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9. ずっと一緒だよ。
ずっと一緒だよ。④
しおりを挟む他に好きな子が出来ても構わないと言った沙和の真意を聞き出そうと、真摯に見つめて来る篤志の眼差しから逃げられない。
いつもなら茶化したり邪魔する椥と美鈴が、じっと成り行きを見守っているのが分かって、追い詰められていく感じがする。
観念するもなかなか言葉が出てこなかった。
篤志は黙って沙和が話し出すのを持っている。
暫くして沙和は、震える唇からぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出した。
沙和の好きが篤志と同じ好きか判らないまま、無駄に時間を費やさせることの罪悪感と、手術の痕を気にするあまり、到底そんな前向きな気持ちになれないこと、そしてもし仮に付き合うことになったとしても、三百六十五日二十四時間体制で椥が傍にいるから、普通の恋人同士のように付き合うことは難しいことを、俯いた顔を真っ赤にさせてボソボソ話した。
篤志が呆れたように大きな溜息を吐く。沙和が恐る恐る彼の顔を見ると、思い切り顔を顰められた。
「馬鹿か?」
やっとの思いで口にした気持ちをその一言で一蹴された。
沙和がムッと唇を尖らせる。すると篤志はテーブルに腕を置き、沙和に身を乗り出してきた。
「最初から言ってるじゃん。いくらでも待つって。これ以上待つことになってももう今更って感じだし、俺が好きで沙和を待ってるんだから、気にする必要なくない?」
「でも……」
「んー…それでもし、ジジババになっちゃったとしても、それはそれで俺的には幸せだし。まあ欲を言えば、一緒に暮らしていつも近くに居られたら嬉しいけどね」
『……EDか?』
ぼそっと呟いた椥を篤志がギロッと睨む。
「俺だって男だし、好きな子とは繋がりたい欲求はあるけどさ、そんな事超越しちゃってもいいくらい沙和が好きだから、それでも良いんだよ」
『そんな綺麗事言って、やっぱEDなんだろ?』
「違う! 毎朝痛いくらい元気だよっ」
『沙和をオカズにしてないだろな?』
「…………」
目を逸らした篤志の沈黙を肯定と取った椥の拳が、彼の頭頂に落とされる。殴られた頭を両手で押さえた篤志は数秒ほど椥を睨むも、直ぐに沙和へと視線を戻した。
篤志と目が合ってドキッと鼓動を打つ。
男同士の会話をボヤッと聞いていたけれど、篤志が目の周りを赤くしているのを見たら、本当に今更だと思うのだが、改めて自分がそういう対象に見られていることが恥ずかしい。
沙和は咄嗟に俯いて視線を外した。
(あ……だっ……えっ…とぉ……プ、プロポーズ、してくるくらい、だもんね。そうだよね。色気も何もあった物じゃなかったけど……うん。つまり、そう言うことなんだよね)
結婚が意味することを沙和だとて分からないわけではない。
偽装結婚でもなければ、避けては通れない夫婦の愛の交歓。
なくても良いと篤志は言った。
けどそれを真に受ける程、幼くも物知らずでもない。ちょっとばかし頭の回転が鈍いだけで。
上目遣いでチラリと篤志を盗み見ると、気拙げに唇を軽く尖らせて沙和を見ている。その視線が何とも居心地が悪くて、小さい躰を一層小さくさせた。篤志はそんな彼女に困ったような吐息を漏らすと、反射的に沙和の肩がピクリと揺れた。
「幽さんのせいで下世話な話になったけどさ」
そう言った篤志に椥のゲンコツが再び見舞われたが、彼は椥を一睨みするに止まり、沙和に視線を戻して小さく息を吐く。
「ぶっちゃけ沙和の全部欲しいとは思うけどさ。でもそれだけじゃないのも本当だから。大体さぁ、こんなお目付け役いたら無理っしょ。俺、見られて興奮するような性癖持ってないし。てなわけで、幽さんが居たって問題ないから。はい。これで二件解決」
さらっと明るい声で言った篤志を、沙和は呆気に取られた表情で見る。すると篤志は二ッと口角を上げて沙和の頭に手を伸ばしてきた。
頭を撫でられて沙和の頬がほのかに赤くなる。
篤志にこうやって触られるのは今に始まった事ではないのに、何だか今は恥ずかしい。俯きそうになった彼女の頭を、そうはさせじと篤志の手が少し強めの力で抑え込んだ。
そんな短い攻防を交わしている最中にも、篤志は言葉を続ける。
「で、手術の痕が何だっての? 心臓が幽さんのモノっだってのが些か複雑な心境にさせられるけどさ、沙和を失うことに比べたら、そんな傷痕なんて小さい小さい。傷痕を見て沙和が生きてる事に感謝することはあっても、それを醜いなんて思う訳ない。寧ろ感謝のキスしたいくらいだ」
「あたしも! あたしもキスしたいっ!」
美鈴が声を張って宣言すると、視線が集まる気配がした。
なのに美鈴はまったく頓着せずに、沙和に絡めた腕を引いて今まさにキスしようとしてくる。
「ちょっと美鈴ぅっ」
『ふざけんな!』
彼女の胸を片手で押し返す沙和と、美鈴の顔面を鷲掴んで引き離す椥。二人に引き剥がされた美鈴は不満そうだ。
沙和は困った表情で美鈴を見て嘆息すると、くすっと笑いを漏らした。
毎度美鈴の行動には手を焼くけれど、嫌いにはなれない。偶に行き過ぎた愛情表現に困惑させられるものの、それに沙和が応えないからと言って、彼女の不興を買うこともない。『ノンケに堕ちたあたしの負けなのよ』と笑って傍に居てくれる。
「篤志も美鈴も、ありがと」
「美鈴と一括りかよぉ。でもま、いっか」
とか言いながら、ちょっと不満そうに篤志が背凭れに寄りかかる。何気に目で追ってしまった沙和に篤志は微笑むと、
「これで沙和の気懸りは解決ってことで。なんも問題ないから、いつでも俺の胸に飛び込んできてね?」
「え、やだ」
大きく腕を広げた篤志に膠もなく返すと、腕がぱたりと落ちた。シュンとなって今にも泣きそうな目で訴えかけて来るけど、敢えて気付かない振りをする。
(だって今更、“うん” とか言って頷くとか、恥ずかしいじゃないっ)
誰に聞かせるでもない言い訳をしながら、椥と美鈴に「振られたー」と揶揄われている篤志を眺めていると、彼は沙和に目を凝らし「まだまだこれから」と破顔する。
笑顔を見た瞬間、絆される日も近いかも、と思ってしまったことは恥ずかしいので、絶対篤志には言えないと焦る沙和であった。
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