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第1章 憂鬱であり、不運を発揮する盗賊の少年
第8話
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「はい……はい、反省してます。はい…すいませんでした」
あれから荒れるに荒れたアスティアによる長い説教を正座して聞いている。
ラビットチャンピオンのボスらしき気配は、彼女の急な参戦によりどこかへまた消えてしまった。
俺はいっそ、今すぐ不意打ちで襲ってきて説教が途切れれば良いのに、なんて不謹慎な事を考えながら彼女の一言一言に相槌を打っては謝罪文句を口にしている。
「てか、アンタ卒業式の時とかカッコつけて《俺はずっとソロ冒険者として生きて行く、フッ》みたいな事キメ顔で言ってなかった?」
「言ってねーよ、なんだよその気持ち悪いポーズ、変な妄想話で俺の評価を陥れるな」
このご時世に片足をどこかに乗せながら人差し指と親指の間に顎を置くキメ顔とポーズをする奴など居てたまるかと、再現する彼女に訴える。
確かに似た様な事は言ったし、今もソロが良いと思っているのは変わらないが……。
今はイリスも慣れればそれなりに良くなると今回の戦闘で早くも思ってきていたり、パーティもそれなり苦労しても1人と違って寂しさがないとか思ったりしなかったり……。
「べ、別に……良いだろ」
顔を赤くしながらも、それを隠す様に腕で覆い反論する。
「……ふーん」
何か言いたげなアスティアが俺に変な勘繰りをしている様な視線を送っていると、イリスがオロオロしながら割って入る。
「あ、あの……どなた、なんでしょうか?」
「あ、ごめんね!別に忘れてた訳じゃなくて、つい昔のノリが……っ!」
「こいつは冒険者学校の同期なんだよ、アスティア・メリンぶど…戦士なんぐえええっ!?」
「魔法使いって言ってんでしょうが!しかも何武闘家と間違えて言い直して戦士って!」
首を絞められながらもがく俺は心の中だが、彼女アスティア・メリンは冒険者学校時代からステータスはまるっきりソード系統の中の力自慢の武闘家、もとい戦士の才能が目覚しかった記憶を呼び覚ます。
思い出の中では、いつも馬鹿力で殴られる痛みでずっと武闘家かと思う程にアクティブキャラで、かなりの大きなトラウマを与えられたものだ。
「ず、ずまん……」
ようやく解放され、イリスの紹介をすることになる。
「こっちの小さいのがイリス、一期下の見習いで訳ありパーティだ」
「イリスです!職業は……剣士…です」
「へぇー、よろしくねイリス!」
「は、はい!」
「それよりさ、なんでここに?」
思い出した様に彼女が何故ここにいるのか思い出し聞いてみると、アスティアは「アハハ…」と乾いた笑みではぐらかして答えてくれなかった。
逆に質問され、俺達のクエストがラビットチャンピオンである事と、ラビットチャンピオンのボスが異常体の可能性があるのと、これまでのパーティ結成の事も踏まえて説明する。
「ふーん、相変わらず楽しそうな事しかしないわね」
「どういう意味だよ…」
「べっつにー……あ、もしアナタ達が良いならパーティ組まない?異常体なら後方支援も何かと必要でしょ?」
ありがたい申し出だが、アスティアはれっきとした魔法使いみたい……みたいなのだが、俺としては不安でしかない。
正直この子もイリスと対して変わらない程にアホな子なのだ。
冒険者学校でも何かと世話焼きをしてきていたが大抵は俺が何故か尻拭いをしていた気がする。
背伸びして委員長なんてガラにもない事をしては、何もできずいつも暇そうにしているからと(本を読んでいた)俺は巻き込まれ、ほぼ10割仕事(引き受けと提出のみアスティアの仕事)をさせられたり、掃除当番が一緒の際に物を壊したりバケツをひっくり返して仕事を増やしたりされ結局1人でやっていた様なものだったり、まだまだ沢山あるが彼女は要領と器用と何かが欠落していた。
イリスが俺の返事を待たずしてパーティに承諾したことにより、有無を言わさずに決定する事となった。
それから直ぐにしてラビットチャンピオンのボスと遭遇したのだが………。
「も、もうダメ……」
まさかの先程俺達を助ける為に放った魔法で魔力が切れたとは想像を超える酷さを目の当たりした。
ラビットチャンピオンのボスを見ると、やはり異常体で間違いなさそうな雰囲気を醸し出している。
決して生える事のないツノを頭部に持ち、赤い瞳であるはずが紫色へと変色し、二足立ちの足が小さく小回りを可能とするなど様々な変化を持っているキングオブラビットチャンピオン又はキングラビットとなんて呼ばれる通りの風格に冷や汗を垂らす。
...が、それよりもまさか、後方支援をしていくれると踏んだのにスキルの不発で魔力切れを自覚した瞬間ぶっ倒れ、シリアス展開を見事にバカによって壊されるとは思わなかった。
小さく溜息を吐き出して短刀を引き抜き、2人の前に立ち構える。
「…イリスはアスティアのカバー、もしもの時は守ってやってくれ。俺1人でなんとかやってみる」
そう言ったものの勝てる見込みが薄いのだが、この際四の五の言わずに深呼吸をして息を整える。
ー『速度強化』限界発動!
一瞬で終わらせる様に全力を持って地面を蹴り上げ、目にも止まらない速さで後ろに回り込むと早速短刀を振る。
背中からバッサリと、まずは手頃で無難な一手を選択したのだが、キングラビットは本来のラビットチャンピオンには不向きな"振り向き"を難なくとこなしてバックステップで避ける。
「くっ……そ!!」
だが、俺はそれを考えついてはいたので、更に一歩踏み込みバックステップしたキングラビットを追いかける様に駆け出すが、ここで予想外の行動に目を見開いた。
「ーーーーえっ?」
バックステップにより着地前を狙ったのだが、キングラビットはそれを待っていたかの様に器用に腰を捻り重心を動かして"回し蹴り"を俺の横顔に強打する。
まさかの行動に防ぐ事が出来ず、がら空きとなった箇所にクリーンヒットし、ミシミシと首の骨が軋み脳が揺れ、視界が一瞬にしてボヤけると、そのまま地面に転がり倒れ込んだ。
ラビットチャンピオンは足が異常に大きく長い、よって蹴り技など身体の構造上不可能なのだがこの異常体のキングラビットは短い足でまるで猫の足の様に丸く発達した足であった。
"通常ではやらない"事が常識の知識であった為に、この不意打ちはまさに最高の騙し技であり最高の必殺技となっている。
脳震盪か、脳に強い衝撃により視界も定まらない、そしてピクリとも動けない身体の隅々に意識すらもハッキリしない程強烈な攻撃だった。
「ヴァイス!」
「ウソ……やば、ちょっと起きなさいよ!」
滴る頭血が地面を濡らす中、俺は無意識にある言葉を口走っていた。
「ーーーに……に、にげ………ろ…」
キングラビットはずっと観察をしていた、ここまでやって来た俺達をずっと観察し一番の強敵が誰かを探り、部下を全て使って知り尽くした。
力無く横たわる男に目線をやり、ほっといても良いと判断したのか、ゆっくりと上体をイリスとアスティアにターゲットとして視線を向けた。
「どうしよう…どうしよう…」
イリスはぶつぶつと独り言を言いながら、目の前のキングラビットの放つ殺気に震える。
剣を構える手が先程から震え、身体も震えと恐怖により固まる。
ーこれは先程まで戦っていたラビットチャンピオンではない。
そう思って逃げなくればと考えると、思考とは反対に身体が思う様に動けない。
そして危惧するのが、一瞬にして血溜まりの中に倒れこんだ俺の心配により思考はすでにパニックと目の前が真っ白になっていた。
「イリス?ねえ!ねえってば!」
イリスはハッと目の前のキングラビットに視線を向けた時には、既に眼前に迫っており回避が難しい位置にいた。
だが、攻撃が当たるよりも早く彼女は何かに体当たりを受けて倒れ込んだ。
「きゃっ!」
「え、アスティアさん!」
アスティアがイリスを庇い攻撃を受けると、数メートル程吹き飛ばされる。
キングラビットは邪魔をしたアスティアを優先し、トドメを刺そうと高くジャンプして襲いかかった瞬間、この場に大きく響く声を上げる。
ー『完璧なる盗み』!!!!!!!
光が一つも差さない暗闇の中、重たい水の中に俺は溺れていた。
此処は何処だと、辺りを見回しても闇でしかない。
………死んだのか?、その問いかけに答えてくれる者も居なかった。
たが俺に唯一解る事は、この暗い闇の水の中で下へ下へと深く落ち行く事だけだった。
ーもういいか……俺の余生はやっと終わったんだ……
呟いた時一つの光が目の前にある映像を映し出した。
ーイリス!避けろ!止めろ、逃げろ!!
キングラビットがイリスに向けて駆け出す姿が目の前に映し出される。
ー何故逃げない!逃げろよ!
俺の問い掛けは届いていないイリス達に、重たいこの空間をもがきながら光に手を伸ばす。
やめてくれ、逃げてくれ、次第に声が出ず水の中にいる感覚がより強くなりゴボゴボと息すら出来なくなる。
この闇が……暴れ出す俺を強制的に引きずり込むかの様に渦を作り出し底の見えない奥地へと誘い始める。
更にここでも意識が遠くなるのを感じた時に、誰かが俺に問い掛けてきた。
《助けたいのか?》
ー誰だ……?
《あんなにも無関心で、人と関わる以前に生きる事を捨てたお前が何故人を心配する》
ー知るか、目の前に仲間が襲われているのに、無関心もクソも……
《"仲間"か……お前には縁のない物だと思っていたが》
ー…………
《お前は何を目指したい、何を生きる糧とする。子供の様な夢を飽きらめ、人生に絶望と疑問を感じた今、何を目標にもがく》
ーそうだ、俺は勇者にもその仲間にも、英雄すら程遠い存在だ
《それでもお前は此処から出る事を望むなら力を貸そう》
ー貸してくれ
《ならば、今の糧を願え》
ー俺は……
ー俺は、勇者になる事も仲間になる事も……英雄になる事も諦めた
ーけれどっ!俺は今だけでもあいつらの"英雄"になりたい!それが今の生きる糧だ!
《受け取った、その勇気と決意に……貴殿ヴァイス・リンスリードに力を与えよう》
俺は意識を強制的に戻すと、ゆっくりと起き上がりながら辺りに視線を送り、状況を理解するよりも早く"目標"を見つけて固有スキルを叫んだ。
身体中のアドレナリンが、俺の意識という意識を駆け巡り無意識に標的を捉えて右手を突き出していた。
"コイツノアタマヲヒキチギッテヤレ"と、誰かが俺に恐ろしい言葉を囁いた。
「知った事か、こっちを見ろクソ野朗オオオオ!!!」
俺の固有スキル『完璧なる盗み』は、白い輝きが消えると同時にキングラビットの左耳を手元に引き寄せていた。
突然の痛みに、アスティアの真上に位置していたキングラビットが空中でバランスを崩すと、アスティアの横に落下して呻き声と悲痛の叫びが入り混じった声が響く。
「ギャッガアアアアアアーーーーー!!!!!!」
血飛沫を上げながらのたうち回る白いケダモノを見ながら、ゆっくりと落としていた短刀一本を拾い上げる。
"アタマヲヒキチギレ"、また俺に囁いてくる。
まるで俺の『完璧なる盗み』で惨く殺せと言わんばかりに………だが、俺はそれを聞き入れない。
「俺は今だけ……英雄だっ!!」
吐き捨てる様に言いながら、駆け出して悶えるキングラビットにトドメを刺した。
「ヴァイス……」
「ヴァ…イ、ス」
怯えるイリスと弱々しいアスティアが、意識を朦朧と何度も息が絶えるまで刺し続ける俺を見て呟いた。
「ーーっ!」
2人の声が届いた瞬間、またぐにゃりと意識が遠退き倒れ込んでしまった。
あれから荒れるに荒れたアスティアによる長い説教を正座して聞いている。
ラビットチャンピオンのボスらしき気配は、彼女の急な参戦によりどこかへまた消えてしまった。
俺はいっそ、今すぐ不意打ちで襲ってきて説教が途切れれば良いのに、なんて不謹慎な事を考えながら彼女の一言一言に相槌を打っては謝罪文句を口にしている。
「てか、アンタ卒業式の時とかカッコつけて《俺はずっとソロ冒険者として生きて行く、フッ》みたいな事キメ顔で言ってなかった?」
「言ってねーよ、なんだよその気持ち悪いポーズ、変な妄想話で俺の評価を陥れるな」
このご時世に片足をどこかに乗せながら人差し指と親指の間に顎を置くキメ顔とポーズをする奴など居てたまるかと、再現する彼女に訴える。
確かに似た様な事は言ったし、今もソロが良いと思っているのは変わらないが……。
今はイリスも慣れればそれなりに良くなると今回の戦闘で早くも思ってきていたり、パーティもそれなり苦労しても1人と違って寂しさがないとか思ったりしなかったり……。
「べ、別に……良いだろ」
顔を赤くしながらも、それを隠す様に腕で覆い反論する。
「……ふーん」
何か言いたげなアスティアが俺に変な勘繰りをしている様な視線を送っていると、イリスがオロオロしながら割って入る。
「あ、あの……どなた、なんでしょうか?」
「あ、ごめんね!別に忘れてた訳じゃなくて、つい昔のノリが……っ!」
「こいつは冒険者学校の同期なんだよ、アスティア・メリンぶど…戦士なんぐえええっ!?」
「魔法使いって言ってんでしょうが!しかも何武闘家と間違えて言い直して戦士って!」
首を絞められながらもがく俺は心の中だが、彼女アスティア・メリンは冒険者学校時代からステータスはまるっきりソード系統の中の力自慢の武闘家、もとい戦士の才能が目覚しかった記憶を呼び覚ます。
思い出の中では、いつも馬鹿力で殴られる痛みでずっと武闘家かと思う程にアクティブキャラで、かなりの大きなトラウマを与えられたものだ。
「ず、ずまん……」
ようやく解放され、イリスの紹介をすることになる。
「こっちの小さいのがイリス、一期下の見習いで訳ありパーティだ」
「イリスです!職業は……剣士…です」
「へぇー、よろしくねイリス!」
「は、はい!」
「それよりさ、なんでここに?」
思い出した様に彼女が何故ここにいるのか思い出し聞いてみると、アスティアは「アハハ…」と乾いた笑みではぐらかして答えてくれなかった。
逆に質問され、俺達のクエストがラビットチャンピオンである事と、ラビットチャンピオンのボスが異常体の可能性があるのと、これまでのパーティ結成の事も踏まえて説明する。
「ふーん、相変わらず楽しそうな事しかしないわね」
「どういう意味だよ…」
「べっつにー……あ、もしアナタ達が良いならパーティ組まない?異常体なら後方支援も何かと必要でしょ?」
ありがたい申し出だが、アスティアはれっきとした魔法使いみたい……みたいなのだが、俺としては不安でしかない。
正直この子もイリスと対して変わらない程にアホな子なのだ。
冒険者学校でも何かと世話焼きをしてきていたが大抵は俺が何故か尻拭いをしていた気がする。
背伸びして委員長なんてガラにもない事をしては、何もできずいつも暇そうにしているからと(本を読んでいた)俺は巻き込まれ、ほぼ10割仕事(引き受けと提出のみアスティアの仕事)をさせられたり、掃除当番が一緒の際に物を壊したりバケツをひっくり返して仕事を増やしたりされ結局1人でやっていた様なものだったり、まだまだ沢山あるが彼女は要領と器用と何かが欠落していた。
イリスが俺の返事を待たずしてパーティに承諾したことにより、有無を言わさずに決定する事となった。
それから直ぐにしてラビットチャンピオンのボスと遭遇したのだが………。
「も、もうダメ……」
まさかの先程俺達を助ける為に放った魔法で魔力が切れたとは想像を超える酷さを目の当たりした。
ラビットチャンピオンのボスを見ると、やはり異常体で間違いなさそうな雰囲気を醸し出している。
決して生える事のないツノを頭部に持ち、赤い瞳であるはずが紫色へと変色し、二足立ちの足が小さく小回りを可能とするなど様々な変化を持っているキングオブラビットチャンピオン又はキングラビットとなんて呼ばれる通りの風格に冷や汗を垂らす。
...が、それよりもまさか、後方支援をしていくれると踏んだのにスキルの不発で魔力切れを自覚した瞬間ぶっ倒れ、シリアス展開を見事にバカによって壊されるとは思わなかった。
小さく溜息を吐き出して短刀を引き抜き、2人の前に立ち構える。
「…イリスはアスティアのカバー、もしもの時は守ってやってくれ。俺1人でなんとかやってみる」
そう言ったものの勝てる見込みが薄いのだが、この際四の五の言わずに深呼吸をして息を整える。
ー『速度強化』限界発動!
一瞬で終わらせる様に全力を持って地面を蹴り上げ、目にも止まらない速さで後ろに回り込むと早速短刀を振る。
背中からバッサリと、まずは手頃で無難な一手を選択したのだが、キングラビットは本来のラビットチャンピオンには不向きな"振り向き"を難なくとこなしてバックステップで避ける。
「くっ……そ!!」
だが、俺はそれを考えついてはいたので、更に一歩踏み込みバックステップしたキングラビットを追いかける様に駆け出すが、ここで予想外の行動に目を見開いた。
「ーーーーえっ?」
バックステップにより着地前を狙ったのだが、キングラビットはそれを待っていたかの様に器用に腰を捻り重心を動かして"回し蹴り"を俺の横顔に強打する。
まさかの行動に防ぐ事が出来ず、がら空きとなった箇所にクリーンヒットし、ミシミシと首の骨が軋み脳が揺れ、視界が一瞬にしてボヤけると、そのまま地面に転がり倒れ込んだ。
ラビットチャンピオンは足が異常に大きく長い、よって蹴り技など身体の構造上不可能なのだがこの異常体のキングラビットは短い足でまるで猫の足の様に丸く発達した足であった。
"通常ではやらない"事が常識の知識であった為に、この不意打ちはまさに最高の騙し技であり最高の必殺技となっている。
脳震盪か、脳に強い衝撃により視界も定まらない、そしてピクリとも動けない身体の隅々に意識すらもハッキリしない程強烈な攻撃だった。
「ヴァイス!」
「ウソ……やば、ちょっと起きなさいよ!」
滴る頭血が地面を濡らす中、俺は無意識にある言葉を口走っていた。
「ーーーに……に、にげ………ろ…」
キングラビットはずっと観察をしていた、ここまでやって来た俺達をずっと観察し一番の強敵が誰かを探り、部下を全て使って知り尽くした。
力無く横たわる男に目線をやり、ほっといても良いと判断したのか、ゆっくりと上体をイリスとアスティアにターゲットとして視線を向けた。
「どうしよう…どうしよう…」
イリスはぶつぶつと独り言を言いながら、目の前のキングラビットの放つ殺気に震える。
剣を構える手が先程から震え、身体も震えと恐怖により固まる。
ーこれは先程まで戦っていたラビットチャンピオンではない。
そう思って逃げなくればと考えると、思考とは反対に身体が思う様に動けない。
そして危惧するのが、一瞬にして血溜まりの中に倒れこんだ俺の心配により思考はすでにパニックと目の前が真っ白になっていた。
「イリス?ねえ!ねえってば!」
イリスはハッと目の前のキングラビットに視線を向けた時には、既に眼前に迫っており回避が難しい位置にいた。
だが、攻撃が当たるよりも早く彼女は何かに体当たりを受けて倒れ込んだ。
「きゃっ!」
「え、アスティアさん!」
アスティアがイリスを庇い攻撃を受けると、数メートル程吹き飛ばされる。
キングラビットは邪魔をしたアスティアを優先し、トドメを刺そうと高くジャンプして襲いかかった瞬間、この場に大きく響く声を上げる。
ー『完璧なる盗み』!!!!!!!
光が一つも差さない暗闇の中、重たい水の中に俺は溺れていた。
此処は何処だと、辺りを見回しても闇でしかない。
………死んだのか?、その問いかけに答えてくれる者も居なかった。
たが俺に唯一解る事は、この暗い闇の水の中で下へ下へと深く落ち行く事だけだった。
ーもういいか……俺の余生はやっと終わったんだ……
呟いた時一つの光が目の前にある映像を映し出した。
ーイリス!避けろ!止めろ、逃げろ!!
キングラビットがイリスに向けて駆け出す姿が目の前に映し出される。
ー何故逃げない!逃げろよ!
俺の問い掛けは届いていないイリス達に、重たいこの空間をもがきながら光に手を伸ばす。
やめてくれ、逃げてくれ、次第に声が出ず水の中にいる感覚がより強くなりゴボゴボと息すら出来なくなる。
この闇が……暴れ出す俺を強制的に引きずり込むかの様に渦を作り出し底の見えない奥地へと誘い始める。
更にここでも意識が遠くなるのを感じた時に、誰かが俺に問い掛けてきた。
《助けたいのか?》
ー誰だ……?
《あんなにも無関心で、人と関わる以前に生きる事を捨てたお前が何故人を心配する》
ー知るか、目の前に仲間が襲われているのに、無関心もクソも……
《"仲間"か……お前には縁のない物だと思っていたが》
ー…………
《お前は何を目指したい、何を生きる糧とする。子供の様な夢を飽きらめ、人生に絶望と疑問を感じた今、何を目標にもがく》
ーそうだ、俺は勇者にもその仲間にも、英雄すら程遠い存在だ
《それでもお前は此処から出る事を望むなら力を貸そう》
ー貸してくれ
《ならば、今の糧を願え》
ー俺は……
ー俺は、勇者になる事も仲間になる事も……英雄になる事も諦めた
ーけれどっ!俺は今だけでもあいつらの"英雄"になりたい!それが今の生きる糧だ!
《受け取った、その勇気と決意に……貴殿ヴァイス・リンスリードに力を与えよう》
俺は意識を強制的に戻すと、ゆっくりと起き上がりながら辺りに視線を送り、状況を理解するよりも早く"目標"を見つけて固有スキルを叫んだ。
身体中のアドレナリンが、俺の意識という意識を駆け巡り無意識に標的を捉えて右手を突き出していた。
"コイツノアタマヲヒキチギッテヤレ"と、誰かが俺に恐ろしい言葉を囁いた。
「知った事か、こっちを見ろクソ野朗オオオオ!!!」
俺の固有スキル『完璧なる盗み』は、白い輝きが消えると同時にキングラビットの左耳を手元に引き寄せていた。
突然の痛みに、アスティアの真上に位置していたキングラビットが空中でバランスを崩すと、アスティアの横に落下して呻き声と悲痛の叫びが入り混じった声が響く。
「ギャッガアアアアアアーーーーー!!!!!!」
血飛沫を上げながらのたうち回る白いケダモノを見ながら、ゆっくりと落としていた短刀一本を拾い上げる。
"アタマヲヒキチギレ"、また俺に囁いてくる。
まるで俺の『完璧なる盗み』で惨く殺せと言わんばかりに………だが、俺はそれを聞き入れない。
「俺は今だけ……英雄だっ!!」
吐き捨てる様に言いながら、駆け出して悶えるキングラビットにトドメを刺した。
「ヴァイス……」
「ヴァ…イ、ス」
怯えるイリスと弱々しいアスティアが、意識を朦朧と何度も息が絶えるまで刺し続ける俺を見て呟いた。
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