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2. 梓、過保護な兄たちに宣戦布告する
梓、過保護な兄たちに宣戦布告する ②
しおりを挟む静かに朝食の時間が流れていた。
梓は二人の顔色をチラチラと窺いながら、然も今思い出したとばかりに口を開く。
「今日郁ちゃんたちと女子会だから、ちょっと遅くなるね」
決して二人にはバレてはいけない。
マーガリンを塗ったトーストをサクサク音を立てて咀嚼しながら、個別分けのシーザーサラダを口に運ぶ。
平然を装いながら、バクバクする心臓の音が、隣に座る耳聡い怜にバレるのではないかと、内心冷や汗ものだ。
「郁美と誰?」
翔の目が探るように梓を見ている。
「香子だよ」
近藤香子は梓や郁美の高校からの友人だが、“かおるこ” なんて素晴らしい名前を両親から頂いておきながら、BLをこよなく愛する隠れ腐女子である。
彼女が腐女子ゆえに、友人関係が否応なく発生したのは、高校一年の学祭に翔と怜が見に来た日まで遡る。その日に彼女にロックオンされ、今ではしっかり友人の座に腰を落ち着けていた。
(まあ腐女子と言うこと以外は、友達思いのいい子だしね)
因みに翔たちがホンモノだと香子は知らない。教えたら大石家に住み着きかねないので、絶対に内緒でと郁美に言ってある。
「ふ~ん。また代わり映えしない面子だな」
目がじっと梓を捉えている。
梓が遅くなると言った時は決まって、嘘がないか一挙手一投足を舐め回すように窺ってくるのは、最早今更だ。
「面子に代わり映え有ったら煩いくせに」
ボソリとした呟きが怜に聞こえたらしい。繊細な指をした大きな手が、梓の頭頂に包むように置かれた。
「女の子だけなら、幾らでも代わり映えしたっていいんだよ? 女の子だけならね」
「そこで念押しするの止めて」
にっこり笑う女神さまは、目が笑っていない。
心なしか頭を掴んでいる指に力が入っているような気がするのは、本当に気がするだけだろうか?
「アズちゃんは聞き分けの良い子だから、翔が心配するようなことはしないよね?」
「……も、もちろんだよ。怜くん」
「そう。良かった」
吃ってしまったのにも拘わらず、やんわり微笑んだ怜と目が合った瞬間、ヴィーナスがメデューサになった。
(……ひ~~~ッ!)
心臓が石化して、停止するんではないかと本気で思った。
ゼンマイの切れかかったからくり人形のように、カクカクと首を回しながら翔を見ると、テーブルに頬杖を付いて胡乱な眼差しでこっちを見ている。
虎と狼の挟み撃ちに、喉がゴキュッと鳴った。
絶対に何か勘付かれている。
ここであからさまに翔から目を逸らしたら、この二人は今日の外出予定を全てキャンセルし、就業後梓に有無を言わせず強制送還するだろう。
明るい未来のために、それだけは何としても避けなければならない。
(お…落ち着けあたし。冷静に冷静に)
手が震えそうなのを根性で押し隠し、カフェオレが入ったマグカップに手を伸ばした。
翔ににっこりと笑い掛けると、兄も笑い返してくれる。当然、目の奥では笑っていないのに気付いたが、素知らぬふりしてカフェオレを口に含む。
(この化かし合い、あと何年続くんだろう……?)
最早今日の合コンに、梓は一抹の不安しかなかった。
***
オフィスビルの八階フロアをAZデザイン事務所で占有した中の一室。
梓は出社早々、今日の行動予定が書かれたホワイトボードを見て、思い切り渋い顔になった。
兄たちは当然のことながら、厄介な人物がもう一人、このAZデザイン事務所の営業に在籍している。
加藤剛志が、今日に限って内勤とはとことこん付いていない。
同じ島の少し離れた席で、電話応対している彼をこっそり睨み付ける。
彼とは郁美と同様、小学一年からの付き合いで、しかも同じ空手道場に通ったライバルでもあった。まあそれだけなら問題はないのだが、彼は翔と怜を心酔し、二人に言い付けられたことは必ずやり遂げる、梓にとっては目の上のタン瘤、邪魔者である。
剛志は小学生の頃からのお目付け役で、唯一、梓に堂々と近付ける二人に認められた存在だ。
(いくらお兄ちゃんたちを崇め奉ってるって言っても、人生の殆どの選択をうちの兄任せって、男としてどうかと思うわ)
AZデザイン事務所には完全コネ入社だ。というか、二人が引っ張り込んだ。
そういう意味では梓とそう変わらないが、彼女の場合は剛志と少々異なる。高校からここでバイトをしているから、入社時にはそれなりの仕事を任されていた。
翔と怜の内勤秘書兼事務が梓の仕事だ。
専任の秘書がいないのは、二人のスペックに惑わされ、公私混同する人が相次いだせいで、最終的に免疫のある梓が妥当と落ち着いた。
(女を武器に言い寄られても、二人にはいい迷惑だもんね)
二人とも今日は午後から打ち合わせで外出とあり、戻りの予定は終業前になっている。
今のところ、兄たちの予定変更はなさそうだった。
(もお、今日はこのまま直帰してくれないかなぁ)
剛志を捲く算段するだけで疲弊するのに、終業前に戻って来られたら動向を探られそうで怖い。
翔と怜に届いた封書や書類等を睨み据えながら仕訳し、心の中で『直帰しろぉ』と何度も念を送っていると、隣の机から「怖い顔してるわね」と苦笑混じりの声がした。思わずビクリと肩を揺らすと、伸びてきた手が梓の背中をトントンしてくれる。
「由美さん」
「また怨念込めてたわね」
仕分けた物にチラリと目を遣り、口元にニヤニヤと笑みを浮かべている。
「怨は込めてないですよ? ただ直帰してくれないかなぁとは思ってた」
「……成程ね」
くすくす笑う彼女はそれで得心したらしい。
彼女、鈴木由美はAZデザイン事務所で事務員として、設立当時から働いてくれている人で、翔と怜の高校時代からの数少ない女性の友人だ。そして梓の良き相談相手でもある。
両親を亡くしたばかりの梓の面倒を、甲斐甲斐しく見てくれた姉のような存在で、翔と怜の関係を知っている数少ない理解者でもある。
「本当にあの二人にも困ったものよね。いい加減、妹離れ出来ないもんかしら?」
「言って聞くなら今あたし苦労してないし。直帰しろ~」
封書の上に手を翳してダメ押しの念を送ってると、由美は剛志にチラッと目を走らせ、梓に見入って来た。視線に気付いて彼女の方を振り向くと、由美は身体で隠しながらこっそり剛志の方を指差す。
「あれ邪魔だよね」
「そうなの」
「うん分かった。帰り出来るだけ足止めするから、頑張って」
「ありがと。由美さん」
「けど万が一のための準備もしてね?」
梓がこくりと頷くと、絶妙なタイミングで郁美からのメールが入った。
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