Archaic Almanac 群雄流星群

しゅーげつ

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第四部 夢幻のレミニセンス

67.傷痕を焦らす鬱情

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「おい! お前ら! そこで何してやがる!!」

 生産ギルドが固まる南西区は《旧市街》と呼ばれ、古い建物が犇き路地が入り組んでいる。
区画整理された王都において異質な程に煩雑で、住人でも迷うと言われていた。


 エドガーが自ら南西区の調査を買って出たのは裏路地、抜道に慣れているからでもあるが、
最も治安の悪い所縁ある地であることも理由の一つだった。

 そんな無頼と放蕩の吹き溜まりに身を潜める赤ローブ姿の術師達は、不穏に目立っていた。


 「あぁぁ~ ヤバい! 見つかっちゃったよ!」
 「良いから早く! こっち抑えとくから!」


 年若の男女と思われる術師達は、小さなロッドを手に無造作に置かれた投棄廃材に着火し、
火精術を使い火力を増幅しているように見えた。

 「おいおい、ガキが一人で俺を抑えられると思ってんのか?」

 「さ、さぁ……どうかしら。いつもなら絶―っ対無理だけど……これはどう!?」
 青女が突きつけたロッドの先端歪曲部に、嵌め込まれた真紅の玉が――妖しく明滅する。


 双眸を絞ったエドガーは、腕を交差させ両腰の曲刀に手を掛けると――カッと見開いた。


 「ego… dimittam…flammeum…sagitta!!」
 「ディミ……サジ……ヘッジか!? こんな所で何考えてんだ!」

 拡散系LV2火精術《ヘッジ》は、集束術《アロー》を広範囲に放つ攻撃用火精術である。
集束では無く拡散である為に威力が落ち用途は少ないが、殲滅や陽動、数的不利には優位で、
少なくとも狭路で単独に使う術ではない――あくまで周囲への影響を考慮するなら。


 しかし被害を気にしないなら、エドガー相手にこれほど有用な手段は無いだろう。


 そして更に厄介な事に、女術師が持つロッドが――ただのアローを一段階引き上げる。

 「……おい、おいおいおい! 矢じゃねぇだろ!」
 無数に迫る《炎弾》が、直線的に襲い掛かる――受ければ重症、避ければ後方が爆散する。

街を守る為に走り回っていた戦人ギルドグランドマスターには、避けるという選択肢がない。
結果、両刀を駆使し被害を最小限に抑える手しか選べなかった。

 「くっそ……しゃーねぇ!」
 半身に構えたエドガーは、自身を炎の乱舞に躍らせながら、湾曲した刀身に炎を滑らせる。
受け流した炎弾は四散して周囲の外壁を穿ち瓦礫を迸らせる。

 「ちょ! やりすぎだよ! 被害は出すなって言われてたろ!」
 「し、仕方ないでしょ! 良いから早くして! 逃げるわよ!」
 最後の弾を上空に打ち上げたエドガーは、音も立てずに噴煙の中に飛び込んだ――


 ――が、そこには炎以外に何も、誰もいなかった。 

 「な……どうなってやがる!? どこに消えやがった!?」


 徐々に鮮明になる周囲には、建物の悲惨な痕跡と今なお広がる業火と、喧騒しか無かった。
猛る火が煉瓦壁を焼く事は無いが露出した屋内は別で、更にエドガーは一つ失念していた。

 「しまった……俺じゃ火が消せねぇ」



 木の影から飛び出る虎のように裏路地から飛び出したエドガーに、観衆は驚愕し怯んだが、
一人の女戦人がその存在に気付き串焼き肉を片手に、頬張りながら近寄る。

 「んぐっ あれ? グラマスですよね? これ、何の騒ぎですか?」

 「ん!? お前……アイユか! 王都に居たのか!」
 アイユと呼ばれた軽鎧戦人は左腕をひらひらさせながら、渋い顔で笑った。


 「バックラーが折れたんで、ゴッズさんとこ行って、お昼食べに出――」
 「――修理待ちで暇なんだな? お前ヒーラーだな!? 水精術のレベルは!?」

 「え? タンクですし……トリートまで?」
 「強化は! 幾つだ!?」

 「え、えっと……1です。な、なんなんですか??」
 ガッと勢いよく両肩を掴んだエドガーは、周囲を見渡し把握しながらアイユを鼓舞する。


 「でかした! 盾のレストアは俺が出してやるから仕事を頼まれてくれ!」
 「え! 本当ですか!? やった! って……大したことは出来ませんよ?」

 「いやスプラッシュが使えりゃ上出来だ!! 
そこらの連中に必要な物を集めさせっから、火を消して回ってくれ! 
会徒も動いてるとは思うが……」

 「そんなんで良いんですか? 修理、結構かかりますよ? 指名しましたし……」
 「限界まで消して回ってくれりゃそれで良い。気絶寸前! これが条件だ!」

 「分かりました! それでグラマスはどうするんですか??」
 エドガーは再度周囲を見渡し状況の把握に努める。
 幾筋も昇る噴煙と方角と人の流れ、風向きと観衆の《構成》を一瞥して――指示を出した。


 「おい! そこの! そう、お前!! ギルドホールに行ってカブを何台か手配して貰え!
それと……そこの兄ちゃん! 木工で桶借りて来い! エドガーの使いだと伝えろ!」

 エドガーが『行け!』と声を張り上げると、犬に追われる羊のように野次馬は駆け出した。


 「アイユ、桶が来たらカブと合流して広場から水汲んでこい、公水じゃ追っつかねぇ!」
 「わ、分かりましたけど……って、どこ行くんですかぁぁ!?」


 言い終わるより早く駆け出したエドガーは、旧鉱エリアへと続く坂道を下って行った。

 
     ***


 「親父! 居るか!? エドだ!!」
 喧騒を掻き消す玄翁の音色が響く鍛冶ギルドは、重奏では無く力強い独奏が木霊していた。
普段は人でごった返している作業場には誰もいない。


 時折激しい鎚音だけが規則的に奥から届いて来る。

 「おーい! 親父ィ!! 居ねぇのか!?」
 「……――うるせぇ! 勝手に入って来やがれ! ――……」
 カウンターの脇をすり抜けて作業場の奥に入ると、小柄ながら筋骨隆々の老父が額に汗し、
遠赤が焙る頭頂も燃え移りそうな顎髭も意に介さず、煌めく鉄材を軽快に鎚打していた。


 「親父、何やってんだ! 外の状況分かってんのか!?」
 「ああ!? 若けぇのを行かしてんじゃろ! こっちは隠居老人じゃぞ!」

 「どこが隠居だ、ムッキムキじゃねぇか! それ急ぎの仕事なのか!?」
 「あ!? 急ぎって程じゃーねぇが、名指しで頼んで来る生意気な奴がおんじゃよ」

 「アイユか? つってもバックラーだろ? んなもん弟子にやらせりゃぁいいだろうよ?
第一、んなもん買い換えた方が安上がりじゃねぇか」
 「ワシもそう言ったんじゃがな。何やら大事な貰い物じゃなんだつっての……フンッ!!   
 下取りじゃのおて再利用して欲しいんじゃと……フンッ!!」

 鼻息と殴打の合間に挟んで話す老父の名は――ゴットハンズ・バルツァー、通称ゴッズ爺。
鍛冶ギルドグランオーロックスのマスターとして、王国では伝説級の熟練鍛冶師である。
 

 「まー装備は慎重して心機一転するって奴が大半じゃが……稀におるんじゃ癖強ぇ奴がの。
そう……フンッ いうのは嫌いじゃねぇ!」

 「拘りってもよ、それ普通のアイアンだろ? 意味あんのか? 強度的によ?」
 金床の上で仄かに光る熱鉄に一点を見つめながら、ゴットハンズは手を止めた。

 「同じ金掛けんなら意味はねぇわな。強度とか、実用性とか。そういうんじゃねぇんだろ。
何か……大事なもんが受け継がれるような気がすんじゃねぇか?」

 「俺には分かんねぇなぁ。折れたら生えねぇ牙だって新調出来るならその方が良いだろ?」
 「そりゃそうだ。理屈じゃねぇんだよ……って、お前ぇ何か用事があったんじゃねぇのか?」

 「ああ! 親父、他の生産ギルドにも人を寄越して欲しいんだがよ、手貸してくんねぇか」
 「何でワシなんじゃ。メルに言や……ってアレか。アイツ今確かラボに行ってんだったか。
護衛兵は動かせねぇのか? こんな時に坊主は何やってんだ?」


 「坊主……ああ、エリか」
 エドガーは少し困ったような顔をして、腕を組んだ。

 
 「アイツは王命でエスパニに行ってんだよ。んで護衛兵はアミアス練兵の真っ最中だ」
 「ほう……けどそいつはちとおかしくねぇか? ランベルトが不在でエリ坊が代理じゃろ? 
来月の練兵がなぜ今なんじゃ」
 軽く首を傾げたエドガーは、悩む素振りを見せ深くは考えずに答える。

 「んあー? 俺も詳しくは知らねぇな……朝議も全然行ってねぇから、経緯は分かんねぇ。
兵長も代理も居ない場合誰が決めんだ? 女王か?」

 「お主な……曲がりなりにも三公じゃのに知らんのか。護民近衛、ワシら三公七民は左院、
監察の管轄じゃろうが」
 「曲がりも何も、俺は戦闘しか出来ん紛い物だぞ? 政治にゃ興味ねぇ……てぇことはだ、
時期を変えたのは……アデラル・コルバートか?」
 「ウィンも不在なら他に権限のある奴がおらんからの。まぁ居ても決裁は奴じゃな」

 「そうか……親父、火を付けて回ってんのは教徒だ。何か関係があると思うか?」

 「そうじゃの……ふん。少し黙っとれ、ちーっと集中するからの」
 そう言って大きな金鋏で固定した真円の鉄板を、軽快な律動で叩きクルクルと回していく。
赤鉄が黒味を帯び、周囲に黒塵を散らしながら徐々に薄く広がって行く。

 エドガーは美しい工程を眺めながら漠然と――可能性、そして理由について考えていた。

 「ふぅ……よし。エド、お主も本当は解っとるんじゃろ。行くべき場所がの」


 「……いや、けどよ親父、俺には訳が分からねぇ。何で今だ?」
 「人の心はのう……炉と同じじゃ。奥底に焼き付いた種火は、そう簡単に消えちゃくれん。
腹が膨れても物で満たされても、お主が消せんかった炎は、まだ燻ぶっとるんじゃろうて」

 「ってもよ……俺に何が出来るってんだ。アイツが望んだ事じゃねぇか」
 「ワシにゃ分からん。じゃがお主のそういう所は、相変わらずに『良くない』じゃろうな。
エリ坊が未だに意固地になっとるのも、そこじゃろうて」

 「俺のせいってか」
 「そこまでは言わんがの。お主は腕っぷしだけで口が足りん、一人で生き過ぎたツケじゃ」
 自身を深く知る師匠ゴットハンズの言葉の重みにエドガーは何かを言いかけ、押し黙った。


 「ツラぁ突き合わせて腹割って話すしかないじゃろ?」
 「わ……わーってんよ。あークッソ……親父には敵わねぇ。ちっと様子見に行ってくらぁ。
ああ、アイユのそれ、俺にツケといてくれ。仕事頼む代わりに約束しちまった」

 ハンマーを振り上げて応える老父に背を向けたエドガーは、再び屋外へと駆け出した。


   ***


 王都南東部は《新市街》と呼ばれ、開拓時に造成された住宅街である。

 南西とは趣が異なり、南大通り沿いの露店を挟んで整然と区画された街が外壁まで広がる。 
水精会はそんな美しい景色の中、では無く最も南西の外れに佇んだ古い教会を本拠とした。

 そんな普段は訪問の少ない教会の庭に、数名の戦人が屯し喧々と言い争っていた。


 「だからよ! あれは教徒の仕業だ! 今すぐ乗り込もう!」
 「……真正面からぶつかったら《教会騒乱》の二の舞だろ。ここは慎重に動くべきだ」
 「あのぉ……ここで言い合ってるよりは早く消火に行った方が……」

 水精会徒は、火精教徒がローブを纏いギルドのような装いで統一をしているのとは異なり、
戦人が個々で動く互助組織として存在し、平素は教会にはおらず有事の時に有志が集結する。

だからこそ対応力はあるが団結力では劣り、そしてそれにソフィアの迷いが拍車をかけた。


 「司教! 今こそ教徒を排除する時では!? 数ではこちらが優位! 勝てますよ!」
 「ソフィア様! 二大教会が争うのは被害が拡大するだけです!」

 会徒の中でも特に声高に主張する二人の後ろに支持者が別れ、群衆は半々に割れていた。
しかし持ち前の即断即決が何かに縛られるように、水精司教ソフィアは硬直していた。


 一陣の緑風が吹き込んで来る――その瞬間まで。


 「司教殿! 御無事か!?」

 「貴女は……ウルシュ様、何故こちらへ?」
 「何故はこちらが聞きたい。君達は何故動かない? 市街にも被害が及んでいるぞ」
 ウルシュの言葉に俯きがちに、しかしソフィアは平静を装って背高の麗人を見上げる。


 「そのような事は解っています。会徒も大半は消火に回っております。私達は事後を――」
 「――事後など今はどうでも良い。裏の事情や真実なんて物は、きっとエドが何とかする。
そんな事より私達《民会》の役割はなんだ? 君は一体何に……誰に遠慮している?」


 淡々と、それでいて強い口調で諭すウルシュに、ソフィアの瞳は微かに光を宿した。


 「……確かにその通りです。皆さん、今は……火精教の事は一旦横に置いておきましょう。
私達は全力を挙げて市街の消火と民の治療に当たります。宜しく……お願いします」


 深々と頭を下げるソフィアに会徒は困惑し、小さな問答の末、皆が揃って胸に手を当てた。


 「ウルシュ様、街は我々にお任せ下さい。貴女は中央で指揮をお願いします」


 ソフィアの強い意志の言葉に薄く微笑んだウルシュは、風のように走り去って行った。
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