目的を見誤らせ、自分を追って来させること。
セバスチャンの挑発は二つの意味があり、そしてそれらは概ね成功する。
互いに力量を測る、軽い攻防が続き――
「いくぞ! インペタスラッシュ!!」
狭く引いた脚を強く蹴ったブリッツは、一瞬で移動するかのような速度で襲い掛かる――
セバスチャンは右上段に構えた長杖の持ち手の湾曲部を刺突の先端に合わせ、絡めとる――
ギャリと嫌悪感の強い金属摩擦音が林道に木霊し、槍刃に無数に設けられた刺棘が軋む――
「ふぅぅんっ」
後方に逃がした推進力が失われると同時に、重く唸った老執事は謎の膂力で槍を押し返す。
反動で仰け反るのを何とか強引に堪えたブリッツは、不覚に口角を上げた。
「まだだ! ネクサスラッシュ!!」
引き抜いた短槍を逆手の槍と同時に振り上げ鏡に写すようなスラント――リバースラント、
Xを模す連撃を杖の胴で正確に弾き、威力でノックバックしたセバスチャンに、追撃が襲う。
「……もういっちょ! フォルティセカレ!!」
二本の短槍を同時に頭上に振り上げ、さながら剣のように振り下ろされた渾身の一撃を――
セバスチャンは杖の両側を持ち、受け止めた。
ギリギリと競う二人の攻防が均衡し静止する互いの挙動の中で、一瞬の火花が眼前に散る。
「くっ……やるじゃねぇか爺さん、何で出来てんだその長杖」
「お主こそ……なんじゃその鎌槍は。悪辣なもん両手にぶら下げおって」
「はっ これの様式美がわかんねぇようじゃ時代に付いていけねぇぞ」
「ふぉふぉ……そうじゃ……の!!」
刹那、得物に目をやったブリッツを見逃さずセバスチャンが胴に叩きこむ――後ろ蹴りを。
「ぐはっ……くっ……やりやがったなジジイ!」
「ふぉふぉふぉ、隙を見せるからじゃ。にしてもお主、聞いてもええか?」
「なんだ?」
「何でいちいち技の名前を叫んでから攻撃しとるんじゃ?」
「……は? んなもん格好良いからに決まってんだろ?」
「ほうほう……格好がのう……へぁ?」
セバスチャンにはこの感性が全く理解が出来なかった。
というよりも大半の戦人にも到底理解出来ないだろう。
発声とは連携の為にするものであり、少なくとも相手に攻撃を悟らせる為の技術ではない。
わざわざ攻撃の種類を事前に教える必要は微塵も無い。
恥ずかしくなるような捻った技名を、一見ならぬ一聴で判別出来ずとも、
『スラッシュ』と付けば斬撃だと容易に予測が付く。
両刃槍で刺突ではなく斬撃だと解れば威力があろうと対処は難しくない。
セバール領主館執事長――セバスチャン・ラスカラス。上段に構えるクラッチケーン。
帝国第二師団、師団長――ブリッツ・エルダーランド。両手に持つコルシスカスピア。
年齢も武器も構えも一致しない二人だが、何より大きく異なっていたのはその嗜好だった。
嗜好というよりも思想、戦闘理念と言い換えても良い。
合理性を最重視するセバスチャンは、徹底的に合理を弟子にも叩き込み、
多くの戦人を育て上げた元指導官という経歴を持つ。
時間稼ぎという目的を忘れる程、才能を無駄にするブリッツが気になった事は否めない。
「お主……わざわざ相手に教えてやる必要はないじゃろ? それになんじゃその槍は……
コルシスカのようじゃが、何で槍を短く切って使っとるんじゃ? 射程が無駄になるぞい」
「あ? こりゃワザとそうしてんだよ。室内じゃ長槍は振り回せねぇからな」
「ほう……射程より取り回しを重視しとるってことか。二本持っとんのは何でじゃ?」
「両手槍を短くしたんだから、左手が空くだろうが? 暇させる意味ねぇだろ」
「《二刀》は天賦の才能なんじゃがな……普通そんなノリで使えるもんじゃないぞい」
「そりゃそうだろ、俺は天才だからな」
「いやはや惜しいのう。武器の扱いは合理的じゃのに、恥ずかしい発声が全て無にしとる。
誰にそれを教わったのか知らぬが、どうも碌な教官じゃなかったようじゃのぉ」
「……てめぇ兄貴をバカにしてんのか」
何かの尾を踏んだように静かに髪が逆立つブリッツは、腰を落とし左前右後に槍を構える。
左右に小刻みに揺れ、睨みつけていた目を伏せ――一際大きく叫ぶ。
「ミンチにして鳥の餌にしてやる!! ジャイレーション・スワイプ!!!!」
強靭な下半身をバネに高速横回転したブリッツは、棘槍を横薙ぎ竜巻のように襲い掛かる。
受けれない――と即座に判断したセバスチャンは杖を前方地面に突き立て体重を掛けると、
フワッと軽身を跳躍させ――切断され折れ曲がった丸太の上へと降り立つ。
高みから周囲を俯瞰したセバスチャンは、右で善戦する四人組、左で苦戦するドンコーイ、
戸惑うカリス、奥の林道で倒れているソロ戦人達を――即座に把握し、思考する。
その一瞬の焦りを見逃さないブリッツが横転を無理やり収束させ、威勢を切り替える――
「ジャイレーション・バチカル!!!!」
横倒し縦回転となった旋牙が地を抉りながら、樹上に立つセバスチャンに襲い掛かり――
盛大に粉砕される丸太と粉塵の中から老父の陰影が後方へと吹き飛ばされた。
空中で態勢を整え何とか着地したものの――防護柵の裏、敵陣ど真ん前に落下した。
《挑発》――これは教本にも列記されている歴とした技術である。
その手法は罵声・嘲笑・鼓笛・偽装等あるが、いずれも『敵を固定』する為の手段である。
そういう意味で再三再四、意図不意問わず挑発を繰り返したセバスチャンの狙いは成功した。
背後で未だ救護に手間取る味方への注意を逸らす為である。
更にはブリッツがセバスチャンを無視し、左右を防衛する戦人達を裏から挟撃していれば、
戦局は決していただろう。しかしそうしなかった理由が二つある。
一つはセバスチャンが言ってはならない言葉を放った事。
しかしこれはこの場で誰も知り得ない事情であり、さほど重要ではない。
肝要な二つ目は――ブリッツの側にも時間稼ぎの意図があった、という事。
帝国軍は三路からエスパニ領を侵攻していたが速度を競っていた訳ではない。
性格的に後続を振り切って追撃してきただけのブリッツに急ぐ理由は無い。
しかし――後の展望を左右する楔を打ち込むという別の目的はあった。
そしてその楔が、バレス岬側の林道を抜けて行った事をセバスチャンは知る由も無かった。
大軍で裏抜けされない事を副次目標としていた為に、単身突破は想定に無かった。
これらの理由でブリッツは自らが穿ち破砕した防護柵の合間を抜けて、再びの対峙を選ぶ。
挟撃される形となったセバスチャンが、意図に気付けずとも、誰にも責める事は出来ない。
それでも、もし少しの時間が与えられていたら答えには到達したかもしれない。
「爺さん! 無事か!? どこだ!!」
「爺!? 返事してください! 爺!!」
柵の反対から聞こえるバスターとグロリアの声に、振り向いたブリッツが笑みを零した時、
セバスチャンは有らん限りの力を込めて吼える――最後の指示を与える為に。
「お嬢様を連れて退くんじゃ! お主らもじゃ、退け!!」
そして踵を返して丸太の間道へと駆け出したブリッツに向かって、最後の挑発をした――
「お主の相手はワシじゃろう……こわっぱ!!」
セバスチャンはクラッチケーンの先をブリッツの背に向け、クラッチを大きく引いた――
先端から射出された『なにか』はブリッツの顔の横を通り抜け、丸太へと直撃する。
直後――ブワッと広範に拡がる煙幕が周囲を包み、三叉路は全てが墳霧の中に包まれた。
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ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高8位
『女社長紅葉(32)の雷は稲妻を光らせる』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 44位
『女神達が愛した弟』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高66位
『ムラムラムラムラモヤモヤモヤモヤ今日も秘書は止まらない』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高32位
私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。
伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。
物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
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