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8. 梓、一難去ってまた一男(難)…!?
梓、一難去ってまた一男(難)…!? ②
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六月も後半になって、結婚式までカウントダウンが始まったある日の昼休み。
休憩室でお弁当をつつきながら、女性ファッション誌を見ていた木谷清香が、いきなり素っ頓狂な声を上げた。
「「なっ、なにッ!?」」
梓と由美が眼を剥いて清香を見ると、彼女はあうあうと口を動かして言葉にならないようだ。由美は彼女から雑誌をふんだくり、「何だってのよ」と自分と梓の前に雑誌を広げて絶句した。
時の人のインタビュー記事だ。
梓も由美もその人を知っている。
問題はその人のインタビューではなく、話題になっている物だ。掲載されている写真が二枚。それが一ページの半分を使って、堂々と占領している。
「アズちゃん知ってた?」
由美に訊かれて、梓は紙面に目を瞠ったまま微動だにしない。
城田のインタビュー記事だ。
どうやら個展が話題になっているらしく、そのうちの二作品が掲載されている。
最初は首都圏近郊の小さい所から始まった個展が、じわじわと注目を集めるようになり、SNSにも取り上げられるようになったと書いてある。
城田が個展を開いていることは、仕事に復帰してから間もなく、美空からそれとなく聞いていた。“EverGreen” と名付けられた個展の作品の殆どが、梓の写真であると。
肖像権の問題もあるから、許可なく個展を開くのもどうかと思うと、城田に進言したらしいが、そのモデル本人からの連絡が欲しいからだと、言って憚らなかったと聞いている。
個展を覘いて見ようかと思った事はある。けれど、もしかしたらそこで城田に再会してしまうかも知れないと思ったら、近付くことすら出来なかった。
それがまさかインタビューを受けるほどのものになると分かっていたら、城田に連絡を取って不義理をきちんと謝罪した。こんな大事になる前に。
本当に……?
「アズちゃん!?」
由美に肩を揺さぶられて、ハッとした。
「大丈夫? アズちゃんは個展のこと知ってたの?」
「やっぱり梓さんですよねっ。この写真!」
心配そうな由美と、目をキラキラさせている清香の対極な反応を見、梓はこくりと頷いた。
「Cooさんから聞いてる。個展を見て、あたしが連絡するのを待ってるらしいって事も」
「連絡するの?」
心の内を覗き込むように、由美が目を見入って来る。しばし彼女を見て梓が逡巡を見せると、由美は大きな溜息と共に言葉を吐き出した。
「これが怜にバレたら、ヤバいでしょ? 違うって否定したところで、アイツがアズちゃんを見間違えるはずないし」
「……」
「彼のこと、知らないんでしょ?」
梓が涙目になって頷くと、由美がまた溜息を吐いた。
由美は翔から聞いている。城田が切っ掛けになって怜が暴走し、梓が家出するまで追い込まれ、城田との仲を応援していた由美も、少なからず心を痛めた。
「妊娠している今、アズちゃんに無茶はしないでしょうけど、アイツが直接、城田さんに連絡付ける可能性あるわね」
その台詞に梓は大きく震えた。
最近では城田のことを持ち出して、目の前にいない彼に嫉妬し、梓を詰ることはなくなってきた。けれどもしこの写真が怜の目に入ったら、考えただけで怖い。
少しでも梓の心が城田に向いていたことは事実だし、怜にはその少しが許せない事も知っている。
ずっと好きだったと言った梓の言葉を、怜はどこまで信用してくれるのだろうか?
紙面に目を落したまま蒼白になっている梓の肩を抱き、由美は「それにしても」とこめかみをグリグリ押しながら呟き、困ったと顔に書いて言を継ぐ。
「全国紙に載ったのは不味いわねぇ。少なくともこのビルの怜狙いの女性社員には、モデルが誰なのか知られることになったわ。そこから拡散されることも視野に入れとかないと」
怜には隠し切れないと言外に言われ、梓は瞑目した後雑誌を清香に返しながら、観念するように口を開く。
「他からバレる前に、自分の口で言った方が良いよね?」
「……そうね」
由美も苦い顔をして同意する。すると清香が記事を見ながら「この人とどういった関係ですか」と顔を上げて二人を見た。邪気のない単刀直入の言葉。
梓と由美は顔を見合わせ、頷いた梓が口を開いた。
先ずは誤解を招かない様に、身内に正直に話しておくべきだ。
「Cooさんの兄弟子で、写真は初めて会った時に撮られたものなの。付き合って欲しいって言われて、何度か食事には行ったけど、それ以上のことは何もない」
「この人に告られたんですか!?」
「まあそうなんだけど…」
突っ込まれて聞かれると妙に恥ずかしい。しかもワクワクした顔で見られて、梓がちょっと身を引くと、清香のふわふわした空気を厳しい由美の声が打ち破る。
「その何回目かの食事の帰りに怜とバッタリ遇っちゃって、奴が暴走し、アズちゃんが家出したって事を頭に入れといて頂戴」
AZデザイン事務所始まって以来の大騒動で、スタッフ一同翻弄された記憶はまだ新しい。清香も被害者の一人だ。忘れる訳がない。
見る間に顔面から血の気が引いて行く。
「げっ。マジですか? ヤバくないですか、それって」
「ヤバいわよ。だから怜にはバレちゃ困るんだけど、こうなったら腹を括るしかないでしょ。だからアズちゃんが怜に話すまで、外部から余計な情報が入らない様に、清香ちゃんも気を付けてて?」
「分かりました」
大きく頷き、任せてと清香が破顔する。
後は具体的にどうするべきか、と三人は顔を突き合わせて唸った。
「肖像権云々で騒ぎ立てて、雑誌回収させるわけにもいかないわよねぇ」
「大事になり過ぎるのは困るからぁ」
裁判沙汰を起こすなんて真っ平だ。そんな事になったら、城田だって無事には済まない。つい城田の心配をしてしまうあたり、甘いのかも知れないけど。
ちゃんとケジメを着けずに逃げ出したから、今頃になって梓を苛んだとしても、自業自得だ。彼に非はない。
由美はむうっと考え込んでいた。
「城田さんに連絡して、怜が接触する前に個展を止めて貰うのが急務だけど、契約とかの問題もあるだろうし……とは言え、アズちゃん今大事な時期だし、ストレスになることは出来るだけ回避しないと」
そう言ってまた険しい顔になる。
梓は食べかけたままになっていた弁当の蓋を閉め、「取り敢えず」と呟く。それでもまだ心は揺ら揺らして、逡巡してしまう。
言い淀む梓の肩を由美が抱き寄せ、優しく擦る。梓の心が次第に凪いでいった。
そして次第に見えてくる。
自分はどうしたいのか。どうするべきなのか。
代えられないもの。失くしたくないものは一体何なのか、クリアになっていく。
これ以上、怜の心を乱したくはない。やっと素直になって自分の気持ちを伝えたのだから。
「あたしが城田さんに連絡するのが彼の目的なら、連絡しないと終わらないよね?」
意を決してそう告げると、由美の手がポンポンと肩を叩く。彼女の顔を見ると、力強い笑みを浮かべていた。
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