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20 . Prisoner
Prisoner ⑦
しおりを挟む撮影が終了し、慎太郎に引き連れられて近くの居酒屋へ、やや早めの夕飯に向かう途中、瀬里が十玖の腕を肘で突っついた。
「気付いてる?」
「うん。せっちゃんも?」
「なんだ? パパラッチか?」
二人の様子に気が付いた慎太郎が、片眉を持ち上げて後ろを振り返った。
「どうか分かりませんけど、スタジオ出てからずっと付けられている」
「ふ~ん。なら、下手にバラケないようにした方がいいね。女性二人、前を歩いて。野郎は少し離れて後ろからガード。十玖と晴日の防御壁があったら、ソレ臭い怪しげな写真は撮れないだろ?」
いい歳をしたオッサンが、自信満々に言って胸を張る。
美空と瀬里を守ることに異存はないが、悪戯を企んでいる子供みたいにニヤニヤしている慎太郎を見て、十玖は微妙な顔をした。
瀬里も居ることだし、パパラッチに狙われても仕方ないとは思う。何しろ彼女のスキャンダルを狙っているのが、引きも切らない。そこに巷ではフリーで通っているAngel Dustのハルが居たら、何としてでも記事を捏造しそうだ。
そう思いつつ、背中に刺さるような視線が痛い。
肩越しから後ろに視線を走らせる。
(最近こんなのばっかだなぁ)
気分はちょっとしたSPだ。
萌のことだって未だ解決していない。公園付近に出る変質者も捕まっていない。
モヤモヤとした気分が晴れない日が、一体いつまで続くのだろう。
「俺、思うんだけどさ」
ノンアルコールのビールを半分ほど空けた晴日が、ネギマに手を伸ばす。一味唐辛子をがっつり振って、一気に半分を頬張った。
「萌狙ってる奴、いっそ誘き出さね?」
「誘き出す? でもそれじゃ萌を危険に晒すでしょ」
「そうは言っても、いつまでもダラダラ守ってるだけじゃ埒あかねえじゃん。ツアー始まる前に掴まえられりゃ良いけどよ」
晴日の心配は尤もだ。
このままならツアーが終わるまで一ヶ月以上、萌にランニングを控えさせるしかない。それを大人しく聞いてくれるような性格だったら、十玖もここまで心配しないのだが。
車の通りがさほど多くない住宅街だ。萌を狙っている相手が、早朝だけ狙って来るとは限らないし。
揚げ出し豆腐を箸で割り、半分を咀嚼しながら小さく唸る。
「あ~あ。ビール飲みて~ぇ。頼んでもい?」
十玖が真剣に考えているのに、向かいの席で晴日は何とも緊張感がない。
萌よりもビールか、と思ったらちょっとイラっとするが、萌も似たようなところが有るので、晴日を責める気はない。ただいつも二人に振り回されて、自分が貧乏くじを引いている。それだけだ。
虚しさを隠し切れない十玖の肩を美空がポンと叩き、「ごめん」と溜息混じりに呟いた。顔はともかく、彼女の性格が晴日とそっくりじゃなくて良かったと思う。
(兄妹だから似てるとこも多いけどね)
晴日よりずっと常識的だ。ココ大事である。
晴日が哀願の目で慎太郎にビールのお強請りしている。
が、肝心の慎太郎は目もくれない。
「ダメに決まってるだろ。未成年者保護法違反で捕まったらどうしてくれる」
慎太郎は油淋鶏を頬張り、皿を持って「これ美味いぞ」と十玖に差し出してくる。皿を受け取ったところで、晴日が間髪入れず箸を刺して、肉の一欠片を奪っていった。
「だったら…居酒屋に、連れてくんなよ」
口をもぐもぐさせて悪態を吐く晴日。文句言う割にはよく飲むしよく食べる。
慎太郎は薄く笑って、
「仕方ないだろ。近くで個室あるのここくらいなんだから」
「居酒屋に来て酒が飲めないってどうよ?」
「だから僕も飲んでないだろ。一人で飲んでも美味くないし」
晴日と慎太郎の何度目かの同じ遣り取りを無視して、十玖たちは黙々と箸を進める。
慎太郎が飲んだことにすれば良いと言って、年長者に小突かれた晴日が不貞腐れて、ノンアルビールをイッキすると、「他に頼む奴」と四人を見渡した。
「はい。海鮮丼と焼きうどん」
「また炭水化物ばっかかよ」
手を挙げて言った十玖に、晴日が憮然とする。
「あ、あと梅水晶」
不意に思い出して追加を口にすると、梅水晶――――鮫軟骨の梅肉和えのヴィジュアルを思い出した晴日が堪らなさそうに、くっと眉を絞った。
「く~っ。また酒が欲しくなるモンをッ」
「そうですか? 良い箸休めになるとは思いますけど」
「真面目か!? お前ぜってぇイケる口だと思うんだけどな」
「飲めないことはないですけど、声、酒ヤケしたら困るし。これでも一応、プロなんで」
男ばかりの三兄弟だから、偶に父親の晩酌に付き合うこともある。法に関係する仕事をしている父親だけど、家の中で親監視の元で嗜むくらいだったら寛容だ。
父の晄曰く、『雁字搦めにして抑圧ばかりされると変な方向に曲がるし、そうなったら年齢的にも体力じゃ息子に敵わないからね』と冗談ぽく笑っていた。
「こらこら。未成年同士が何を言ってる」
誰が聞き耳立てているか分からないと、声を潜めて慎太郎が言えば、二人の話は一度終止した。
追加注文を終え、男二人があれ食えこれ食えとやっているところに、ちょいちょいと関心を手招いた美空が口を開く。
「ねえねえ。それより萌ちゃんのことは?」
途中で放り出されたままだった件を、美空が思い出させてくれた。
十玖と晴日は顔を見合わせる。先に口を開いたのは晴日だ。
「この捕り物の一件が片付くまで、俺も朝付き合う」
思いもしなかった晴日の発案に、十玖は「え?」と疑わしい目を向けた。
「何だその目は」
「だって早朝ですよ? 晴さん。起きられないでしょ」
「俺だってヤる時はヤる。萌を狙ってる奴をいつまでも看過できるほど、俺は出来た奴じゃないからな」
晴日はフンと鼻息荒く言うが、威張って言うことでもない。
十玖はしばし晴日に見入り、疲れたような溜息を吐いた。
「そのヤル気を常に出して頂けると、ツアーの時とても助かるんですけど」
「ああっ? 疲れるだろ」
「僕だって一人部屋で寝たい」
「悪いな。諦めてくれ。で、提案というか、お願いなんだが」
箸を置いた晴日がテーブルに両肘を着き、組んだ指の上に顎を乗せてにっこり笑った。十玖は反射的に体の向きをずらし、晴日から目を逸らす。
またとんでもない事を言い出すのは分かっている。
耳を塞ごうとする十玖よりも早く、爆弾は投下された。
「暫らく十玖んとこに泊まるから」
がっくりと項垂れて『ああやっぱり』と心中で独り言ちる。
「それってお願いじゃないですよね」
「お願いだろ」
「そんな威圧的なお願い、聞いた事ありません」
有無を言わせない眼差しのお願いなんて願い下げだと思うのに、心理的に晴日には逆らえない自分が恨めしい。
彼が美空の兄故に、確立されたヒエラルキー。
「えーっ。お兄ちゃんだけ狡い! 十玖がうちに泊ればいいじゃん」
「阿保か。平日だぞ? 普通に学校あるんだから、自宅にいた方が良いに決まってるだろ。萌んトコは家からより、十玖んトコからの方が近いしな。俺はほぼ寝に行くだけで、ランニング終わったら家に戻るから」
ノンアルビールで口を潤し、晴日は「それに」と意味深な目で十玖を見、言を継ぐ。
「隣の部屋に美空が居たら、生殺しだろ?」
「「違いない」」
瀬里と慎太郎が同時に納得し、美空の顔が爆ぜるの表現がピッタリなほど、一気に真っ赤に染まって、羞恥に震えている。
確かに、美空の両親がいて晴日がいる状況で、毎晩堪えるのは生き地獄だ。いつだって彼女を心行くまで愛したいと思っているのだから。
ベッドで乱れる美空を思い出して、意思とは関係なしに下半身が反応する。焦るほど滾りは顕著になり、内心では動揺しつつ得意の無表情を張り付ける。十玖は唐突に√5の近似値を思い出せる限り、口中で呟き始めた。
隣で数字の羅列をぶつぶつ唱える彼に、美空が目を剥いて引いている。取り敢えず今は平常心を取り戻したいのに、瀬里と慎太郎の生暖かい眼差しが、めちゃくちゃ居心地悪く、晴日は変わらずマイペースで、ホント殴りたい。
見透かすような晴日の双眸が細められ、心臓がドクンと脈打った。
「毎夜妹の部屋に送り出してやるほど、俺は優しくない。てか、俺がご無沙汰なのに、十玖だけ良い思いするのは許せねえ」
冗談めかした軽口を叩きながら、核心には触れて来ずに目で制してくる。晴日のこういう所、正直勝てないと思うし、苦手だ。普段はそこいら辺りの子供より大人気なくて、手間がかかる人なのに。
そうと知っていて彼に乗せられている風な口を利く。
「……本音はそこですか」
「当たり前だ」
悪びれず踏ん反り返る晴日に、それ以上何かを言い返す気にもなれず、十玖はまたもやドツボに嵌まって行く自分の運命の無情さに、大きな大きな溜息を吐いた。
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