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第4章 改革と祭り

第7話

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 霧がかったこの空間は、屍の巨人兵との対峙を思い出す。
 一種の思い出したくない過去、いや2度とゴメンだと言わんばかりの体験だろう。

 重い足、重い腕、頭の中に血流に酸素が不足し、酸素を求める様に大きく息を吸う。
 だが身体は不思議な事に、それを拒絶し更に大きく息を吐き捨てる。

 ああ…くそ、勿体無い。空気をロクに吸った気にならず、なのに吐き出す酸素はそれ以上を出てる気がする。
 ヴァイスは此処に来て、すでに限界を超えている。
 それを更に超えようとするのは矛盾?いや、不可能な域に達している。

 くそ、くそ、くそ……愚痴りたい衝動すら、吐き出したい気持ちすら体力が削られてしまう今を、背後に鬼気迫る追跡者の気配も消えず、ヴァイスはボロボロになり、僅か30センチの短刀も所々欠けたボロ刀を後生大事に持ち続けている状態で、目の前のワイトスモッグと共闘しているかの様に現れるモンスター達を斬り捨てながら走り続ける。

 ーくそ、出口は何処だよ。くそ!!

 泣き出しそうになる不安な感情すら、湧き上がり始めようとしていた。

「…ぜっ、ぜぇ……く、そ…ぜっ」

 もう声すら掠れ掠れにより、呼吸の邪魔とばかりに言葉にならない声が漏れる。

 希望も何もかも湧き出ない状況の中、目の前にふと夜でありながら更に黒い大きな影が現れる。

「……く、そ…」

 此処に来て、眼前に現れたのは森の主と呼ばれる凶暴なモンスターで知られる【フォレストベア】、屈強な肉体を持ち、風貌は熊の様でありながら鋭い爪は無くも大岩の様な大きな拳を持つモンスター。
 硬い皮膚と毛皮に守られた寸胴な体格でありながら、スピードはまあまあな速度を持ち合わせている。

 今のヴァイスの体力にとって、普段の何十倍もの難敵と言えよう。

 よりにもよって、このフォレストベアが現れるのは予期していなかった。
 いや、既にヴァイスの頭の中では思考が止まっていた。

「…ぐ、くそ……があーーー!!!!」

 普段とは違う語気で、残り滓となった気力を奮い立たせボロボロの短刀を構え立ち向かう。
 いや、走り止めようとせずに向かった。

 ー止まるな。止まるな。足を……止めるな!!

 それが生きる道とばかりに、大きな口を開け咆哮しながら拳を振り上げて、フォレストベアへと真っ向勝負を仕掛けたヴァイス。
 力を振り絞り、短刀を突き立て突貫する。

 バキッー……。嫌な金属の破壊音を響かせ、フォレストベアの腹部へと突き立てた短刀が無惨にも砕け散った。

「………………ッ……くっ…」

 絶望か、又は死の悟りか……ヴァイスは言葉が浮かば無い。
 ただただ絶望した表情で短刀を見る。

「グオオオオオオオッ!!!」

 鋭い怒号、咆哮と共に拳がヴァイスを襲う。
 絶望の中咄嗟の判断により、両腕をクロスさせ受け止める。

 あまりにも重い衝撃により、後方へと吹き飛ぶヴァイスは背中を大木に打ち付けられ崩れ落ちる。
 衝撃、威力、重圧、様々な物により残り滓となった体力、気力は此処で果てた様にヴァイスは意識を朦朧とさせながら……ピクリとも動かない身体で眼球だけ、視線だけフォレストベアを見る。

 ドラミングと共に勝利の咆哮を行うフォレストベアに、ヴァイスはただただ崩れ落ちる意識の中見ていた。

 ー終わったと。

 そう覚悟を決め様とした瞬間、フォレストベアが硬直した。
 眼前に迫る巨体の腹から、月の光に反射する刃物。

「どうやら間に合ったみたいだ」

 どこかで聞いた覚えのある声が聞こえ、ヴァイスは意識が遠のいた。

♢♦︎♢

 死んだのか…生きてるのか、微かに身体が軽く上下に揺れ、疲労蓄積によりゆりかごの中にいる錯覚により目が覚めた。
 視界がボヤける中、俺は何者かわからない背中におぶさって運ばれていた。

 ー誰だろう。そもそも俺は生きてるのか?

 身体のあちこちから痛みを感じ、生きてる事に徐々に実感する。

「ぐ......」

「起きたかい?」

 やはり聞き覚えのある声に意識が次第にはっきりし出す。
 朧気な視界に、懐かしい髪色が飛び込んでくる。

「ライズ......さん...?」

 不気味な森に似つかわしくない程の涼しげな声色、金髪をなびかせながらヴァイスを背負い悠々と歩く。

「君が無事で何よりだよ。お祭りに参加しようと向かっていたら、何やら嫌な気配を感じてね。様子見に辺りを散策していたら君の魔力を感じたものだから、慌てて助けに来たって所さ」

 どうしてここに?そう問いかけようとしたのを察したのか、ライズは呑気そうな雰囲気で説明する。
 気を失うまでに感じていた幾多数多の視線も気配も、このライズの尋常じゃない魔力の放出に当てられ、どこかへと消えてしまった様だった。

「あいにく回復薬ポーションは手持ちに無くてね、このまま落ち着ける場所まで運んであげるよ」

「すいませ......いや、ダメです!」

 そうだ、やらなければならないことがあると、ヴァイスは先程体験した地下での出来事をライズに説明する。
 ライズは相槌を打たず、黙って聞き続ける。

「ーーーなるほどね。それはとても祭りどころじゃないね。」

 そして小声で、ヴァイスには聞こえぬように「やってくれたね...」と呟いた。

「ならば、このままクロムへと戻ろう」

「お願いします」

「ふふ、何気にしないでくれ。君と僕との仲じゃないか。では...急ぐから掴まっててくれよ」
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みんなの感想(2件)

みさご
2017.08.16 みさご

決して弱くも無能でもないヴァイス
ただ、生まれで決められたジョブに勇者や英雄に成る夢を諦めてしまう
しかし、イリスと出会い、夢が動き出す、大衆の偶像から自分に恥じない英雄として

どんな英雄を望むのか、今はまだハッキリとはしないイメージですが
心の成長も価値感も含めてどうなっていくのか期待しています。


後は文が続く場合は空行を入れて貰うと読みやすいです
それと仲間との関係を深め影響し合うエピソードがもう少し欲しいな、と思いました。

次に個人的好みから一つ
TRPG等の経験からですが、シーフの魅力は戦闘以外の部分が多いです。
盗賊にしか出来ない技能を使った活躍も書いて欲しいと思いました。

桐条 霧兎
2017.08.16 桐条 霧兎

大変嬉しい言葉、ありがとうございます。
一層励みになります!

頂いたご指摘箇所は、少しずつですが改良し取り入れさせて頂きます。
また何かお気づきな点がございましたら、容赦なくお願いします!

確かに盗賊らしさのポイントは不足しておりますので、一本道な話から逸らし、番外編として主人公の魅力や仲間内のパーティ話を書けたらと思っております。
本編でももう時期、仲間の内輪ネタが出る予定でもありますので楽しみにして頂けたら幸いです( ^∀^)

ありがとうございます!

解除
夜野舞斗
2017.07.24 夜野舞斗

気になったところは「だった」や「ある」と終止形の場所で、を使っていたところです。
。にしてもよいと思います。

ストーリーの感想は、人とは違う自分の人生に悩むところが考えさせられました。
魔物の説明に関しては、しっかり特徴があって面白いと思います。
これからも小説を書くこと、頑張ってください!

桐条 霧兎
2017.07.24 桐条 霧兎

貴重な意見ありがとうございます。
とても参考になる意見で、早速修正を入れてみようと思います。

初の感想を頂けて嬉しく、このままお読み頂けたら幸いです!

解除

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