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第2章 幻影と覚醒、又は神の贈り物

第13話

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♢♦︎♢

 あれから生存者を捜索したが、イリスとアスティアは泣き出しそうな表情で村を周り……俺は、自分の無力さに押し潰されそうになりながら、所々破けたぬいぐるみを拾い上げる。
 正直、俺達は死にかけた。いや、助っ人が現れなければ死んでいた事は間違いないだろう。

 今日まで気楽な余生として送って来たが、一つ決心した様にヴァイスはぬいぐるみを地面に置き直しながら手を合わせた。
 自分の弱さを思い知ったヴァイスは、祈るように目を瞑る。

「…兄ちゃん?」

「レノアさん。……それって?」

 背中越しに声をかけられ、振り向くとガイアスが使用していたハルバードの破片を手に持っているレノアが、隣にしゃがみ込みながら、ぬいぐるみの横に突き立てて手を合わせる。
 暫くヴァイスはレノアを眺めながら、同じ様に手を合わせる。
 どれくらいか、1分程の沈黙の後に目を開けるとレノアが話しかけてくる。

「隊長……ガイアスさんは子供好きなんで、ここで眠らせて貰えれば喜ぶかなって」

「そうですか……。ええ、喜ぶと思いますよ」

「はは、しっかりと眠ってくれれば良いけど。何かと小言が煩かったから、寂しくもあるな」

 犬耳がぺたりと伏せられながら、尻尾も縮こまり力無く垂れる。
 ヴァイスは立ち上がり、そんなレノアの後ろ姿を見つめながら、自身もガイアスに何か大事な事を教われたと思いながら拳を握る。

「ガイアス……懐かしい名だ」

 2人の後ろから、レイシルがボソリと呟いた。

「…レイシル、様?」

「僕等が駆け出しの頃、何かとお世話になったんだよ」

「師匠とは顔見知りだったんですね」

「顔見知りも何も、彼は元冒険者ギルド所属で“激昂”なんて呼ばれていた憧れの人だったよ……。彼は奥さんと娘の3人家族で、家では無口で感情を表に出す人間じゃなかった。彼はとても不器用で、それでいて優しい……」

 レイシルが懐かしそうに笑みを浮かべ、ゆっくりと2人の前を通り過ぎ。ガイアスの簡易な墓にしてあるハルバードの破片を前に立ち止まると、拳を胸に当てながら目を瞑り、黙祷を捧げた。
 その姿にレノアは涙を拭きながら空を見上げる。

「ありがとうございます……」

「君の事も昔聞いたよ、できの悪い弟子が出来たって」

 立ち上がりながら、涙を我慢しているレノアへと視線を向けるレイシルにレノアは呆然としながら反応する。

「それでも見込みはあるし、自分を超える人物だと褒めていたよ。彼があんなに優しく笑っていたのは初めてで、最初驚いたけどね」

 苦笑しながらレイシルはレノアの肩を叩いてその場を後にした。

「師匠だったんですね……ガイアスさんって」

 ヴァイスの言葉に頷きながら、レノアは思い出に浸る様子で話してくれた。

「ガイアス隊長は俺に戦い方を教えてくれた人だよ。師匠とは全然戦闘センスが違うのは、彼が俺にあった戦い方をしろと言ってね。ある程度は武器に精通していたから基礎を教えてもらった……後はどんな任務も俺をそばに置いて、アドバイスしながら成長させてくれたんだ。いっつも怒ってばかりで、褒めた事……一度もなかったから、時折悔しくなって。最後の言葉が、俺が初めて聞いた褒め言葉だった」

 レノアは我慢できずに嗚咽混じりで泣き出した。ヴァイスはそれを黙って聞き入れ、背中に手を添える事だけが精一杯で、何を口にしていいかわからず、おもむろに呟くように言ったのは……自分自身に対しての言葉でもあった。

「精一杯生きて…強くなりましょう」

 レノアは頷き、ヴァイスは彼をそっとして置いてやろうとその場を離れる。

「あ………」

 聞いていたのか、背を向けた直後にイリスが悲しそうな表情で目が合う。

「大丈夫、そっとしておいてあげよう?」

 白銀の綺麗な髪を撫でながら、帰り支度をしているアスティア達の元へと向かった。

「アスティア、ありがとな」

「別に……ティファさんってギルドの人に頼まれたから、別に」

 素直に助けに来てくれたアスティアに礼を言うと、照れ臭そうに顔を真っ赤にしながらそっぽを向く彼女に思わず笑みがこぼれる。
 エルフの妖精と呼ばれるルナが、今後について説明してくれた。
 なんでもギルド上層部が話を聞きたいと、事が済んだら急ぎ戻って来てほしいとのことだった。

「それについてなんですが、俺は少し残っても良いですか?」

 いつの間にか戻って来ていたレノアが、申し訳なさそうな表情を浮かばせながらガイアスの墓を見ながらそんなことを言い出した。

「彼のお墓をしっかり作りたいのと、せめて村人達の埋葬もやりたいので」

「うん、良い事だね。僕等も手伝いたいがギルド上層部から直々に帰ってこいとお達しがきている。君1人に任せてしまうかもしれないが、それでも良いのなら……」

「構いません」

 レノアの事情に関心した表情のレイシルは、苦い顔付きで1人残す事になると伝えるも、レノアは即答で受け入れた。
 少し話をしながら、レノアが帰りやすい様に馬を一頭残してヴァイス達はクロムへと向かう事になった。

「本当に良いんですか?」

 ヴァイスの心配そうな表情に、レノアはにっこりと笑って頷いた。

「大丈夫だよ。また機会があれば会おう?」

「はい!」

「レノアさん、また会いましょう!」

 レノアの言葉にヴァイスは強く頷き、イリスも満面な笑みで返した。
 馬車に乗り込むと、レノアは最後までヴァイス達の馬車が見えなくなるまで手を振ってくれて、それを彼等もずっと手を振って応えた。
 ヴァイスにとって、今回のイレギュラーは大いに人としても冒険者としても成長した。単純なレベルアップではなく、今までソロで活動していた彼にとっては、大きな変革となった事だろう。
 小さくなっても、今だ手を大きく振り続けるレノアを見ながら彼は決心する。

 ー強くなろうと。

 ー誰かを失わない、悲しませない程強くなろうとヴァイスは心に誓った。
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