盗賊だって勇者の仲間で良いじゃないか!

桐条 霧兎

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第1章 憂鬱であり、不運を発揮する盗賊の少年

第9話

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 カーテンの隙間から射す光が、俺の顔を起こさんばかりに一点を照らす。
 ぼんやりしたまなこを、小さくぎゅっと瞑ってから目を開ける。
 見慣れない天井、窓も開いているのか嗅ぎ慣れないほのかな風の匂い、知らない場所……。
 窮屈な圧迫感を感じ、今だ四肢の感覚が浮いているかの様な気持ち悪い感触を覚えながら右手を上げ頭部を触る。
 布……包帯か、手探りでそんな事を思いながら、何故ここで寝ているのか、此処は何処なのだと辺りを目だけで見回す。

「イリス……?」

 左腹部辺りに違和感を覚え視線を移すと、イリスがスヤスヤと突っ伏して寝ていた。

「なんでイリスが…」

 間抜けな寝顔をぼーっと眺めながら、時折寝言かむにゃむにゃと口走ってはよだれを垂らし気持ち悪い笑みを浮かべるイリスを観察する。
 そうか、此処はリリット村の俺達が寝泊まりしている宿屋だと気付いた。

「俺……確か」

 ラビットチャンピオンの討伐に出て、異常体デミリーターと遭遇し、キングラビットの戦闘で思わぬ攻撃を食らった。
 思い出した、俺は『完璧なる盗みパーフェクトセフト』を用いて勝利……したのだ。

「あれは……勝ち、なのか」

 ポツリと疑問を口にする。
 意識はあった、俺の意思で動いてもあった。
 でも何かが俺に囁き、俺は否定したのだが…はたして俺は俺だと言える行動だったのだろうか…。
 記憶を思い出しても、それがまるで映像の様にフラッシュバックする。
 俺の視点ではない、空からの視点草木の視点、第三者の視点、あらゆる角度から思い出す度に俺を見ている。
 意味が、わからない…一体なんて言葉にすれば良いのか、何故記憶を思い出すと"俺の視点"から見えないのか。

「夢……?」

「夢じゃないよ」

 イリスがいつの間にか起きていたのか、俺の言葉を否定して笑いかける。

「ごめん、起こした」

「ううん、看病しようと思ったら寝ちゃってた。こっちこそごめんね?大丈夫?」

 包帯の緩みなどを確認する様に、小さい手が俺の頬から上へと触る。

「血はちゃんと止まってるね」

 うん、と満足気な表情を浮かべて、ニコリとまた笑いかけると、イリスは背伸びをしながら椅子に腰を落とした。

「本、好きなんだね」

 テーブルに置かれている本を手に取り、イリスは目を細めて言った。

「あ、ああ……まあ」

「面白そうだね!」

 あらすじを読んで見て興味を持ったのか、1ページを開いて目に通す。
 イリスの知力は確か酷い、これを見て少しは上がれば良いなと思ったのも束の間、彼女はほんの多分数行読んで背もたれに頭を置いて寝た。

「……は?」

 手品以上の催眠術、まさに神業の寝技。
 一応なのだが、この本は小さい子供にも人気の比較的読みやすい分類のシリーズだった筈。
 手を仰ぎながら寝るイリスに苦笑しながら、少し重たい身体を起き上がらせて毛布を掛けてあげる。

「ありがとう、イリス」

 そう言って上半身が裸なのに気付いた。
 鞄の中から灰色に近い暗めな白シャツを取り出して着ると、部屋を出る事に決めた。
 寝込んでたせいか空腹もあり、それを更に身体の気怠さに繋がっているからだ。
 階段の手すりをしっかりと掴みながら、言う事を聞かない両足をゆっくりと動かして一階へと降りる。

「おや?お客さん、もう大丈夫なのかい?」

「あ、ああ…はい。もう大丈夫です。俺は何日くらい?」

 俺の姿を見て、カウンターに力無く肘を置いて暇している小太りの店主が、俺を見つけると安心した様に声をかえてきた。

「一晩くらいさ、お医者様からは数日寝てるかも?とか聞いてたけどな」

 笑いながら俺の身体をマジマジと見てくる店主は、腹をさすっているのを目にするとパチンと手を叩いた。

「ちょいとお待ちを、すーぐ美味しいご飯を女房が作ってやるから。おーい、飯作ってくれー」

 一階の奥のスペースに食事処があり、そこに座る様に言うと店主は奥へと引っ込んだ。
 言われるがままに開いた席に座ろうとしたが、見知ったピンク頭が座っていた。
 アスティアに声をかけようと近付くも、彼女は何やら難しい顔をしながら考え事に夢中な様で、俺が真後ろに立っても気付かない。

「よお?」

「わひゃっ!?」

「わっ!」

 まるでお化けかの様に青ざめて驚くアスティアに、逆に俺まで驚かせられながら後退する。
 振り向いたアスティアが俺の姿にまた目を見開く。

「ア、アンタ動いて平気なの?」

 宿屋のおじさん曰く、確か医者は数日目が覚めないと言っていたのを思い出した。

「目が覚めたな……うん」

「いやいやいや、アンタすっっごい出血とか大変だったんだからね!」

「ハハ、悪い…」

「イリスは?ずっと貴方に付きっ切りだったんだけど」

 本を読もうとして寝た事を伝えながら、アスティアの対面に位置する席に座る。
 先程から食欲を唆る匂いがキッチンの方から漂う。
 きっと店主の奥さんが作っているのだろうと、少し楽しみにしながらアスティアに視線を戻す。
 そんな俺を一挙一動見つめるアスティアと視線がぶつかる。

「え、何?」

 プイッとすぐ様視線がぶつかった瞬間に逸らされ、思わず問い掛けてしまった。

「相変わらず綺麗で明るい緋色ね」

 俺の髪の事かと、前髪を触り上目でみる。

「そ、そうか?」

「うん、いつも教室の中心で明るい緋色を輝かせてさ、それとは正反対に暗い表情でつまらなそうに本を読んでた」

 昔の事だろう。
 冒険者学校時代の俺は、教室の中心に位置場所が席だった。
 毎日誰とも話さず、黙々と本を読んでいれば異質で変な注目を浴びていたのだろう。
 俺としては全く気付かなかったのだが、彼女はそれが目立って仕方なかった様子だ。

「つまらなそうにって、本は面白いけどな」

「違うよ、何か大事にしていた物が壊れた様な…求めている様な、何かを全部諦めた様な、そんな顔してた」

 流石委員長だ、全く仕事ができないながらもクラスメイトの事はしっかり見ていたのだろう。
 その言葉通りに、俺は人生をその歳にして捨てて退屈をしていた。
 アスティアにそれがなんなのかを教える気にもなれなかったので、少しはぐらかして答える。

「別に、そんな深い意味はないさ。俺は本当に学校が退屈してただけだよ」

 その言葉に妙な説得力を感じたのか、アスティアは納得した表情で頷いた。

「そうかもね、今のアンタは昔と違って見えるわ」

「え?」

 俺としては何も変わっていないと思うのだが。
 彼女の瞳には、俺はあの頃と今はどう見えているのだろうか。

「アスティア……さ」

「ティア」

「え?」

「昔みたいに呼んでよ」

 ちょっと不機嫌な表情で、氷だけのグラスを眺めながら言う。
 ティアという言葉に、どこか懐かしい響きを感じた俺は、更にアスティアの言葉により疑問となった。
 昔みたいに……俺はそう呼んでいたのか、委員長仕事をコキ使わされていた時でも俺はアスティアと呼んでいた記憶しかない。
 その疑問を聞こうとするよりも、アスティアは口を開いた。

「あのさ、パーティの件なんだけど」

「…あ、ん?ああ」

 そういえばパーティを組むとか、一時的だった様な…。

「本格的に組もうと思うの」

「……え?」

「なによ? 文句ある?」

 殺りかねん瞳に慌てて否定的意見はないと告げる。
 だが、待って欲しい。
 彼女はたった"二発"の魔法で事切れた記憶が蘇る。

「な、なあ?俺達と合流する前に戦闘してきたのか?」

 念の為に、そこだけは聞いておきたい。
 俺の予感は外れやすい、運の数値もそこだけは他より劣っていた。
 そう、俺の予感は外れやすいのだ。

「んー…してないわね」

 ………俺の予感は当たるのだ。

「あのさ、ステータス見てもいい?」

 引きつった表情で、アスティアの魔導端末を受け取る。

 ・アスティア・メリン   青魔法使Lv10  RankE
 ・ステータス
 力 ・132   器用・61
 丈夫・142   敏捷・87
 知力・42     精神・121
 運 ・102   魔力・31

 ・スキル      ・自動スキル
 『アイスニードル』 『ナイフ』
 『霰時雨アラシグレ
 『正拳突き』

 ………コォォォォォォォォォ。
 俺はもう言葉を発する事無く絶句する。
 魔法使いとして選んだのなら、アスティアはその後に自然的に魔法使いとしての成長をする筈なのだが、見るからにして酷い武闘家、戦士タイプに成長していた。
 魔法使いでありながら、魔力数値が31しか伸びず。
 精神力=魔法攻撃力に直結するのだが、それがずば抜けて高いおかげなのか、小さな魔法でも器用の低さから見て馬鹿みたいに魔力を消費して発動させている様だ。
 おかげで様々なステータス矛盾により、アスティアは"魔法二発"でガス欠になる魔法使いだと発覚した。

「お前……今すぐ職業ジョブ変えーいや、なんでもないです」

 恐ろしい形相で俺の言葉を遮ったアスティアが、乱暴に魔導端末を奪い取る。

「なによ?」

「何も御座いません。末永く宜しく御願い致します候」

 畏まって彼女を迎え入れる事を余儀なくされた。
 晴れて俺達のパーティは3人となった。

「今ヴァイスがいるのってクロムだっけ?」

「うん?ああ、そうだよ。アスティアは?」

「ロゥリエ」

 ようやく大量の料理が運ばれ、俺はそれをモグモグと食べていると、アスティアもつまみながら口を開いた。

「じゃあ異動申請してから、移住所属申請に……」

「あー…そういえば一々街を変えるのにも書類や手続き大変だったな」

 彼女の単語を聞いて理解し、脂がたっぷり乗った骨付き肉にかぶりつく。
 宿屋の女将さんが持ってきてくれたのだが、女将さんの笑顔に元気が湧き上がるのと、この女将特製料理も中々美味しい。
 きっとクロムにあれば毎日通いたいと願う程に、すべての料理が美味だった。

「あーーーーーーーーーーーーー!」

 階段付近で奇声を発し、その場の全員が目線を移すと、泣きそうな表情と怒りの表情を滲ませた小さな女の子がズカズカと俺の元へと向かってくる。

「イリス、起きたのか?」

「起きたじゃないよ!起こしてよ!お腹減ったから起きたら居ないし、降りてると思って降りて見たらご飯食べてるし!」

「ごめんごめん、まだ料理が来たばかりだから座って?一緒に食べよう」

 泣いて叫ぶイリスを宥めながら、まだまだ料理が運ばれテーブル一杯になるのを見ながら輝いた瞳でイリスはかぶりついた。

「とりあえず」

 アスティアが優しくイリスの口元に付いたソースを拭いながら、俺に視線を移す。

「??」

「一応アンタが目を覚ましたし、今日のうちに街に帰るわ」

「おう、ありがとな」

「な、なにもしてないわよ」

 照れ臭そうにそっぽを向いたアスティアに笑みを浮かべる。

「色々手続きが必要だし、時間がかると思うから待ってて?」

「あ……はい」

「もしかして、ヴァイスから許可貰えたんだティア!」

 いつの間にかティアと親しく呼んでいるイリスを見ると、嬉しそうにアスティアと手を繋いで歓喜している。

「また宜しくねイリス。だからそれまでイリスを守るのよ?」

 意味がわからない。
 アスティアが来なくともお守りはするし、お前が来れば余計お守りが増えるのだが。
 そんな気持ちを伝えたら、きっとボロボロの身体にトドメを刺されんと思いながら口をつぐむ。

「じゃあね」

 そう言って、自分の勘定をしっかりと置いていった彼女が手を振りながら宿屋から出て行った。

「まあ、いいか……」

 そんな事を忘れ、今は食事だ。
 そう思ってテーブルに山の様に積まれる食事をイリスと共に完食した。
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