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8. 梓、一難去ってまた一男(難)…!?
梓、一難去ってまた一男(難)…!? ⑥
しおりを挟むカフェに来て小一時間くらいだろうか。二杯目のアイスティーもそろそろ無くなりそうだ。腕時計を確認すると二十時を十分ほど回っていた。既婚者の由美はそろそろ帰らなくては不味いだろう。
梓は何となく言い出し辛かった個展の話を切り出した。
城田の都合もあるだろうが、そもそも梓からの連絡が欲しいために始めたことなら、もう必要ないことだ。彼女は打ち切りの言葉を口にした。
城田も美空から話を聞いた時点で、次の開催をする心算はなかったらしい。あくまで梓からの連絡を待つもので、儲けるためとかではなかったし、先々と予定を組んでいるでもなし、彼に異論は無いようだ。
今の個展の期間が終了したら完全に終わると聞き、梓はホッと胸を撫で下ろした。あと十日弱、怜にバレないでくれたらそれでいい。
元々が営利目的では無かったため収益は差ほど無いけどと、話し出した城田だったが、梓はそれを辞退した。それ以上に迷惑を掛けていただろうし、そんな事でお金を貰って良いものかと恐縮してしまったのもある。
梓は好き勝手に動いていただけだし、城田の腕がいいから見栄えしているのに、プロの真似っこをしてお金を貰うなんて畏れ多い。
しかし城田も貰えないと固辞し、これではいつまで経っても埒が明かないとなった時、由美が「自然保護団体にでも寄付したら? “Ever Green” なんだし」と助言をくれて、寄付することで決着した。
じゃあそろそろと、二人席を立とうとして城田が動きを止めた。
少し離れた席に座っていた由美が、梓よりも早く立ち上がり「アズちゃん!」と呼び、清香が身を捩ったまま目を見開いて硬直している。
三人の反応に首を傾げつつ、梓が背後を振り返ろうとして、いきなりの浮遊感に「ひゃっ」っと悲鳴を漏らす。視界が突然高くなり、茫然とする梓の双眸に飛び込んできたのは、超絶不機嫌の怜の顔だった。縦抱っこされ怜の首にしがみ付いた梓の背中を冷たい物が落ちる。
「れ……怜くん…?」
怖々呼んでみたものの、返事はひと睨みされただけだ。完全に怒っている。
怜が誰よりも嫌厭している城田と一緒にいる現場を取り押さえられて、言い訳など通用するのだろうか?
頭の中が真っ白で、説明の言葉が出てこない。
「ちょっと怜ッ。アズちゃん大事な時期なんだから、無茶は」
「大事な梓と子供に、僕が何するって?」
冷ややかな声音で、体感温度が零下になっていくようだ。
「そ、そうだけど」
怜に睨まれて、由美も僅かに眉を寄せる。そんな由美を鼻であしらうと、怜は城田に剣呑な眼差しを向けた。
「何が初めてだ。白々しい」
「気付かなかったあなたが悪い」
そう言い合った二人の間には、目に見えない火花が散っているようで、梓は元より由美や清香が固唾を呑んで二人を見守る。
(……この二人、どこかで会ってるの?)
二人を交互に見遣る梓に気が付き、城田が肩を竦めて苦く微笑むと、怜のこめかみに青筋が浮かんだ。必死に怒りを抑え込み、怜が平常心を総動員して「嫁は返して貰います」と口角を上げて微笑む。すると今度は城田が憮然とした顔で怜を見上げた。
今にも殺し合いが始まりそうな不穏な空気が漂い、周囲の視線も集まって来る。中にはスマホをこちらに向けている人もいて、梓は咄嗟に怜の両頬を押さえて自分に振り向かせた。
「怜くん。もう帰ろ?」
衆人環視が居た堪れず、何とか二人の意識を逸らしたくて、怜を力尽くで振り向かせたものの、次の瞬間梓は物凄い後悔に襲われた。
頭をグイっと引き寄せられ、彼女の唇に怜のそれが重なると、食んで〆にペロッと舐められた。周囲のどよめきの中、瞬く間に全身真っ赤になる梓を見て、怜は意地悪気な笑みを口元に這わして満足そうに頷く。
言葉が出なくてあうあうしている梓の変わりに、口を開いたのは由美だ。
「あんたねぇ。公衆の面前で何やってんの?」
「可愛い嫁にキス」
「拡散されても知らないわよ?」
「望むところ」
由美が周囲に視線を促すと、怜も倣って目を走らせる。そして不愉快を露にし、目を眇めて見上げている城田を鼻で笑った。
キスが城田に対する牽制であり、嫌がらせだと察した。嫌がらせと言う部分に関しては、梓も含まれているかも知れない。そう思ったら、声に出して怜を責めることが出来なかった。
怜は城田に興味を失くしたかのようについっと視線を逸らし、由美たちがいるテーブルに行く。梓の鞄を肩に掛けて伝票を手にすると、「詳しいことは明日聞くから。いいね?」と目の奥が全く笑っていない微笑みを浮かべて由美と清香を見た。由美はうんざりした顔で「はいはい」と答え、清香はこの世の終わりみたいな悲壮な顔をする。梓が手を合わせて「ごめんなさい」と言うと二人は、仕方ないと顔に書いて苦笑した。
怜と梓は一度タクシーで会社に戻り、怜の車に乗り換えた。緩やかに走り出した車の助手席で、彼女は横目に彼を見る。
怜は一言も話さず、梓は針の筵に座らされているようだ。
まんじりともしないまま車はマンションの地下駐車場に停まり、車から降りた梓を彼はまた抱き上げる。梓も無駄な抵抗はせず、怜の気が済むようにさせていた。
黙り込んだまま帰宅すると、怜は荷物を玄関先に放置し、真っ直ぐ浴室に向かう。そこで梓を下ろすと、服を脱がし始めた。
確かに汗は掻いているしさっぱりはしたいけど、怜の行動が唐突過ぎて、梓は目を瞬く。
「れい…くん?」
「お清めするんだから、大人しくしてて」
梓のワンピースを脱がしながら「この服捨てても良い?」と真顔で訊いて来る。梓が「はあ?」と間の抜けた返事をすると、「不浄なものがこびり付いてるから」と怜は至って真面目だ。
「新しいの買ってあげるから、良いよね?」
訊いてくれる形ではあっても、梓に否はないんだろうなと思う。
お気に入りだったからちょっと痛ましいけど、抵抗をして怜を更に不機嫌にする度量はない。梓が頷くと怜も安心したように頷く。
怜自身も素早く服を脱ぎ捨てた。
梓をバスチェアに座らせると、温めのシャワーが頭に降り注ぐ。怜の繊細な指先が彼女の髪を解すように梳いた。怜の手の中でシャンプーが泡立ち、梓の髪に馴染ませると優しい指使いで頭皮を解していく。
自分の頭はガシガシ洗う癖に、梓の頭は傷ひとつ付けない様に丁寧に洗う。ここでいつもなら『極楽~ぅ』を連発するのだけど、今日は口から出てこない。妙に緊張してしまって、喉が張り付きそうだ。
怜が鏡越しに梓の顔を見ている。
「気持ちいい?」
「いいよぉ」
「良かった」
そこでやっと怜が微笑んでくれた。梓は内心安堵し、鏡の怜に微笑み返す。
丁寧に丁寧に髪を洗われ、髪の毛一本にまで行き渡らせるようにコンディショナーを馴染ませる。
今日は異常なくらい丁寧で、本当はいま物凄く怒っているのではないかと、気付いてしまって鏡の中の怜に笑い掛けた。彼は笑い返してくれる。そして確信してしまった。
(メチャクチャ怒ってますね……?)
声にして訊く勇気はない。
剥き出しになった信管をわざわざ踏む馬鹿はいないだろう。
丁寧過ぎて、ちょっと苛々して来ようが何しようが、ここはやり過ごす。今の姿は無防備なんてものじゃない。ヤバ気なスイッチは出来るだけ回避だ。
表情が消え去った怜の顔を盗み見て、この “お清め” がいつまで続くのかを考えた時、漏れそうになった溜息を堪えた梓は、出来るだけ自然な笑みを心掛けた心算だが、果たして怜にどこまで通用したのかは定かではない。
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