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第2章 幻影と覚醒、又は神の贈り物
第4話
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♢♦︎♢
翌朝、俺は温泉から戻ると大の字に寝ているイリスを横目に、野営の為に使おうと用意した毛布を引っ張りだして床で寝た。
一年目の俺としては、ベテランから見れば充分ひよっ子冒険者であるも、野宿の経験は充分に積んでいるので床で寝ようが平気だった。
……正直な所、宿屋に泊まって床で寝るのは何か虚しい気持ちに苛まれるが、思い切ってベッドを半分使おうかも悩んでいたのも事実だ。
でも彼女ーイリスは、寝ながらにしてそれをさせなかった。
最初は丸まっていた彼女が、戻ってきた時には先程言った通りに大の字になり、横へ押し出そうにもテコで動かない彼女だった為に、良心がとか純情な気持ちだからとか関係なしに床に寝る事しか選択肢が無かった。
「あれ、ヴァイス。今日は珍しく早起きね?」
床で寝れば寝心地も悪い、俺が毎日寝起きが悪いのはフワフワの布団があってこそだ。
身体のあちこちが痛みながら朝を迎え、耐えきれなくなり日が昇った時には自然と目が覚めた。
「おはよう………」
「?」
折角の温泉が、効能なにそれと打ち消された気分で俺が起きた一時間後にイリスは目を覚ました。
気持ち良さそうに上半身をぐっと身体のコリをほぐすように伸びをしながら、床で毛布に包まれながら座り込む俺を見てきたので挨拶すると、彼女は俺の顔を見ながら首を傾げる。
きっと休まった気がしないので、疲れた表情をしてたのだろう。それでもイリスはなにも言わず、いそいそと着替えの準備をする。
「温泉!!」
そう言って俺を突き飛ばすーーー跳ね飛ばすようにして部屋を飛び出した。
一体なんなんだあのテンション。
一人残された俺は苦笑交じりに、空いたベッドに移動して二度寝を始めた。
♢♦︎♢
クロムの街、都市入りして早50周年を迎える間近、ギルドではいつも通り事務仕事をしているティファが上司に押し付けられた祭りの書類を作成していた。
来月に行われる都市入祭を控え、抱える仕事は無数にある。
一向に減らない仕事量に思わず溜息が溢れ、ぐーっと背もたれに重心を預け背伸びをする。
「あのー?」
ふと声をかけられ、それがティファ自身に向けられたのか辺りを見渡してから、対面にいる女性に気付く。
「あはは、ごめんなさい。ようこそギルドへ、依頼ですか?」
「あ、いえ……」
ティファはその綺麗な髪色を見て、彼女の目的を理解した。
ヴァイスとイリスから前もって話を聞いていた。
他所の街所属の同級生とパーティを組むかもしれない。とーーー。
「アスティア・メリンさんですか?」
「ふえっ!?」
自分の名前を呼ばれるとは思っていなかった彼女は、なんとも間抜けな表情をしている。
ティファは思わず彼女の事を可愛いと感じてしまった。
「ふふ、ごめんなさい。私はティファ・アリスマンです。ここの受付を主に担当おり、今回の担当を務めさせて頂きます」
書類の山を見るアスティアに、ティファは苦笑をしながら「お祭りが来月にありまして」と答える。
「ヴァイス君から聞いてるよ」
それじゃあと、奥への部屋にティファはアスティアを案内する。
冒険者は安易に簡単に所属を変える事は出来ない、その際の手続きはいくつもの書類と明確な理由をギルドに申し入れ許可を貰う事。そして許可が降りたら異動先のギルドに手続きの書類と打診を行う。
今日アスティアが来たのは、その打診を行う為にクロムへと来たのだ。
「あ、あの……ヴァイスは今日」
もじもじしながら、ティファに訊ねる。
「昨日からスズレンへとクエストに向かってますよ。戻るのは10日後だったと思います」
ティファは手元の書類を見ながら、緊張した面でヴァイスの不在にガッカリと項垂れてもいる彼女に困惑しながらもいくつか質問を始めた。
♢♦︎♢
断崖絶壁が続く地理にて、徐々に細い道へと変貌する土地にて、悠々と恐れる事なく歩く青年がいる。
此処を抜ければ砂漠地帯、人も通らない"魔物道"に青年は歩き続ける。
青年は動きやすくも場違いな小綺麗な軽装に、埃や汚れを防ぐ為のローブを身に付け、腰元には細身の剣を携えて絶景な景色を楽しそうに見る。
「遂に出会えたね」
それは独り言、昨晩の事を思い出す。
自分がもしも女性だったのならば、彼女を待っていただろう。
でも、彼は男である事には変えられず、だから“待った"。
明るい緋色の髪とは正反対の闇を持った少年に出会えた。
どれほど待ったか、思い出すと彼は思わず苦笑して笑った。
「ヴァイス・リンスリード君か」
良い名前の響きだと、頷く様に彼の名を口ずさむ。
ライズはあの瞳の奥に、全ての歴史を垣間見た。
「うん、あの歳とレベルで固有スキルを習得するなんて……中々面白い子を見つけたな」
ヴァイス・リンスリードのレベルも職業も、倒してきたモンスターの数やスキル全てが彼の眼に情報として入り込んだ。
ライズには見透す力が、眼が存在する。
スキル発動では無く、常に発現状態のその瞳はヴァイスがまだいるであろうヤルム村の方角へと視線を移した。
固有スキル、神からの気まぐれの産物ー又は、ギフトと呼ばれる必殺のスキル。
彼ーライズは、それを所有し世界に無いスキルを持っている。
自分自身、これを固有スキルとは呼ばず特殊スキルと呼称し、常に発現状態にある碧眼を変身スキルで常人の眼と変わらないフリをしていた。
ライズはゆっくりと手を左目を隠し手を退けると、碧眼の瞳に宿る逆三角形に一本の線を引いた単純な紋章が現れた。
人はその紋章を“神の槍"と呼ぶ。
「懐かしい英雄譚、いいや勇者の物語の1ページの更新?」
彼は楽しそうに笑う。
ヴァイス・リンスリードを見て思った。
ーーー僕は知っている。
勇者とは魔王の素質を持った者だと。
ーー僕は知っている。
英雄とは世界の救世主であるも、破壊者と成り得る事を。
ー僕は知っている。
数多の歴史を見てきた事により、剣は愛を守り愛を殺す事を。
………知っている。知っている。
全てを僕は知り尽くしてしまっている。
彼はどちらになるのだろうか、僕の眼に映るのは強く強く輝く光とそれを呑み込む大きな闇を僕は感じた。
彼はどっちの才能もある気がする。……そう感じてならない、楽しみで仕方なくなっていた。
「当初の目的とは違ったけど、逆に良かったかな」
不意に大きな風が渓谷から吹き荒れる。
ライズは警戒もする事なく立ち止まると、深い谷底からドラゴンの形状に似たモンスターが現れた。
"ワイバーン"、ドラゴンもどきと呼ばれる程見た目は物語に出るドラゴンと瓜二つなのだが、強さ、大きさはドラゴンの比ではない。
空想的幻想的生物ドラゴン、全長20メートル翼を広げたら横幅50メートル近いのだが、ワイバーンはおよそ5メートルと小柄である。
だが強さはドラゴンとは違くとも、現冒険者の中でワイバーンを倒せる物は少ない。
ライズはそのワイバーンを目の前にして、余裕綽々な表情で空の王者と呼ばれる物は眺める。
「この一帯は君の国なのかい?」
「グアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
咆哮一つで地割れが起き、辺り一帯の空間が揺れる。
「ごめんね?」
ライズは笑顔のまま謝る。その瞬間、ワイバーンは身体中のあらゆる箇所から紫色の血液を噴き出し地に堕ちた。
深い谷底から現れ、そして堕ちるワイバーンを一瞥する。
彼は思った、まるであの子の様だと………。
簡単に天に昇れ、簡単に地に堕ちる。ヴァイス・リンスリードとイリスは表と裏であり一対にもなる。
今は誰もわからないだろう。気付く者はいないだろう。それが僕だけが気付いた。知った。覚えた。
ライズは底の見えない谷底を眺め終わると歩き出した。
「また会おう」
誰に言う訳でもない。
自分への言葉。
いや、きっと会えるし会うのだが。彼はそう呟いて歩く。
♢♦︎♢
「はぁーーーーっ!!」
犬耳と犬の尻尾を生やした獣人族の冒険者が、緑色のモンスターに斬りかかる。
「右から来るぞ!!前衛カバー!馬車に近づかせるなよ!」
ガタイのドッシリとした体格で、ずんぐりむっくりな体型3頭身のドワーフの大男が叫ぶ。
「続々来るぞ。ビビるなよ!」
大剣を背負った男が喝を入れながら馬車を3台囲み、緑色のモンスター"ゴブリン"から守る戦士組合達。
俺達はスズレンへと向かう為に護衛馬車に乗り込んだ矢先、ゴブリンの群れに襲われた。
ゴブリン、数十年前まで亜人種かモンスターかずっと議論されていたモンスター。
今は正式にモンスター扱いとなっているが、人並みに器用な文明を持っている。
石器的な文明で、石と木でできた石斧や石で研いだ剣で獲物を狙う。
一見人型だが、猫背と肌は緑。金眼の猫目であり言葉は喋れずガーガーと鳴き、1.2メートルの小柄な身長。そして素早い動きで相手を囲み狙う習性がある。
「はっ!イリス、一体だけに集中しろ!いつも通り後は俺がカバーするから!」
俺は背中合わせになりながら、真後ろにいるイリスへ言葉を投げる。
イリスも返事をする暇がないのか、背後から金属のぶつかり合いだけが聞こえる。
ちらりとイリスを見ると、俺の言葉通りに一体だけに集中していたのを見て口角を上げる。
二体のゴブリンが俺の横を通り抜けようとする。
「ーーーさせるか!」
一体のゴブリンを回転蹴りで吹っ飛ばし、もう一体を投げナイフで突き刺してイリスへと向かうのを防いだ。
そして素早く蹴りつけたゴブリンにトドメを刺す。
「ヴァイス!ヴァイス!なんであたし達も戦わなきゃいけないのー!」
ようやくイリスが一体のゴブリンを倒して声を出した。
護衛馬車、本来ならば俺達も馬車の中に座ってれば良いだけなのだが、思った以上にゴブリンの群れの数が多い事で乗り合わせた乗客達の視線が痛かった事もあり、無償で手伝う事を進言した。
それに対して、イヤイヤ期のイリスを無理矢理連れ出して今に至る。
「文句を言うなよ。あんな中居られないでしょ」
「意味わかんない!」
この子はあのジト目に気付かないのか!そんな事を思っていると、目の前のゴブリンがボウガンを構えた。
「ちっ!」
狙いがイリスだと察し、右手をそのゴブリンへと突き出す。
ー『完璧なる盗み』!
発射される筈の矢が俺の手元へと手繰り寄せられる。
「ーこのっ!」
「グギャッ!?」
お返しだと矢を投げ付け、見事ゴブリンの胸に命中させた。
戦士組合から派遣された護衛は一台に付き二人、3台の馬車により6人の戦士が守っているが、ゴブリンは十倍近い数でやや劣勢だ。
この調子なら、俺達は結局出る羽目になってたかな?と思いながら目の前のゴブリンへと斬りかかる。
「イッテェ!?」
突然戦士の一人が声を上げる。直ぐに視線を向けると、ゴブリンが放った矢が一人の戦士の腕に刺さる。
「ヤバイ」
「大丈夫、行って!」
倒れ込んでしまった戦士の男に、2匹のゴブリンが襲い掛かる。
それにいち早く反応するも、イリスの存在に足が泊まろうとした矢先、後方から彼女が言い放つ。
ー『ブレイク』!!
四方八方から迫るゴブリンを俺とイリス中心から、魔力を爆散させた波状が放たれ道が開く。
目の前のゴブリンを斬り倒し、戦士を狙った2匹のゴブリンに猛スピードで迫り空中で回転斬りする。
着地と同時にチラリとイリスを心配するが、他の護衛戦士が俺の代わりを務めるかの様にカバーしてくれるのが見えた。
腕を抑える戦士に向き直りながら声をかける。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとよ兄ちゃん。助かったぜ!」
手を貸して立ち上がらせながら、近付くゴブリン達を薙ぎ払う。
ようやく半数近くを削ると、少なからず知性のあるゴブリン達が身を引いた。
翌朝、俺は温泉から戻ると大の字に寝ているイリスを横目に、野営の為に使おうと用意した毛布を引っ張りだして床で寝た。
一年目の俺としては、ベテランから見れば充分ひよっ子冒険者であるも、野宿の経験は充分に積んでいるので床で寝ようが平気だった。
……正直な所、宿屋に泊まって床で寝るのは何か虚しい気持ちに苛まれるが、思い切ってベッドを半分使おうかも悩んでいたのも事実だ。
でも彼女ーイリスは、寝ながらにしてそれをさせなかった。
最初は丸まっていた彼女が、戻ってきた時には先程言った通りに大の字になり、横へ押し出そうにもテコで動かない彼女だった為に、良心がとか純情な気持ちだからとか関係なしに床に寝る事しか選択肢が無かった。
「あれ、ヴァイス。今日は珍しく早起きね?」
床で寝れば寝心地も悪い、俺が毎日寝起きが悪いのはフワフワの布団があってこそだ。
身体のあちこちが痛みながら朝を迎え、耐えきれなくなり日が昇った時には自然と目が覚めた。
「おはよう………」
「?」
折角の温泉が、効能なにそれと打ち消された気分で俺が起きた一時間後にイリスは目を覚ました。
気持ち良さそうに上半身をぐっと身体のコリをほぐすように伸びをしながら、床で毛布に包まれながら座り込む俺を見てきたので挨拶すると、彼女は俺の顔を見ながら首を傾げる。
きっと休まった気がしないので、疲れた表情をしてたのだろう。それでもイリスはなにも言わず、いそいそと着替えの準備をする。
「温泉!!」
そう言って俺を突き飛ばすーーー跳ね飛ばすようにして部屋を飛び出した。
一体なんなんだあのテンション。
一人残された俺は苦笑交じりに、空いたベッドに移動して二度寝を始めた。
♢♦︎♢
クロムの街、都市入りして早50周年を迎える間近、ギルドではいつも通り事務仕事をしているティファが上司に押し付けられた祭りの書類を作成していた。
来月に行われる都市入祭を控え、抱える仕事は無数にある。
一向に減らない仕事量に思わず溜息が溢れ、ぐーっと背もたれに重心を預け背伸びをする。
「あのー?」
ふと声をかけられ、それがティファ自身に向けられたのか辺りを見渡してから、対面にいる女性に気付く。
「あはは、ごめんなさい。ようこそギルドへ、依頼ですか?」
「あ、いえ……」
ティファはその綺麗な髪色を見て、彼女の目的を理解した。
ヴァイスとイリスから前もって話を聞いていた。
他所の街所属の同級生とパーティを組むかもしれない。とーーー。
「アスティア・メリンさんですか?」
「ふえっ!?」
自分の名前を呼ばれるとは思っていなかった彼女は、なんとも間抜けな表情をしている。
ティファは思わず彼女の事を可愛いと感じてしまった。
「ふふ、ごめんなさい。私はティファ・アリスマンです。ここの受付を主に担当おり、今回の担当を務めさせて頂きます」
書類の山を見るアスティアに、ティファは苦笑をしながら「お祭りが来月にありまして」と答える。
「ヴァイス君から聞いてるよ」
それじゃあと、奥への部屋にティファはアスティアを案内する。
冒険者は安易に簡単に所属を変える事は出来ない、その際の手続きはいくつもの書類と明確な理由をギルドに申し入れ許可を貰う事。そして許可が降りたら異動先のギルドに手続きの書類と打診を行う。
今日アスティアが来たのは、その打診を行う為にクロムへと来たのだ。
「あ、あの……ヴァイスは今日」
もじもじしながら、ティファに訊ねる。
「昨日からスズレンへとクエストに向かってますよ。戻るのは10日後だったと思います」
ティファは手元の書類を見ながら、緊張した面でヴァイスの不在にガッカリと項垂れてもいる彼女に困惑しながらもいくつか質問を始めた。
♢♦︎♢
断崖絶壁が続く地理にて、徐々に細い道へと変貌する土地にて、悠々と恐れる事なく歩く青年がいる。
此処を抜ければ砂漠地帯、人も通らない"魔物道"に青年は歩き続ける。
青年は動きやすくも場違いな小綺麗な軽装に、埃や汚れを防ぐ為のローブを身に付け、腰元には細身の剣を携えて絶景な景色を楽しそうに見る。
「遂に出会えたね」
それは独り言、昨晩の事を思い出す。
自分がもしも女性だったのならば、彼女を待っていただろう。
でも、彼は男である事には変えられず、だから“待った"。
明るい緋色の髪とは正反対の闇を持った少年に出会えた。
どれほど待ったか、思い出すと彼は思わず苦笑して笑った。
「ヴァイス・リンスリード君か」
良い名前の響きだと、頷く様に彼の名を口ずさむ。
ライズはあの瞳の奥に、全ての歴史を垣間見た。
「うん、あの歳とレベルで固有スキルを習得するなんて……中々面白い子を見つけたな」
ヴァイス・リンスリードのレベルも職業も、倒してきたモンスターの数やスキル全てが彼の眼に情報として入り込んだ。
ライズには見透す力が、眼が存在する。
スキル発動では無く、常に発現状態のその瞳はヴァイスがまだいるであろうヤルム村の方角へと視線を移した。
固有スキル、神からの気まぐれの産物ー又は、ギフトと呼ばれる必殺のスキル。
彼ーライズは、それを所有し世界に無いスキルを持っている。
自分自身、これを固有スキルとは呼ばず特殊スキルと呼称し、常に発現状態にある碧眼を変身スキルで常人の眼と変わらないフリをしていた。
ライズはゆっくりと手を左目を隠し手を退けると、碧眼の瞳に宿る逆三角形に一本の線を引いた単純な紋章が現れた。
人はその紋章を“神の槍"と呼ぶ。
「懐かしい英雄譚、いいや勇者の物語の1ページの更新?」
彼は楽しそうに笑う。
ヴァイス・リンスリードを見て思った。
ーーー僕は知っている。
勇者とは魔王の素質を持った者だと。
ーー僕は知っている。
英雄とは世界の救世主であるも、破壊者と成り得る事を。
ー僕は知っている。
数多の歴史を見てきた事により、剣は愛を守り愛を殺す事を。
………知っている。知っている。
全てを僕は知り尽くしてしまっている。
彼はどちらになるのだろうか、僕の眼に映るのは強く強く輝く光とそれを呑み込む大きな闇を僕は感じた。
彼はどっちの才能もある気がする。……そう感じてならない、楽しみで仕方なくなっていた。
「当初の目的とは違ったけど、逆に良かったかな」
不意に大きな風が渓谷から吹き荒れる。
ライズは警戒もする事なく立ち止まると、深い谷底からドラゴンの形状に似たモンスターが現れた。
"ワイバーン"、ドラゴンもどきと呼ばれる程見た目は物語に出るドラゴンと瓜二つなのだが、強さ、大きさはドラゴンの比ではない。
空想的幻想的生物ドラゴン、全長20メートル翼を広げたら横幅50メートル近いのだが、ワイバーンはおよそ5メートルと小柄である。
だが強さはドラゴンとは違くとも、現冒険者の中でワイバーンを倒せる物は少ない。
ライズはそのワイバーンを目の前にして、余裕綽々な表情で空の王者と呼ばれる物は眺める。
「この一帯は君の国なのかい?」
「グアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
咆哮一つで地割れが起き、辺り一帯の空間が揺れる。
「ごめんね?」
ライズは笑顔のまま謝る。その瞬間、ワイバーンは身体中のあらゆる箇所から紫色の血液を噴き出し地に堕ちた。
深い谷底から現れ、そして堕ちるワイバーンを一瞥する。
彼は思った、まるであの子の様だと………。
簡単に天に昇れ、簡単に地に堕ちる。ヴァイス・リンスリードとイリスは表と裏であり一対にもなる。
今は誰もわからないだろう。気付く者はいないだろう。それが僕だけが気付いた。知った。覚えた。
ライズは底の見えない谷底を眺め終わると歩き出した。
「また会おう」
誰に言う訳でもない。
自分への言葉。
いや、きっと会えるし会うのだが。彼はそう呟いて歩く。
♢♦︎♢
「はぁーーーーっ!!」
犬耳と犬の尻尾を生やした獣人族の冒険者が、緑色のモンスターに斬りかかる。
「右から来るぞ!!前衛カバー!馬車に近づかせるなよ!」
ガタイのドッシリとした体格で、ずんぐりむっくりな体型3頭身のドワーフの大男が叫ぶ。
「続々来るぞ。ビビるなよ!」
大剣を背負った男が喝を入れながら馬車を3台囲み、緑色のモンスター"ゴブリン"から守る戦士組合達。
俺達はスズレンへと向かう為に護衛馬車に乗り込んだ矢先、ゴブリンの群れに襲われた。
ゴブリン、数十年前まで亜人種かモンスターかずっと議論されていたモンスター。
今は正式にモンスター扱いとなっているが、人並みに器用な文明を持っている。
石器的な文明で、石と木でできた石斧や石で研いだ剣で獲物を狙う。
一見人型だが、猫背と肌は緑。金眼の猫目であり言葉は喋れずガーガーと鳴き、1.2メートルの小柄な身長。そして素早い動きで相手を囲み狙う習性がある。
「はっ!イリス、一体だけに集中しろ!いつも通り後は俺がカバーするから!」
俺は背中合わせになりながら、真後ろにいるイリスへ言葉を投げる。
イリスも返事をする暇がないのか、背後から金属のぶつかり合いだけが聞こえる。
ちらりとイリスを見ると、俺の言葉通りに一体だけに集中していたのを見て口角を上げる。
二体のゴブリンが俺の横を通り抜けようとする。
「ーーーさせるか!」
一体のゴブリンを回転蹴りで吹っ飛ばし、もう一体を投げナイフで突き刺してイリスへと向かうのを防いだ。
そして素早く蹴りつけたゴブリンにトドメを刺す。
「ヴァイス!ヴァイス!なんであたし達も戦わなきゃいけないのー!」
ようやくイリスが一体のゴブリンを倒して声を出した。
護衛馬車、本来ならば俺達も馬車の中に座ってれば良いだけなのだが、思った以上にゴブリンの群れの数が多い事で乗り合わせた乗客達の視線が痛かった事もあり、無償で手伝う事を進言した。
それに対して、イヤイヤ期のイリスを無理矢理連れ出して今に至る。
「文句を言うなよ。あんな中居られないでしょ」
「意味わかんない!」
この子はあのジト目に気付かないのか!そんな事を思っていると、目の前のゴブリンがボウガンを構えた。
「ちっ!」
狙いがイリスだと察し、右手をそのゴブリンへと突き出す。
ー『完璧なる盗み』!
発射される筈の矢が俺の手元へと手繰り寄せられる。
「ーこのっ!」
「グギャッ!?」
お返しだと矢を投げ付け、見事ゴブリンの胸に命中させた。
戦士組合から派遣された護衛は一台に付き二人、3台の馬車により6人の戦士が守っているが、ゴブリンは十倍近い数でやや劣勢だ。
この調子なら、俺達は結局出る羽目になってたかな?と思いながら目の前のゴブリンへと斬りかかる。
「イッテェ!?」
突然戦士の一人が声を上げる。直ぐに視線を向けると、ゴブリンが放った矢が一人の戦士の腕に刺さる。
「ヤバイ」
「大丈夫、行って!」
倒れ込んでしまった戦士の男に、2匹のゴブリンが襲い掛かる。
それにいち早く反応するも、イリスの存在に足が泊まろうとした矢先、後方から彼女が言い放つ。
ー『ブレイク』!!
四方八方から迫るゴブリンを俺とイリス中心から、魔力を爆散させた波状が放たれ道が開く。
目の前のゴブリンを斬り倒し、戦士を狙った2匹のゴブリンに猛スピードで迫り空中で回転斬りする。
着地と同時にチラリとイリスを心配するが、他の護衛戦士が俺の代わりを務めるかの様にカバーしてくれるのが見えた。
腕を抑える戦士に向き直りながら声をかける。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとよ兄ちゃん。助かったぜ!」
手を貸して立ち上がらせながら、近付くゴブリン達を薙ぎ払う。
ようやく半数近くを削ると、少なからず知性のあるゴブリン達が身を引いた。
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これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
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パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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