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第2章 幻影と覚醒、又は神の贈り物

第3話

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♢♦︎♢

 思わぬ戦闘だったが、馬車のおじさんが感謝にと値段を安くしてくれてる嬉しい報酬を手にして、無事に目的の村【ヤルム】に到着した。
 馬車のおじさんは次の村に向かって、新たな冒険者を乗せて出発したのを見送り村へと踏み入れる。
 クロムからほど近く、二人が出会ったコニャット村の南方に位置するヤルム村は、音静かな風情ある職人村である。
 事釜かな工芸を生業とし、人々の生活に無くてはならない物をメインに生産し生計を立てている。

「うわー、なんか変わった村だね?」

 和中合わせた雰囲気の家が立ち並び、赤い提灯の街灯が均等に道の両端に並べられている。
 初めて見れば、それは祭りの風景かと思うようなそんな村の景色を傍観と眺める二人。

「初めて来たけど、噂通り綺麗な村だな」

「そうだねー」

 聞いた話では、元々はクロムと同じ面積の街になる予定であったが、古くから居座る住人達の反発によってこの景観は保たれたと聞いている。
 一応小さな温泉もあるらしく、疲れた冒険者達が癒しに来る事が多いと聞く。
 隠れた秘境と言えようヤルムの村で、俺達は早速宿を取る事にした。

「はあ!?」

 温泉があると言う事で、どこもかしこも宿は満室となり、やっと見つけた小さな宿屋の中で俺は大きな声を上げる。
 周りの客達がなんだ?と顔をしながら、中心にいる俺が宿屋の店主を問い詰める。

「部屋が一つしか空いてない!?」

「ええ、すんませんねぇ。だから一部屋で良いなら料金は少しだけ割引くんで」

 申し訳ないと眉を八の字にしながら、店主は笑う。
 男同士のパーティならば、なにも困った事がないのだが、男女のパーティで同じ部屋で寝るのだけは何かまずい気がする。
 このまま馬車で先に行く事を考えながら、先程からお腹を減らしてへたり込んでいるイリスに寄る。

「大丈夫か?」

「うぅーお腹減ったよぉー」

「それはわかったから、もう少し我慢してくれ。それと、言いにくいんだけど、部屋が今一つしか空いてないみたいなんだ。それでも大丈夫か?」

 凛々しく、何も俺は狼狽えてませんよ。と冷静な表情を作りながら訊ねた。

「大丈夫ー……ご飯」

「そうか、わかった。じゃあ………え?マジ?」

「だーいじょーぶーーーーー!ごはーーーーん!」

 既に頭の中はご飯のみのイリスは、今の状況を深く考えてないのだろうなと思いながら、宿屋の店主に部屋の鍵を貰う。

「あいよ、ごゆっくり。お腹減ったのなら、テーブルに座って注文しとくれ!」

「ご飯!」

 イリスは店主の言葉を聞くと、目を星の様に光らせ食事スペースへと走り出す。

「あ、イリス!荷物……って、もう注文までしてるし」

 ため息を吐きながら、呆れた表情をしながら彼女の荷物を背負う。
 ……お金がないあの子をそのままほっといたらどうなるかな?なんて、悪い悪戯心を思い浮かべながらも、可哀想だと思い一人で苦笑しながら荷物を置くと、イリスの元へと合流した。

♢♦︎♢

「えええーーーーーーーーー!!!!!!」

 食事を終えて部屋に戻ると、案の定イリスが叫んだ。
 俺の真横で部屋の中を確認した直後のこの声量、腹が膨れたおかげか、俺の耳はキーンと耳鳴りが起こり耳元を抑えながらイリスを見る。

「だ、だから言っただろ。それとご近所迷惑だから……叫ばないでください」

 イリスが叫ぶのも無理はなく、シングルベッドが一つのみと、ソファーがない質素な部屋であったのだから、俺もこの部屋に荷物を置いた時に唖然としてしまったのを思い出す。
 最初はソファーで寝れば良いと考えていた自分も、この光景に絶句し頭を抱えたのだから。

「ま、いっか」

 イリスのキョトンとした表情と言葉に、思わず足の力が無くなりガクッと体勢が崩れた。

「は?」

 イリスは軽快な歩き方でベッドへとダイブする。

「おい、良いのかって……あれ?おーい、イリスさん?」

 耳を澄ませば、静かに寝息が聞こえる。
 ゆっくりと近付くと、イリスは子供の様に両手を口元に持って行き、足をくの字に丸まりながら寝ていた。
 きっとまあいーかは、彼女の眠気がピークに達した事で思考停止からきた言葉だと、俺は早くもイリスという人間を理解し始めてきたのかもしれない。
 とりあえず俺はこの状況から逃げ出す様に、ヤルム村自慢の温泉へと足を運ぶ事にした。
 宿屋の形は上から見れば、【日】の様な作りになっており俺達が寝泊まりする部屋からは、渡り廊下を渡らねば温泉へと行けない。
 今宵の夜空は満月により、渡り廊下は明るく照らされる。
 廊下の左右から見える庭には小さな池や、日々手入れされたであろう見てて飽きない景色となっている。
 小さな宿であるも、施設内は充分なまで細部に拘った造形に思わず何度も足を止めては見惚れてしまう。
 よそ見ばかりしながら、ようやく脱衣所へと到着した俺はいそいそと衣服を脱ぎ籠の中に入れると、浴場へと踏み入れるとまた驚きながら目を見開いた。

「す………っげー」

 感想が出てこない、これは観るものであり感じる空間なんだと俺は思った。
 幻想的な石造りの露天風呂、五段階の源泉の滝壺からせせらぐ音、中庭以上の凝ったデザインであった。
 俺は身体を洗い流しながら、その魅力溢れる湯船に浸かる。

「はぁーーー………」

 盛大な息が漏れる。
 足先が、太腿が、身体が、徐々に湯に浸かる事に疲れが、身体の奥底のありとあらゆる負が溶け出し剥がれ落ちて行く感覚に、思わず気持ち良さに声が漏れてしまう。

「皆此処の温泉に入るとそんな顔をしてしまうよ」

 湯煙の中、一つの人影が見え声を掛けられるまでは気付かなかった。
 彼の言う通り、少し緩みきった表情に慌てながら表情を戻し目を凝らして見る。
 湯煙が晴れ、次第に姿が映し出される。
 俺よりも一回り年上だろうか、落ち着いた雰囲気に大人のオーラを感じる男は、金髪碧眼のくっきりとした二重、高い鼻筋、男でも見惚れる自信のある顔立ち、露出している上半身には無駄のない筋肉であるも細くすらっとした色白肌の男は、屈託のない笑顔で俺に首横に傾きながら声を掛けてきた。

「……どうも」

 男として本能的に勝てないと悟った俺は、少しだけ畏まった態度を取ってしまった。
 そんな俺を見ながら、楽しそうに笑みを浮かべた男が隣へと移動する。

「隣、良いかい?ちょうど暇をしていた所だったんだ、お話をしよう。僕の名前はライズ」

 ライズと名乗った男に、俺ははにかみながら頷く事にした。

「構いませんよ、俺はヴァイスです。よろしくライズさん」

「ヴァイス、良い名前だね。見るからに冒険者かい?」

「ええ、ライズさんは?」

 俺の問いか、答えか。
 ライズさんは細くした目で笑みを浮かべながら頷く。

「一応は僕も冒険者だね」

 ………一応?
 彼の言葉に若干の引っ掛かりを感じながらも、ライズさんは冒険話を聞かせてほしいと俺に言ってきた。

「冒険話って、ライズさんも冒険者なんですし、大差無いですよ」

「はは、僕は一応冒険者として活動してるけど、普通とは違うんだ。僕はギルドに所属してないからね。勿論、組合連達にも」

「え?無所属ですか?」

 ギルド無所属であり、組合に属して無いと中々の制限があると聞いているが、ライズさんは肯定してうんうんと頷く。

「中々ね……ここだと言う街が見つけられなくてね。ヴァイス君はどこのギルドだい?」

「俺はクロムですよ」

「クロムか、一度行った事があるな。知り合いがそこに住んでいてね。良い街だよね?」

 懐かしいなと呟きながら、どこか遠くを見ながら微笑んだ。

「あのですね。逆に俺がライズさんの冒険話聞きたいです!」

「僕のかい?」

「ええ、俺。こう見えても本が好きで、冒険譚や英雄譚等を中心に読んでてですね」

 今まで読んできた本を話すと、ライズさんも釣られるように笑いながら今までの冒険話を教えてくれた。
 食料が無くなり奇跡的に村に辿りついた話、迷い込んだ森にて遭遇したモンスター、あそこはどこそこを見る事がオススメや、観てきたもの聞いたもの感じたものをライズさんは教えてくれた。

「ーーーーそうか、ヴァイス君はこれから仕事でスズレンに行くのか。あそこはとても良い所だ」

「本だけしか知りませんが、ここに負けず劣らずなんですよね?」

「此処よりも良い、砂漠のど真ん中にあるんだけどね。スズレンは砂漠とは程遠い場違いなオアシスの街さ」

「スズレン村なのに街ですか?」

「ああ、五年程前かな?徐々に村の規模が大きくなっててね。最近じゃ、クロムやロゥレン、オラタルと同じように都市入りしようって話だよ」

 都市入り、村が大きくなり街となった物を都市入りと呼ばれる。
 都市入りすれば大きなメリットがあり、直轄のギルドや組合連が出来る他に、村であった時にはギルドに援助金を払って小さなギルド等を作って貰って年間契約をする。
 商売関連なんかも組合連から年間契約として多額の金額を街が払わなければならないのだが、それが無くなり逆にギルドや組合連が納税という形で街に支払う形になる。
 街全体の財政も潤い、人口や商売の幅も広がるので何かと都市入りには期待されていたりする。
 その反面、デメリットは増加する人口と治安が不安定になり、あやふやであった法もガチガチに固められ住民達が混乱したり、住民達も増税を受けたり小さい事ばかりだがある様子だ。

「ーーーおっと、長く浸かり過ぎたね」

 ライズさんはキリの良い所で話を終えると、湯船から立ち上がった。

「また機会があれば続きを話そう」

「ええ、楽しかったです」

 片手を軽く上げて消えて行く背中を眺めながら、俺ものぼせ気味な気怠さに襲われ立ち上がった。
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