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8. 梓、一難去ってまた一男(難)…!?
梓、一難去ってまた一男(難)…!? ③
しおりを挟む遠目から眺める森の風景から徐々に足を踏み入れると、そこには初夏の光と深緑色に溢れていた。
まるで森の中に迷い込んだような空間が広がっている。
生きとし生けるものの息吹、生命力が厳かに粛々と存在した。
歩みを進めると、遠くに人影が見える。どんどん近くなって行く。
白いワンピースを着た女性であると直ぐ知れた。
近付くにつれ彼女の屈託なさが伝わって来る。
彼女は木々の間を覗き込んだり、小枝で何かを突いて見たり、大きく伸びをしていたかと思えば、ぼうっと天を見上げ、次には空に向かって手を伸ばし飛び跳ねている。
そしてその表情も放心した顔、あどけない笑顔、物憂げな眼差し、穏やかな微笑みとコロコロ移り変わっていき、正面を向いた彼女の笑顔に惹き付けられる。
――――ホワイトアウトし、静かにまた緑が続いて行く。
あれから一年だ。
もう止めよう、もう止めようと思いながら、時は足早に過ぎて行った。
女々しく待ってどうするんだ、と自嘲する。
少なくともあの日まで、彼女は好意を寄せていてくれた。そう信じている。
梓の周囲を固める鉄壁と呼ばれる男が、目の前から連れ去った後、二人の間に何があったのかは分からない。
ゆっくり待つつもりだった。梓の気持ちが自分に向いてくれるのを。
最初こそ警戒心を滾らせていた梓が、美空の兄弟子だと知った途端、完全解除したのには正直参った。鉄壁のガードに因るものだと分かっていても、ここまで無防備でよく無事だったと、彼女を見る度に思ったものだ。
男に不慣れだと美空に聞いていたし、恥ずかしがり屋でいちいち慌てふためき、揶揄うと頬を膨らませて拗ねる彼女は、とても可愛らしく愛おしい存在だった。
守りたい人を、無垢な彼女を何度抱きしめたいと思ったか。
幾度、欲望を捻じ伏せたか。
それでも良かった。
隣で彼女が笑っていてくれるなら。
資格がないから待つなと言って泣いていた顔が、梓を見た最後だなんて切なすぎる。
彼女の笑顔をずっと見守りたかった。
頼って欲しかった。
そんな風に思った女性は初めてだったのに。
電話にも出てくれなくなって、暫くすると梓が家出をしたと美空から聞いた。どこ居いるか、家出の原因を知らないか、惚けていないか、散々美空に訊かれたが、首を横に振るしか出来なかった。
梓がすべての連絡を絶ち切ったと聞いた時、力尽くでも引き止めれば良かったと何度も後悔し、頼られなかった自分が惨めで仕方なかった。恐らく彼女の周りの人間は、同じように無力感を味わった事だろう。
梓を探し出すなんて途方もないことを、怜と言う男が遣って退けようとしている時、城田は撮影旅行に出ていた。梓の写真を完成させるために。
その間にも怜は梓を見つけ出し、通い詰めて彼女を説得し、連れ戻していたなんて知りようもない。誰も教えてはくれなかった。
梓は、怜には恋人がいるから、恋愛対象にはならないと言っていたのに、恋愛どころか結婚して妊娠までしていた。そのことを怜の口から聞くことになるとは、何とも皮肉な話だ。
タロに惚気る怜に心底虫唾が走る。
同時に、これで終われるとも思った。
しかし頭では理解していても、感情が付いて来ない。
あどけなく笑ってくれた女性はもう、他の男のものになってしまったと言うのに、これは悪い夢なんじゃないかとまだ、往生際が悪いことを考えている。本当にどうしようもない。
早く梓の口から死刑判決をくれたら、きっと楽になれるのに……。
その日の就業後、由美と清香に付き添われて、梓は個展会場に足を運んだ。
決死の覚悟で来たものの城田は不在だった。
モデルの登場で、受付嬢は慌てて城田に連絡していたけど、捕まらないようでちょっと安心してる自分がいる。ダメだなと自嘲の笑みを口元に浮かべた。
テーマは “Ever Green” ―――― 常緑。もしくは不朽。
城田はどんな思いでこのテーマにしたのだろうと、胸の奥がチリリとする。
歩みを進めれば、鬱蒼とした緑の中に、信じて疑うことを知らなかった自分の姿。
模擬だったけれど、城田は人生初めてのデートに、戸惑いつつ浮かれていた梓のペースに合わせてくれ、緑地公園でまったりと過ごした日が思い出される。
好きなように歩いて、城田からはそれだけだった。
初めこそ緊張していたけれど、彼との何気ない会話で解れていき、流石プロのカメラマンと思ったものだ。
「アズちゃんらしいわね」
「それってどおゆー意味?」
「カメラのこと忘れてたでしょ?」
「……良くお分かりで」
確かに気にしていたら、小枝で虫を突いたりしない。厳密に言うと、小枝に引っかけて人の通らない所に移動したのだけど、見ただけじゃ分からない。
他にも間抜け面している写真はあるし、訳の分からない行動取っているものも有る。
(…あ~。本当に思い付きで行動してるの丸分かり)
これが何でSNSで話題になったのか、まったく意味が分からない。
「でも梓さん、楽しそうですよね」
清香に言われ、梓は「うん」とパネルに視線を戻す。
(お兄ちゃんたちに怒ってたのに、結局これで赦しちゃったようなものだし)
十玖や美空の助言もあったけれど、このお散歩デートで気分が良くなり、仲直りする切っ掛けになった。
しかし。城田目線が分かるというのは、小っ恥ずかしい。
今更だけど、視姦されているみたいだ。
そう思ったのは、何も梓に限った事ではないらしい。由美は眉尻を下げて困った顔をし、「コレ。怜が見たらブチ切れそうねぇ」と溜息混じりで言う。
由美の顔を見、パネルに視線を戻す。
梓の顔から見る見る間に血の気が引いて行き、「だよね」とボソリ呟けば、由美は「ブチ切れるだけで済めばいいけど」と要らない訂正を加え、清香は異論なしとばかりに頷いた。
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