46 / 65
8. そーゆーわけで…ってどーゆーわけですか!?
そーゆーわけで…ってどーゆーわけですか!? ③
しおりを挟む母にじっと見つめられ、半身を起こした篤志が喉を鳴らして息を呑んだ。
その妙な緊張感に沙和たちが注目していると、戸口で腰に手を当てた母が沙和をチラリ見て何やら言いたげに溜息を吐き、「さっきの話だけれど」と篤志に視線を戻した。
先刻の話って何だろう、と首を傾げた沙和が視界に入ったのか、母が眩暈を覚えたかのように額に手を当てて瞑目する。
(なんだ。そのリアクション、ちょっと腹立つんですけど)
むうっとして母を見れば、もう一度溜息を吐かれた。
そんな娘を一先ず放って置くことにしたらしい母が、憐憫を刷いた眼差しを篤志に送りつつ口を開く。
「沙和も、同意の上なのかしら? こう言っては何だけれど、私の目から見る限り、まだ友達の域も脱してないんじゃない?」
母の言葉にそうだったと思い起こし、沙和の眉間に深い皺が寄せられた。
どさくさに紛れて、色気も雰囲気もないプロポーズを思い出す。しかもデリカシーもない三重苦ときたもんだ。
「それは……」
言い淀んで篤志が沙和を見た。しばし目を合わせ、項垂れると大仰な溜息を吐く。
「お母さんにこんな事を言うのもなんですけど、超絶に鈍くて、外堀から埋……んぐっ……んーんーッ!!」
言葉途中で遮られ、真っ赤な顔をした篤志が後ろに倒れ込んだ。馬乗りの椥に口を封じられ、力尽くで押し倒された篤志がジタバタと暴れる様子を見て、何を思ったか母がつかつかと歩み寄って行く。
蚊帳の外状態の沙和たちが成り行きを眺めていると、母は腕を大きく横に振って空を薙いだ。
『いてーっ!?』
叫んだのは椥だ。
無敵だと信じていた彼の思わぬ声に、母以外が唖然として椥を見た。
「あら。なんか、当たったみたい…?」
きょとんとした母が自分の手を眺め、そんな母を椥が信じられないと言った風に見上げている。
(だよね……誰も、お兄ちゃんを打てるとか、思わないよ。普通)
母はまったく視えない人だから尚更。
唖然としている沙和たちを一巡し、母が困惑した笑みを浮かべる。それ以上に椥は動揺しているようで、フリーズしたまま母を見上げていた。
母は先ほど薙いだ辺りに目を凝らす。沙和たちの目には、椥と母が見合っているように映っているけど、やはり母には視えていないようで首を傾いだ。
そんな母に向かって、篤志が自分の鼻先を指さした後、右手を上げて見せた。それを真似するように母を促し、同じように手を掲げると、篤志が空を薙いだ。間髪入れずに母も薙ぐ。
すると次の瞬間、面白いくらいに椥の頭がぶれ、体勢を崩して床に手を突いた。茫然と床を見つめる椥に、篤志がしてやったりと笑みを浮かべている。
母はまんまと乗せられた事に気付いて、篤志をちょっとだけ睨んだけど、それ以前に息子の非道な行いを視えてはいないけど目撃しているので、苦々しい笑みを浮かべた。
『何すんだ、クソババァ!!』
ようやく正気を取り戻した椥が吠える。すると母が口角を下げ、ムッとした。
「何か面白くない事言われてないかしら?」
尋ねる物言いをしながら、母は微妙に怖い笑顔で両手をぶんぶん振り出した。しかし何度も同じ手を食らうほど、椥も馬鹿ではない。母の手を避けて篤志から遠く離れると、篤志を睨んで舌打ちを残し、天井を突き抜けて逃げて行った。
「お母さん。お兄ちゃん、逃げてった」
目だけ天井を見、手を振り回す母にそう告げると、彼女も天井を仰ぎ見た。
「あの子、絶対に私の悪口言ったわよね? なぎーっ! 戻ってらっしゃいッ‼」
余程鈍感でもない限り、霊感はなくとも、そう言うことは感じるらしい。
以前カフェでも、凹んだ椥の傍に居た客がお通夜みたいに沈んでいた事を思い出し、沙和は眉尻を下げて乾いた笑いを漏らす。
ましてや椥の実の母だ。他人よりも感じるものはあるだろう。
しかし。
「お兄ちゃんを打てる人がいるなんて」
不思議で仕様がない。
一同が大きく頷くと、パチパチと瞬きした母が沙和たちを見回した。
「普通は、叩く以前に触れないよ。お兄ちゃんから触れてくれば別だけど」
「そうなの? 美鈴ちゃんも?」
彼女が昔から霊感少女だったことは、母も知っている。
「あたし程度の霊力では無理です。踏ん捉まえてでも除霊する叔母なら兎も角」
「そう。でも私は霊感なんてさっぱりよ?」
眉を寄せて顔を顰める。
だからそれが不思議なのだ。
全員で唸って考え込んでいたら、隼人が「お母さんだから?」と疑問形を口にした。視線を集めた隼人は少し居心地悪そうに身を竦め、目は母を見ながらそろそろと沙和に抱き着いてくる。弟を抱きしめ返し頭に頬擦りすると、母が呆れたように溜息を吐いた。
(姉弟の仲が良いのは、良いことだと思うのよ……?)
母には母なりに思う所はあるのだろうけど。
逃げて行った前例を追うように天井を眺める。
「お母さんの、愛の鞭……だから、じゃないのかなぁ?」
やっぱり疑問形で隼人が言うと、篤志が「なるほど」と相槌を打った。
「何にせよ助かりました」
居住まいを正した篤志が言うと、母も恐縮して向かいに正座し、「椥がごめんなさいね」と深々頭を下げた。
「だけど」
そう言って母が僅かに顔を上げ、じっと篤志を見る。たじろいだ彼に言を継いだ。
「結婚云々は、また別よ」
「そ、そうよ。そうだわ。付き合ってもないのに、いきなり結婚とかって有り得ないでしょっ」
椥のせいでまたうっかり忘れかけていた。
隼人を離し、篤志に対峙する。と、篤志はムッとして沙和を見据えて来た。
「結婚とでも言わなきゃ気が付かないだろ!」
「なっ、なにがよ」
「好きだって言っても気付かない。付き合ってって言ったら “何処に?” “何に?” って素っ呆けた返事を返してくる。しかも幽さんが邪魔してくるしで、俺にどうしろって言うんだよ。結婚とでも言わなきゃ、一生気付かないだろ!?」
確かに、間違いなく、その鈍感発言をした……日常的に。
返す言葉もない。
母の冷ややかな視線が痛い。
(や……だって…ねえ?)
腕にしがみついて「断っちゃえば」と小悪魔の囁きが聞こえる。この小悪魔が可愛いくて、つい従いそうになってしまう。
とは言え、いろいろと頭の中を駆け巡り、即答できるものでもなく。
篤志を見る目が落ち着きなく右往左往する。
隼人の後ろで「あたしと結婚するに決まってるわよねっ」と美鈴が、沙和の思考をかき回してきて、許容量一杯一杯になった沙和は、脱兎の如く意識を飛ばし現実逃避した。
0
あなたにおすすめの小説
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる