【R18】うん。ちょっと落ちつこっか?

優奎 日伽 (うけい にちか)

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8. 梓、一難去ってまた一男(難)…!?

梓、一難去ってまた一男(難)…!? ③

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 遠目から眺める森の風景から徐々に足を踏み入れると、そこには初夏の光と深緑色に溢れていた。
 まるで森の中に迷い込んだような空間が広がっている。
 生きとし生けるものの息吹、生命力が厳かに粛々と存在した。

 歩みを進めると、遠くに人影が見える。どんどん近くなって行く。
 白いワンピースを着た女性であると直ぐ知れた。
 近付くにつれ彼女の屈託なさが伝わって来る。
 彼女は木々の間を覗き込んだり、小枝で何かを突いて見たり、大きく伸びをしていたかと思えば、ぼうっと天を見上げ、次には空に向かって手を伸ばし飛び跳ねている。
 そしてその表情も放心した顔、あどけない笑顔、物憂げな眼差し、穏やかな微笑みとコロコロ移り変わっていき、正面を向いた彼女の笑顔に惹き付けられる。

 ――――ホワイトアウトし、静かにまた緑が続いて行く。



 あれから一年だ。
 もう止めよう、もう止めようと思いながら、時は足早に過ぎて行った。
 女々しく待ってどうするんだ、と自嘲する。
 少なくともあの日まで、彼女は好意を寄せていてくれた。そう信じている。
 梓の周囲を固める鉄壁と呼ばれる男が、目の前から連れ去った後、二人の間に何があったのかは分からない。

 ゆっくり待つつもりだった。梓の気持ちが自分に向いてくれるのを。
 最初こそ警戒心を滾らせていた梓が、美空の兄弟子だと知った途端、完全解除したのには正直参った。鉄壁のガードに因るものだと分かっていても、ここまで無防備でよく無事だったと、彼女を見る度に思ったものだ。
 男に不慣れだと美空に聞いていたし、恥ずかしがり屋でいちいち慌てふためき、揶揄うと頬を膨らませて拗ねる彼女は、とても可愛らしく愛おしい存在だった。

 守りたい人を、無垢な彼女を何度抱きしめたいと思ったか。
 幾度、欲望を捻じ伏せたか。
 それでも良かった。
 隣で彼女が笑っていてくれるなら。
 資格がないから待つなと言って泣いていた顔が、梓を見た最後だなんて切なすぎる。
 彼女の笑顔をずっと見守りたかった。
 頼って欲しかった。
 そんな風に思った女性は初めてだったのに。

 電話にも出てくれなくなって、暫くすると梓が家出をしたと美空から聞いた。どこ居いるか、家出の原因を知らないか、惚けていないか、散々美空に訊かれたが、首を横に振るしか出来なかった。
 梓がすべての連絡を絶ち切ったと聞いた時、力尽くでも引き止めれば良かったと何度も後悔し、頼られなかった自分が惨めで仕方なかった。恐らく彼女の周りの人間は、同じように無力感を味わった事だろう。

 梓を探し出すなんて途方もないことを、怜と言う男が遣って退けようとしている時、城田は撮影旅行に出ていた。梓の写真を完成させるために。
 その間にも怜は梓を見つけ出し、通い詰めて彼女を説得し、連れ戻していたなんて知りようもない。誰も教えてはくれなかった。

 梓は、怜には恋人がいるから、恋愛対象にはならないと言っていたのに、恋愛どころか結婚して妊娠までしていた。そのことを怜の口から聞くことになるとは、何とも皮肉な話だ。
 タロに惚気る怜に心底虫唾が走る。
 同時に、これで終われるとも思った。

 しかし頭では理解していても、感情が付いて来ない。
 あどけなく笑ってくれた女性はもう、他の男のものになってしまったと言うのに、これは悪い夢なんじゃないかとまだ、往生際が悪いことを考えている。本当にどうしようもない。
 早く梓の口から死刑判決をくれたら、きっと楽になれるのに……。



 その日の就業後、由美と清香に付き添われて、梓は個展会場に足を運んだ。
 決死の覚悟で来たものの城田は不在だった。
 モデルの登場で、受付嬢は慌てて城田に連絡していたけど、捕まらないようでちょっと安心してる自分がいる。ダメだなと自嘲の笑みを口元に浮かべた。

 テーマは “Ever Green” ―――― 常緑。もしくは不朽。

 城田はどんな思いでこのテーマにしたのだろうと、胸の奥がチリリとする。
 歩みを進めれば、鬱蒼とした緑の中に、信じて疑うことを知らなかった自分の姿。
 模擬だったけれど、城田は人生初めてのデートに、戸惑いつつ浮かれていた梓のペースに合わせてくれ、緑地公園でまったりと過ごした日が思い出される。
 好きなように歩いて、城田からはそれだけだった。  
 初めこそ緊張していたけれど、彼との何気ない会話で解れていき、流石プロのカメラマンと思ったものだ。

「アズちゃんらしいわね」
「それってどおゆー意味?」
「カメラのこと忘れてたでしょ?」
「……良くお分かりで」

 確かに気にしていたら、小枝で虫を突いたりしない。厳密に言うと、小枝に引っかけて人の通らない所に移動したのだけど、見ただけじゃ分からない。
 他にも間抜け面している写真はあるし、訳の分からない行動取っているものも有る。

(…あ~。本当に思い付きで行動してるの丸分かり)

 これが何でSNSで話題になったのか、まったく意味が分からない。

「でも梓さん、楽しそうですよね」

 清香に言われ、梓は「うん」とパネルに視線を戻す。

(お兄ちゃんたちに怒ってたのに、結局これで赦しちゃったようなものだし)

 十玖や美空の助言もあったけれど、このお散歩デートで気分が良くなり、仲直りする切っ掛けになった。
 しかし。城田目線が分かるというのは、小っ恥ずかしい。  
 今更だけど、視姦されているみたいだ。
 そう思ったのは、何も梓に限った事ではないらしい。由美は眉尻を下げて困った顔をし、「コレ。怜が見たらブチ切れそうねぇ」と溜息混じりで言う。

 由美の顔を見、パネルに視線を戻す。
 梓の顔から見る見る間に血の気が引いて行き、「だよね」とボソリ呟けば、由美は「ブチ切れるだけで済めばいいけど」と要らない訂正を加え、清香は異論なしとばかりに頷いた。

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